●リプレイ本文
●マダラ
「マダラですか‥‥ マダラねえ」
依頼内容を確認してふらふらと歩きながら神田雄司(ea6476)たちは言葉の意味を考えてみるが、『斑(まだら)』という言葉が脳裏に浮かぶだけで、そこから先へ思考が及ぶことはない。元々あまり情報の多い依頼ではないのだ。
そこで情報の確認のために一行は、まずは依頼主である屋敷の主人の許を訪れることにした。
依頼人の屋敷に着いた冒険者たちを待っていたのは奥方の変死という驚愕の事実だった。
「ご愁傷様。お子に次いで奥方まで」
「これは‥‥ご丁寧に」
落胆の色を隠せない屋敷の主人を前に聰暁竜(eb2413)は位牌に手を合わせた。
肉親を魔物に殺された彼にとっては、この主人の気持ちが痛いほど理解できる。
その痛みは心にグサリと刺さり、まるで毒手のように悲しさが体を支配していった。
「ご主人。立て続けにご子息と奥方を失ったその心中、お察しします‥‥」
ただ、夏の暑さで子供の遺体を長く置いておくことはできず、別々に葬られては奥方が憐れだと既に埋葬したとのことで、実際に2人の遺体に対面できなかったのは冒険者たちにとって少々の誤算。
だが、手がかりがない訳ではなかった。
マダラって言葉だけじゃ調べようがないというリューガ・レッドヒート(ea0036)の言葉を1人の男が遮った。
「ご心配なく。医者のワシが気になった傷などを書き残しておるし、聞いてもらえれば何でも答えよう」
聞けばこの男、この屋敷の一家の掛かりつけ医だと言う。
「遺体に何か傷などなかったのですか?」
ヘリオス・ブラックマン(eb0938)の申し出に医者は何枚かの絵を差し出した。
「政太郎様の方は首を絞められたような跡と何かに咬まれたような跡。
奥方の方は首を絞められた跡があり、やはり何かに咬まれたような跡。喉を掻き毟るようにして亡くなっておりました」
「なるほどねぇ」
現場を髣髴とさせる状況図に神田が感心する。
(「喉を掻き毟る? もしかして毒なのか?」)
そんな考えが、自らも毒手を用いる武道家である聰暁竜の脳裏に走る。
「傷はどれも同じもののようですが‥‥」
数枚の絵を見比べて御影祐衣(ea0440)は、それぞれの傷の形や大きさを確認している。
「ふ〜ん‥‥ この傷、そして苦しんだって話だし、前に妹から聞いた蛇の話にそっくりだな」
頷きながらリューガは小さく鼻から息を吐く。
(「これはリューガの言うように蛇の咬み傷‥‥ 毒蛇でしょうか‥‥」)
子供と奥方の首筋を書き記した医者の絵を見たレヴィン・グリーン(eb0939)は、そう直感した。
「私の推論が正しければ今回の件の原因は‥‥おそらく毒蛇。
首を絞められたような跡は蛇に絞められたと考えれば説明がつきますし、マダラという言葉が蛇の模様だとすれば意味が通ります」
(「人間と動物の共存‥‥ その道はやはり険しいのですかね‥‥」)
そう思いながらレヴィンは蛇の知識をもとに推理を組み立てていく。
「しかし、わざわざ屋敷に迷い込んできた毒蛇が眠っていた子供を殺し、奥さんも絞め殺したというのは偶然が重なりすぎていて、何かの意図を感じます。まずは屋敷の者たちが蛇を見ていないか聞いてもらえませんか?」
「殺しだというのですか?」
「そういう場合もあるということです」
困惑する主人に頼んで屋敷の奉公人たちを集めて聞いてみたが、蛇を見たという者はいない。
「でも、殺され方から考えて、相手は大蛇みたいだってことは確かだよね。どういうことなのかな‥‥」
高村綺羅(ea5694)は溜め息をつく。
「もしかして奥方が喉を掻き毟ったのは大人だったから?
毒が回るまで少し時間があったとか、毒が効かなかったとか。
清太郎殿は子供だったから毒に弱かったと考えられないか?」
超美人(ea2831)がポツリと漏らす。
「ありえますね。やはり殺害に使われたのは毒に間違いないでしょう」
「成る程、その意見には私も賛成ですぞ」
レヴィンと医者が頷く。
「この絵からはわかりにくいですが、縄のようなもので絞められたように見えなくはなかった。
あなた方の推論は、あながち的外れではないと思いますぞ」
「でもよ。喉を引っ掻いたってことは、絞められた訳じゃねぇよな? 普通なら蛇の体を引っ掻くとかするだろ?
てか、毒のある蛇は絞めたりしないんじゃねーのか?」
あまりに簡単に結論に辿り着いたことにリューガが思わず反論した。
「肌に食い込んだ物を必死に取ろうとして思わず掻き毟ってしまったという患者に出会ったことがある。あながち間違いではないと思いますぞ」
「確かに毒蛇が咬みついた上に絞め殺したと決め付けるのは早計かもしれませんが、否定もできません」
医者は医療、レヴィンは動物の分野においてリューガとは比べ物にならない知識を持っている。
そんな2人の専門分野について敵うわけがなかった。
「家に蛇が住み着いたとしても頻繁に襲うものなのか」
「そこまでは私にもわかりかねますね」
「もし、この予想が本当なら、どんな理由で殺したんだか‥‥」
超の疑問に答えられず記憶を手繰るレヴィンを余所にリューガは思案を巡らすが、主人の妻や子供が殺されていい理由など思いつく由もなかった。
「主人には申し訳ないが、捜査のために聞かせてほしい。
殺された2人、そしてあなた自身が誰かに恨まれていた覚えはないか?」
聰暁竜の問いに主人は首を振った。
「何かの事件に巻き込まれていたということもないのか?」
聰暁竜の問いに主人は再び首を振る。
「人に恨まれる生き方をしてきた覚えは‥‥ 御役にも恵まれ、これから妻と子にも楽をさせてやれると思っておりましたのに」
屋敷の主人は思わず込み上げてきた涙をこらえることができない。
「私は呪いによる死というのはあまり信じていません。人の妬み恨みの方が余程、人を死に至らしめると思っているからです。
今回、奥方と息子さんが亡くなったのも、そんな人の暗い部分による気がしますよ」
「誰がこんなことを‥‥」
「真相がどうであれ、これ以上亡くなる人は出したくありませんね」
慰めるヘリオスの言葉に主人は静かに頷いた。
亡くなっていた現場を調べてみたいという高村の申し出を受け、屋敷の主人は冒険者たちを案内した。
「ここが子供部屋です」
埋葬が済んでいたこともあり、部屋は掃除された後だった。
レヴィンが様々な探知魔法を使ってみるが特に変わった様子はない。
高村たちが床下から天井裏まで探ってみたが、こちらも収穫なしだ。
「祟りや呪いの線、あるいは魔法的なものまで含めると、殺害方法を決定付けることは難しいな。
現場に手がかりを残さないようにする方法はいくらでもあるだろう」
部屋が片付けられてしまっていたとはいえ何の情報もないのは逆におかしいと聰暁竜が主張する。
仕方なく、手がかりらしい手がかりが得られぬまま、一行は妻の死亡現場に向かう。
「この部屋で葬儀をしていたのです。この場所に政太郎は寝ておりました。妻が死んでいたのはここ‥‥」
涙を堪えるように主人は思わず口を押さえた。
●囮
「ご苦労だった。茶でも飲んでくれ」
冒険者たちは超の点てた茶で一服しながら作戦会議。
「家族の仲が悪かったという話も聞きませんし、手がかりが途絶えてしまいましたね」
「こんなことがあったばかりだから、客が少ないのは助かりますが」
神田のみならず他の者も手がかりらしい手がかりは入手できていない。
高村の言う通り、屋敷に寄りつく者が少ないのは不幸中の幸いだった。
「やはり誰か囮になるしかあるまい。私が子供の部屋に泊まらせて貰おう」
御影の申し出は危険だが、他に手はないといったところだ。
解毒剤を充分に用意した上で護衛をつけることで、一行はその案を採用することにした。
そして、囮作戦を発動させて2日目の夜のこと‥‥
「しっ‥‥ 何か音がする」
ヘリオスたちが聞き耳をたてると、シャリッ‥‥ シャリッと何か足音のようなものが聞こえる。
「近づいてくる訳ではないみたいだよ」
高村は、桟に水を流して音を立てないように慎重に少しだけ戸を開けた。
「何にも見えないですよ」
神田が声を殺して言う。しかし、それでも足音のような音だけは聞こえる。
「皆、気をつけて」
超は上下にも気を配り視線を巡らすが何も発見できなかった。
その時、突如として空間から蛇が現れた。
スルッと流れ落ちるように床に落ちると自然と開いた戸の隙間へと滑り込んでいく。
「いけない!! 狙いは屋敷の主人だ!!」
高村は素早く飛び出すと主人の部屋へと疾走する。
ズバンと勢い良く戸を開けると蛇を払った。
「な、何事です!」
「今度はあなたが襲われたんです。私から離れないで!」
高村は屋敷の主人を庇うように蛇から離れようとした。
「近くにいるはずだ!」
聰暁竜は柱を利用して器用に屋根によじ登ると辺りを見渡す。
しかし、いると思っていた真犯人の姿はない。
「! そこにいるのは誰です?」
インフラビジョンによる赤外線視力はレヴィンに庭先の不穏な赤い人影を見せていた。
その影は一目散に駆け出す。
「犯人はそこです!」
「どこだよ!」
リューガの指摘にレヴィンが指をさすが、そこに人影はない。
指差した辺りに見当をつけてダガーを投げてみるが、手応えはなかった。
「追ってみます。ついてきてください」
レヴィンが後を追おうとするが、普段の視界とはいささか勝手が違う。
ついに人影に追いつくことなく、レヴィンの捉えた謎の影は路地の先にその姿を消した。
「犯人一味の片割れは捕まえたよ」
「やっぱり蛇だったな」
神田が蛇を捕まえていた。
レヴィンがテレパシーをかけてみるが所詮は蛇。操られていたとか、ましてや操っていたのが誰かなど理解できるわけもない。
「目ぼしいことはわかりませんね」
「そう落ち込むこともあるまい。真犯人こそ逃がしてしまったが、マダラの謎も解いたし、依頼人も護ったのだからな。
失敗ではあるまい。だな?」
「はい。ありがとうございました。妻と息子を殺した者がいる。それがわかっただけでも充分」
御影の言葉に反応して向けられた屋敷の主人の瞳には、夜の闇の中でもそれとわかる強い光が宿っていた。