人と人でないものの境界線

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月04日〜06月09日

リプレイ公開日:2005年06月12日

●オープニング

 江戸から徒歩で1日の村でのこと‥‥
「いや〜〜〜〜」
 女が着物をひん剥かれている。
「あっち行け!!」
 村人たちが農具を得物に必死になって戦っているが、そいつらは一向に意に介した様子はない。
「もう、お嫁に行けない‥‥」
 泣き崩れる女を尻目にそいつらは奪った着物を羽織ると、ある意味颯爽と山へと帰っていった。

 さて‥‥
 ここは江戸の冒険者ギルド。
「里に下りてきた大猿が暴れてるってんで追っ払うなり、倒すなりしてくれる冒険者を募集してるんだが、あんたやらないか?」
 ギルドの親仁が声をかけてきた。
 やるという冒険者の言葉にギルドの親仁の顔に笑顔が浮かぶ。
「よっしゃ。場所はここ。報酬はこれくらいで‥‥」
 依頼の説明を始める親仁だが、その途中で一度言葉を切った。
「人ではないが、結構頭が良いぞ。
 猟師たちが罠を作って撃退しようとしたらしいんだが、掛かったのは1頭。
 しかも、罠に掛かった奴も仲間に助け出されちまったらしい。
 それに、それ以降罠を避けるようになっちまってな。
 くれぐれも馬鹿にされないように気をつけてな。
 いくら頭が良いって言っても冒険者たちの連携と作戦には敵わないはずさ。期待してるぜ」
 一方的に期待されてると言われても困ると思ったが、同時に集団戦で猿に負けたら冒険者の‥‥ いや、人としての沽券に関わるとも‥‥

●今回の参加者

 eb0938 ヘリオス・ブラックマン(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1172 ルシファー・ホワイトスノウ(30歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2364 鷹碕 渉(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●4人の用心棒
「気を引き締めていかなければならないな」
 道中、寡黙を守ってきた鷹碕渉(eb2364)が、目的の村を前にして口を開いた。
 見た目の子供っぽさや、あどけなさが残る表情や仕草からは、どこか芯の通った雰囲気に少し違和感を感じる。
「そうだな。やはり、仲間を助けに来るくらい統率が取れているのなら、それを逆手に取るのがよいのだろうね」
 ヘリオス・ブラックマン(eb0938)は、馬上で考え込んでいる。
「人ではないにしても、生き物を退治する事は辛いです‥‥ 
 出来れば、猿達が傷付く事も無く、もう村にも入らないようにしたいです‥‥」
「甘いな。上手く生け捕りに出来れば良し。死んでしまったら、仕様がねえ。
 そこまで責任は持てねえよ。
 上手い事生け捕りにできたら、縄で縛って村に転がしておく。コイツを囮にして他の猿を呼び寄せるって寸法だな」
 苦渋の面持ちのルシファー・ホワイトスノウ(eb1172)に対して天山万齢(eb1540)は容赦ない言葉を浴びせた。
「俺は手加減しない。そうする以外、猿どもにわからせる手はないさ。村人が拒絶してるんだ。そうだろう?」
「確かにそうだけど‥‥」
 天山の言葉に鷹碕が反論するかにみえたが、それは遠くからかけられた村人の呼び声によって遮られる格好になった。

 村へ着いた一行は、村長の元へ挨拶に訪れた。
 一頻り事情などを聞いているうちに多くの村人が冒険者の到着を聞きつけ、縁側から顔を覗かせている。
 云わば村の用心棒。
 ヘリオスは好意的に迎えられるのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「失礼かもしれませんが、本当に大丈夫なのですか?
 か弱い異国の女性の方もおられますし、その‥‥お若い侍様もおられるようですし‥‥」
 村長は心配そうに冒険者たちを見渡した。
「大丈夫だ。俺たちに任せてくれ」
 鷹碕が自身ありげに笑みを振りまいたが、外見を見る限り、そう役に立ちそうにはない。
 図らずも、それが村人たちの総意のようだ。
「‥‥」
 聞かれると鷹碕にあれこれ言われそうな気がしたのか、少し離れた場所で天山は小声で狩人に何やら話している。
「‥‥という訳だ」
 村の狩人は数回頷いて天山と笑みを交わした。
「それでどうなさるのだね?」
 村長が穏やかな声で冒険者たちに尋ねた。
「猿を退治する際、この村の人間が自分達よりも強いという事を分からせておく必要があります。
 心苦しいですが厳しく行いましょう」
「そうですね。私たちは最も現れそうな場所に目星をつけて大猿たちを退治していきます。
 なるべく早く終わらせるようにしますが、皆さんも気を緩めずに村の周囲を警戒して下さい」
 ヘリオスとルシファーの言葉に村人たちは一応納得したようである。

●迎撃
「来ました。あれです」
 狩人の声に一行は少し緊張したように表情を強ばらせた。
 確かにでかい‥‥
 手を地面に擦るように動いているため、大柄な日本人と大して変わらない印象を受けるが、背を伸ばせばおそらくジャイアント並みの上背になるであろう巨大な猿が、器用に幹に手をかけながら山を降りてきた。
 偵察にでも来たのであろうか、食べ物でも漁りに来たのか、3頭の大猿が村の様子を窺っている。
「それでは打ち合わせ通りに」
 鷹碕の言葉に頷くとヘリオスたちは動き始めた。

「そりゃあ」
 突然の天山の斬り込みに動揺した大猿が血を吹きながら蹈鞴(たたら)を踏んだ。
 そこへヘリオスのチャージングと鷹碕の居合い抜き!
 膝をついた大猿だが、何とか立っていた。
 やるならやってやるとでもいう緊張状態の中、動きを止めた大猿がドウと突っ伏した。
 2頭の大猿が揺り動かすが、動く様子はない。
 天山が斬りつけると、2頭の大猿は慌てるように逃げ去って行った。
「コアギュレイトが効いてよかった。これで囮は確保できましたね」
 ルシファーたちは大猿に縄をかけると狩人に頼んで村人たちを呼びにやった。

●上兵は謀を以ってす
「獣は安全な道を通りたがるものです。ですから、幾つかある安全な道に私たちの臭いを残せば」
「その道は通らないということか」
 狩人の提案に鷹碕は納得した。
 確か兵法にもこういうときの言葉があったような気がしたが思い出せない。
「通る道がわかっているなら、そこで待ち受ければいいってことです。猟の基本ですね」
 狩人は笑っているが、いざ大猿との戦いの場にあっては十分に兵法として通用しそうである。
 それは戦力差を少しでも埋めてくれるものに違いないが‥‥
「別の方向から猿達が来るかもしれませんし、気を抜けませんね」
「そうだな。村人たちに見張らせておいて別の場所から現れたら合図してもらうことにしよう」
 ルシファーの心配に狩人は村人の協力を約束してくれた。
 というのも先の戦いで大猿を撃退し、1頭捕らえたというのが大きいのだろう。
 人数の少ない冒険者たちにとって渡りに船、断る理由はない。
「お願いします。うまくいくといいのだけど‥‥」
「うまくいかせるのさ。それが俺たちの仕事だ」
 天山は狩人と見張りの順番や場所など色々と相談し始めた。

 しゃりん‥‥
 僅かな鞘鳴りの音を響かせて閃光の軌跡が空を斬った。
「また、鍛錬ですか?」
「えぇ、精進あるのみです」
 穏やかな表情を向けるルシファーに対して、鷹碕は手を止めずに言った。
 夢想流の居合い抜き‥‥ その刹那の動きはどこか芸術的だ。
 見張りの途中にも鍛錬は欠かさない。それが鷹碕の信条だった。
「交代の‥‥」
 そう言いかけたルシファーを鷹碕が制した。
「来た。皆に知らせて」
 鷹碕は茂みに身を隠して遠方を窺った。
 暫時、天山とヘリオスを連れてルシファーが戻ってきた。
 5頭の大猿たちは、周囲に警戒しながら縛られて転がされている大猿に接近していく。
「悪さをしたなら厳しく罰するしかありません‥‥」
 ヘリオスは日本刀と十手を構えた。
 半分ジャパンの血が流れているからか、日本刀はヘリオスの手に意外としっくりくる。
「行きます!」
 距離を一気に詰めると、そのままの勢いで日本刀を振り下ろした。
 その間に天山たちも間合いを詰める。
 そこへ4頭の大猿たちが加勢に入った。
「後には引けないか」
「同感!」
 大猿たちに突っ込む鷹碕の隣を天山が走り抜け、追い抜き様にニヤッと笑った。

 得物を構えない鷹碕に攻撃する気がないと思ったのか嬉々として飛び掛ろうとしている大猿。
「ぎゃっ!」
 突然の痛みに転げまわる。
 一方‥‥
「くそっ、纏わりつくんじゃない!!」
 天山が大猿の爪を捌くが、一斉に襲い掛かられては剣の腕を見せることもできない。
 側面や背後から次々と猛攻を受けた。
「やりやがったな!!」
 1頭の大猿に深手を負わせるが、天山の傷も浅くはない。
 剣の捌きは一流。だが、多勢に無勢。
 こういう時にこそ敵の攻撃をかわす足捌きが役に立つはずなのだが、その修練をしていなかったのが災いした。
「回復している暇はなさそうです。一気に叩いてしまいましょう」
 囮の猿に止めを刺したルシファーが参戦するが、最初の激突で勝負の趨勢は大きく大猿たちに傾いた。
 倍する敵に対して当たったのである。単純に倍の傷を負った計算になる。
 それは、いかに技量で補えるものではない。
 単純に敵に対して倍の傷を受け続けることになるのだから‥‥

●各個撃破
 各個撃破を狙っていた冒険者たちは、その意に反して各個撃破の憂き目に会っていた。
「目の前には常に死があるもの‥‥ それはわかっていたけれど‥‥
 だが、ここは死に場所ではない‥‥」
 はぁ、はぁと荒い息を整えることもできず、流れる血に気は遠くなっていく。
「家名のためにも‥‥こんなところで倒れるわけにはいかない‥‥ん‥‥だ」
 鷹碕は切っ先の下がり始めた日本刀を構えなおし、思わず飲み込んだ唾に血の味を感じた。
「その通り‥‥だな」
 ヘリオスは少しでも可能性のある戦い方に賭けることにした。
「背中合わせに集まるんだ。それだけで全然違う」
 ヘリオスは、ルシファーにそうするよう視線を大猿に向けたまま促し、自分も鷹碕に近づくべく後ずさりした。
 リーダー格らしい大猿の号令で大猿たちが襲い掛かる。
 しかし、そこには固定砲台と化した鷹碕の居合い抜きやヘリオスのカウンターが待ち受けていた。
 大猿たちは、のた打ち回りながらも仲間の敵を討たんと爪を突きたててくる。
「持ちこたえてくださいね‥‥」
 ルシファーが大きな傷には意味がないとわかりながらもリカバーを施していく。この状況では小さな傷1つが命取りになりかねない。

 『小敵の堅は大敵の擒なり』、不意にそんな言葉が鷹碕の脳裏をよぎった。
 何の言葉だったろうか‥‥
 小軍は大軍の餌食となる。そういう古い兵法者の言葉なのだが鷹碕は思い出せずにいる。
 いや、それよりも目の前の敵を倒さなければならない。そうしなければ‥‥そこにあるのは『死』‥‥
「はぁぁぁあ!」
 気力を振り絞って大猿たちに日本刀で斬りかかる。
 普段の鍛錬のキレのかけらも見られない、形振り構わない剣捌きだが、それでも大猿を辛うじて捉えていた。
 天山も痛みをこらえて刀を振るう。その度に大猿たちに出血を強いるのだが、もう立っているのもやっとだ。
 しかし‥‥
 ここまで痛めつけても、あれだけ傷を負っていても立ち上がってくる人間たちに、大猿たちは完全に戦意を喪失していた。
 鼻の頭を抱えるように縮こまって仲間の後ろに隠れるようにしている者もいれば、とっくに逃げ出した者もいる。
「次‥‥」
 鞘へ戻す所作は、神速と噂される夢想流とは程遠い。
 だが、鷹碕の体はそうするのが当たり前かのように考えることなく鍛錬の成果を見せている。
 怯えた大猿に次の抜き打ちが放たれる。
 ドサッと1頭の大猿が地面に伏したのを皮切りに、猿たちが恐慌状態に陥った。
 ぎゃ〜‥‥と叫び声を上げながら我先に大猿たちが山の中へ入っていく。
 揺らいでいく視界の片隅に、その姿を捉えながら鷹碕は張り詰めた集中を解いた。
「あ、あんた‥‥」
 家の影から狩人が飛び出すが、刀を鞘に戻しながら前のめりに倒れる鷹碕を支えることはできなかった。

●結末
「あ、あんた! 気がついたよぉ」
 涙を流して側の男に手招きする女の姿‥‥
 見知らぬ天井‥‥
 体中が悲鳴を上げて言うことを聞かない‥‥
「よぉ‥‥ 助かったみたいだな」
 声の主を探して鷹碕が僅かに首を回すと、痛そうに笑みを浮かべるヘリオスが横たわっている。
 酷い寝癖のせいで実際よりやつれて見えるが、自由に起き上がっていられるほどの余裕はない。
「そうか‥‥ ここは‥‥ 生きてるってことは勝ったのか?」
 はっきりしない頭で鷹碕は息を大きく吐いた。
 薄れていく意識の中で何か聞いた気がしたが、何と言っていたのか聞き取ることはできなかった。

「人と猿とが共存できるのは、人が優位に立っている時だけでしょう。
 人が猿に負けた場合、猿は村を蹂躙するでしょうし‥‥ 
 共存って難しいものなんですね‥‥」
 ヘリオスは大きく溜め息をついた。
 自分たちが敗れていたらと思うとゾッとする。
「もう村に来ないですよね‥‥」
「そう願いたい‥‥な」
 ヘリオスの向こう側に寝ていたルシファーと天山も、やがて静かに寝息を立て始めた。

 さて‥‥
 一命を取り留めた一行は、村人たちに付き添われて江戸ギルドに帰還した。
 とりあえずギルドの仮眠部屋に転がされているが、寺へ行って傷を癒してもらうなり、長屋に帰って回復を待つなり、身の振り方を考える時間はそう長く用意されているわけではなかった。
「これは村人たちからの感謝の気持ちだそうだ。少なくてすまないと謝っていたぞ。
 見舞金を貰える依頼なんて、そうそうないからな。余程お前たちのことを気に入ったんだろう」
 見舞いに来てくれたギルドの親仁がそう言って、手にお金を乗せてくれた。
 思わず頬に何かが伝う‥‥
「よかったな。帰ってこれて」
 軽く体を叩いてくれる親仁さんの手の温もりが、無性に温かかった‥‥
 今のところ、かの村に大猿が再び現れたという報告は入っていない。