●リプレイ本文
●解毒薬が足りない‥‥
「こりゃ、俺らの手には負えないな」
どうやら、切迫した依頼人の状況を楽観視しすぎていたようである。
外橋恒弥(ea5899)らは村に着くなり、頭を抱えた。
村には予想以上に怪我人や毒に侵された者が多く、近くでアンチドートが使える僧がいないか声をかけるくらいはしても良かったと悔やまれる。
「これを使っておくれよ。礼はいらないからさ。気休めにしかならないけど。ないよりマシだろ」
こんな高価な物を貰うことはできないと言う村長に、外橋は首を振って解毒剤とリカバーポーションを渡した。
「美味しいものでも御馳走してよ」
「大したものは用意できないが‥‥」
「いいって」
「怪我人はここにいるだけじゃな?」
緋月柚那(ea6601)は横たわる者たちを確認しながらリカバーをかけていく。だが、毒を受けた者たちの消耗はリカバーでは回復できない。何とか解毒できれば良いのだが‥‥
「敵の巣窟になりそうな場所は、どこにある」
「襲われたのはこの近く。考えられるのは、このあたりかのぅ」
天羽朽葉(ea7514)は庄屋から借り受けた地図を見渡した。
村人たちからの情報を集め、段々と取るべき作戦が見えてきたようだ。
「無理をさせてすまぬ」
「いや、自分たちのためじゃ」
疲労の色を隠しもせず、村人たちは冒険者たちに協力してくれている。
「あんまり思い出したくは無いだろうが、夜に出てくる犬の魔物ってのについて教えてもらえるかい?」
緋月に癒された村人に虎魔慶牙(ea7767)が優しく声をかけた。
敵の情報も段々と集まってきた。目撃談からいくとおそらく犬鬼だが先入観は禁物。侮っては事を仕損じる。
相手が犬鬼なら一縷の望みはある。彼らは解毒剤を持ち歩いていることが多いと聞くからである。毒を用いる者として、自らが毒に侵されたときのことを考えるのは至極当然であるからだ。それを手に入れられれば村人を救うことも叶うだろう。
「大丈夫でしょうか‥‥」
「はい」
「村を頼みます」
天羽が頷く。
殆ど恐慌状態だった村にとって、冒険者たちの登場と余裕を感じさせる所作は少しずつ緊張を解きほぐしているようだった。
「謎のワンちゃんが相手かぁ‥‥犬は嫌いじゃ無ぇんだが、仕方無ぇか」
「普通の犬なら可愛いものなんですが・・・・」
腕組みして柱に寄りかかる平島仁風(ea0984)と、どっかと腰を据えて敵の目撃談を聞いていた島津影虎(ea3210)が腰を上げた。
「そうだよ。普通の犬くんなら可愛いのにねえ。
村に被害も出てるし、子供達が外で遊べないのは可哀想だもん。俺頑張るよ〜」
外橋は笑みを浮かべながら手を振った。
「お兄ちゃん、頑張ってね〜」
のんびりとした雰囲気に絆(ほだ)されたのか、子供が手を振っている。
「犬だろうがなんだろうが柚那には何も恐れるものはないのじゃ! こっちは任せて頑張るのじゃ!」
緋月が強がる。
「あー‥‥ 悪ぃ。良く分からねぇんだが、とりあえず1匹残らず倒せばいいんだろ?」
いかにも僧兵らしく、阿武隈森(ea2657)は得物をブンと振り回した。確かにそうなのだが‥‥
調査の結果、足跡は同じ場所からの進入を示唆していた。
危険を感じない限りは、通りなれた道を無意識に使ってしまう。人間とて同じこと。生き物の習性と言ってもいいだろう。しかも、地形の関係からか、はたまた他の理由からか犬の化け物の侵入経路は1つ。ならば、そこで待ち受けるに限る。
「数が多いみたいだし、少しでも楽にできるようにしておきたいわね」
佐上瑞紀(ea2001)は地図を見ながら落とし穴が掘れないか村人に聞いてみた。
それならと石が少なく掘り起こしやすそうな場所を教えてくれた。それでも石は出てくるだろうし、毎日のように押し寄せてくる犬鬼たちに対するなら掘る時間はあまりない。それでもやらないよりはマシだ。相手は10頭くらいはいるという話なのだから。
幸い昼間の間は近づかないという村人たちの証言を裏付けるように、罠を作っている間、犬の化け物たちは村へ近づかなかった。
●殲滅
「来たぞ。きっちり躾をしてやる」
阿武隈は、撥ね上げ窓を下ろした。
「やっと寝てくれたよ」
外橋は三味線を置き、寝息をたてる子供の頭を撫でた。
「こっちもじゃ」
メンタルリカバーで落ち着かせて、ようやく眠りに付かせた村人に緋月は布団をかける。
仲間が罠を作っている間、リカバーで傷を癒したり、気分を落ち着かせたりと休みなく働いていたのである。緋月にも疲れが見える。
「さぁ、本番じゃ‥‥」
緋月が立ち上がろうとしてふらつく。いくらも力が残っているわけではなかったが、戦いの場にリカバーを使える者がいるのといないのでは雲泥の差である。
「小姫ちゃん、大丈夫〜?」
外橋が体を支えた。
「大丈夫じゃ」
笑ってみせるが疲労の色は隠せない。
「さぁて‥‥ 魔物の強さ、見せてもらおうかねぇ」
虎魔は斬馬刀を振ると肩に担いで背負うように構えた。獲物を狙う獣のような瞳が10体くらいの影を捉える。
彼らの向かう先には罠が待ち受けている。
労力や時間の関係で深い落とし穴は作れなかったが、夜道の僅かな段差は足元を掬うのに十分だろう。しかし‥‥
「わぅ?」
犬と思しき影が前足を上げ、体を起こして2足歩行になった。いや、元々重心は高いように見えたから、手がつきそうなほど前かがみになっていた体を起こしただけなのかもしれない。
影たちの手元に何か金属的な光がキラッと月明かりを反射した。たぶん剣だ。
となると‥‥、十中八九で犬鬼。冒険者なら知らぬ者はいないだろうというくらい知られたあの鬼族に間違いなかろう。
その影は落ち葉などで隠された段差を露わにすると、飛び越え、または迂回して先へ進もうとする。だが、そこには黒く塗られた縄が張られていた。
「こんな単純な罠にかかるとは‥‥ いささか拍子抜けです」
足元をさらう様に島津が縄を引く。ピーンと張られた縄が2つの影を転ばせた。
すかさず松明をいくつか闇の中に投げ込んだ。闇を照らす明かりの中に浮かんだのはまさしく犬鬼。
「烈爆空波!!」
奇襲には、かましが必要である。
武器の重さを威力に乗せるように大振り! その剣先から放たれた衝撃波は、佐上の斬り込んだ場所から扇状に敵をなぎ倒す。
2頭の犬鬼にかわされたが、転倒した2頭と近くにいた1頭が剣撃にみまわれる。
「ここではこちらの消耗をどれだけ抑えて、向こうにどれだけの損害を与えられるか、ね」
一気に乱戦の様相を呈するが、構わず斬り込む。自分の距離で戦いたいが、躊躇すれば奇襲の優位がなくなる。相手が立ち直るまでにどれだけ出血を強いる事ができるか、それが斬り込みの醍醐味である。傷ついた者から徹底的にやる。周囲の士気を一気に下げれば、粘り強い反抗は受けないはずだ。
「っし! んじゃま、とりあえず潰せるだけ潰してみるわ」
加護を受けた阿武隈が石突を突き出す。強力(ごうりき)によって生み出された暴力が犬鬼の肉を砕き、骨も砕く。更に繰り出された一撃をかわそうとする余裕は犬鬼にはない。力に逆らうことなく突き倒されて血を吐いた。阿武隈は容赦なく止めを差しに行く。
「てめーら、かかって来い!! 」
炎の塊が突っ込んで、犬鬼が後ずさる。炎の軌跡が犬鬼を払うたびに人影が浮かび上がり、夜枝月奏(ea4319)の瞳が小太刀に纏った炎の照り返しで緋色に映った。
斬り込んだ冒険者は僅か。当然ながら散発的ながら受けきるには多すぎる手数が襲ってくる。小太刀を横に払うも全てを防ぎきれない。
「やりますね」
幸いにも毒を受けなかったのか、夜枝月は笑みを浮かべながら反撃を開始した。
1頭の犬鬼の動きが止まる。コアギュレイト、呪縛の魔法である。
「やった‥‥のじゃ」
「無理するな。下がっていろ」
「頑張るのじゃ‥‥」
阿武隈の六角棒が動けない犬鬼を滅多打ちにするなか、緋月はそっと木にもたれかかった。
切り込み班の突入に一時的に混乱していた犬鬼たちも混乱から立ち直って剣を繰り出してくる。
「結構、やるじゃん」
数で押し寄せることで長槍・山城国金房のうねりを掻い潜って間合いを詰めてきた犬鬼の動きに、平島はその剣をかわしきれないと十手で受ける。流石に3頭による集中攻撃を全て捌ききることはできない。
「だが!」
平島が長槍を振って再び間合いを取る。
傷口は痛むが、毒は気力で耐え切ったようだ。だが、このまま同じ戦法で来られたら平島に勝ち目はない。
「すまんな」
阿武隈の六角棒が背後を見せた犬鬼の腰をくの字に払った。
「いいって」
振り向いて阿武隈の方に向いたところを平島の長槍が薙ぎ、犬鬼から血煙が舞う。
「はい、残念」
「その通りです」
背後から襲ってきた犬鬼の一撃をかわし、ニコッと笑うと外橋は霞刀を振るった。その犬鬼に島津の忍者刀がドスッと入る。
「援けはいらなかったようですね」
剣の軌道に惑わされた犬鬼は血の伝う傷口を押さえて‥‥、気絶した。
「いや、手間が省けたよ」
外橋と島津は犬鬼の命を絶った。
「数で押されそうです。外橋さん、行ってください」
「承知」
状況を見てきた島津が指示を出す。
「よし」
レテ・ルシェイメア(ea7234)は軽やかに舞うように月明かりの中で銀の光を放った。
途端に1頭の犬鬼が、側にいた仲間に斬りつける。
「ばぅ?」
何をするんだと言うように仲間を見つめ、苦悶に満ちた表情で小壺を取り出して飲み干した。
「敵は解毒剤を持っています。あれがあれば、村人が救えます」
レテの声に仲間たちも気づいたようである。容赦なく攻撃がふるわれる。
解毒剤を得るためには犬鬼たちを逃がすわけにはいかない。
衝撃波が犬鬼を切り刻み、視線が合う。
「来るか」
天羽は自分に斬り込んでくる犬鬼に対して身構えた。
犬鬼の斬撃を十手で受け止め、オーラソードが続け様に切り裂いていく。
島津の持つ松明に映し出された影が犬鬼の動きを縛った。レテのシャドウバインディングだ。
「虎魔さん、今です」
「わかってるって!!」
レテの声に応えるように、虎魔の斬馬刀が一撃で犬鬼の首を刎ねた。
「うひょぉ」
掛け声に気づいた平島は頭を下げて難を逃れる。
「どんどんかかってきなぁ! もっと俺を楽しませてくれぇ!」
威力を見せつけられ、ブンブン振り回される斬馬刀に犬鬼たちは近づくことはできない。
また1つ首が飛ぶ。
「あぶねぇ、あぶねぇ」
斬馬刀の隙をついて長槍・山城国金房が空を裂く。上下二段の刃が時間をずらして迫る。
犬鬼たちは左右に散っていった。
「させませんよ」
天羽の放つ衝撃波が犬鬼をのけぞらせた。
そこへ首チョンパ。
犬鬼たちが背を見せ始めた。そうなると気の強い方ではない犬鬼は雪崩を打ったように逃げ始める。
「追っかけるよ」
「じゃ、逃げられる前に行きましょうか」
外橋や佐上は算を乱して逃げ始めた犬鬼を追い始めた。
歯ごたえは感じた。冒険者たちが勝手に呼んでいるに過ぎないが、こいつらはおそらく犬鬼戦士。熟練の犬鬼だ。剣捌きなどは、かなりの腕前である。その中でも手練に属する犬鬼戦士に違いない。
しかし、所詮は犬鬼。一度崩壊した士気は容易に回復しない。
「任せたぞ」
六角棒で突き倒した犬鬼を置き去りに阿武隈は逃げる別の犬鬼を追う。
「逃がさない」
只の1匹も逃がす訳にはいかない。阿武隈は全速で走り、佐上が足止めした犬鬼に止めをさしていく。
「その通り!!」
夜枝月が犬鬼の背中に小太刀を突き立てて引き倒す。そのまま滅多突き。夜枝月は炎以外の色で紅く染まっていった。
結局は9人もの冒険者に追い詰められ、転倒したり、傷の痛みに一瞬足を止めたりした者たちから背中に刃を受けていった。
「何か臭いがしますね」
レテは何か腐ったような臭いを感じて顔を顰めた。
「ま、こんなものか」
掻き分けて進んだ阿武隈は、犬鬼たちが野営していたと思われる場所を見つけた。村から奪われた家畜と共に髑髏も見える。行方不明の村人たちだろう‥‥
「頭を張っている者はいなかったみたいですね」
松明代わりにバーニングソードの付与された小太刀をかざして夜枝月は泊地らしき場所を照らした。
焚き火の数を見る限り、襲ってきた犬鬼で恐らく全部。彼らの目的は不明だが、兎も角も脅威は去ったと考えていいだろう。
幸いにも解毒剤もそれなりの数を確保できた。ギリギリ足りるはずだ。
更に幸いだったのが、集落単位の犬鬼の群れではなかったこと。まぁ、群れが人殺しという危険を冒すとしたら、今回のような生ぬるい方法は取らないだろう。中途半端に残すと人は恐ろしい。それを知っているからこそ集落を形成できるほどに大きな集団になれるのだろうから‥‥
「そういえば緋月はどうした?」
阿武隈が仲間を見渡して首をかしげた。
「緋月さん!」
道を戻って倒れている緋月に佐上が駆け寄る。
すぴ〜。
緋月は疲労による睡魔に耐えられずに眠っていた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
阿武隈が笑う。
「この子らしいと言うか‥‥」
これ以上は何の収穫もないと判断した冒険者たちは、村へ帰る着くことにして佐上は緋月を背負うと歩き始めた。
まずは重畳。犬鬼の一団は駆逐されたのだから。
●慰霊
天羽たちは遺体や遺品と思われる物を村に持ち帰った。それにすがって泣き崩れる者もいる。
(「成仏するのじゃ」)
緋月の拍手(かしわで)が響く。
「謹んで勧請仕るー。御社なきこの処に‥‥」
神酒や供物が備えられた簡単な祭壇の周りには、村の者たちが集まり緋月の祝詞に聞き入っている。
「平らけく安らけく‥‥」
修行中の緋月であるから祭祀を執り行うこと自体に多々問題はあるが‥‥
「来臨回向、払いたまえ‥‥」
緋月の祝詞に効果はないだろう。しかし、供養しようという彼らの気持ちは、きっと伝わったはずだ‥‥