●リプレイ本文
●出掛ける前に
「さて‥‥忘れ物なし。準備完了っと♪ 」
肩掛け鞄の中身を確認した月華が、よしっと気合を入れて冒険者ギルドに入っていった。
「あ、月華ちゃん。また、よろしくね♪」
「どんと大船に乗ったつもりでな」
そこには天乃雷慎(ea2989)やレダ・シリウス(ea5930)といった何度も月華の手伝いをしてくれている冒険者の顔が見える。
「僕も護衛のお仕事、尽力するからねっ」
「あれ? 何かいい感じ? もしかして‥‥」
「レヴィンです。石榴の婚約者です」
所所楽石榴(eb1098)とレヴィン・グリーン(eb0939)の微妙な距離を感じて見比べる月華。
はにかむ所所楽を気遣ってレヴィンが自己紹介した。
「私もいるよ。正義の鉄槌の名に掛けてしっかりと護衛をするよ」
「みんな‥‥」
やぁと手を上げる陣内風音(ea0853)に月華は笑顔を返した。
「さくや、いるんでしょ?」
月華の声に甲斐さくや(ea2482)がシュタと舞い降りる。
「勿論でござるよ。他にも、依頼では月華と初見の仲間も何人かいるでござる」
「浪人の陸堂明士郎と申します。宜しく御願いするよ」
「がお〜☆ ミリートだよ♪ よろしくね♪
イギリスから来て、初依頼。それに、数年ぶりの日本‥‥ ん〜、おもいっきし頑張るよ♪」
「始めまして、月華さん」
「わ、丁寧にありがとう♪ ボクは月華。よろしくね」
陸堂明士郎(eb0712)やミリート・アーティア(ea6226)、クゥエヘリ・ライ(ea9507)たちのような冒険者との出会いが月華の楽しみの1つでもある。
「しふしふですよ〜☆ 月華さん、今回はよろしくですよ〜☆ 同じシフール同士がんばるですよ〜☆」
「しふしふ〜☆」
両手を上げてクルンと回るベル・ベル(ea0946)に月華も合わせて空中回転ハイタッチ。
「‥‥と。これで全員でござるな」
「それじゃ、しゅっぱ〜つ♪」
出発前の手伝いをしてくれるという他の仲間たちの紹介も終え、月華たちはギルドを後にするのであった。
「お爺さん、お婆さんも早くお孫さんの顔を見たいってもんだよね」
はわ〜と顔を緩ませる陣内。
「ご夫婦が快適に道中を過ごされると良いですね」
「馬に荷台を引かせて、それに乗ってもらうのはどうでござろう?」
心配げなレヴィンへ甲斐が言った一言に冒険者全員が『それだ』と声を上げる。
「屋根をつけて日差しを遮ると、もっと良いわよね?」
「良い考えですよ〜☆ きっと楽ちんなのですよ〜☆」
「確かに楽そうじゃ」
クゥエヘリの案にベルとレダがうんうんと頷いている。
「俺も賛成だな。季節柄、ご老人を長時間歩かせるのは申し訳ないしな。屋根か‥‥ 板でも張るか?」
陸堂が腕を組む。
「幌を付けようよ。テントを屋根代わりにすれば丁度良いと思うんだ」
祖国の英国で馬車を見慣れているミリートならではの発想である。これにも全員が賛同する。
「それで、荷車はどうする? 何なら自分が実費を出してもいいが」
「ちょっと待って♪ それはボクに任せてよ♪」
陸堂の肩に留まってニコッと笑った月華は、仕事場の修さんを訊ねた。
大工の修さんから荷車を2台借りて、レヴィンたちの指示でテントを屋根に荷台には座席など備え付けて馬車らしき物が完成した。
それに陸堂の軍馬が1頭仕立て、所所楽とレヴィンの通常馬が2頭仕立てで馬車もどきに繋がれた。
「楓宸(ふうしん)お願いね」
所所楽が優しく撫でると、馬が嬉しそうに鼻を鳴らす。
「すいません、ユーノ。少しの間お願いしますね」
レヴィンも優しく自分の馬の体を擦ってやった。
「周囲の警戒を怠らずいるでござるよ。荷車があるでござるからな」
確かに‥‥ こんな怪しい荷車を引く一団であれば珍しい物でも運んでるんじゃないかと気になるかも‥‥ う〜ん、微妙だ‥‥
「行くっよ〜♪」
とまぁ、色々と荷物も積み込んだことだし、いざ出発である!
●ジャイアント祖父母
「ちょっと休憩していこうか」
御者をやっていた天乃は日差し避けの三度笠をクイッと上げると、陰になっている道端を見つけて指差した。
そこで休憩がてら昼御飯。
「月華ちゃん‥‥ 君のお弁当、大丈夫? ひょっとして‥‥」
月華のお弁当からは、すえた臭いがする。余分な荷物は纏めて荷台に置いておいたのだが、差し込んだ陽に当たってしまったようだ。
食べられそうな部分は少なそうである。
「大丈夫だよ、雷慎ちゃん。じゃじゃ〜ん。秘かに持ってきてた保存食〜♪」
「月華ちゃん、段々冒険者みたいになってくね」
思わず笑いながら2人は食事をし始めた。
甲斐が自分の保存食を分けてあげようと手をかけて固まっていたのは見なかったことにしておこう。
「日陰は気持ちいいのじゃ。帰りも無理せぬように、こんなところで休憩してはどうかの?」
「そうだな。小まめに休憩を入れた方がいいだろう」
やはり木陰はかなり涼しい。
少し気だるさが残るのはしょうがないとして、一気に体の火照りが抜け、疲労が回復していく気がする。
「はい、これ。喉渇いたでしょ?」
天乃が水筒を並べた。
「いや、水ならば私にお任せください」
レヴィンは壷と盥を取り出すと巻物を広げて集中した。すると空間から水が溢れ、盥を一杯にしていく。
続けて別の巻物を取り出して集中すると一気に周囲の温度が下がり、一瞬触った盥の水に氷の膜ができた。
「月華さん、冷たいお水はいかがですか?」
氷を割って竹筒の湯飲みに水を汲むと片方を所所楽に、もう1つを月華に渡した。
「冷た〜い♪」
「これなら老夫婦に喜んでもらえますね」
月華と所所楽の反応を見て、他の仲間たちも我先に水にありついた。
「そして、このグウィドルウィンの壷に入れて蓋をしておけば温もる心配もありません」
水を入れて蓋をしておけば温度が変わらない魔法の壷のなのだそうだ。
ともあれ、レヴィンの手並みに皆、驚きを隠せない。
行程を確認した一行は帰りの計画を立てながら順調に目的の家まで向かうのだった。
そして‥‥
「はい、確かにお届けしました♪」
月華は受け取り票を書いてもらうと鞄にしまった。
お爺さん、お婆さんは息子たちからの手紙を慌てながら読み始める。
「特急便・月華の忍びである私が仲間と無事に孫に会わせるでござるから、安心して寛いでついてきてほしいでござるよ」
まだ手紙を読み終わっていないお爺さん、お婆さんに甲斐は自分の胸をたたく。
「荷物を用意したら明日には出発するでござる」
「1日でも早く会いたいよね?」
つられてミリートも先走りすぎだ。まぁ、嬉しそうなお爺さん、お婆さんの顔を見れば気持ちはわからないではない。
「馬車を仕立ててきたんですよ」
クゥエヘリは、お爺さん、お婆さんの手を引いて表へ誘った。
馬に引かせた2台の荷車には幌がかけられ、それぞれに座席が作られて座布団が敷かれている。
「お年寄りを歩かせては疲れるでござるよ。これに乗ってほしいでござる」
人を年寄り扱いするなと言いかけたお爺さんを、そっとお婆さんが止めた。
「ありがたく好意に甘えさせてもらおうじゃありませんんか‥‥ ねぇ、あなた」
「お前がそう言うなら、そうしよう」
どうやら亭主関白に見えて、しっかり手綱は握られているようである。とはいえ幸せそうである。
「出発は明日の朝だったよな? んじゃ、いっちょ行って来るかな」
「手伝うことがあれば力を貸すでござるよ」
「自分も手伝おう」
「それじゃ手伝ってもらおうかな」
甲斐や陸堂たちは、がははと笑うお爺さんについて出掛けてゆくのだった。
●ウナギパニック☆
「気合入れて大物を獲らなくっちゃね」
「はは、そうじゃな。掛かっておるといいが」
出発を前に昨日仕掛けた仕掛けの確認に出た陣内とお爺さんたち。
「掛かってなかったら飛び回って雷電うなぎさんを見つけるですよ〜☆」
「ははは、そのときはよろしくな。お嬢ちゃん」
「しふしふふよふよ〜☆」
どうやら了解ということらしい。お爺さんの目の前をベルが飛び回っている。
さて、長い竹竿に針と糸を垂らして餌をつけ、湖に突き刺しておいた仕掛けはというと‥‥
「獲れるでござろうか?」
「20本は仕掛けておいたからな。1本か掛かっておれば良し、2本掛かっておれば大漁じゃ」
カカカと笑うお爺さんに、そんなものかと甲斐が頷く。
「お♪」
竿が2本ほど引いている。
レヴィンの指示で雷電うなぎのいそうな場所に竿を立てたのが功を奏したようだ。
「おぉ、こりゃ全員分あるかもしれんのう!」
バシッと電気が走るのにも構わずお爺さんが仕掛けを水の中から引っこ抜く。
「わ‥‥ 大丈夫?」
「なんでもないわい。普段捕まえるときは、こんなもんじゃ。
それにな。ヌルヌル逃げる雷電うなぎを捕まえて魚籠に入れる方が大変なんじゃ」
手伝うと行った以上、陸堂たちも入らないわけにはいかなかった。
「ふぎ‥‥」
「情けない声を出すな。シャキッとせんか、シャキッと」
ビリビリきている陸堂たちにお爺さんが喝を飛ばす。
「はやぁ〜‥‥ ビリビリなんだ‥‥ 何か手伝えれば良いんだろうけど、チョット無理っぽいかも」
ミリートは水に入らずに完全に応援に専念している。
上げた仕掛けの針を外すと、お爺さんは器用に雷電うなぎを魚籠に入れた。
「うわ、逃げられた」
年季の差だろうか陸堂の手から雷電うなぎが逃げ出し、池の方へうねる。
「任せて!」
そこへ所所楽がラーンの投網を投げる。
「往生しいや〜!!」
投網に絡まって動きの儘(まま)ならない雷電うなぎを陣内が桃の木刀でズバズバ叩きまくる。
びちびち反抗するが、陸上で、しかも網に絡まれては雷電うなぎも形無しだ。
「殺してしまうと江戸までもたんぞ。程ほどにしとけ」
「了解!」
陣内は弱った鰻を網ごと持ち上げると陸堂に目配せした。
「自分が?」
ウンウンと頷く周囲の期待に応えて、陸堂は電気を我慢しながら雷電うなぎを捕らえることに成功した。
さてさて、朝御飯を食べ終わったお爺さん、お婆さんは、隣近所に家のことを頼むと、一行と共に江戸を目指した。
行程は2日。のんびり優雅な旅である。
「お尻痛くなってない? 暑くない?」
「休憩が必要な場合は遠慮なくいってくださいね」
座布団を勧めたもののちょっと心配な所所楽。クゥエヘリも何かと心配して声をかけている。
「大丈夫さ。動いてた方が気が紛れるけどよ。この扇で扇いでると涼しいし、楽でいいや」
「お爺さん、嬉しいなら嬉しいと言ったらどうですか」
豪快に笑うお爺さんに後ろの馬車もどきのお婆さんから突込みが入る。
冷水つきの小まめの休憩に幌つきの馬車‥‥
上へ下への至れり尽くせり。貴族でもこんな贅沢な旅はそうそうないだろう。
さて、山賊や魔物が現れないかレヴィンのブレスセンサーや所所楽の蝙蝠の術で警戒する中、ベルも幌の上で見張りを続けている。
「ベルちゃん、暑くないかい?」
天乃とお爺さんが楽しそうに話をしているのが見える。
「大丈夫ですよ〜☆ これもお仕事のうちですよ〜☆」
幌の屋根から逆さに顔を覗かせて笑うとベルはお仕事に戻っていく。
何やら呪文めいたものが聞こえる。しかし、どこか陽気で楽しい気にさせてくれる‥‥
聞く者が聞けばイギリス語の歌だと気づくだろう。
いつでも使えるように短弓を片手に持ってミリートが歌いながら歩いていた。
これで熊対策はバッチリ? とまぁ、市井の噂は置いといて‥‥
(「羽は重いし、雨が来そうな空じゃ。ここはひとつ‥‥」)
「そうじゃ。暇つぶしに舞でもどうじゃ?」
お爺さん、お婆さんの返答も待たずにレダが飛び出して、2台の馬車もどきの間で踊り始めた。
ミリートの歌に合わせて異国の舞を舞うレダに護衛の皆も仕事を忘れて楽しんだ。
キラキラ光ったかと思うと冒険者の気づかないところで雲が晴れていく。
「上手なもんだ」
「ほんにねぇ」
お爺さん、お婆さんは感心しきり。
荷台に戻ってきたレダをお爺さんがパタパタと扇いでやっている。
「涼しいの〜。ありがとうなのじゃ」
「それにしても夕立が来そうだったのに、降らなくて助かったねぇ」
お婆ちゃんのホッとしたような表情に思わず嬉しくなってしまう。
結局‥‥
お爺さんとお婆さんが過ごしやすいようにと涼しくしたことの思わぬ効果として、雷電うなぎの鮮度も何とか保たれたということに冒険者たちは気づかず仕舞いなのであった。
●確かにでかい
「でかした! うん、でかした!!」
「本当にこの人は‥‥」
嬉しそうに赤ん坊を掲げるお爺さんに一同吹き出してしまった。
「おめでとう♪」
ミリートの祝福の声に修と舞衣が小さく笑う。
一頻り騒いだ後、お婆さんの腕に抱かれた赤ん坊を皆でジッと覗き込んでいる。
「赤ちゃん、大きいのう。食べられたりせぬじゃろうか」
ドキドキしながらレダは赤ちゃんの周りを飛び回っている。
「乳しか飲みませんから大丈夫ですよ」
舞衣が母親の表情で優しく微笑んだ。
「良かったのじゃ」
流石に目も開いていないので危険は少なかったが、握手しようとしたレダが赤ん坊の思わぬ握力にビックリして飛び退く。
笑いながら月華が赤ん坊のふわふわの毛を撫でた。真っ赤な顔が、むずむずしている。
「月華〜、赤ちゃんは好きでござるか」
「うん、可愛いよね〜。どんな子に育っていくんだろうって思うと胸が温かくならない?」
「どうでござろうな‥‥ でも、潰されないように気をつけるでござるよ」
「それくらいわかってるって、さくや♪」
パラとシフールの子‥‥ 叶わぬ想いに苦笑いの交じった微笑を浮かべて、甲斐は月華が赤ちゃんを覗き込む様を眺めた。
そこへ流れてくるのは笛の音‥‥
夏虫の合唱に天乃の横笛の静かな調べが重なる。自然とレダが、それに合わせて舞った。
「大きくなったら、共にお祭りを巡ったり‥‥ 楽しいでしょうね」
静かに語るクゥエヘリに、若夫婦と老夫婦は優しく笑って大きく頷いた。
「さて、うなぎを食べさせてやろうかね」
お爺さんが腕まくりを始めたのを見て、修さんも手伝いに走っていく。
手ごろな大きさに切った雷電うなぎを素焼きにして、さっと醤油と酒で煮詰める。テラテラの身はホクホクで美味しそうだ。
「食べたらビリビリくるかと思っちゃった♪」
「結構美味しいね」
美味しいものに思わず頬が緩み、一行は、その日1日を笑ってすごした。
そうそう‥‥
産後の肥立ちがあまり良くなかった舞衣さんも雷電うなぎを食したおかげか顔色も良くなったって話しだ‥‥