●リプレイ本文
●神の使い
村へ到着した冒険者たち。
人喰いの大猿の退治を依頼した当の村人たちであったが、どうも最後の1歩が踏み出せないらしい。
なかなか大猿に関する情報を伝えてくれようとはしない。
「本当に大猿が山神様でも、無益に人を殺めることはよくないですね」
思わずそう口にした大宗院鳴(ea1569)であったが、実際の村人の気持ちとしては少し違う。
自分たちが不用意に山を傷つけてしまったことに畏れ、分を越えてしまったことに対して無意識に自身を戒め、人喰いの大猿に神の意思を映したのは極々一般的なジャパンでの自然信仰の1つの形なのだ‥‥
「兎も角、人の味を覚えてしまってる以上、放っておくわけにはいきませんね‥‥」
ただ、風月陽炎(ea6717)の言い分も尤もである。それは村人にもわかるのだ‥‥
「俺は那須で山の神様と会ったが、あの方々はそんな事はしない。俺達に任せておきな」
「どちらにしてもこれ以上の被害は食い止めないとな」
鷲尾天斗(ea2445)と久留間兵庫(ea8257)が村人たちを熱心に説得していく。
その甲斐もあって徐々には打ち解けてはいるが‥‥
「なぁ、ここまで来て手ぶらで帰るわけにもいかないしさ。どんな風なのか調べるくらい構わないだろ?」
ここでも鷲尾の人懐っこい笑顔と明るい性格は村人たちの心を解かしている。
「そうです。どんな怒りをもって人にこのように仇なすのかわからなければあなたたちが困るのですよ」
大宗院がダメ押しをするが、いまひとつ気持ちを動かすことができない。
「峠に行くのは山神様に話を聞いてもらう為で、山神様の怒りを煽る様な事は決してしない」
久留間のこの言葉が決め手になったようだ。
村人たちは峠での事件を詳しく話し始めた。
村への道を少しばかり戻ったところで待機しているのは鷹波穂狼(ea4141)とクリス・ウェルロッド(ea5708)と刀根要(ea2473)の3人。依頼の仕上げに山神の使いをやる彼らは姿を村人に見られるわけにはいかなかった。
そんなこんなで、いつでも移動できるようにして、大猿の襲撃に備えて3人で交代しながら臨戦態勢のまま休憩を取っていた。
「人を襲う猿が神の使い? んなバカな。仮にそうだとしても村人を襲うのは許せねぇよ」
「しかし、細いにしても道を作った途端、ですか。
何かが妙ですね。大猿にとって不都合な事、もとい大切な何かがあるのでしょうか‥‥
とにかく、私は依頼をこなすのみ。憶測のみで慈悲をかける程、実力で勝っている訳でもないでしょう」
出番まで姿を隠していなくてはならない彼としては、優雅に木陰で幹に背を預け、今は彼の信じる神に祈りを捧げるのみ‥‥
(「主よ‥‥ 全ては貴女の御言のままに‥‥」)
クリスは花の香りを嗅いで、それを空に掲げる。
「確かに‥‥ 人外の者との戦いは予想もつかぬことが起きるものです。
人を食する大猿ですから、動きが素早く、人相手とは違う戦いをしてきそうですからね」
ここのところ妖相手に苦戦続きの刀根は、これまで以上に慎重になっているようだ。
そして、新たなる高みへ向かって踏み出そうと模索を始めるのであった。
●囮
「大猿さん、いらっしゃいますか?」
「それじゃ囮にならないでしょう? 通りがかったふりをするんです」
こういうことをしてしまうあたり天然と言われる所以であるが、どこか憎めないのが彼女の魅力でもあった。
現にニコニコ笑顔でこのように言いながら山道を歩く大宗院に、風月は苦笑いするだけだ。
そのとき、木々の間からゲゲと低い笑い声が響く‥‥
「何ですの?」
「出たんですよ。逃げるんです」
素で不安がる大宗院に風月が耳打ちして手を引いた。
「おっと、少し話していこうよ」
「つれないぜ。ひゃっひゃっ」
元々声がしていた方に現れた1頭とは別に、2人の行く手を2頭の大猿が塞ぐ。
「喋る大猿がいっぱいです。3頭もいらしたのですね」
あれよと云う間に2人は囲まれてしまった。
「わかってるな?」
「はい」
構えをとる風月が大宗院に目をやると、小さく頷くのが見えた。
「わかっても、わからなくても」
「お前たち俺に勝てない。」
「その通り。勝てるわけない」
楽しそうに笑う大猿を牽制しながら風月は退路を探した。
目の前に繰り出される腕を風月が捌く。
「ぶひゃっ‥‥ お前たちは囮になって」
「ひゃひゃひゃ‥‥ 俺たちを待ち伏せの場所まで誘き寄せるのが役目」
「逃げられない。逃げられない。お前たちここで死ぬのだから」
風月は、さ〜っと血の引く音を聞いたような気がした。
「皆さんに合図を。稀に心を読む魔物がいると聞きます。この大猿は、それなのでしょうけれど‥‥」
「今は、この場を何とかしないといけない訳だな‥‥」
風月は大宗院の手を引いて走り抜けながら呼子笛を吹いた。
ビリッと痛みが走るが、ここでジリ貧の戦いを続けるよりはましだ。
大猿たちの動きのキレを見る限り1対1なら負ける気はなかったが、流石に風月と言えども一斉に襲い掛かられたら良くて1体と相打ち‥‥ 大宗院と2人がかりだとしても勝率はかなりマシになる程度か‥‥ そう考えての行動だったのだが‥‥
「痛いですよ。手を放してくださいませんか?」
大宗院の声にハッと手を放した。
●急行
「笛の音がしませんでしたか?」
「私も聞いたような気がします」
刀根と神楽が顔を見合わせたのを見て鷲尾が飛び出した。
「待ち伏せはどうするんだ」
鷹波がそれを追いかけながら叫ぶ。
「失敗したのさ。笛の音がその合図だったろ」
先を行く鷲尾が霞刀を両手に抜いて走っていく。
「急ぎましょう。私は念のために、こちらから回り込みます」
神楽聖歌(ea5062)は山に分け入ることにした。囮の2人が出発してそれほど時間は経っていない。
だとすれば、このまま木々の間を抜ければ、大猿たちの退路を上手く断てるかもしれない。
「レディ‥‥ それならば、私がお供しましょう」
クリスが道案内を買って出た。
それほど森歩きに長けているわけではないが、女性の手助けは彼の宿命のようなもの。
1人で行かせるなんて以ての外、当然の成り行きである。
さて‥‥
大宗院と風月は来た道を辿って逃げていた。このまま行けば仲間たちと合流できるはず。
道の悪さに何度か追いつかれそうになるのを風月が囮になって時間を稼ぎ、俊足を活かして何とか逃げ延びていた。
道の向こうにジャイアントの影‥‥
「あの猿、心を読みます。お気をつけください」
「あいよ」
仲間の姿を確認して踵を返した大宗院の背中に鷹波の声が飛ぶ。
「何人来ても同じこと。俺たちも沢山いるからな。沢山食べてお腹一杯だ」
一気に目の前に迫る大猿の1頭に霞刀と月露を同時に繰り出す! 傷は浅い。
「あの女、美味そうだ。俺、あれが食べたい」
「いいこと言う。俺も食べたい。仕留めた方が食おう」
大猿たちの爪が大宗院に迫る‥‥
「そんなことさせるかよ」
そこへ、両手を広げるように刀を構えた般若が飛び込んできた。
「俺の名は外道を狩る双刀の猛禽、鷲尾天斗。しばらくお前らの命は預かった」
大宗院を庇うように大猿の爪を鷲尾はその身に受けるが、殆んど傷らしい傷にはならない。
日頃から受けまくっている強敵の一撃に比べれば、蚊に刺された程度。
「お前、いつも無茶なことしてるだろ。ホント無茶苦茶だ」
「う‥‥ 心を読んだのか! え〜い、言われなくてもわかってるって!」
般若がタジタジしている様子は。
「それに、本気でそんな面に俺が騙されると思っているのか?」
「そう、俺たち馬鹿じゃない。お前、人間だ」
「む〜‥‥ 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ」
面を上げた鷲尾が大猿たちと喧々囂々やりあい始める。
「毛むくじゃら〜!」
「バッテン傷〜!」
何がなにやら‥‥ 大宗院は不思議そうに首を傾げている。
「天斗さん、よくやりました。さぁ、逃がしませんよ」
ハハハッと気がついて大猿たちが周囲を見渡す。
鷲尾も一緒に我に返っているあたり、言った刀根も苦笑いするしかない。
一足先に刀根が戦場を迂回して回りこみ、他の冒険者たちも追いついて取り囲もうと包囲網を作り始めている。
「鬼道衆が牙の一人、風月陽炎。参ります!」
戦略的撤退を取らざるを得ずに言えなかった口上と共に、風月が頭突きと共に両の鉄拳を見舞う。
「うぼぁ‥‥」
大猿がくの字に突き飛ばされる。
「さっきのお返しです」
風月はフンと息を鳴らした。
「突破されたら終わりですからね」
かなりの怪力に思えたが、久留間ほどの実力者になれば、その力を受け止める術も受け流す術もお手のものである。
算を乱して突破しようとする大猿の爪を十手で軽々と受け、久留間は日本刀の一撃をガラ空きの胴に薙ぐ。
「そう、逃がさない。俺の名にかけて」
囲みを解こうとする大猿の爪を体で受け止めてニパッと笑うと、鷲尾は翼の如く広げた刀を窄める。
片方の翼は胴を深く薙ぎ、もう片方が首を半ば斬り落とした。
驚いて木々の中へ逃げ出そうとする大猿だが、そこには神楽とクリスが回り込んでいた。
「これ以上、好きにはさせません」
神楽のオーラを付与された野太刀が1頭に深手を負わせた。
それでも突破しようとする大猿にはクリスの矢が容赦なく突き刺さる。
思わず尻餅をついたところに両の手にそれぞれ握られた鷹波の霞刀が振り下ろされ、地に伏した。
「白狼神君‥‥ この程度の相手では戦いの空気を感じることはできないようです」
仲間たちの力量に助けられたと言うよりは、相手が弱かった気がする。
無論、同数であれば苦戦する可能性は十分にあるが、これだけの人数の手練が集まれば‥‥ということだ。
刀根は長槍で大猿を突き倒し、穂先を胸の中央に僅かに突きたてた。
「降参する」
動かなくなった大猿2体を見つめて、生き残った大猿も観念したようである。
「お前らに仲間はいるのか?」
鷲尾が刀を突きつけた。那須の十矢隊の鬼副長の尋問は一撃で大猿を屠った現実を踏まえているだけに大猿も首を竦めて観念している。
「俺たちは群れたりしない。たまたま会っただけだ」
「それじゃ、お前たちだけなのか。それなら、白面の妖狐について何か知らないか?」
「知らない。西は物騒になった。俺たちは逃げてきただけなんだ」
器用に身振り手振りまでつけて話す姿に嘘はないようだ。
「本当に知らないようですね」
刀根が大猿を見下ろす。
「お前たち、俺を殺す」
「そうなるでしょうね。約束しても人を食べないわけにはいかないのでしょう?」
「恐怖の味付けがされた人の肉は俺の好物‥‥ 食わずにはいられない」
大猿は覚悟を決めているようである。
「その言葉が何を意味するのかわかってんのかい?」
鷹波が念を押すが、大猿は頷くのみ。
「それならば、せめて苦しませずに葬ってやりましょう」
久留間たちは得物を構え、一斉に一撃を加えた。
●真の使い
「お前らを襲ったのは只の妖怪。あれが本物の山の神の使いだ」
鷲尾の指差す先には何やら人影が‥‥
よく目を凝らすと恐ろしげな顔に長い金色の髪の鬼と側に控える山鬼らしき鬼と槍を担いだ鬼。
久留間たちが頭を下げるのを見て、村人たちも頭を下げた。
「大猿たちは山神の掟を破り、人を殺め、人の味を覚えてしまったために、山の神が天罰を与えました。
あの山の神の使いは、わたくしたちが山の中であの猿たちに襲われていたところをお救いくださったのですよ。
山に不逞な行為をしないかぎり、山神様は人を殺めたりしないのです」
山神の真の使いを大宗院が村人に紹介する。
「ありがたや、ありがたや」
村人たちは巫女の言葉を鵜呑みにしているようである。
長槍を担いだ鬼が村人たちに近づいてきた。
訳のわからない言葉で話しかけ、通じていないのに気がついて、やがてその体から光を発すると人の言葉を話し始めた。
「そうでしたね。人の使う言葉とは違うのだということを忘れていました」
長槍の石突を地面に立て、威圧するような存在感で村人たちを圧倒している。
「山神様のお怒りは‥‥」
「そのようなものはない。
そもそもあの猿らは神の使いではないのだからな。
よって彼等に力を貸し猿を倒した。犠牲になった者を供養と街道の守護を兼ね、この像を祭るのが良い」
長槍の鬼は懐から木彫りの像を取り出し、村人に手渡した。
「うまくいきそうですね」
「はい。人を幸せにすることが神様の役目であると思うのです‥‥」
神の在り様について思索にふける大宗院であったが、はてさて‥‥
なお、この村では金色の髪の鬼面の山神を祭り、槍使いの鬼と山鬼を護鬼として一緒に祭ることになったと聞く。
程なくして建立された社には本尊として木彫りの仏像が安置されたという‥‥