●リプレイ本文
●秋の夜長
「へぇ、綺麗な景色じゃない。これが紅葉っていうのね」
紅葉に溶け込むような気持ちよさを感じながら、ミア・シールリッヒ(eb3386)は踊り始めた。
しかし、どこかぎこちない。ミアが躍ろうとしているのが『舞』だからだ。
日本に来てふとした機会に目にすることのできた『舞』には興味があった。祖国の踊りにはない、あの独特の雰囲気は魅力的だ。
自分の踊りにその動きや雰囲気を取り入れることができないか試してはいるが、そうそううまくはいかないようだ。
べべん‥‥
り‥‥ りぃ‥‥
ヒュィィ‥‥
虫の音に小鳥遊美琴(ea0392)の三味線と鷹司龍嗣(eb3582)の笛の音が合わさって、どことなく情緒を醸し出している。
「寒くなってきましたからね。体調を崩さないようにしないと」
長期戦を覚悟し、何かあれば即時対応の構えでいるためにワイワイガヤガヤ鍋をつつきながら酒でも引っ掛けてドンチャン騒ぎという訳にはいかないようだ。
それでも賑やかなことに変わりない。
宴会の騒ぎに事件を起こしている何かが反応するのではないかという予測は今のところ外してしまっているが、それは調査の一環で想定内の出来事であるために冒険者たちに動揺はない。
焚き火の周りに集まった小鳥遊たちは、せめてもと粥を簡単に温めて周囲を警戒しながら保存食にありついていた。
「とりあえず『九つも葉のある紅葉』が本当にあるのか確かめないといけませんね」
三味線を置き、小鳥遊は取り分けられた夕食を口に運ぶ。冷えてきたところに温かい粥は御馳走だ。
「そ、そうだな‥‥ 私は明日‥‥代官に会って聞き込んでみるとしよう。何かわかるかもしれない」
動きやすいようにと穿いた短い筒袴から覗く小鳥遊の両の膝に鷹司はドキリとして目のやり場を探した。
「俺の猟師としての勘は、この山に何かあると告げているんだよね。いい山なのに」
粥の代わりに分けてもらった干し肉を噛み切りながら冬呼国銀雪(ea3681)は辺りを見渡した。
確かに紅葉の美しい山だ。小動物や鳥たちの生活の痕跡もあり、人が分け入るにしては自然豊かな場所ではある。
「痕跡があるのに動物たちの姿を見かけないっていうのが気になるな」
「猪でも狩れれば、当面の食料には困らないだろうと思って探したが、猪どころか狸などすら見かけないんだからな。
神隠しだか何かは知らないが、裏には何かがいる事には間違いはなかろう。油断は禁物だな」
「私の占いにも大凶の卦が表れています」
焙った魚の干物をほぐして皆の皿に入れながら鬼嶋美希(ea1369)は小さく溜め息をついた。その横で鷹司が少し顔を伏せる。
「誰かがまるごともみじで悪戯してるのなら多少は可愛げがあるのかしら。本当にそうなら鞭打って懲らしめてあげたいわね」
初めて見る四季のひとつ秋、その代名詞ともいえる紅葉に感動しながらも、ミアは思いついた可能性のあまりのくだらなさに辟易した。
「今の時点で思うのは、天狗か‥‥紅葉狩という名の鬼女か? あまり自信がないが‥‥」
鷹司の知識の中にそのような妖怪に関するものはない。
そも、いると断言するのは難しいが、いないと断言するのは更に困難だ。可能性がないわけではない‥‥
「俺は樹木の妖怪の類だと思っている。だから見つけ次第に討伐するぞ。あれは厄介な相手と聞いているのでな」
「名前は思い出せないけれど私の故郷にも人食いの木がいるって聞いたわ。そういうのが相手だとして私たちで倒せればいいのだけど」
鬼嶋とミアの不安を他所に、小鳥遊はもっと不吉な予感に囚われていた。
「九‥‥ 九尾に関係があるのでしょうか」
「九支の紅葉が、九尾の狐? もしそうなら大変」
日本が初めてのミアでも噂くらいは聞いたことがある。
那須の地で伝説級の大妖、白面金毛九尾の狐が復活したという話は、江戸の冒険者ギルドを利用する者ならば聞いたことがあるはずだ。
「神隠しにあった人って、その狐に食べられちゃったのかしら?」
「そんな暢気な‥‥ もし九尾になど出会ったら私たちなど生きては帰れませんよ」
突然箸が折れ、鷹司は不吉な予感を感じずにはいられなかった‥‥
●神隠し
「ふわぁ‥‥ 異常なしかぁ」
ミアは大きく体を伸ばした。流石に野宿は体に響く。
「もっと昼間の方が出るのかもしれないな」
夜営の最中の襲撃を避けるために施しておいた冬呼国の仕掛けは、周囲に敷いた小枝も音の鳴る罠にも当たりはなし。
昨夜の宴会に続いて、こちらもとりあえず外れだったようだ。
交代で夜営を終えた冒険者たちは、手分けして探索と調査を進めることにした。
そんな訳で、鷹司と冬呼国、ミアの3人は土地の代官に話を聞くために、その屋敷を訪れていた。
彼らが来るのを予測していたのか、代官との面会は予想以上に早く実現した。しかし、代官は一向に口を開こうとはしない。
「九支の紅葉だとか、神隠しだとか‥‥ 調査のために噂ではなく詳しく話を聞かせてもらえないだろうか」
「いつから事件が起きているのか、神隠しにあった者たちに共通することがあるのかどうか‥‥ 色々聞きたいこともある。
俺たちの予想は多岐に及んでいてね。それこそ悪戯から九尾の狐まで‥‥ これでは調査どころでは」
挨拶もそこそこに本題を切り出す鷹司と冬呼国の質問に代官の顔色は優れない。
「実はな‥‥ 実際に山で姿を消した者がいる以外に、怪現象を目撃した者たちは不可解な死を遂げておるのだ。
ある者は腹を切り、またある者は首を吊った。知っていて口をつぐんでいる者もおるかもしれんが‥‥全てだ」
「大事件だね‥‥」
「もし全てが繋がっているなら木の妖怪なんかの仕業には思えない」
表情を硬くするミアと冬呼国から目を逸らし、代官は口を閉じた。
「どうしてギルドにそのことを報告してないんだ?」
「ここ最近のことで、こちらも当惑している‥‥」
「今も皆で探索してるんだよ。早く知らせないと!」
鷹司の言葉に一言だけ口を開いた代官の態度に、ミアは怒りすら感じた。しかし、それどころではない。仲間の顔を見渡す。
「代官殿、まずは仲間たちに注意を促してくる。そのうえでどうするか話し合いたいがいいか?」
その姿を見た冬呼国は、今は一刻も早く動くべきだと立ち上がり、鷹司もそれに続いた。
●九支の楓
「ん?」
側方の斜面に気配を感じた鬼嶋は太刀を抜いて一気に距離を詰め、斜面の向こう側を覗き込んだ。
そこには、確かに九支の楓が‥‥
「まさか‥‥ 本当に‥‥」
陽を浴びて風に靡く金色の体毛‥‥
通常では考えられないような体躯の狐‥‥
白面に映えるように怪しく光る紅の瞳‥‥
残忍な冷たさが見る者に染み入るような笑み‥‥
「九‥‥ 九尾‥‥」
鬼嶋は逆光気味に宙を踏みしめる九つの尾を持つ妖狐に見入って動けない。辛うじてゴクッと唾を飲んだ。
「死なないように殺してやろう。苦しむがいい」
黒装束の男の刃が背後から忍び寄る。男の声に気づいて鬼嶋は咄嗟に受け止めようとするが、男の刃はピッと旅装を小さく切り裂き、血が滲む‥‥
(「攻撃は最大の防御なり‥‥」)
初撃を外すわけにはいかない! 太刀を素早く振り上げると一瞬で突き出すように振り下ろすと男は血飛沫を上げて倒れた。
ぼやぼやしてはいられない。逃げなければ!
視界に入っただけで2人、死角にも何人か敵がいるかもしれない。何より九尾を相手に1人で戦うほど愚かではない。
止めを差す間も惜しい。鬼嶋は一目散に駆け出した。
「ここも五葉の紅葉ですね。九葉の紅葉なんて本当にあるのかな‥‥ ん? 何の音?」
疾走の術で駆け回りながら山中をしらみつぶしに歩き回っていた小鳥遊は、どこかから剣戟の音を聞いたような気がした。
もしやと思い、聞こえたと思った方向へ走り出す。
そこへ風に乗った僅かな血の臭い‥‥
自然と身を隠し、小鳥遊は忍び足で音のする方へと近付いて行く。
(「しまった‥‥」)
思ったときには既に遅く‥‥ 1、2‥‥ 背後に3人‥‥
逃げ道を探して数歩前に進んだ先に開けた所で前方に倒れているのは鬼嶋‥‥ 金色の狐の爪が、その背に食い込んでいる。
「九葉の紅葉の正体は‥‥九尾の狐‥‥」
愕然とする小鳥遊。
目の前にいるのは江戸ギルドの中でも実力を評価されている十人からの冒険者を手玉にとって一蹴したと聞く伝説の大妖である。
予測していたとはいえ、実際に目にすると真実を受け入れがたかった。
ククク‥‥
笑い声が静かに響いた。
「逃げても良いのだぞ。このように我が楽しんでいる間はな」
既に意識のない鬼嶋に九尾は爪をかけ、ゴロンと転がした。
「私はしがない三味線弾き‥‥ けれど、仲間を見捨てるような三味線弾きではないのです‥‥」
疾走の術の効果が続いている間ならば逃げる機会はあるはず。しかし、鬼嶋を抱えてとなると可能性は万に一つもないだろう。
それでも小鳥遊には可能性を試さずにはいられなかった。
大きく飛び込むように鬼嶋との間合いを詰めるが、それは九尾との間合いを詰めることでもあった。
牽制のために桃の木刀+1で殴りかかるが、金色の体毛に触れることも叶わない。
疾走の術で強化された回避力も鋭い爪の前には無力であった。吹き飛ばされる‥‥
それでも何とか鬼嶋を掴んだ小鳥遊は彼女を背負い様に駆け出すが、既にその歩みは疾走と呼ぶには相応しくないものであった‥‥
ぴぃぃ‥‥
鷹司の放った鷹が一直線に飛び去って行く。
合図を送るが、鷹司の元には戻って来ずに離れて行く。
「嫌な予感がする」
「あぁ、急ごう。皆が心配だ。九尾じゃないとしても一筋縄じゃいかない気がする」
冬呼国は冷静さを保っていたが、言わずもがなも言葉の端では急げ急げと叫んでいる。
「木の妖怪や危ないのだったら調査どころか退治になるかもって思ってたけど、それ以上のが出てきたら‥‥」
怖くて先が言えないのだろう。ミアは俯き気味に走っている。
「ち‥‥ 逃げれば良かったかな」
「そうもいかないから来たのだろうに」
冬呼国と鷹司の声に顔を上げたミアの目に飛び込んできたのは、血を流して転がる鬼嶋と小鳥遊の姿‥‥
「うそ‥‥」
そして‥‥
それを転がして首だけをこちらに向けた金色の獣‥‥ 九尾が揺らぎ、美しささえ感じさせるような妖の獣‥‥
ミア、冬呼国、鷹司、誰もが一瞬で何者なのかを理解してしまった。
「仲間を返してくれないか?」
大妖を前に冬呼国の顔も血の気を失い気味だが、それでも冷静さを保っているのは流石だ。
「くく‥‥ 手をもぎ、脚をくびり、血の匂いを楽しみながらこの者の瞳に我の姿を焼き付けてやろうと楽しみにしていたに‥‥
それを返せ‥‥と言うたか?」
九尾の狐はククッと笑った。
「私たちにお前の相手は無理だろう。しかし、返してもらえないのなら力ずくでも‥‥」
「先を言うてみよ」
冷汗を流し、歯の根の合わない鷹司だったが心まで折れたわけではない。
「おまえを倒す!」
「よく言う。ククク‥‥」
九尾の狐は体を震わせて笑う。
「何百年も眠っていた寝ぼ助だもの。平手の一発も入れてやらないと寝ぼけたままなんじゃない? それとも鞭がお望み?
ペットにしてやってもいいわよ!!」
ミアの金色の髪は逆立ち、青の瞳は鮮血のように紅に染まっていた。
感情の高まりによって引き起こされるハーフエルフの狂化である。
「ミア! ミアッ!!」
必死になって止めようとする鷹司と冬呼国の手を振りほどくと、ミアは鞭を地面で鳴らした。
「フッ‥‥ 稀に聞く暴言。我に向かってそのような口を利ける者がいようとはな」
九尾を揺らしながら妖狐は顔を僅かに振った。
その動きを見た黒装束の男たちが、傷ついた黒装束の仲間を支えるように撤退する。
「見逃してくれるのか‥‥?」
「そんな訳あるまいて」
ポツリと呟いた冬呼国の脳裏に響くように、九尾の狐の生暖かい吐息の交じった言葉がかかる。
黒装束の男たちに目を奪われた隙とはいえ、人間ならば一歩で詰められない間合いを一気に詰められれば動転もする。
爪を捌ききれずに冬呼国は倒れた。
「ぐっ‥‥」
噛み付かれた腕からブチリと嫌な音がする。
「次はお前かい?」
「き‥‥効かない‥‥ うおっ!」
咄嗟に詠唱した混乱の術にかけた鷹司だったが、体当たりで突き飛ばされた。
「どうしても鞭の味が知りたいようね!!」
ミアの鞭が唸るが、軽々とかわされてしまう。
「止めは差さないので?」
ぼんやりする意識の中、小鳥遊は何かの声を聞いた。
(「九尾は‥‥」)
体には感覚がない‥‥
「良い。都合よく冒険者に姿を見せることができた故な。これでギルドから家康たち諸侯の耳にも入るだろう」
「そうでございますな。火種を抱えた江戸なれば、九尾の噂に容易く火が付きましょう」
フワフワする視界の中で動いているのは黒装束の男たちばかり‥‥ 九尾の姿はないようである。
「これで江戸の町が混乱するのは間違いない。神皇、源徳、平織、藤豊、手玉に取るには豪華すぎる。実に楽しいじゃないか」
「吉次様、九尾の狐が江戸に出現すれば混乱間違いなしですからな」
「クク‥‥ いっそこのまま諸侯の1人でも殺るか。御館様に申せば、殺れと本当に命じてくれそうで心躍る」
「諸侯といえば与一などいつでも討てますが」
「捨て置け。あの男、放っておいた方が余程面白いわ。諸侯らを掻き回してくれようて」
黒装束の男たちは、忍び笑いを残して消えていった。
小鳥遊が憶えていたのは、そこまでだった‥‥
代官の屋敷に急を知らた農民風の男のおかげで冒険者たちは一命を取りとめた。
土地の代官によって手配された僧や回復薬などのおかげもあり、彼らの体の傷は完全に癒すことができたようである。
そして‥‥
彼ら冒険者の口から体験の一切を聞いた代官は『危険な妖怪が出現するため、山への立ち入りを禁ずる』と触れを出した。
なお、御触れでは九尾の狐のことには一切触れていない‥‥