●リプレイ本文
●覚悟
「我が仕えし聖なる母は、命を奪う行為を良しとはしまい。
だが『仇討ち免状』だったか?
ジャパンの仕来りには未だ疎いが、あれを見る限り、その書状を証とし相手は『悪』と判断した。
ならば母子の為、尽力は惜しまん」
ニライ・カナイ(ea2775)は、伊藤志穂を前にそう言った。
「まだ、そんなことを気にしてたの?」
天藤月乃(ea5011)は面倒くさそうに苦笑いする。
仇討ちという仕来りにニライが多少戸惑っていたのは確かだ。
だが、陸堂明士郎(eb0712)から仕組みを教わり、仇討ち免状を見せてもらって、それとなく理解はできたように思う。
これと決まっているわけではないが、俗に言う作法があるらしい。
それは兎も角として‥‥
「念の為に聞くが‥‥本当に宜しいのだな? 奥方」
志穂の寂しげな表情を感じ取った陸堂が声をかけた。
「それは、わたくしも聞きたいな。いざとなって躊躇われたのでは困る」
複雑な事情がありそうだとギルドの親仁から聞いていた安積直衡(ea7123)の表情は硬い。
「仇討ちですからね‥‥ 止めを差せないのなら助っ人をする意味はありません」
寡黙を守ってきた神田雄司(ea6476)も沈黙を破る。
志穂は一度顔を伏せると、静かに息を吐きながら力強く話し始めた。
「仇の小野寺十兵衛は必ず倒さなければなりません。
私と夫と十兵衛さまの3人の問題であれば、十兵衛様が国を去り、私が実家に戻れば良いこと。
しかし、仇討ち免状が出たからには必ず小野寺十兵衛を討たねばなりません。
しくじれば家門に迷惑をかけますし、夫の名に泥を塗ることになります。
何より、跡継ぎである我が子・剛の藩への帰参が認められるには仇討ちを成し遂げなければなりません。
この仇討ちは私たち親子のものであって、私たちだけのものではありません。何としても‥‥」
堰を切ったように話し始めた志穂の顔に段々と気迫が漲ってくる。
「息子には裏の事情は話していませんし、仇討ちの経緯をあなた方にお話しするつもりもありません。
それでも手伝っていただけますか?」
「心配無用。さっきも言ったはず。母子の為、尽力は惜しまんと」
志穂に言葉を返すニライの笑顔は静かで優しい。
奉行所へ仇討ちの旨を伝えた伊藤親子と冒険者たち。
翌日には助っ人免状を受け取り、小野寺十兵衛の在所近くに宿を変えると、一行は十兵衛の長屋へと向かった。
十兵衛宅を確認してくれた者たちによると在宅とのことで、一行は十兵衛宅の戸を叩いた。
姿を現した十兵衛は志穂の姿を見て、全てを悟ったように何用かと一言放つ。
「我が夫、伊藤潤一郎の仇を討ちに参りました」
志穂の言葉に十兵衛は承知とだけ答えた。
「仇討ち免状‥‥」
免状を広げて志穂が読み上げるのを、小野寺十兵衛は淡々と聞いている。
目を閉じて、全てを受け入れるような姿勢からは極悪な殺人者の雰囲気はない。
「自分たちは、この仇討ちの助っ人だ。これが助っ人の免状。とくと御覧(ごろう)じろ」
陸堂は十兵衛に示し、野次馬たちにも見えるように体を捻った。
神田は小野寺十兵衛が殺気を帯びていないように感じた。
自分を殺しに仇討ちの妻子が現れ、助っ人を5人も雇っているのだ。敵意のようなものをぶつけてきても、おかしくはないのに‥‥
「相わかった。明後日の明け六つ時だな」
ただ、それだけ言うと十兵衛は長屋の中に姿を消す。
「お止めなさい。仇討ち決闘は明後日の明け六つ。作法に則らなければ仇討ちにはなりません」
幼いながらも無礼だと感じたのか、今にも討ち入りそうな剛の腕を志穂が掴んで阻んだ。
●見張り
「今日もいい天気ですねぇ」
ぼ〜っと十兵衛の長屋を眺めているだけなのが結構辛い。
十兵衛がどこかに出掛けてくれれば少しは気が紛れそうだが、それはそれで困るというか大変だ。
「交代しよう」
「有難いです。それじゃ‥‥ あ、特に動きはなし。外出もなしでした」
「了解」
交代のために現れたニライに安堵の表情を浮かべると、神田はフラフラと酒場へ直行した。
程なく日は暮れていく‥‥
さて‥‥
遠出がなくて楽そうだと依頼を受けた天藤だったのだが、自分がこの依頼でやるべきことが見えすぎているがために、逆に最後の最後で一番美味しいところを持っていくような楽ができずにいた。
(「あ〜あ面倒臭いなぁ・・・・・・」)
物音を立てないように気をつけながら小野寺十兵衛の長屋の屋根の上で星を眺める。
今晩に限って行灯が点いており、まだ十兵衛宅の軒先には光が漏れている。
(「やっぱり前日ともなると色々やることがあるのな。ま、逃げ出したりしなければ、何やってたっていいんけどね」)
そう思いながらも、あまりの暇さ加減に耐えられなくなって気づかれないように慎重に十兵衛の様子を覗く。
そこで十兵衛が手入れをしていたのは、志穂が持っていたのと全く同じ小太刀‥‥
(「‥‥ まぁ、いいや。面倒くさくなるのは御免だもの」)
天藤に与えられた使命は十兵衛が逃走しないように監視すること。
あれだけの決意を聞かされているのである。伝えたからといって、どうなるわけでもない。
仮に、このことを志穂に知らせたからといって、下手すれば彼女が苦しむだけである。面倒くさいことは御免であった。
さてさて、場所は変わって酒場近く‥‥
「悪い人じゃなさそうなんだよな‥‥」
それとなく十兵衛の人と形(なり)を聞き込んでいた神田は、明日に迫った仇討ちを憂鬱に感じていた。
酒場からの帰り道、このことを志穂に話すべきか思案を巡らす。
(「折角、仇討ちを決めて口上までしたのに、惑わせる必要はないよね」)
過程はどうであれ、奇しくも天藤と同じ結論に神田も辿り着いたのであった。
●仇討ち
仇討ちの刻限を迎えた。朝早いというのに少しながら野次馬も見られる。
小野寺十兵衛は既に待ち構えており、伊藤親子と冒険者たちが現れると同時に天藤とニライも姿を現した。
「この期に及んで多言に及ばず! 我が夫の仇、小野寺十兵衛! 覚悟!!」
「側に控えし、5名は助っ人なり! 余人の加勢は無用なり!!」
志穂の口上に合わせて陸堂も口上を放つ。
それぞれに得物を構え、術を成就させていく。
まず動いたのは天藤。分身した天藤の両手から金属拳が同時に繰り出される。
ニライのコアギュレイトを決めるにしろ、他の方法を採るにしろ少しでも傷つけておく必要があるからだ。
しかし小野寺十兵衛は、それをかわすことなく、徒手突きと同時に上段から日本刀を振り下ろす。
重い一撃が空を斬り、地面の石に刃が火花を散らした。
「じょ‥‥ 冗談じゃない」
回避に自信はないし、あれほどの剣捌きを受け切れるとも思えなかった。天藤の顔から血の気が引く。
攻撃をくらったのが本体だったら、とてもじゃないがタダでは済まない‥‥
「やる‥‥」
天藤を襲う刃を神田が太刀で受け止める。
多少傷つけなければ、とてもじゃないが倒せる相手ではない。
躊躇なく振るう神田の太刀によって切り裂かれた十兵衛の袴がどす黒く染まっていく。
動きの鈍った十兵衛の足捌きを、安積が下草を操って阻害する。
元より明確な助太刀はしないつもりであったが、今さっきの剣捌きを見れば、自分の捌きや回避では太刀打ちできそうにない。
斬り込めば足手まといになる。ならば、プラントコントロールで少しでも十兵衛の動きを鈍らせなければ‥‥
今この場で操ることのできる植物では、十兵衛相手にできることは知れていた。
しかし、ほんの僅かでも‥‥と、集中する。
緒戦の応酬に双方とも動きが止まった‥‥
(「できる‥‥」)
傷だらけになりながら十兵衛は苛烈に反撃してきた。
こちらが手練と見るや大振りを止め、鋭く陸堂の打ち込みに対応して反撃する。
「ぐっ‥‥」
反撃を十手で受けきれずに血飛沫が舞った。
それでいて十兵衛の瞳には敵意が感じられない。
(「一体なんだといいうんだ‥‥」)
陸堂はモヤモヤしたものを胸に抱えながら木刀を繰り出した。
●本懐
壮絶な斬り合いの末に小野寺十兵衛はニライのコアギュレイトで身動きが取れなくなってしまった。
「刃は人を殺める。それを手にした以上躊躇うな。己の想い共々討つが良い」
ニライが叫ぶ。
志穂は視界を塞ぐように剛を向き合うように抱え上げ、小太刀の柄にその小さな手を添えた。
身動きの取れない小野寺十兵衛の顔は静かで、どこか満ち足りたかのようだ。
(「一体何があったんだ‥‥ 何故、この男は討たれなければならなかったんだ‥‥」)
渦巻く疑問の中、陸堂は十兵衛の胸に小太刀が沈んでいくのを見た。
それはゆっくりと、ゆっくりと彼の心に刻まれていく。
小太刀が突き刺さった十兵衛が、音もなく地面に倒れこんだような気がする。
「伊藤志穂殿、伊藤剛殿! 仇敵・小野寺十兵衛、討ち取ったり!!」
陸堂は自分の言葉を自分のものではないかのように感じながら聞いた。
壮絶な斬り合いに飲まれて静まり返っていた僅かな野次馬が忘れていたかのように声をあげ、叫ぶのを伊藤親子と冒険者たちは他人事のように聞くのだった。
「あ〜あ、仇を討ったり討たれたり、浮世はなんて面倒臭いんだろうね」
本懐を遂げた志穂の気持ちを察してか、天藤は大きく溜め息をつきながら肩の力を抜いた。
「ちょっとゆっくりしませんか。たまには雲でも眺めてみましょう」
神田の言葉に釣られたように志穂は顔を上げた。
朝の空は陽の色を映し、色を変えながら白んでいく。
そういえば夫が死んでから空を見上げたことなんてなかった。彼女の頬を涙が伝う。
「母上、これで父上の仇を討てましたね!」
「そうね‥‥ これで‥‥ 良かったのですよね‥‥」
空を見つめたまま涙する母の気持ちを誤解したまま、剛は興奮している。
「男の身勝手‥‥ 無思慮な未練‥‥ そういうものであれば、志穂殿も‥‥」
「私もそう思う。志穂殿には悪いが、小野寺十兵衛は本当に討つべき者だったのか‥‥わからないでいる」
十兵衛の評判を聞き込んでいた安積が漏らす苦悩に、ニライは同意しながら涙を流している。
「当主の惨殺で泣いているのは、妻たる志穂殿と跡取たるその子、剛殿であることは紛れもない。
仇討ち免状が出ている以上、討たなければ‥‥ いや、今更‥‥詮無いことだな。
忍ぶ愛、咲き誇る愛、愛に色々あれど、相手を想うてこそのものであろうに‥‥」
安積は志穂と仲間に背を向けた。言葉の最後が心持ち震えていた。
「運命の皮肉か‥‥ 切ないものだな‥‥」
陸堂がポツリと漏らす。
「おそらく‥‥討った志穂殿が一番苦しみを背負うことになるのだろうな‥‥」
ニライは唇を噛み締めて志穂の肩に手を当てる。
「ニライ様‥‥ もう済んだことです。今は、あなた方の優しさが辛い‥‥」
「そうか‥‥」
ニライたちに、かけるべき言葉は見当たらなかった‥‥
「これはニライ様がお持ちください。私が持つには重過ぎます‥‥」
十兵衛から小太刀を引き抜くと血糊を拭き取って、志穂はニライの前に差し出す。
ニライは無言で頷くと受け取り、神への祈りを捧げた。
「それじゃ、皆このまま待っててくれ。奉行所に届けてくる」
陸堂は放心気味の一行を置いて、奉行所へと急ぐのであった。
「それには及びませんや。あっしは岡引で神田明神下の平治といいやす。こいつは、あっしの子分で八。
奉行所与力・只野様の命で、事の次第はしっかりと拝見させていただきやした」
男たちは十手を見せて小さく礼をした。
只野‥‥ 陸堂は助っ人免状の手続きをしてくれた与力の名を思い出した。
「おい、八! 奉行所へひとっ走りして只野様をお呼びして来るんだ。仇討ち成就とな」
「親分、合点でぃ!」
八は駒のように駆けて行った。
奉行所の取り調べは大した手間もなく、伊藤親子と冒険者たちは解き放ちとなった。
その後、藩に戻り、伊藤家は主家へと召し上げられたという。
跡継ぎが若年であるために嫡男・剛の元服を以て正式の仕官となるらしい‥‥