●リプレイ本文
●父の影
「お前さんかい? 霞について聞きたいってのは」
男は小さく一礼した。腰には十手と縛縄。奉行所に所属する、いわゆる岡引だ。
囲炉裏の茶釜から湯を注いで、湯のみを握り締めた。
「はい。あなた方が霞と断定した男の娘からの依頼で葬式の手伝いをすることになったのです」
「で?
俺たちは坊主じゃないし、事件としては終わっちまってるんだが‥‥ きちんと調べはつけたし、文句をつけられる謂れはねぇぞ」
「そんなつもりで来たのではありません。霞について聞きたいのです」
「話してどうなるよ」
「罪は命を絶つ事で消えるものではない‥‥ 周りや被害にあった人々がいる限り永遠に残るもの‥‥
だが、残された者にも罪の重荷が伸し掛かるなど、お門違いだ‥‥ 娘の今後のために聞いておきたい」
岡引は緋室叡璽(ea1289)を見て溜め息をついた。
「何が聞きたい」
「『霞』の悪名は如何なものか。他にも色々と」
「飯、食いながらでいいかい? それならいいぜ」
「忙しいところ感謝致す‥‥」
2人は囲炉裏の傍に腰を落ち着けた。岡引は冷え冷えの芋煮を口に放り込んで顔を顰めた。
「霞は手口の鮮やかさとは裏腹に大きな盗みは働かない奴だった。すぐには気づかない程度にちょろまかす奴だったのさ。
その辺の上手さもあって足が付かなくてね。それで誰がつけたか霞って訳さ」
椀にお結びと芋煮を放り込んで湯をかけるとズズッと一口。
「ほれでな‥‥ よ〜く調べてみたら、霞は盗みにあった店(たな)で働いていてさ‥‥
目立たない奴で、盗みをしても年季が空けるまで真面目に働いて去っていくんで疑われもしなかったらしい」
「盗賊団じゃないんだな?」
「へっ、そんな大層なもんなら。娘を締め上げてるってばよ。
霞が関わったとされる盗みに殺しは1件もなし。額も大したもんじゃねぇ。それで、これ以上の詮索は無用という訳よ」
それから霞について知っていることを色々と岡引は話してくれた。
「娘への手出しは無用にしてほしい‥‥」
「こちとら暇じゃないんだよ」
岡引は椀を湯で濯(すす)ぐと飲み干して、囲炉裏端にひっくり返した。
「じゃ、この辺でな」
少しだけ手を火にかざすと、笑顔を残して岡引は番所から駆け出していった。
時と所が変わって娘の住む村。
「葬式に来たのだが、道を教えてくれないか?」
「あぁ、香澄ちゃんとこの‥‥」
爺ちゃん婆ちゃんをしれっと無視して年頃の娘に声をかけるあたり、流石は八幡伊佐治(ea2614)。
「どうしたね?」
「父ちゃんが盗人だったって‥‥」
娘はどうも乗り気ではないらしい。
「ふ〜ん。その辺の話はどうでもいいから少しお話しようよ。あたっ、痛いって」
久留間兵庫(ea8257)が伊佐治の耳を引っ張っている。
「どうでもいいからじゃないだろ。ちゃんとお勤めをしなさい」
「いや、その娘とは前世の因縁を感じ‥‥ 痛いって」
「その家がどこかだけ教えてくれればいいから」
「この道を‥‥」
娘が家の在り処を伝える。
「失礼しますね。畑仕事が終わったらお茶でも一緒にどうですか?」
夏でもないのにクリス・ウェルロッド(ea5708)の笑顔が眩しいっ。
「ほらほら、あんたもな」
久留間に襟首を掴まれて引き摺られながらもクリスは笑みを絶やさない。
一行が目的の家に着いたのは、それから暫くしてのこと。
足を濯いで一段落するかと思いきや‥‥
「私の名前はクリス・ウェルロッド。ギルドから来ました。よろしく」
娘の手を取り、小さく首を傾げてみせる。
「香澄といいます。父の葬儀をよろしくお願いします」
「霞?」
「はい‥‥ 何か?」
「霧、霞の霞か?」
久留間が問い返した。
「いえ、匂いが香るの『香』に水が澄むの『澄』で香澄です。お役人さんも気にしていましたけど、何かあるのですか?」
「霞っていうのは盗人の通り名だ」
単刀直入にゲレイ・メージ(ea6177)が答える。香澄は、その答えに隠された意味に気づいて息を飲んだ。
「確かにこれじゃ娘に何を聞いてもわからないな。奉行所が放免したのも納得です」
緋室は柱を背にして腰を落ち着けた。
「俺の聞いた話では‥‥」
緋室は聞き込んできた情報を皆に伝えた。
「殺しをせず、死ぬまで正体を隠し通すとは、盗賊『霞』は凄腕だったんだな」
「話を聞いた岡引もそう話していましたね」
「周りに怪しまれぬよう、娘には盗んだ金の一部しか渡していなかったはず。
残りの金を狙って、娘又は、押収されなかった遺品を狙う奴がいるに違いない」
「いや、送られてきた金は、彼の年季の奉公額と同じだったようです」
「なら、盗んだ物はどうしてたんだ?」
「それはわからないそうです。でも、盗んだ金が香澄さんに送られたのではないのは間違いないでしょう」
「2人とも‥‥ それは香澄さんの前で話さなくても良いことです」
神有鳥の指摘に、ゲレイと緋室はバツが悪そうに押し黙った。
「香澄さんが満足いくお葬式ができるように頑張りましょう」
神有鳥は仲間を見渡した。
「肉親の情というやつか‥‥ 俺には理解できん」
氷雨雹刃(ea7901)がポツリと言った。
「それはないでしょう」
クリスが食って掛かる。
「形はどうであれ‥‥ お前の親父が、お前の為にこさえたカネだ。俺が貰い受ける義理はない」
「それでは‥‥」
香澄が困った表情で氷雨にすがる様な表情をしている。
「暇潰しにはなった‥‥ それで十分だ。香典代わりに取っておけ」
氷雨の心中を察する事ができる者はこの場にはいない。
●葬式
「村の墓地に葬るのは構わないのだな?」
「あぁ、端〜〜〜の方にな」
三菱扶桑(ea3874)の米神がピクッと引きつるが、村人には見えていないようだ。
元よりひっそりと建てるのが良いだろう考えていたが、口に出して言われるとやはり腹が立つ。それを我慢して話を続けた。
「それは、娘がこのまま村に住んで構わないということか?
できることなら想い出の詰まったこの村に、このまま住まわせてやりたいのだが」
「まぁ‥‥ 別に‥‥ なぁ」
「あぁ」
三菱の問いに対して村人の歯切れは悪い。
「ところで、あの家族はこの村に昔から住んでいたのか?」
三菱が聞くと、少し驚いた顔で村人が答えてくれた。
「いや、赤子の香澄ちゃんを抱えてやって来てな。そのまま、この村に住み着いたんだ。
訳ありって感じだったが、何でも仕事をしてくれたんで別に咎めるもんはいなかったよ。
そういや、去年死んだうちのおっかあがよ。香澄ちゃんの産着は、そりゃあ高価な物が使ってあったって言ってたっけ」
結局それ以上、何もわからなかった。
白布を被せた台に燭台と6本の線香が立てられた香炉と樒(しきみ)が活けられた花瓶が並べられている。
「一緒に花でも供えれば、少しは気分も違うのでしょうけれど」
「そうですね‥‥」
神有鳥春歌(ea1257)は香澄と一緒に枕飾りを作っている。伊佐治は卒塔婆や位牌の用意をしている。
(「今のところは大丈夫だが‥‥」)
ゲレイの心配していた盗品の残りは既にないだろうという話だ。奉行所の手入れの際に天井裏から床下まで掘り返されるように調べ上げられているのだから。しかし、押収されなかった物があって、それを要求する輩が現れるかもしれない。
香澄の身を護る。これがゲレイとクリスの任務だ。
「これはここで良いのですか?」
手伝いをしながらもクリスたちの注意は研ぎ澄まされたままだ。盗賊としての父親の事がはっきりとわからない以上、娘の命を護っていれば最悪の事態だけは避けられるはずなのだから。
墓掘りを終えた久留間と氷雨が帰ってきたのを見計らって、葬式が始められた。
遺体を前に伊佐治の経の音が響く。
「しっかり成仏してくれればいいのだが‥‥」
久留間は、仏に手を合わせると香澄のために祈った。香澄の気持ちを思うと、そうせずにはいられなかった。
「少し説教させてもらうよ」
伊佐治は経を上げ終わると香澄の方へ居住まいを正した。
「僕は農民の子だったのだけどね。収穫直前の稲穂を深夜刈り取られ盗まれていた現場を見たとき、家族は皆がっかりしたものだ。
困るほどの量でもないし防ぎようもないのだが、なんとつまらない事をするのだろうと‥‥
いやまぁ、僕ぁ手伝ってないんだけどね。
たとえ理があろうと殺しをせぬだろうと少量であろうと、僕は盗みは嫌いだ。
娘さん、お父さんを恨む人がいたとしても恨んではいけないよ。罪のない娘さんに酷く当たる奴は僕が呪ってあげるから」
説教になってないところが伊佐治の真骨頂か? しかし、葬式の場が少し和んだのは、伊佐治の徳と言ってもいいだろう。
●何者?
伊佐治の経が墓場に静かに響いた。案の定、村人は姿を現さなかった。
しかし、依頼とはいえ10人の冒険者に見送られながら、男は死出の旅立ちを迎えることができた。
(「何事もなく葬式が終わって良かった」)
ゲレイは棺桶が埋葬されつつあるのを見て安堵した。
「主よ‥‥。全ては貴女の御言葉のままに‥‥」
クリスが祈りを捧げていると‥‥
びゅおおぉぉぉおおお!
枯れ葉や土砂が舞い、一行は顔を被い、一瞬の後に強烈な風は止んだ。
「何?」
神有鳥は目を疑った。
彼女の目の前には猫が2本足で立ち、棺桶を覗き込んでいる。立ち上がった大きさは、彼女の背丈ほどもあろうか‥‥
その猫は棺桶の中の男を引きずり出すと、口と手(前足?)を器用に使い、死体を背中に載せた。
「父を‥‥返して‥‥」
香澄は搾り出すように言った。
「できぬ」
巨大猫は首だけ動かしてギョロリと睨み、目を細めた。
「そこをまけて」
香澄と巨大猫との遣り取りに伊佐治が割って入る。巨大な猫が現れただけでも驚きに値するし、ましてや喋っているというのに、全くもって勇気のあるヤツだ。
伊佐治は、さりげなく香澄を背中に隠した。その脇をクリスとゲレイが固める。
「ならぬ」
「どうして父を連れていってしまうの?」
「問答無用だ。さらば」
巨大猫は身を低く縮めて跳躍の態勢に入った。しかし、巨大猫は跳ばない。
「邪魔をすれば容赦はせぬ」
巨大猫がギラリと視線を投げる。三菱が遺体に手をかけ、その体が巨大猫の背からずり落ちた。
「訳くらい聞かせろ。大切な父親を失い、今また亡骸が奪われようとしている。娘が戸惑っている」
三菱の喉がゴクリと音を立てた。
「この男は悪行を重ねた。故に亡骸は貰い受けて行く」
「確かに罪を犯して、命を失うことで罪が償えた訳ではない‥‥
だが、彼は掛け替えのない娘と離れるという罰を受けた。この上、彼に罰をというのか‥‥ 娘のためにも黙ったままではいられない‥‥」
緋室は日本刀に手をかけた。
「無体な」
クリスが矢を番えようと手を伸ばす。
「刃向かえば、只ではおかぬぞ」
巨大猫が爪を出し、シャーと毛を逆立てた。
「罪の大小や多寡など人が決めた物。我に関係はない。我は我の役目を果たしているに過ぎぬ。冥府には冥府の理があるのだ」
にゃにゃにゃと残忍な笑みを浮かべている。
「させません!」
巨大猫を包もうとした氷が掻き消え、神有鳥が裏拳一発で弾き飛ばされた。
咄嗟に水弾を放ったゲレイも返す裏拳で転がる。
「余計なことはせぬことだ」
前足を構え直すと、血に濡れたような赤い舌で水弾で濡れた鼻の頭をペロリと舐めた。
「遺髪くらいいいだろ? おまえの邪魔はせん」
緋室の刀に手をかけると氷雨はスラリと引き抜き、男の髪を一房斬り取った。刀を鞘に戻すと髪は香澄の手に握らせた。
「では、さらば」
男の亡骸を背に乗せると、にゃ〜と木魂を残して巨大猫は何処へとなく去っていった。
「どうして戦わなかった!!」
久留間が氷雨に詰め寄る。
「なら、お前にあいつが倒せたのか? 俺は御免だ」
吐き捨てるように言うと墓穴を埋め直し始めた氷雨を見ながら、久留間は固く握られた手を開いた。
冷や汗でじっとり濡れており、自分の緊張の度合いを再認識して、どれだけ危険な相手だったのか実感した。
「いいのです」
香澄の声に氷雨以外の全員がハッと我に返った。
「ああなってしまったのは定めなのでしょう。私の知らぬ父と理解できぬ理があったのです。
父の体がどこにあろうと、私の供養する気持ちは変わりません」
香澄はギュッと遺髪を握り締めている。
よっぽど自分より僧侶に向いてるんじゃないか? などと伊佐治は思った。
「これに入れておくといいよ」
伊佐治は用意していたお守り袋を香澄に渡した。
棺桶を埋める前に渡すはずだった物がこんな形で役に立つのは少し残念な気がするが‥‥
●名残
「村に居辛ければ、何なら私の棲家にでも‥‥」
悪戯っぽくクリスが笑った。
「墓参りも江戸からならそう遠くないしな。
働き口などは‥‥ ギルドの親仁が力になってくれるだろう。同情してたからな」
久留間は位牌に手を合わせた。
「お前‥‥ このままずっと此処で暮らすつもりか?」
氷雨は胡坐をかいて縁側に座り込んだ。ぼんやりと父の位牌を眺める香澄が頷く。
「罪人の子は、ただ‥‥蔑まされるのみ。一人が石を投げたら‥‥他の奴らもそれに続く。所詮この世など‥‥そんなものだ」
寂しそうに香澄は氷雨を見つめた。
「ここを離れろ」
氷雨は立ち上がると、部屋を出ていった。
香澄の肩を緋室が叩き、木板を渡した。
「これをどうするのかはあなた次第‥‥」
「これは?」
紹介状の裏書には緋室の名が記されている。
「俺ができるのはここまで‥‥。自分で考え、自分の足で地を踏み締めて決めなさい‥‥ 知り合いの小坊主だが、きっと力になってくれるさ」
緋室が微笑むと、香澄は頭を下げてそれを受け取った。
「そうですね。父がどのような悪行を働いたのかわかりませんが、尼として生きるのも道かもしれません」
そう言って香澄は微笑んだ。
「実の父親ではないかもしれない‥‥ それでも父と慕うのか?」
「血のつながりは血のつながり。親子の情とは別の物です」
意外な事実を知らされたというのに香澄は動じていない。もしかしたらと思っていたのかもしれないし、別の理由かもしれないが‥‥
「身寄りのない娘の一時預かりをする寺で良ければ、僕も紹介状を書くよ。
温和な尼僧さんがこれまたくわせもので、この前も‥‥こほん
いやぁ、静かな場所で身のふりを考えるのもいいかなと思って。それに、経のあげ方を習えばお父さんの供養にもなるさ」
「そうですね」
香澄は小さく笑うが、やはりどこか寂しげだ。
どこか無常を感じながら冒険者たちは村を後にした。
風の噂では、香澄は財産を全て金に換え、わかる限りの被害者にその金を分配して出家したのだという‥‥