●リプレイ本文
●食べるために狩る
(「前に熊鬼を倒した時は随分手こずったわね。今回は数も多いし、気を付けないと」)
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は遠くに10頭近い熊の集団を見つけた。アイーダの優良視力を以ってしても熊のようだくらいにしか判断はつかないが、熊がこんなに群れるわけがない。
(「それにしても、アレを食べてお腹を壊さなきゃいいけど‥‥ 私は絶対食べなたくないわね」)
暫く追跡して、アイーダは仲間の許へと帰還することにした。その途中に運良くウサギを狩れたのは幸先良かったと言えるだろう。
「頭が猪さんで体が熊さんなら、猪さんの食べれるところって、どこかなぁ?」
スコップ片手に狩多菫(ea0608)。顎に指を当てて考え込んでいる。
「ミソ?」
一瞬の沈黙の後に山崎剱紅狼(ea0585)を見上げた。
「知るかよ。それより手を動かせって」
山崎が笑う。
「おっかさんの為なら、え〜んや、こ〜らぁ‥‥っと、くらぁ」
せっせと掘る山崎と狩多。他の者たちは、市販の猟師道具を使って簡単な罠を仕掛けている。
「山崎殿には連れ添いがおられるのか?」
巽弥生(ea0028)が落とし穴を隠すための枯れ枝をパサパサと近くに置いた。
「まだ独り身だ」
「こう言うのも‥‥ 地味に疲れるな‥‥」
聞くだけ聞いて枯れ枝を拾いに行った巽を見て、山崎がずーんと落ち込む。
「お鍋の為に10頭近くのバグベアを狩って来い、と。
何とも簡単に言って下さいますわね。まあ、依頼なので仕方ありませんが。
きちんと報酬が出るのならやらせて頂きますわ♪」
思案顔のパフィー・オペディルム(ea2941)が枯れ葉を運ぶ。
「ぷは。相手はバグベア10匹‥‥ どうかバグベア戦士は居ませんように・・・」
パフィーの手の中の枯れ葉に埋もれていたララ・ルー(ea3118)が顔を出した。
「もうすぐできそうですね」
集められた材料を見てララが落とし穴の近くに降り立った。
「わたくし、力仕事は苦手ですの‥‥」
乾燥した空気の中、必死に瞳をウルウルさせているパフィー。
「はいはい、枯れ枝とか落ち葉を運んできてくれ」
山崎は諦めてスコップを振るう。
「ミソ?」
「そうそう。手を動かしてみようか〜」
山崎はせっせと掘る。
別の場所では槙原愛(ea6158)と雪切刀也(ea6228)が、せっせせっせと土を掻き出していた。
「う〜ん、刀也くん、頑張りましょうね〜」
「ちょっ、愛!?」
「この落とし穴に自分がかからないように気をつけないといけませんね〜」
「そっちも危な‥‥ わっ!?」
「あら〜?」
後ろから抱きしめて撫でてくる槙原に雪切が体勢を崩してしまう。
「‥‥」
雪切が声にならない声を上げた。逆茂木(さかもぎ)が臀部に2つ目の穴を穿つ。
「大丈夫ですか?」
ララが心配そうに声をかけた。
「刀也くん」
「だ、大丈‥‥夫‥‥ 痛」
見れば血が流れている。慌ててララがリカバーをかけると傷は塞がった。
お尻が少しす〜す〜するが、まぁ仕方ないだろう。
一息つくバーク・ダンロック(ea7871)の禿頭(とくとう)に湯気が昇っている。
「さて、そろそろでき上がるかな」
ジャイアントの体格には小さすぎる感のあるスコップを地面に突き刺した。
「ただいま」
アイーダは兎の耳を掴んで仲間に掲げてみせた。
「それじゃ、仕上げといきますか」
バークの掛け声に仲間たちの声が応えた。
●戦闘という名の狩り
木々の間に香ばしく鼻を擽(くすぐ)る匂いが流れる。
「いい色に焼けてきたな」
枯れ木を組んで焚き火を起こして、バークは兎を炙(あぶ)っていた。
ガサリ‥‥
「来ました」
ヒラリと舞い降りたララが仲間たちに合図を送った。
「さてさて、狩りの時間ですわね」
パフィーが囁く。
どうやら仲間は皆、それぞれに気づいたようだ。息を潜めて敵が現れるのを待っている。
「うまいな」
バークが焼きあがった肉に手をつけた。わざとらしく大声を立てて、口に肉を運ぶ‥‥
すると、物陰からたまらないと言ったように10個の影が姿を現した。
「うまいぞ〜」
バークの棒読みの台詞に木枯らしが吹くが、影たちは意に介せず近寄ってきた。
「食うか?」
ニヤリと笑った。
7頭がバーク目指してにじり寄ってくる。
肉を捨てたバークは焚き火に土をかけて消すと、十手を構えて集中に入った。
「ゴァァァァアア!」
「バグバグ!!」
唸りを上げて迫る熊鬼がバークの目前で消えた。
悲鳴をあげた熊鬼が胸や腕に逆茂木を突き立てて落とし穴の中で立ち上がる。上半身が見えたところで更なる追い討ちが待っていた。
オーラアルファーの淡い桃色の光が爆発的に広がって熊鬼を仰け反らせた。
‥‥
ところで、残り3頭はというと‥‥
「や〜〜ん」
枯れ葉で隠れられるかと思ったが、そこは餌の少ないこの時期。狩多の存在は腹を空かせた熊、いやいや熊鬼たちの絶好の獲物だった。猛進してきた熊鬼にゆっさゆっさと幹を揺らされて必死にしがみついていた。
「ばっかやろう。何で逃げなかったんだ!」
山崎が斬り込んできて注意を逸らすことができた。
「下から見上げちゃ駄目だよ〜」
思わず狩多が裾を押さえて‥‥ 当然、落ちるわな。
あわや棒で叩きつけられるかというところで熊鬼の1頭に2矢が突き刺さってどうと倒れた。
「あわわ」
慌てて起き上がって長弓を拾うと、狩多は一目散に逃げ出した。
「大丈夫?」
アイーダが次の矢を放った。今度は2矢のうち1矢しか当たらないが、急所に突き刺さった矢は2頭目の熊鬼を恐慌状態に陥らせる。
その暴れぶりに、近くにいた熊鬼と山崎の戦いが一時中断された。
ヒョウ、ヒョウ、ヒョウ!
アイーダと狩多の矢が熊鬼たちを捉える。
怯んだ熊鬼たちを山崎の霞刀が切り刻んでいく。ここでの大勢は決したと言えよう。
「こっちはいいみたいね」
アイーダは新たな射撃地点を確保するために移動を開始した。
「うん」
狩多は印を組むと精霊魔法の詠唱を開始した。
「いくぞっ!!」
落とし穴を抜け出そうとしている熊鬼たちを見て、巽は突撃をかけた。
穴から這い出ようとしている熊鬼目掛けて野太刀を叩きつける。
肩口に刃が食い込んで骨を砕く感触が、その手に伝わる。それでも熊鬼はあがこうとしている。
「さすがに楽を出来る相手では無いなッ!」
巽は柄を握りなおした。
後方支援があるといっても倍近い数の魔物に囲まれれば手練の冒険者でも防ぎきれる物ではない。
「唸れ! 業火よ!」
マグナブローの炎が落とし穴から吹き出す。
傷は大したことはないが、やはりいきなり体中を炎にまかれては平静ではいられない。
熊鬼を奇襲の動揺から立ち直らせないこと、連携をとらせないことが大事なのだ。
それでも反撃がこないわけではない。後方支援があるといっても倍近い数の魔物に囲まれれば手練の冒険者でも防ぎきれる物ではない。
しかし‥‥
ドカ、ドカ、ドカ、ドカッ!!
「効かないね」
黒子頭巾の隙間から余裕の表情を浮かべる武者姿のバーク。オーラボディまでかけているのだ。
熊鬼の棍棒を物ともせずに十手で打ち据えた。
「行きますよ〜!鍋の為に倒されてください〜!」
声に反応した熊鬼が槙原を狙ってくる。棍棒をかわすと、太刀をふるった。
太刀がかわされ‥‥ いや、ギリギリを狙ったのだ。かわしたと安心した熊鬼は体勢を崩した。
「体勢を崩したところに‥‥ 合体攻撃〜!」
思い切り振り下ろした太刀が棍棒を真っ二つにへし折った。
「遅いッ!!」
腰の入った雪切の日本刀の大振りが熊鬼の腹をスパッと切り裂く。
「もういっぱ〜つ!!」
再び体勢を崩された熊鬼に容赦ない合体攻撃が加えられていく。
槙原と雪切は熊鬼を仕留めて互いの手と手をパンッと合わせた。
「おらおら、後で順番に狩ってやっから、道を空けろィ!」
山崎が仕込下駄で飛び蹴りをかましながら押し通る。
「血の雨が降るってな!」
「矢の雨もね」
山崎とアイーダは一瞬視線を合わせると次の獲物を探した。
「効かん、効かんなぁ」
棍棒の猛攻を物ともしないバークに次第に熊鬼たちは怯えた雰囲気になっていた。
炎を纏った矢が狩多の構えた長弓から放たれた。自らに突き刺さった矢が燃えているのを見て熊鬼が慌てる。
「やぁあ!!」
その隙をついて、巽の野太刀が唸りをあげて熊鬼の肉を引きちぎりながら切り裂いた。
巫女装束が靡(なび)き、はためく封魔の外套に返り血が飛ぶ。
「もう1ついきますわ!!」
マグナブローが熊鬼を包む。
「巽さん、ジッとしててください」
攻撃が落ち着いた隙をついてララが舞い降りてきた。巽が辺りを警戒しながら、ララがリカバーを施す。
「これが仕事なんだ‥‥・。悪いが手加減はしないッ」
雪切が投げた風車が熊鬼に刺さって動きが鈍った。その間に間を詰めた槙原の太刀によって血煙が上がる。
「逃がさないよ〜!!」
「無駄なことを」
狩多とアイーダの矢が熊鬼に突き刺さる。
こうなると、いつの間にか圧倒的に不利な戦力差になっていた熊鬼たちに勝ち目はない。
兎の香ばしい匂いは、いつしか血の臭いに変わっており、そこに10頭の熊鬼の死体が並ぶまでに長い時間はかからなかった。
●それではいただきます(礼)
依頼人たちを呼びに行って、捌くのを手伝ってもらった一行は、10頭分の熊鬼の肉塊を馬や驢馬で運んだ。
手頃な大きさに切り分けると塩漬けにしたりして、色んな保存加工を施しているところを見ると食べる気満々なのがひしひしと伝わる。
「美味そうな匂いがしてきたじゃないか」
依頼人たちが、ふんふんと鼻を鳴らした。ま、食べられなさそうな感じではないようだ。
グツグツと煮立った味噌煮鍋を囲む十数名がゴクリと喉を鳴らした。
食べられるのか疑問に思っている者や、物は試しと食べる気でいるものなど様々だが‥‥
ことり、ことりと肉のよそわれた椀が並べられていく。
「お肉は‥‥‥‥ 何か嫌な予感がするから、あたしは食べない」
まずは狩多が不戦敗。
「う〜ん‥‥ 熊っつっても、鬼だろ? 俺も遠慮する」
山崎もか‥‥
他にも辞退者が続出。結局食べたのは‥‥
「このお肉‥‥美味しいのですかね〜? 少し楽しみです〜」
椀を受け取った槙原は箸で肉を掴むとクルリと体の向きを変えた。
「へ?」
「刀也くん‥‥あ〜ん♪」
断っちゃいけない気がして、雪切は口をあけた。
「あれ? 意外に平気?」
熊鬼だと思わなければ食べられないことはない。要は気分の問題である。いや、いいのか気分で‥‥
「美味しいですか〜?」
「不味くはないと思う。味噌風味だからな。そうそう外れはないよ」
「ふむ、美味しいなら大丈夫なのですね〜。では、私も食べましょう〜♪」
思い切りよく槙原が肉を頬張った。
「‥‥」
微妙な表情で噛み噛みしている。
「兎の方が美味かったな」
バークが椀を置いた。さもありなん。
「これだけの熊鬼の肉を何人で平らげるつもりなんですか?」
ララが鼻をつまみながら恐る恐る近づいてくる。
「ま、村の皆で食べるさ。毛皮も使えるし、大助かりだ」
下手すると依頼人たちの方が冒険者より肝が据わっている。美味しそうに食べている。
なんだかんだ言っていた老人もペロリと椀を平らげた。
「何か熊の肉とは微妙に違った味がするけど、食えんことはないな。兎も角、これで冬は越せるよ。ありがとな」
「あぁ、熊の肉かと思ったけど似た肉って感じだな。食えりゃいいのさ」
依頼者2人は比較的満足そうである。
「でも、猪部分が頭だけってなぁ‥‥」
「もうちょっと食える部分があるかと思ったんだけど」
その点は不満らしい‥‥
どっちの肉を食うだ食わないだとかいう話は、どっか行ってしまっているのに2人は気づいていない。
「バグベアの肉食べるなんて‥‥ ある意味、依頼人の方が鬼かも‥‥」
「何か?」
「何でも〜」
ララはヒラリと空中に逃げた。