聳える巨体

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 13 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月31日〜08月05日

リプレイ公開日:2005年08月10日

●オープニング

 さて、今年も江戸納涼夏祭の時期が近づいてきた。
 各地からの物産の流通量も普段より多くなり、江戸の湊(みなと)も賑わっている。
「丁寧に運べよ。ほらっ、そこ。気をつけろって言っただろう」
 船頭が荷降ろしの水夫に檄を飛ばしている。
「パォォ〜ン」
 足場が揺れ、人夫が何人か湊に落ちた。
 丸太のような4本足に岩の塊のような胴、羽のような物をハタハタとさせ大蛇のような物が生えている。
 華国の物知りならば南蛮に棲まう象という生き物だと答えるだろう。
 肌の黒い異国の服を着た男が、何かを語りかけながら巨大な生物を巧みに操る。
「これくらいで水に落ちてどうすんだ。しっかりしねぇか!!」
 今度は水夫たちが陸人(おかびと)である人夫たちに発破をかける。
 というか、足場の悪い場所で緊張しながら作業をしているのだから慣れていない者にとって多少は酷というものであろうが‥‥
「でかいな‥‥」
 人夫たちが、その巨体を見上げて感嘆の声をもらしている。
 大名などに献上されるのか見世物小屋に置かれるのかまでは決まってはいないらしいが、まずは話題づくりにお披露目をするらしい。
 その舞台が夏祭りなのだそうだ。
「よーし、いいぞ!! 足場を外せぇ!!」
 掛け声と共に渡し板が外される。
 かくて、聳える巨体は江戸の地を踏んだのであった。

 荷揚げの終わった船着場には野次馬が沢山集まっていた。
 象は資材置き場に張った幕の内に入れているので、とりあえず安心だが‥‥ 何が起こるか気が気ではない。
「意外に大人しいではないか」
 商家の男が楽しげに見上げている。
「インドゥーラから連れてきた調教師がなだめてますが、暴れたらとてもじゃないけど手がつけられません」
 輸送してきた責任者は心配げだ。
 野次馬は集まる一方。確かにこんなものが暴れだしたら周囲への被害は洒落にならないだろう。
「人夫たちだけでは野次馬の対処は難しそうだな。ワシらだけじゃ手に負えんか。これ」
 商人がパンパンと手を叩く。
「旦那様、何か御用で」
「ひとっ走りギルドへ行って、これを依頼の受けつけに渡してきなさい」
「へいっ」
 筆を取り出してサラサラと書き付けると、それを受け取って奉公人の少年は急いで駆けていく。

 さて、暫くして‥‥

『湊の波止場での警備。警備対象は象という巨大な生き物2頭』

 江戸冒険者ギルドに、こんな依頼が張り出された。
「野次馬の整理が主な仕事になるだろうが、気風(きっぷ)のいい商家の旦那さんが依頼主で報酬はいいぞ。やりたい奴はいるか?」
 ギルドの親仁の声が響く。
「むぅ‥‥ その依頼、受けさせてもらうぜ」
「あんたは来ると思ってたよ」
 頷くギルドの親仁に、男はニッと笑った。
 角ばった顔に人懐っこい笑顔を浮かべた男。細い目の奥は計り知れず、何を考えているのか‥‥
 着ざらしの旅装束で、どこか飄々とした感じを抱かせる。腰の後ろには小太刀を差しており、冒険者としては軽装だ。
 この男、江戸冒険者ギルドでは動物大好きで有名な冒険者で、名を陸奥正憲という。
 陸奥流の使い手として、かなりの実力の持ち主らしいが‥‥
 ともあれ、そこのキミ。この依頼‥‥、受けてみるかい?

●今回の参加者

 ea0204 鷹見 仁(31歳・♂・パラディン・人間・ジャパン)
 ea0489 伊達 正和(35歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3582 ゴルドワ・バルバリオン(41歳・♂・ウィザード・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6228 雪切 刀也(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7123 安積 直衡(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●そそり立つ
 すごい‥‥
 それが冒険者たちの第一印象だ。
「ちょっと、こちらを見ないでいただけますか。この地響きはゴルドワさんですよ」
 志乃守乱雪(ea5557)が仲間たちの目を気にする。というか、誰もそんなこと思ってないって‥‥
「我が輩、鍛錬は欠かしてはおらぬが地響きを立てるほど逞しくはなっておらぬ。
 いや、地を割り、山を真っ二つにできるくらい、この美しい体を鍛えたいとは常々思っておるのだがな」
 ゴルドワ・バルバリオン(ea3582)がムキッと筋肉を割る。
「大きいですねえ」
 志乃守が改めて率直な感想を述べた。
「ふむ! 象という生き物のことを聞いたことはあったが、実物を見るのは初めてであるな!」
「本当に大きいですね。でも、この地響きは私のではありませんからね」
 わかったからという仲間たちに安心しながらも、まだ少し気になるようである。
「違いま‥‥」
「さ〜て、どうやって野次馬を整理するかだが」
 縄張りをして遠くから野次馬に象を見せて、さっさと帰ってもらうことを冒険者たちは依頼主に提案した。
「却下! それでは困る!!
 珍しい動物を連れてきて、それを見せて儲けようとしているのに、勝手に見てさっさと帰ってくれでは何のために連れてきたんだか」
 依頼人、ご立腹‥‥
 この驚愕の事実に結局、新たな警備計画を考えなくてはならなくなっていた。
 野次馬としても目的のものを見なければ収まりがつかず、高々数名の冒険者では抑えることは不可能。
 それは依頼人にも理解してもらうことができた。しかし、依頼人の言い分も尤もである。
 実物を見なければ帰れないという野次馬の心理は依頼人にも理解できる。
 ならば‥‥と、最終的に依頼人の意向を踏まえた上で冒険者との間で纏まった話は、こうだ。
 幕や柵で象の姿を隠し、野次馬には順路を通って象の姿の一部を見てもらう。
 これならば野次馬の想像を掻き立て、噂してもらうことで宣伝に繋がると依頼人も納得したのである。

「取り敢えず調教師に象について教わってくるか」
 そう言って伊達正和(ea0489)が調教師にヒンズー語で話しかけ、色々教わって逐一仲間たちに伝えていく。
「凄いな‥‥」
 陸奥正憲が、しきりに感心している。
 動物に詳しい彼自身、話に聞いたことしかなかった象が目の前にいるという事実に感動を隠し切れない感じだが、生粋の日本人に見える伊達がインドゥーラの言葉を操るということにもだ‥‥
「故郷を離れて寂しいだろうな。お前と友達になりたいぞ。俺は」
 優しく接する伊達たちは、象たちと打ち解けていく。2頭の象の鳴き声も、どこか嬉しそうである。
 鼻で吸い上げた大量の水を伊達たち目掛けてブバッとかけた。
「こいつ、やったな」
 喜色に裏打ちされた伊達の声は、ブモゥという、やはり喜色に満ちた象の鳴き声によって迎えられる。
「本当に大人しい生き物だな。そうかそうか、ここが気持ちいいのか」
 習った合図で器用に足を上げさせ、足の裏や間接の付け根を擦っている陸奥。流石に動物好きの噂は伊達ではなかった。
 調教師から色んな掛け声や仕草を教わると、膝を折って座らせたりしている。
 意外に上手くいくもんだと感心していると、調教師は無理矢理やらせても早々従うものではないと言って笑った。
「いいなぁ。これでもまだ子供なんだ‥‥ 俺なんか、いつまでたってもチビのままなんだもんなぁ・・・」
 伊達に大きさの秘訣を聞いてもらったが、象とはこういうものだと言われた日向大輝(ea3597)。
 それでも、この巨体には羨望の眼差しを向けてしまう。おっきくなあれ。いろんな意味で‥‥
 さてさて‥‥
「観自在菩薩‥‥」
 この動物がインドゥーラから来たのだということを聞いて、志乃守は念仏を聞かせた。
 象たちが退屈そうに欠伸をしている隣で陸奥が、うつらうつらと船を漕いでいる。
「それにしても知り合いへの良い土産話にもなるな・・・・・」
 鷹見仁(ea0204)が走らせる筆先は、力強い巨体の雰囲気を確実に捉えていく。
 その様子を商人が鷹見の肩越しに覗き込んだ。
「その絵は、うちで買い取らせてもらいましょう。これほどの絵ならば実物を見せなくとも交渉の材料に使えそうですからな」
 報酬に幾らか上乗せするから買い取らせてほしいという商人の申し出を断る理由もない。
 鷹見は二つ返事で絵を売ることにした。
 そのうちの1つは野次馬案内用に立看板にされ、安積直衡(ea7123)の書によって象の注釈がつけられた。
「読めるのか? 何か達筆すぎる気がするのだが‥‥」
「我が輩には難しくて読めないのである!」
「大丈夫、大丈夫。雰囲気で読んでくれるさ。それよりも案内板を立てるのを手伝ってくれないか?」
 きっぱり断言するゴルドワに雪切刀也(ea6228)が苦笑いを浮かべていると、安積が棒や板を手に入れてやってきた。

●野次馬
 関係者を表すのに腕章を用意した冒険者たち。確かに目立っている。
「このまま、じっくり見てみたい気もするが、我輩の仕事は群衆整理らしいので仕方がない!
 我輩のような見るからに温和な者には不向きな任務だが、これも仕事なのである!」
「ところで何を力んでるんだ?」
「こうしていなければ腕章が落ちてくるのだが、鍛えておるので心配は無用!
 まぁ、我輩のこの美しい肉体の前で、あえて騒ぎを起こすような者はおらんさ!」
 そう言ってフンッと力を入れるゴルドワ。腕をパンパンにしてずり落ちないようにしている。
 なんて言ってるはしから立ち入り禁止の札が下げられた縄張りを潜ろうとする輩が‥‥
「物の分からん人間どもだ。あえて中に入ろうとするとはな‥‥」
 まるで猫でも捕まえるように首根っこをぶっこ抜く。
 あははと乾いた笑いを浮かべる男たちにゴルドワの歯の輝きが直撃。
 男たちに『ごめんなさい』と言わせてしまった。
「子供や酔っ払いならまだしも良い大人がこのようなことでは困るのである。しっかり腕立てするように!」
 とまあ‥‥ 彼らにとっては災難この上ないのだが、1つ救いがあるとすれば‥‥
「ふむふむ、我が輩の見識に、また新たな1ページが‥‥」
 象の目の前で腕立てをやらされていることだろうか‥‥
「ほれ、50ー!! あと軽く50回くらいはやってもらわんとな。我が輩のように逞しくはなれんぞ!」
 何か違うような気がするが、それはいいとして(いいのか?)哀れである‥‥

「象というのは南方の動物で、あのように大きいのだが、あれでもまだ子供なのだということだ‥‥」
 日向は調教師から聞いた象の知識を看板を指しながら説明していく。
「丈夫で長持ち、最高級の硯。象が踏んでも壊れな‥‥る?」
 幕の隙間から見える像の足の下にうまいこと硯を滑り込ませた安積だが、これに関しては野次馬の反応はいまいち。
 象を見に来たのだから仕方ない‥‥ あまつさえ硯が割れてしまったとあれば、尚のこと‥‥
 楽しんでもらおうとやったのだが、安積の方は少し空回りだ。
「あまり急がないでくださいね‥‥ 混んでいて危ないですから」
 警備係と書かれた2枚の板を体の前後に首から掛けた雪切刀也(ea6228)が、早く行けよとオバさんを小突く男に注意をしている。
 やり慣れていない仕事と暑さにちょっと疲れ気味だが、オバさんのありがとねと言いたげな表情を見れば、そんなものは吹き飛んでしまう。
「すみませんが、他の人の迷惑になりますようなことは御止めくださいね」
「折角見に来たってのによ。これじゃ何にも見えねぇ」
「すみませんね。見世物じゃないんですよ」
 あれ? 雪切は違和感を感じながらも別の場所で起こった騒動に対処するために走っていくのだった。

 同じ頃、何かするだろうという西園寺更紗(ea4734)に目をつけられていた男が縄張りを潜ろうとしていた。
 すすっと近寄ると霞小太刀の鍔を切る。
「抜かせる気ぃどすか? 言うてもわからへん御方は‥‥」
 小柄な女性だが妙に迫力がある‥‥ にこやかな笑顔が逆に凄みを与えていた。
「心ゆくまで楽しんでおくれやす」
「は、はい‥‥」
 すごすごと男は縄張りの外に出て行く。
 あらら‥‥ 他の場所では子供が今の男を真似して縄張りの中に入ろうとしていた。
「お悪戯はあきまへんぇ」
 小太刀を帯にしっかりと差すと、子供に近づいてしゃがみ込む。
「うん」
「ええ子やねぇ」
 頭を撫でてやると半泣きしそうだった顔に笑顔が戻った。

 別の場所でも事件は起きていた。
 暑さに加えて、この人混みである。気分が悪くなった野次馬も多い。
「大丈夫か?」
 日向は、依頼人の屋号が入った桶や手ぬぐいを持って走り回っている。
 気分の悪くなった者を日陰へ移動させては、絞った手ぬぐいなどを渡したり、水を飲ませたりしている。
 当の日向にしても、暑いしキツいのだが‥‥
「ありがとう」
 その一言で疲れは吹っ飛ぶのであった。

●‥‥
 武者鎧に身を包んだ鷹見の姿は野次馬たちの目を引いていた。武家の手が回っていると勘違いされているのである。
 実際、野次馬は多少ではあるが減少傾向にある。暑い中、突っ立っている甲斐があったというものである。
「うちに見つかったのが運のつきと思っておくれやす」
「確かにな」
「何か?」
「何も」
 男2人が殴り合いを始めようとしているのを嬉しそうに待っている西園寺を見ながら、触らぬ神に祟りなし‥‥と鷹見は苦笑いを浮かべた。
「哀れ‥‥」
 殴り合いを始めた男たちに西園寺の手刀が見舞われた。
 一気に制圧された男たちを目の当たりにして周囲の熱が潮でも引くかのように冷めていく。
「ええ汗かきましたえ」
「ご苦労さん」
 鷹見は乾いた笑いでごまかした。

 さて‥‥
「あ〜、野次馬お断りになっております。いずれお披露目があると思いますので、その時を楽しみにお待ちください」
 汗を拭う雪切は充実感を感じていた。声掛けの成果か野次馬の数は減ってきている。
 それ以外の効果もあるのだが、少なくとも雪切はそう信じていた。
「ねぇ、お兄さん。」
「えっ‥‥ ? だだだ、駄目だって!?」
 気がつくと熟女に腕を絡められている。いきなり腕を掴まれるあたり、人生修行が足りないというところか‥‥
 顔を真っ赤にしながら振りほどこうとするが、女の唇が雪切の頬に触れて思わずドドドドキッとする。
「こんな人混みの中で大胆な人‥‥」
「お、俺は何も」
「子供できちゃったかもしれない」
 はぁ‥‥ 雪切に覚えはない。ないよね? そう‥‥
「おめでとう」
「ひゅーひゅー」
 周囲の野次馬たちは、そんなことお構いなしに囃し立てている。
「お子ですか? ようおしたなぁ」
「俺は無実だ〜〜」
 力いっぱい否定する雪切を、しれっと無視して新たな暇つぶしの相手を求めて西園寺はその場を後にするのだった。

 相変わらず念仏を唱えている志乃守。陸奥はというと象の鼻に寄りかかったまま寝息を立てている。
『何とも大らかな人だな。あの陸奥という男は‥‥』
『そうですね。動物好きで有名な方ですから』
 調教師と伊達はヒンズー語で話しながら談笑している。
「象を見に来たのか、象に見られに来たのか、どちらなのだろうか」
 幕越しに野次馬を垣間見る象の姿に、安積が笑った。
「あ‥‥」
「どうしました?」
 依頼人の商人が固まっている。
「こんなことなら野次馬から金を取れば良かった‥‥」
 後の祭りである‥‥
 いや‥‥ 江戸納涼夏祭は、これからか‥‥