●リプレイ本文
●京都
黄泉人たちが御所を狙って黄泉人たちが京の街に押し入り、火を放ち、警備や街の者を害しており、京の街の喧騒は想いの外、激しい‥‥
それでも京の街の被害は本格的な合戦に及んだ地に比べれば、まだ浅い。
そんな戦で傷ついた者たちに無償で手を差し伸べた者たちがいた。
小さな活動だったが街医者の有志と一部の冒険者たちによって避難民たちの一部が救われたのは確かである。
無論のこと、彼ら全員が救われたわけではないが、多くの者が感謝の念を口にしていた。
これは、そんな心優しい者たちの記録‥‥
●医療局・臨時救護所
「あなたは後回しでも助かる。わかってくれ」
駆け込み場の1つを任され、医療局・臨時救護所として立ち上げた白翼寺涼哉(ea9502)たちは効率的な医療を目指していた。
それが傷病の度合いに応じて治療の優先順位を振り分けるという方法だ。
しかし、自分の方が先に来たと治療を求める者も少なくない。ましてや傷の度合いなど、素人にそうそう判断のつくものではない。
本来、物資集積基地として機能させるための場所であったし、応援人員の派遣をも視野に入れていた基幹基地なので、対応能力はそれ程高くないのである。
「天道先生、重傷人がいる。こっちを先に頼む!」
「はい!」
念のために傷を洗い、メタポリズムを施すと傷が一気に塞がっていく。
すさまじい威力を目の当たりにした患者たちが我先にと天道狛(ea6877)の元に押しかけた。
「このままじゃ収拾がつきません。白翼寺さん!」
ソムグル・レイツェーン(eb1035)が白翼寺に叫ぶ。
「仕方ない。この場を収拾することを先決にする」
白翼寺の指示で次々と手当てとリカバーが施されていく。
「ひえ〜、凄かったね」
教えてもらったばかりで四苦八苦しながらの手当てだっただけに、狭霧氷冥(eb1647)はグッショリと冷汗をかいていた。
「天道先生もソムグルも狭霧もありがとう。よく頑張ってくれた」
ホッと一息ついて腰を下ろしたらドッと疲れが込み上げてきた。
「これ、さっき作っておいた吸い物。冷めちゃってるし、腹の足しにならないだろうけど」
狭霧の持ってきた椀を受け取ると皆一気に呷った。
これから一時こんな感じが続くのかと思うと正直げんなりだが、傷ついた人たちを助けてあげたい気持ちがそれに勝る。
「他のところも、こんな感じかもしれないですね」
ソムグルも床に舞い降りるとペタと腰を落とした。
「俺たちは回復の術が使えるからまだいい。回復の術を持たない医者や薬師だけのところなんか大変だぞ。何か手を考えないと」
「それなら私が見回ってきます。飛べますし」
「お、ありがたい。早速そのように。
各駆け込み場の物資もここで管理できるように手紙を書きますから、それぞれの責任者に渡してもらえますか?」
「問題ないです。臨時の医療特別シフール便といったところですね」
ソムグルは小さく頷いた。
「包帯とか着物とか足りそうにないけど、買い出しに行って来ようか?」
「そうだな。足りなくなってからでは遅い。狭霧に今のうちに行ってもらおう」
「自分にできることをやる。それだけだよ。任せて」
狭霧はグッと拳を握ってみせた。
「天道先生、手が少なくなるが大丈夫か?」
「大丈夫、何とかします」
白翼寺たちは目を合わせると気合を入れるように立ち上がった。
●駆け込み場
京の街にいくつか作られていた駆け込み場の中は綺麗に磨き上げられており、患者たちは清潔な着物をつけている。
比べて医師や介護の者たちの格好はお世辞にも清潔とは言い難い。
冒険者たちの手出しや町衆からの僅かな提供品などで何とか回っているが、医師たちが頻繁に着替えられるほどではないのも現状なのだ。
そしてそれは、彼らの奮戦ぶりを如実に表していた。
「先生、こちらの方が苦しそうにしております」
「朱鷺宮殿、済まぬな。本来ならばワシらが気がつかねばならぬのに」
「いえ、耳は良い方ですので方々の声が届きやすいだけでございます」
束ねた髪はあちこち乱れ、襷掛けした着物には血が飛んでおり、普段の朱鷺宮朱緋(ea4530)からは想像もつかない格好である。
「手当てはうまくいっているのだがな‥‥ 済まないが回復の施しをお願いできるか?」
「はい」
朱鷺宮は裾で汗を拭うとリカバーを患者に施した。
患者が静かに寝息を立て始めたのを見て、朱鷺宮も医者も安心したようにホッと息をついた。
「それにしても思ったよりも大変なことになっておりますね」
小さな傷を負ったような怪我人も合わせると、その数は京全体で数百人にも及んでいた。
医師たちの指示で小さな怪我を負った者たちは余裕を見て優先的にリカバーで治すことにしていた。
当初こそ軽傷者には手当てのみとしていたが、次第に病傷者の数が落ち着いてくるに従って、今度は包帯を替えたりしなければならない軽傷者たちが負担になってきたからである。
重傷者を確実に治す一方で軽傷者はリカバーで確実に治癒させる。自力で動ける人数を増やした方がいいという判断であった。
実際に効率が良かったし、医師や冒険者たちの献身的な行動を見て、手伝いをしてくれる者も出ていた。
それでも忙しいのに変わりない‥‥
寝返りをうつのを手伝い、寝所に風を通し、日に当たるのに医師や冒険者たちが付き合ったり、話し相手にまでなっているのである。余程の信念がなければ、ここまではできない。
「お姉ちゃん、笛吹いて」
同意する周囲の者たちの言葉に朱鷺宮は優しく微笑むと横笛を吹き始めた。
どこか拙いが静かに流れるような調べが駆け込み場に響く。
忙殺される中の一服の清涼剤‥‥ その音に思わず眠りに落ちてしまう患者もいた。
「まあ、必要な物も日に日に増えていく一方だし‥‥ こんな時にこそ頑張らないと!」
実際に駆け込み場まで生きて辿り着く重傷者は運のいい方であった。
逢須瑠璃(ea6963)が物資調達の途中で拾った難民は、その運のいい方の1人だ。
そこへ、どこからか笛の音が聞こえてくる‥‥
「朱鷺宮さんの笛の音ね‥‥ 疲れが吹き飛ぶわ。私も頑張らないとね!」
運び込んだ患者が助かったと聞き、ホッと一息つくと思いきや、逢須は気合を入れるように髪を1つに束ね直すと駆け込み場を後にした。
一概に物資を募ると言っても足りている物を貰ってもあまり意味はない。
集めた物資は集積しなくてはならないし、使わなかったでは後で角が立つだろう。
だからこそ、今現在必要な物を把握しておく必要があり、各地の駆け込み場を巡回しながら集積物資の受け渡しする逢須のような者の存在は不可欠であった。
情報の最前線にいる者だからこそ、逢須はそれらの仕事の合間に町衆の説得に当たっていた。
他所に回せるほど余裕はないだろうけれど同じ京に住む者同士、困ったときには相身互い。充分な手当てもできず、衣食に事欠けば、必ず町衆と衝突になると熱心に頭を下げて説いて回った甲斐もあって、僅かながらも援助物資が医療局・臨時救護所に届くようになっていた。
「もうひと頑張り!」
逢須は疲れた体に鞭打って京の街を駆ける。
「他に仕事はありませんか?」
「それでは炊き出しを頼む。腹が減っては戦の尻拭いもできんわ」
「畏まった!」
手塚十威(ea0404)は忙しさをどこか心地よく感じていた。
人が傷ついているのはわかっている。苦しんでいるのはわかっているが、ジッとしてはいられない気持ち。それが彼を突き動かしていた。人に必要とされているのが本当に嬉しい。
「ん?」
袖を掴まれた感触に手塚が見下ろすと指を加えた男の子が立っている。きゅ〜っとお腹が鳴る。
「お腹が空いたのかい? すぐ御飯作ってやるからな」
頭を撫でてやるが、男の子は手塚の袖を離さない。
「お手伝いしてくれるかい?」
「うんっ」
笑顔に笑顔を返してくれた男の子を抱っこすると、手塚は炊事場へと向かった。
「エリアルさん、こちらの方に回復を」
「はい」
目の下に隈を作りながら頑張っているのが僧の璃白鳳(eb1743)とクレリックのエリアル・ホワイト(ea9867)。
「ほら、あなたは動かないで」
「でも、家族が心配なんだ」
ここへ辿り着く者は自力で歩ける者が多く、色んなことが気になって動き出そうとする者も多い。
宥めながらリカバーをかける璃白鳳を補佐するようにエリアルが真新しい着替えを運んできた。
「お? き、傷が‥‥」
体を綺麗に吹き上げると、さっきまであった傷がなくなり痛みが消えているのに気づく。
服を着替えて立ち上がろうとするが、患者は立ちくらみで倒れてしまった。
「あちらに寝所を用意してますからお休みになってください」
エリアルが肩を貸し、患者はゆっくりと歩き始めた。
「怪我にしろ、病にしろ、ゆっくりと休養を取ることが何より重要です。
都は大変なことになっており、気の焦るのはわかりますが‥‥ 傷病人は養生こそが仕事。助かった命を大事にしなさい」
血を多く流した者や病気で消耗している者は、回復してもすぐには元通りにならないのだと、璃白鳳は患者に念を押した。
「ご苦労さん。君らが来てくれて本当に助かった。
そうでなければ私たちなど、とうに倒れていたし、これほどの患者を救えもしなかっただろう」
医者が労いの言葉をかける。
「いえ、それよりも、助ける者と助けられる者が共倒れにならぬよう尽力しなければ」
「そっくりそのまま君に返すよ。まともに寝てないだろ」
「多少の無理はしても踏ん張らなくては‥‥ それにこのような物も持参しております。暫くは大丈夫です」
璃白鳳もエリアルも治療のためにろくに眠っていない。
当然リカバーの発動に必要な魔力は回復しないのだが、それをソルフの実で補っていた。
「新しい患者さんです。運びます」
「頼みます!」
これでまた忙しくなりそうだ‥‥
●臨時救護所・その2
「これ、どこに運びますか?」
「こっちへお願いする。狭霧さん、手伝ってもらえるか?」
「わかった!!」
包みが解かれ、品物ごとに決められた場所に一斉に割り振られていく。
「それじゃ、余裕があれば、また何か持ってくるよ」
「ありがとう!!」
物資を届けた商家は驚いたように肩をすくめると、私の出番はないと部屋を出て行った。
「それじゃ炊き出しの途中だからさ。こっちは任せたよ」
食料を抱えて狭霧が炊事場に消えていく。
「わしらにも手伝えることはあるじゃろか?」
患者たちだ‥‥
「ここはいい。他の患者たちの体を拭いてやったり、話し相手になってくれないか?」
「手当の方法は、あたしが教えますから」
少しは時間を割かれてしまうだろう。だが、この申し出は白翼寺や天道にとって天の助けだった。
多くの患者を他の駆け込み場に回して凌いでいるとはいえ、手当てに関しては2人で切り盛りしている状況なのだから。
ソムグルは巡回に出ずっぱりだし、狭霧は手当て以外のことに専念してもらわないと臨時救護所が立ち行かない。
2人はジワッと込み上げるものを感じていた。
さて‥‥
見知らぬ者たちが集えば、自ずと争いが起きる。悲しい宿命だが、この状況では大目に見るしかない。
「はいはい、落ち着いて。喧嘩できる気力があるなら、炊き出しを手伝ってもらいますよ」
間に割って入る狭霧のお尻を何かが撫でた。
「元気ですこと。その元気は炊き出しを手伝うことに役立ててもらうわ」
その手をピシャリと叩き、そのまま腕を掴んで捻り上げると痛がる男たちを連行していく。
「他にも元気な人がいたら手伝ってくれない? 手が足りないのよ」
苦笑いの中に何とも言えない笑みを浮かべる狭霧に、その場の患者たちは自然と笑みを漏らしていた。
●事態の収束
駆け込み場が動き出して数日。この頃になると医療局・臨時救護所の効果がじわじわと出始めていた。
まず、一元管理された物資の配給には無駄が少なかった。
整然と整理され、蓄えられた薬草や包帯、布や着物、食料等々。不足しがちな時もあったが、何とかやり繰りすることができていた。
あちこちの駆け込み場を文字通り飛び回り、リカバーをかけて回ったソムグルの活躍も忘れてはならない。
「落ち着いてきましたね」
「お前か‥‥ 気が付くと、いつも側にいてくれたな。ありがとう」
白翼寺は筆を休め、天道を抱き寄せた。
ふぅっと息を吐き、互いに優しく抱きしめる‥‥
「役に立てて‥‥嬉しいわ‥‥」
2人は安心したのか、その姿のまま寝息を立て始めた。
「あらら、寝ちゃってますね」
「今は寝かせておいてあげよう。患者たちも一段落ついたみたいだしね」
悪戯っぽく笑うソムグルを嗜めると、狭霧はそっと戸を閉めた‥‥
一方、手塚と逢須は臨時救護所から受け持ちの駆け込み場へ物資を運び込んでいた。
衣食はいくらあっても足りないのが現状だが、自分たちの足元に火が付いてきた感に商家や町衆たちも次第に協力的になってきているのが救いではある。
勿論、逢須の説得や朱鷺宮の寺社への援助要請や商家への托鉢などの影響も多分にある。
門前払いを受けるところも確かにあった。だが、人と人の繋がりを信じ、御仏の縁を信じる者たちもまた、いるのである。
「何とかなりそうな気配でございますね‥‥」
「えぇ。年老いた方や子供たちから笑みがなくならなかったのが、俺にとっては一番の救いです」
髪を整え、僧衣を纏った朱鷺宮が、お茶を飲んで一服している手塚の隣に腰掛けた。
「いつの世も犠牲になるのは、力なき者‥‥ ならば、これ以上の悲しみは、遠慮してもらわなくてはね‥‥」
逢須も一服するために腰を下ろした。
「見返りは感謝の心と誇りのみですが、少しでも手を差し伸べてくださった方々がいたことが本当に嬉しゅう御座います」
朱鷺宮は手を合わせて瞼を閉じた。
「それにしても、まさに戦場でしたね。ここも。黄泉人よりもやっかいだったかもしれません」
疲れた表情に笑みを浮かべるエリアルに戦友たちも『確かに』といった風に溜め息をついた。
「凱旋した人々を笑顔で元気に出迎えてくれるといいですね」
璃白鳳は空を見上げた。
「大丈夫です。きっと」
「そうで御座いますね。きっと」
「きっと」
「きっと‥‥」
柔らかく包む夕陽が彼らを一時の眠りに誘っていった‥‥