●リプレイ本文
●出発
ギルドで依頼を受けた冒険者たちは、各々別れて件(くだん)の蛙屋を調べることにした。
「僕の遊び仲間や女友達に聞いたんだけどね。店の噂や評判はいいよ。どうせだから一緒に調べに行かんか?」
「ちゃらちゃらした男は好かん。だが、一緒に行くくらいは構わん」
調査ということで、馴染みの店で情報を仕入れてきた八幡伊佐治(ea2614)がナンパしているが、鬼嶋美希(ea1369)にその気はない。
伊佐治は苦笑いすると着慣れた感じで着物の中で腕を組んだ。いつもの僧衣は着ていない。
「ま、いいけ・ど・よ。風御も誘ってくけどいいよな?」
ナンパモードだが、美希のことはとりあえずあきらめたらしい。深追いせずに話題を切り替えた。
持って行くものがあると先に帰った風御凪(ea3546)を誘うと3人は蛙屋を目指して街道を進んだ。
「出かけるときに何か買ってたんだ?」
「解毒の薬ですよ。越後屋のやつは大抵の毒に効くってんで重宝するんです。高いのが玉に瑕(きず)ですけど」
町医者の風御にとって今回の依頼は気になるものだった。医者仲間の話によると毒蛙の毒は中(あた)ってから1時間で死んでしまうと聞いたからだ。とにかく自分の目で調べてみないことに始まらなかった。
●歌声食堂 蛙屋
「ぼえ〜」
「アハハ、お客さん。歌なら私が歌ってあげる」
蛙屋から楽しげな歌声と手拍子、そして笑い声が通りまで聞こえてくる。
「らっしゃイ! らっしゃイ!! そこの旦那、ソウソウ色男のあなた。ここまで来て、蛙屋食べてかないと通じゃないですヨォ」
背中に丸に蛙の染め抜きの半被を着たニライ・カナイ(ea2775)が2人連れに声をかけた。本人が素っ気なく、教えられた客引き文句を棒読みしているので微妙に違和感がある。
「巷じゃ噂の蛙屋に、こんなに綺麗な看板娘がいるなんてよ。それだけで得した気分だな」
歌声と笑い声が絶えることなく店の外に響く。
「楽しそうじゃねぇか。当然、寄ってくだろ?」
「おぅ、あたぼうよ」
「お2人様ご案内」
ニライは2人の手を引くと、空いている席を勧めた。
店の中央ではニライとお揃いの半被を着た藤浦沙羅(ea0260)が歌っていた。歌で生活できるほどお金が取れるかどうかは微妙だが、客も楽しそうに一緒になって歌っている。いかにも楽しそうだ。
「2人前だな? 承知した」
「おぅ、頼むぜ」
「ところでよ、ネェちゃん。あんたの歌も聞きてぇな」
「いいよ」
客に催促され、ニライがお立ち台の上に立つと、店内の雰囲気がガラリと変わった。さっきまでの明るく楽しい雰囲気と打って変わって、楽しげだがどこか静粛な雰囲気である。雪のように白い肌が行灯(あんどん)の明かりにフワッと赤らみ、プラチナブロンドの髪が光る。どこかしら男っぽい着こなしや所作をしていてもやはりエルフ。容姿端麗という言葉が板についていた。
「沙羅ちゃんもいいけど、ニライちゃんもやっぱいいなあ」
「あら、ありがとう」
異国、ロシア王国の歌をうたうニライに向いていた視線が、料理を運んできた沙羅へと向けられる。
「お待ちどうさま。毒蛙の品書き全部なんてお客さんも好きね」
「おっ、来た来た」
手を揉んで一通り眺めると、客は箸をとった。
「おい、娘御、店主を呼んでくれぬか?」
沙羅が飯台の向こうに目をやると、物部義護(ea1966)が『意外にうまいな』という顔でこちらを見ている。
「少々お待ちくださいませ〜♪」
とびっきりの笑顔で応えると、沙羅は店の奥に下がっていった。
物部が主人が来る前にもう一口‥‥と箸を取ろうとしたが、その暇はない。
「いかがなさいましたか? なにか不手際でも‥‥」
「そうではない。あまりにうまかったのでな。後学のために捌いているところなど見せてもらいたいのだが、よろしいか?」
「はい。気に入っていただけたのなら嬉しゅうございます」
「へい、お待ち!」
胡瓜の塩もみを肴に美希が酒を飲んでいると料理が運ばれてきた。
「姿焼きは内臓を取り出して塩焼きにしてあるみたいですね」
「割とイケるじゃないか」
「ですね。ふぅん、こちらは足ですか」
美味しそうに蛙屋を食べる美希の傍らでは、風御が料理を割いてどこの部分が使われているのか調べている。
「店が終わったら‥‥」
伊佐治は料理を運んできた乳の大きな好みの女の口説きに夢中だ。
風御は苦笑して、蛙の足を口に運んだ。
物部たちが厨房に入っていく。
「蛙屋も堪能したし‥‥」
最後の酒をキュッと飲み干すと、美希たちは素早く勘定を済ませて店の裏口に回った。
「馬鹿やろ! こいつはちゃんと決めた場所に捨てとけっていつも言ってるだろぉ!!」
「すいやせん」
若い男が厨房から少し離れた小屋に入ると、蓋のある大きな桶を開けて、抱えていた盥(たらい)に入れた何かを放り込れ、サッと厨房へ戻っていく。
その隙に美希は近くの桶を手に取って、それに大きな桶の中身をすくうと小屋を離れた。
「どうだ? 何かわかったか?」
美希はゴミを風御に見せた。
「内臓でしょうか。同じ部分ばかりですね。この部分に毒があると考えていいでしょうが、私は化け物には詳しくないですからね。断言はできません」
「そうか」
「しかし、動物の中にはこういった袋に毒を持つものがいますので、案外そういうものかもしれません。内臓がきれいに取られてますから料理人の腕も確かなようです」
「安心しても良いということなんだな?」
「今のところは‥‥」
自信なさげだが、風御の知識の中では問題ないように思えた。
店の奥〜の方へ行くと、板場では何人かの料理人が包丁をふるっていた。
「かなり心得のあるものと見た。安心したぞ」
「ありがとうございます」
整理された調理場、よく切れそうな包丁、シャンとした出で立ち。武士の作法にも似たものを感じ、料理をしない物部にも板前の腕が良さそうなのは見て取れた。
「ふ〜ん。こんな風になってたんだ」
「なるほど」
いつの間にか沙羅とニライまで物部の影から料理人を覗き込んでいる。
「なんですか、沙羅さん、ニライさん。看板娘がそろってこんなとこにいてどうするんです」
店の主人の笑顔の中にちょっと怖い視線を感じる。無論、客である物部には見えないようにである。
「は〜い♪」
「わかった」
店に出る前にいろいろ教えられ、主人が客商売に関して真面目なのを2人は知っていた。だからこそ2人はもう少し見ていたかった気がしたが、主人の言いつけを守るために食堂へと戻っていった。
「お武家様、参考になったでしょうか?」
「うむ」
ああだこうだと説明を受けたが、動物や怪物に造詣が深いわけでもない。ましてや自身で料理をするわけでもない。
物部には専門的な判断はできなかったが、誠意を込めて調理していることだけはわかった。
●ハンティング
毒々しい極彩色を放ちながらも丸々太って美味しそうな(?)毒蛙をぶら下げた冬呼国銀雪(ea3681)が蛙屋に入ってきた。
「持ち込みだけど捌いてくれるかな?」
「こちらにかけてお待ちください。板長に聞いてまいります」
しばらくすると「引き受けました」と毒蛙は店の奥へと運ばれていった。
「よかったなぁ、ヨネスケ」
さっき中った客が介抱されているのを見ているので安心しきり。他の客が食べているのを見ると、それだけで辛抱たまらん感じである。
程なく、いろいろな調理法で料理されたヨネスケが運ばれてきた。
「さぁおいで、ヨネスケ。俺の腹の中に」
噂になるだけあって美味。これは評判になって当然だろうと銀雪は感心した。
「仕入れ人たちと一緒に毒蛙狩りをしたいんだけど、聞いてくれないかな?」
「ご主人さ〜ん」
銀雪に声をかけられた沙羅が店の主人を呼ぶ。
「へぇ‥‥ こちらとしては大歓迎でございます。仕入れの者たちを紹介しますので」
「そういえば、この毒蛙食べて死人って出たことあるのかな?」
「出るわけねぇ。越後屋の解毒剤も必ず置いてあるしよ。行き倒れてた坊さんが解毒の術を心得てるってんでよ、蛙屋さんが居候させてやってるのよ。まぁ、心配ねぇから俺たちも安心して蛙屋に納めてるって訳よ」
男たちは自慢げに話しながら、弱らせた毒蛙を捕まえている。
「毒を吐く袋を傷つけないように捕まえろよ。吐き出した物に触れないように気をつけるんだぜ」
忠告に耳を傾けながら銀雪は一心不乱に毒蛙を獲ったが、男たちのようにうまくはいかない。経験の差である。
それでも男たちとたくさんの毒蛙を狩った銀雪は、そのなかの1匹を分けてもらい、給金を手に入れた。
「また捌いてもらおう。今度はどんな名前にするかな」
浮かれる銀雪の足取りは軽い。
●大当たり〜!!
物部が食堂に戻ると、ひと騒動おきていた。
「目一杯水を飲め! そして吐け! どうだ気分は?」
ニライが手桶を片手に駆け寄る。
「こ・れ・で‥‥みんなに‥‥自慢できる‥‥」
ニライが介抱する。客の方はてやんでぃってな感じだが、どうもダメっぽい。周りの客も心配そうに見ながら、騒ぎがだんだん大きくなりつつある。
「大丈夫でございますよ〜。‥‥ そういうときにはどうするか、初めに教えたでしょう」
店の主人が奥から手をもみながら出てくると、ニライに小声で耳打ちして中った客の様子を確認するとパンパンと手を叩いた。
「先生、お願いします」
「解毒から墓場まで。選り取り見取りでっせ」
どこか両生類っぽい雰囲気の男がツルツルの頭を撫でながら店の奥から出てきた。何かに似てるのだが‥‥ そう、蛙にそっくり。袈裟をかけた男が封をした卵大の壷を片手にやってきた。
「先生、お願いします」
「あ〜、こりゃ解毒せんと死んでまうわ。あんさん、高〜い解毒剤と、タダのわしの解毒の術。どっちがえぇ? 好きな方にし」
「‥‥ 坊さんの術で‥‥頼む‥‥ぜ」
胡散臭いのか少しだけ躊躇した。
「そうでっか。蛙屋さん、まいどあり」
僧侶がアンチドートをかけると、客はたちどころに回復した。
「お布施でございます」
蛙屋の主人が1Gを僧侶に渡した。合唱すると経を少しだけ唱えた。
そのころ蛙屋近くの寺では‥‥
「みんなが食べてる毒蛙〜。それをこっそりひっ捕まえ〜て。煮てさ、焼いてさ、食ってさ♪」
図書館に行って毒蛙について調べたアーク・ウイング(ea3055)は、毒蛙が消化液を吐き出すことを突き止めていた。そして、それに触れて中ったものは1時間で死んでしまうことも‥‥ なかなか細かい解説の本を見つけることができたので、どこに毒が蓄えられているのかまで調べがついている。あいにく子供や老人には特に危険というような表記は発見できなかった。
だが、それにしてもちょっと無謀が過ぎよう。
ライトニングサンダーボルトで倒した毒蛙の毒袋を取り除くと、グツグツ煮た後に焚き火でコンガリ焼いている。
「できた〜」
「ぼん、やめた方が良いて‥‥」
「大丈夫〜。ウィザードといっても資料にかじりついているだけじゃ駄目なんだよ。やっぱり実践あるのみ」
や〜な臭いを放つ煮込み料理と串焼きを躊躇なく口に入れ‥‥
「ぼん〜!!」
伊佐治と風御は毒蛙が大量発生しているという川辺に行こうとして、寺からの悲鳴を聞いた。胸騒ぎを感じて2人は駆け出す。
「どうしました?」
「いや、止めたんですがの」
「おい、アークじゃないか! どうしたんだ」
「毒蛙を自分で調理して食べてしもうたんじゃ」
「うっ」
周りに嗅いだだけで気分の悪くなりそうな臭いがし、見るからに危険と五感に訴えかける料理が並べられていた。
「毒消し持ってきておいて正解だったよ」
「僕はこれを埋めてくる」
手ぬぐいで鼻と口を覆って料理に触らないように伊佐治は庭の先へと持っていった。
風御が秘蔵の毒消しを与えるとアークは程なく意識を取り戻した。
「きれいなお花畑が‥‥」
「とりあえず大丈夫。ここから離れたところに寝かせたいのですが‥‥」
「えぇ、そりゃもう」
老僧は安堵の表情を浮かべて小僧を呼んだ。
●調査終了
「お給金も出たしね。何か甘いものでも食べに行こうっと♪」
「うん、今回はなかなか面白い経験をした」
駆け出す沙羅を、働いて心地よい疲れを感じながらニライは追いかけた。
調査期間を終え、一行は各々ギルドへの報告のために江戸への帰路についた。
「あん‥‥ もう帰っちまうのかい?」
女が乱れ髪を直している。伊佐治はカンッと煙管を鳴らして煙草を火鉢の中に捨てた。
「もっといてやりたいんだがよ。江戸じゃ他の女が黙っちゃいねぇ。あんまり待たせるのも悪ぃだろ?」
「妬けちまうね。この生臭坊主」
しな垂れ寄ってきて二の腕をつねる女に笑みを残して伊佐治は部屋を後にした。
●リポート
役人は報告を聞き、危険はないものと判断して蛙屋には鑑札を与える方向で上には働きかけていくとギルドの親仁に話していたという。以下は今回のリポートの概略である。
物部:接客態度は良好。腕のたつ料理人が毒蛙の内臓を取り除いて残りを捌いていた。僧侶が在中するも、念のため解毒剤常備と特に問題なし。
沙羅:お客さんいっぱい来てくれて嬉しかったなぁ。でも、毒蛙食べるなんてすごいよね‥‥ 例えおいしくても沙羅は食べれそうにないな。
ニライ:毒蛙料理とは、ジャパンは変わった物を好むのだな。まだまだ理解できん事が多い。料理人の腕は確かなようだし、解毒を施すような誠意ある対応を見る限り、このまま営業して構わないだろう。需要があるからこそ繁盛しているのだし、無理に止めさせると民の不満が募ろうて。
銀雪:毒蛙の仕入れの男たちに同行したが、蛙屋の評判は良かった。毒の対策は蛙屋が十分にしているから安心して納められるといっていた。
伊佐治:巷の評判、店の雰囲気など問題なし。僕としては好感触。食べる前に「毒に当たっても自己責任」と誓約書を書かせたい。あと、アンチドート修得者常駐で調理のしっかりした店にのみ鑑札を出せば良いだろう。
美希:毒があるのは内臓部分であろうということしかわからんが、それはきちんと取り除いているようだ。
風御:毒のある部位を腕の良い職人が排除しているため、危険性については特に問題なしと考える。
アーク:毒蛙を食べると危ないね。川の向こうでお爺ちゃんが手を振ってたよ。自分で料理して食べてみて実感しちゃった。