●リプレイ本文
●その男、その性は
「私はキサラ、そして‥‥ この子が子猫のみぃちゃんだ」
みぃ〜と消え入るようみぃちゃんが鳴いた。ふわふわの毛が気持ち良さそうである。
「というわけで頭上の警戒はみぃちゃんがやってくれるんだ。よ・ろ・し・く・ね」
キサラ・ブレンファード(ea5796)が頭の上のみぃちゃんの前足を握ってお手々ふりふり。
「被害を受けた男の人‥‥ 悪い人らしい、ケド‥‥
あんな風になったままじゃ、悔いる事だって‥‥できないだろう‥‥し‥‥ 何とかして、戻さなきゃ」
俯く桐生純(ea8793)は何か伝えたくて、でも上手く伝えられない、そんなもどかしさを感じさせつつ自分の意志を伝えた。
「人を騙すのは悪いこと‥‥ えーと、うん。因果応報ってやつだねっ」
アオイ・ミコ(ea1462)はクルリと宙返りすると吟遊詩人のシーダの肩に留まった。
「知っていて悪い事をした者と、知らずに悪い事をした者とでは、反省や罪悪感を微塵にも感じない後者の方が悪いと言う。
あの男は恐らく前者で、良心が痛む夜もあっただろう。だから、何か恐怖にとり憑かれた」
湯田鎖雷(ea0109)の口の端が僅かに歪む。
「『自分を失う』というのは、死よりも恐ろしい‥‥ そうさせるモノが身近に有るというのも恐怖だ。
私が安心するためにも、原因は突き止めないとな‥‥」
片手で顎を触りながらウェス・コラド(ea2331)は思案を巡らせた。
「金の為なら何でも‥‥ 私はこの人が嫌いです。人間が、お金に使われるなんて。
けど、助けなければ。この人はきっと変わる、恐怖を知ったから」
陸潤信(ea1170)もそうだが、今回の依頼に関してそれぞれに思うところがあるようである。
「理由はどうでもいいわ。やり直せると信じた男がああなってしまったのは何故なのか、結果を出して頂戴。後はあなたたち次第」
シーダは竪琴を爪弾くと、歌を紡ぎ始めた。
「私の好奇心を満たしてくれれば良いのだが‥‥」
ウェスの一言を残して、冒険者たちは部屋を後にした。
男のことを調べるのはそれ程難しくはなかった。
奇声を上げながら走り回り、怯えたように震える男なのだから自ずとあれは誰だって話しになり、情報と共に噂が錯綜していた。
「気の毒になぁ。近頃はちゃんと働いて小金持ちになってたっていうのに」
「どういうことだ?」
「よく飲みに来てたんだよ」
「ほぅ」
「熱燗1本に漬物を少し。それだけしか頼まないんだけどね。
以前は3日に1回くらいだったのが、2日に1回、来る時には毎日来てたからね。少しは羽振りが良かったみたいだよ」
「仕事を変わったのか?」
「いや。それに、日払いの荷運びだから、そんなに給金は変わんねぇよ。だから聞いてやったのさ」
人足風の男は得意げだ。
「どうして、そんなに羽振りが良いのかってさ」
「それで?」
「いつの間にか金が貯まってる箱を見つけたのさって言ってたよ。そんな馬鹿な話があるかって笑い飛ばしてやったがね」
「そうだな」
人足風の男は楽しそうに去っていった。
「いつの間にか金が貯まってる箱だと? 私を馬鹿にしてるのか?」
ウェスは眉を顰めると噂の男を捜し始めた。
●神社
事件の起きた神社も比較的簡単に見つけることができた。
男の住んでいた長屋から仕事場である湊の荷付き場の間にあった神社はいくつかあったが、道すがらというのは1社しかなかった。
聞き込みをすると確かに足繁く通っている男がいて、少し前に絶叫を上げながら社から逃げ出すように去っていって、それからは姿を見せていないと言う。
冒険者たちは神主に会うことができた。
「私は会ったことがございませんが、何かが落ちてくるという云われは聞いた事がございます。
長い髪で覆われた巨大で不気味な顔が落ちてくると言い伝えられておりましてな‥‥ あれでございます」
少し歩いた神主の指差す先には社の堂の中の大きな絵馬が。
鳥居からぼさぼさの長い髪の毛を巻きつけてぶら下がるように顔だけが描かれており、ぎょろりと血走った大きな瞳、あぐらをかいた歪な鼻、顔の半分はあるかというような大きな口、そしてその大口からは巨大な牙が何本も覗いていた。髪の毛の間からは鋭い爪を持つ腕が2本、不気味に生えており、巫女姿の女と農民風の男が逃げ惑う姿がおどろおどろしかった。
「昔、この社に仕えていた巫女の1人が夜な夜な男を引き込み、神を奉るべき社の中で不届きな行為を繰り返しておったのだそうです。そのとき、このような神の使いが現れて、不埒な巫女を叱ってくださったのだそうです。それが、この絵馬の神の使いでございます」
「化け物にしか見えないが?」
湯田は懐の魔よけのお札を確かめた。そうだよなという表情を浮かべる冒険者たちに神主は頷きながら話し始めた。
「神というのは時におどろおどろしいものです。
厳しく荘厳な御柱も神様でございますし、時には優しく温かい御柱もおられます。また、時には恐ろしく容赦のない御柱も‥‥
千変万化(せんぺんばんか)にて八百万(やおよろず)の神々がおわします」
神主は拍手を打つと静かに目を閉じた。
「この御方も神の使いと伝えられておりますが、きっと1柱でございましょう‥‥
私は幸いというか、この御方の回向に立ち会ったことはございませぬが。こんな話でお役に立ちましたかな?」
一度絵馬に目をやって冒険者たちを見渡した。
「近頃、変わったことはありませんでしたか?」
「さぁ、賽銭の額が少なくなったような気がするくらいでしょうか?
百鬼夜行以来、暮らしの苦しくなってしまった皆様もおられますし、それは仕方ないことでございます」
浮世離れしている感じがするが、大らかな人だと陸潤信は思った。信心深い彼にとっては理解できる話でもあった。
「泊り込んで調べても構いませんか?」
「どうぞ。この御社が人に災いをなすなどという不心得者もおりましてな。調べてもらえば、そんなことはないとわかりますから」
さりげなく断定するあたりが神主の信心深さを表しているというか‥‥
兎も角、調査は許された。
陸潤信は、まずは賽銭を供えて参拝することにした。
「何も起きなかったな。不審な奴も現れなかったし」
身を清め、どぶろくと賽銭を供え、参拝を済ませた湯田は、愛馬・めひひひひんと共に社に一泊させてもらったのである。
境内の掃き掃除をしていた湯田は、箒の柄の頭に手をかけて、溜め息をつきながら顎を乗せた。
「そうですね」
陸潤信は湯田につきあって泊り込んでいた。
夜気は体に凍(し)みたが、神社が布団一式を貸し出してくれたので凍えることはなかったようだ。
「こっちも駄目」
神社の近くで軽業師の見世物をしながら情報を集めていたアオイも収穫はナシのようである。
まぁ、任侠のお兄さん方が現れて見世物での稼ぎはほとんどチャラ。客はそれなりに集められたので、それだけが満足といったところか。
「せめて‥‥ 何か起こってくれたら‥‥」
桐生の成果もそれほど上がらなかったようである。
男の言っていた『おとろしぃ』は恐ろしいを表しているんじゃないかとか、御社で不信心なことをすると罰(ばち)が当たるとか、当たり障りのない情報ばかり。
ただ、恐怖に心乱された者を回復するにはメンタルリカバーを施せば何とかなるかもしれないと聞き込んでこれたのは収穫か。
「お役人に神社での盗難がなかったか聞いてみたけどないって。
神社で盗んだ物を月道経由で外国に売り飛ばしているのかとも考えたりしたんだけど違ったみたいだね」
可能性を消す安堂嶺(ea7237)の情報は十分な成果と言える。
どうやら、事件の裏に盗賊団が関わっているような感じではない。もしそうなら、どこかに煙が立ってもおかしくないからである。
役人たちが何か掴んでいるような感じにも思えなかった。これに関しては安堂の勘にすぎないのかもしれないが‥‥
「あの人、橋の下で震えていたとこを3人で捕まえたんだよね。すごく怯えてた。ちゃんと長屋があるんだから、そこで寝ればいいのに」
安堂はキサラが担いでいる荷物にポンと手を当てた。
「怖くて不安だったんだろうけどな。
それはそうと、犬、狐、猫、臼、すねこすり、毛玉、狸、おとろし‥‥ 言葉に反応しないか色々試してみたけど駄目だった。
何かに反応すると思ったんだが‥‥ ただ、毛玉とかおとろしには少し反応があったように思った。
で、連れてきた」
キサラが袋の口を開いた。さっきからアオイが興味を持ってつついていた袋の中に入っていたのは男が1人。
「連れてきたんだぁ。この人がそうなの?」
「あぁ」
「この人、大丈夫?」
「大丈夫、手加減はしてる」
笑うキサラの横では、絞った手拭いを安堂が男の額に乗せている。
「私抜きではそんなところか」
湯田たちが声のした方を見るとウェスが神社のあちこちを眺めている。
「ふむ、これだな‥‥」
ウェスは、あの絵馬の前で一度頷いた。
「キミたちが調べたことを教えてくれないか?」
「そうですね」
陸潤信はウェスに絵馬のことを説明した。
●暴挙ゆえの‥‥
それぞれに得た情報を交換しているうちに、男は目を覚ました。
「私自身は『神』をまったく否定するワケじゃあない。『祈れば助けてくれる』とかそんな都合のいいものではないと思うだけでな。
私の考えが正しければ、これで何か起こる」
ウェスの態度は落ち着いていた。サイコキネシスで操った賽銭を箱から取り出すと、それを握り締めた。
「駄目だよ。そんなことしちゃ」
驚いたアオイはウェスに食って掛かった。
しかし、ウェスの予想は間違ってはいなかったようである。アオイにドサッと髪の毛が当たる。
「きゃあ」
慌てて、それこそ本当に飛び退(すさ)った。
ウェスは高速詠唱でアースダイブを発動させ、別の場所に姿を現す。
そこに現れたのは話に聞き、絵馬にあったようなあの髪の毛で毛むくじゃらの顔‥‥
男はすぐに頭を抱えて地面に伏せてしまった。
「こんにちは‥‥」
毛むくじゃらは桐生の方へ振り向いてはくれない。
「お許しを! この男も悪気があってやったわけではないのです」
ウェスと巨大な髪の毛の塊の間に割り込んだ陸潤信に爪が迫る。
咄嗟に受け止めようとするが、鋭い動きに陸潤信は対応しきれない。
弾き飛ばされると、強かに堂の欄干に背中を打ちつけた。1度手合わせすればわかる。自分の実力で敵う相手じゃない‥‥
「本当にいたんだな」
湯田は驚きながらも、我に返って毛むくじゃらとの距離を詰めた。
「慈悲を示されるなら、この霊験あらたかな話を人々に伝え、ここへの信仰を集めて人が通うように努力しよう!!」
しかし、完全に無視である。
「男の人を元に戻す方法を教えてほしい、ノ‥‥。あの男の人は、もう十分痛い目を見たし‥‥更生する機会を与えてほしい、から」
桐生の言葉にも耳を貸さない‥‥ というよりも、通じていない可能性もあった。
「全く、不信心なんだから」
あれが神の御使いならどちらの味方をすればいいのか迷うが、やはり仲間を護るのが先決。安堂は刺叉を構えた。
取り押さえようと刺叉を繰り出すが、相手は頭と髪の毛とそこに生えた腕だけの存在である。どうも上手くいかない。爪の逆襲を辛うじて十手で受けるしかない始末。
「こいつ強いよ。気をつけて!!」
キサラが叫んだ。江戸霜月刀武神と称される彼女を以ってしても、あの攻撃を受け切れるかは五分五分がいいとこだろう。
戦士としての勘が危険だと告げていた。日本刀に持ち替えて、柄に手をかけたとき、その手は陸潤信によって遮られた。
『お許しを!』
『誰だ?』
毛むくじゃらは陸潤信に視線を向け、暴れることを止めていた。
もしやと思ってかけたオーラテレパスが功を奏したようである。
『私は陸潤信といいます。あなたのお名前は何というのですか?』
『名前?』
『何と呼ばれているか教えてもらえませんか?』
『みんな、おそろしぃ、おとろし、言う』
『おとろしぃという名前なのですか?』
『わからない』
陸潤信は少し考えて話を切り出した。
『あの男は、あなたが現れるように無体なことをしただけなのです。賽銭は返させますので、どうかお許しを』
『神様の物、取った。許さない』
『少し前にもこんなことをした者がいましたか?』
『いた。何度も何度も神様の物、取った。だからいっぱい脅かした。脅かしたら逃げた。もう、そいつ来ない。とてもいいことした』
『その男は恐怖に怯えて、心を失っています。改心しますからお許しを』
『許す?』
『そうです』
『ここを護る。それだけ。神様の物、返す。あの男、追い払う』
連れてきた男の顔が恐怖に歪んだ。目と目が合ったのである。
「ぎ‥‥」
今にも悲鳴をあげようとしていた男が、キサラの手刀で崩れ落ちた。
「男を許し、恐怖から開放していただけないか聞いてくれないか?」
湯田が陸潤信の袖を引いて小声で話しかけた。
「この神社を護っているだけのようです。あの男の恐怖は、あの男によるものかもしれません」
「じゃあ、この妖怪に頼んでも治らないの?」
アオイが悲しげに陸潤信を見た。
「そういうことになりますね」
「そんなぁ‥‥」
「かわいそう‥‥」
地面まで高度を下げ、ハタリと座り込んだアオイを拾い上げた桐生の頬には涙が伝っていた。
その時である。
耳を劈(つんざ)く咆哮が全員を襲った。
安堂と湯田を除き、その場を逃げ出したくなる衝動に駆られる。
「これか‥‥ 駄目押しは‥‥」
ウェスは心をギュッと握り潰されるように不安になった。
「ウェスさん、早くお金を返して!!」
安堂が祈るように叫ぶ。
「返すよ。悪かったな」
気力を振り絞って握っていたお金を賽銭箱に入れると、毛むくじゃらの顔は姿を消した。
一気に力の抜けた一行は、安堵した。
●成り行きは
さて‥‥
シーダがメンタルリカバーを使える僧に頼み込んで気を落ち着かせ、男は正気を取り戻した。
心に深い傷を負ったままだが、これで普通に暮らしていくことはできるはずだ。
「再び彼方が同じような事を起せば、同じ恐怖を味わう様になる。妖怪は彼方を見ていますよ」
陸潤信の言葉に、男は再び震えて縮こまってしまった。
「太陽の下、真直ぐに生きていれば問題ありませんから」
しかし、簡単にはいかないだろう。
果たして彼に心の平穏が訪れる日は来るのだろうか‥‥
それと‥‥
あの神社には新しい絵馬がかけられたようである。そこには華国の言葉で一言‥‥『真的有神罰』と。