●リプレイ本文
●那須神田城
7人の冒険者がギルドの密命を受け、那須の地を訪れている。
そのうちの1人、日向大輝(ea3597)は、茶臼山攻略に参加した縁を買われてギルドからの書状を預かって那須神田城を訪れていた。
「書状だけ預からせていただこう」
彼を対応する那須藩士は壮年の落ち着いた男だ。日向の所作も、応対する那須藩士に決して引けは取らない。
書状を無理に押し引きする素振りはなく、互いに微妙な距離を保っている。
「既に数度に渡って江戸の冒険者ギルドから謝辞を述べに参っておりますのに、このように門前払いとは」
「某(それがし)からは何とも言い難い。ギルドの言い分は承る故に、お帰り願いたい」
要は手紙を置いてサッサと帰れということなのだが、少なくとも日向には藩士が誠意を持って接してくれているように思える。
本当に那須藩はギルドと距離を置くことにしたのか‥‥ 日向の思案の間、静寂が訪れる。
「派遣した冒険者へ謀反の疑いをかけておきながら、何の説明もなく説明を求めに来た使者まで無下に追い返すようなことをすれば那須藩の体面に傷がつくかもしれない。そのとき、あなたは責任が取れるのか?」
「それでは那須藩が正式にギルドへの抗議を行った場合、ギルドの地位は失墜するかもしれない。そのとき、あなたは責任が取れるのか」
ご尤も‥‥ 挑発には乗らないようだ。
「それでは日を改めまする」
「何度来ても同じことでござる」
那須藩士は静かに言い放つ‥‥ 日向は無言で書状を引っ込めると場を下がった。
何か違和感というか漠然とした不安のようなものを感ぜずにはいられない。以前訪れたのが戦時であったことを差し引いても何か‥‥
「ええぃ、帰らぬか!」
「与一公でなくても良いのだ。俺の武芸の見てもらえるまでは帰らん」
仕官先を探して訪れたという触れ込みの岩峰君影(ea7675)は、連日のように那須兵と押し問答をしていた。
「腕前を見るくらい構わないだろうが」
「駄目なものは駄目だ」
那須兵に必死に食い下がっていると那須藩士が駆け寄ってきた。
「道を開けさせよ」
慌てて立ち退かせようとした那須兵の棒を捌いて岩峰は笑顔を見せる。
「何を騒いでおるか」
馬列の先頭の武士が少し先行して、岩峰たちに立ち退けと手を払った。
「申し訳ありませぬ。すぐに立ち退かせますゆえ御容赦を」
「俺の名は岩峰君影。武芸を買って那須藩士への御取立てを願いたく直訴に参った!!」
一層慌てる番兵たちをあしらいながら岩峰は自信に満ちた口上を述べた。
「藩士は足りておる。仕官は諦めよ」
小山殿は一瞥すると軍馬を進ませる。
「取り押さえよ」
食い下がる岩峰へ向かって小山殿が言い放った。
いかに腕に覚えのある岩峰といえども多勢に無勢。あっという間に那須藩士たちに組み伏せられてしまった。
「今ならば不問にしよう。これ以上、手を煩わせる前に帰られるがよかろう」
小山殿の言わんとするところは岩峰にもわかった。これ以上は‥‥
「那須藩といえば懐の深い、情に厚い藩だと聞いておりましたが、どこか変わってしまったようですな」
岩峰もギリギリの言葉を選んではいるが、藩士たちからビリッと殺気が伝わってくる。
「失望したのなら去るがよい。殿も私も何も変わってはいないのだからな。
そして、那須藩を護るのは我ら藩士の役目。殿を助け、御守りするのもな」
そう言って去る小山殿を見据えながら岩峰は深く深呼吸した‥‥
陸堂明士郎(eb0712)は、とある那須藩医宅を探し当てることに成功していた。
蒼天十矢隊に好意的であった那須医局にあって、彼らが粛清されたという話が出ていない。そのおかげで彼らに関する情報収集は比較的容易であった。その中でも最重要事項は十矢隊屯所に急を知らせてくれた藩医との接触‥‥ おそらく今回の任務にあって最大の難易度を誇るであろうと思われた任務だが‥‥
「杉田玄白殿、ご在宅か?」
「何用だ」
陸堂は、紙縒りとして忍ばせていた十矢隊からの密書を土産に重ねるように差し出す。
「‥‥ もしや! 久しぶりだな、明士郎。あの小さかった子が、ようも成長したものよ」
玄白は密書をさり気なく指差しながら、顔は陸堂を見つめて笑っている。
「那須藩医の御役目に就けたと聞き、駆けつけた次第。本当に目出度く思う」
「挨拶など後にせい。上がって落ち着け」
調子を合わせた陸堂は一礼すると、笑いながら歩く玄白の後に従って屋敷に上がった。
「で、青の守護者の紹介で何が知りたい?」
この男、杉田玄白と言う。神や御仏の慈悲にすがらねば傷や病気を治せないほど人は貧弱ではないと、異国まで勉学の旅に出掛けて様々な国の薬草学や民間医療を学んできた男である。人の知識や知恵で傷や病気を治してみせると豪語する所謂『変人』なのだが、彼の見聞や知識は本物であった。与一公の大らかな人柄がなければ藩医として抱えてくれるようなところは恐らくあるまい。それは今回置いておくとして‥‥
「蒼天十矢隊を解散しろなど誰が言い出したものなのか‥‥ 玄白殿は何か知りませんか?
白面の陰謀なのか、それとも小山殿の憂国の思いが引き起こした事なのか‥‥」
「うむ‥‥ 異国の歴史を知っているか? 外敵の攻撃だけで滅んだ国を俺はついぞ知らん。
これが那須藩の存亡だというのなら内側が乱れている、いや乱されていると見るのが妥当なのさ。
俺だって那須藩で禄を食むようになって日が浅いが、最近の藩士団の様子はおかしい。流言飛語だろうな‥‥ おそらく。
だがな、先の小山殿の行動が憂国の志からきたものであっても、はっきりどうとは言えん。
異国であれば悪魔の仕業というものなのだろうが、小山殿の様子に変わったところは見られないしな」
小さく溜め息をつく玄白を見て、陸堂は話題を変えた。
「与一公や藩政に変化は?」
「相変わらず問題は山積状態だが、藩政は滞ってはいない。殿が政務に熱心なのもあるが、小山殿の手腕に因るところも大きい。
そういった意味では、あの一件以外に那須藩に特に変わった様子はない。若い連中が騒がしいのを除けばな」
「直接、小山殿を探るしかないのか‥‥」
「いや、止めた方がいいだろう。利害が一致する間は俺がギルドに協力する。
だが、最終的には那須藩など関係なしに与一公への忠義のためだけに動くと思っておいてくれ」
玄白の笑みの意味はわからない。しかし、どこか優しい笑みに陸堂は安心するのだった。
「そうだ。十矢隊の足軽たちはどうなりました?」
「色々理由をつけて出奔したよ。俺には秘かに釈迦ヶ岳に行くと教えてくれたが、それ以上知らん」
杉田玄白が信じられる確証は何もなかった。だが、玄白を信じたい。そう自身に言い聞かせる陸堂であった‥‥
●馬頭観音
旅姿の男女が1組。目立つ格好ではないが、異国風の出で立ちで、すぐにそれだとわかる。
「ここへは何をしに来た」
「知り合いの婆様にありがた〜い仏像があると聞いたんでよ」
「僕はこの人の護衛ね」
イワーノ・ホルメル(ea8903)と暁鏡(ea9945)は、馬頭に入ろうとしたところで那須兵に足止めをくらっていた。
「この地へは、めったやたらと人を入れてはならんと達しが出ているんだ。悪いが帰ってくれ」
「遥々異国から来たんだよ。珍しい仏像だって言うし、折角見に来たのに‥‥」
それならと那須兵は藩士に相談に向かってくれた。笑顔で引き返してきた那須兵は自分が付き添うなら案内できると言ってくれたので、好意に甘えることにした。
暁には那須兵たちが何者かに操られているとか、邪悪な意思とかそういうものを彼らから感じることができなかった。
「何だかちょっと悪い気はするけどね‥‥」
「仕方ねぇだよ」
暁はペロッと舌を出しておどけてみせる。暁の詭弁だが、この際これくらいの嘘は構わないだろう‥‥
それはそうと‥‥ 十矢隊の奈津婆から教えられた通り、馬頭は美しいところであった。イワーノの記憶している馬頭の地形からいけば風水に用いられているという川は清流そのもの。危惧したような土地の穢れというものは感じられなかった。
程なく馬頭寺に到着し、小山殿直属の那須兵たちが厳重な警備を行う中、イワーノと暁は住職に挨拶することが許可された。
「遥々と異国から馬頭観音像を参りに来られたとか‥‥ 見ての通り藩兵が駐留しておりますれば、長の逗留というわけにはいきますまいが、せめて少しの間ゆるりと」
「住職殿、読経をお願いしたいのだけど。いいかな?」
「良いですよ。信心深い方であれば是非にでも」
住職は暁の申し出を快く受け入れてくれた。
準備ができたと本堂に通されたのは僅か後のこと。住職の読経の途中でイワーノはテレパシーの経巻を広げると、その体は光に包まれた。同席した那須兵たちは、ありがたい経巻が光を放ったように思っただろうか不思議そうな顔をするだけで騒ぎ立てしない。
『この会話は俺ぁと住職どんにしか聞こえてねぇ。念じるだけで話ができるだよ。
奈津さんっちゅう婆様からの紹介だば、少し話をしてぇんだがえぇかね?』
『どうぞ』
住職は読経を続けている。
『天狗どんたちの悪い噂が流れたとこみると、ここさ利用して人と妖怪とを仲違いさせる気ぃだべか? 九尾の狐さは』
『それはわかりません。ただ‥‥ 与一公も小山様も白狼神君のことを疑ってはおらぬ様子でした。与一公の人を見る目を信じると小山様は仰っておりました』
『んだば、馬頭の地ぃに変わったことはねがったか?』
『いえ、特には』
『ありがとうな、住職どん』
そして読経を終えて振り向いた住職にイワーノは両手を合わせて頭を垂れた‥‥
●福原八幡宮
「ふむ、那須で何が起こっているのか‥‥ 気がかりであるの」
「蒼天十矢隊の解散、玉藻さんの計略かもしれませんね。違うとしても、この件を利用しない手はないでしょう」
緋月柚那(ea6601)と字冬狐(eb2127)は八溝山に立ち寄った後、福原八幡宮を目指した。
実入りとなった情報は殆んどない。埒もない噂話程度だ。八溝山を囲む那須軍の監視の目をかいくぐって山に分け入るのは難しかったからだ。逆に言えば那須軍の包囲が機能している証拠であった。
犬2頭を連れた女子供の2人連れ。そうそう無体なことにはならないが、無茶はできない。
「緋月ちゃん、偉いわねぇ。こんなに小さくて可愛らしいのに福原八幡宮の神主様とお知り合いなんて」
「それほどでもないのじゃ。今年の追儺式に御手伝いをしたので、それだけじゃ」
照れる緋月の頭を撫でると冬狐は抱きしめた。そこに神主が入ってきて慌てて居住まいを正す。
「神主様、久しぶりなのじゃ」
「小姫殿、久しぶりです。それで何の用でしょう?」
神主は、どこか我が子でも見るように優しい眼差しを向ける。
「神職の立場から那須の様子がどうなのか聞いてみたくて寄ったのじゃ」
成る程と神主は頷いた。
「阿紫を縛っていた龍気を乱されて以降、何かしら山ノ神や地ノ神の怒りのようなものを感じるという仲間は多い。小さな地の震いなど感じることはないかね?」
揺れたかな程度の地震なら、確かにここのところ何回かあったような気がする。緋月も冬狐も顔を見合す。
「茶臼山の殺生石、あれの封印が解けたのが何かを決定的にしたのかもしれませんね」
殺生石の話に冬狐の表情が曇った。深く息を吐くと、お腹の辺りにそっと手を当てて別の話題を振った。
「近辺の鬼に動きは?」
「今のところ何もないですね。不気味なくらいに。嵐の前の静けさなのかもしれません」
「全く聞かぬのかの?」
「民からしてみれば嬉しいことなのでしょうが‥‥」
3人で苦笑いを浮かべていると巫女が駆け込んできた。
「御城下で何やら騒ぎになっておりまする。百鬼夜行を見たと八幡宮へ駆け込んできた者もおります!!」
巫女の顔は蒼白そのものだった‥‥
●暗雲
それは突如として起き、神田城城下は喧騒に満ちていた。
すわ九尾の狐が攻め入ってきただの、岩嶽丸が復活しただの、与一公が暗殺されただの‥‥
馬頭へ向かっていたはずの小山殿も血相を変えて神田城に入ったのは日向も確認している。
「何が起こってるんだ!?」
日向たちは危険を承知で合流を果たしていた。
岩峰に至っては那須藩北部で騒動を起こし、奥州への反応を見ようと画策していた矢先で不意の出来事である。
「小山殿を首班として、謀反が起きたとか聞いたぞ」
岩峰の表情は暗い。那須の動向は冒険者にとっても他人事では無いからだ‥‥
そう。この地が奥州への派兵の要衝であるのと同時に、江戸からは目と鼻の先。裏返せば関八州の北の玄関なのだから‥‥
翌日、心配して駆けつけた領民たちに対しては次のように説明がなされた。
『喜連川那須守宗高様が体調を崩された。多くの藩士が取り乱して騒ぎ、民に余計な不安を与えたことは誠に申し訳ない。殿が静養中の政務は小山朝政様が執り行うこととなった』
このままでは公の心煩わせるだけだからと藩士に説得され、民は心配しながらその場を後にした。
「与一公は行方不明らしい。それと‥‥ 藩政を牛耳ったのは小山殿だが、騒動を起こしたのは小山殿ではなさそうだと聞いた」
「また、若い藩士たちか?」
頷く陸堂に岩峰が首を振る。
「ギルドに報告しないわけにはいかないだろうな」
日向たちは江戸へ急行し、全てを江戸冒険者ギルドに報告した。
事態が家臣である小山朝政殿の謀反という最悪の様相を呈すれば、いや御家で騒動を起きていることがはっきりするだけでも不忠の臣を討って与一公を助けるためという大儀で源徳家康公の介入を招き、那須藩存亡の危機となりかねない。
しかし、現時点でこの情報を知る者は多くないはず‥‥ ギルドの立場としても今の段階で事を荒げて得をすることはない‥‥と、日向大輝、岩峰君影、陸堂明士郎の3名と江戸ギルド上層部だけの秘密として緘口令が引かれた。しかし、いずれ事態が動くのは間違いなかった。
さて‥‥
「思惑通り進んでおるな」
「は。概ね計画通りに。我らにしてみれば、どう転んでも勝ちにございますれば」
「与一の行方が不明だというのは予定外だったが、あの者の生死すら問題ではないわ。
火の手も、風も、燃やす物も準備万端。後は燃えるのを確かめるだけだ‥‥ ふっ‥‥」
黒脚絆の者たちを従えた男が冷めた瞳で那須の地を見下ろし、堪え切れないように笑い声を漏らした。