廃村の薬

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月21日〜05月26日

リプレイ公開日:2009年05月31日

●オープニング

 薬。
 今現在、何より必要なもの。それは薬だった。
 
 土浦の城下町。その郊外の一角には、腕の良い医師がいた。医師の名は千古庵。腕は良いが、決して法外な医療費を取らない医師でもあった。
 しかし、彼は焦燥の中にいた。焦ったあまりに、ギルドへと依頼したのだ。

 そもそも薬が必要なのは、千古庵の患者がそれを必要としたため。
 犬鬼の盗賊団に襲われた、土浦のすぐ近くの村・成戸村の村人たちが、担ぎこまれたのが始まりだった。
 村は田畑が広がる中、周囲に森林や山は無い場所にあった。そして村でも、戦い方は学んでいた。少なくとも、無力ではない。
 犠牲者はそれなりに出たものの、村人たちの自警活動により退ける事に成功。いや、退けたといっても、数十匹の犬鬼が二〜三匹となり、それらにも致命傷を負わせていたのだから、事実上殲滅に近い。
 しかし、負傷者の手当てで問題が起きた。毒矢を受けたために、治療が必要になったのだ。
 村には医師がおらず、治療が必要なときには土浦まで来て千古庵の医療所へと赴き、診察してもらうのがいつもの事であった。今回もその例にもれず、多くの負傷者が千古庵の元へと運ばれた。
「先生、どうかひとつお願いします」
 もちろん、千古庵は治療を快く引き受けた。大変だが、不可能ではない。

 しかし、ひとつ問題が起きた。
 犬鬼は毒矢を用い、その解毒剤も持ち歩くのが慣例。だが今回は、犬鬼は解毒剤を持っていなかったのだ。死した犬鬼の持ち物も探したが、解毒剤は見当たらなかった。
 毒は次第に、負傷した者たちの命を次々に奪っていく。体力の無い子供や老人などが、だんだん危機的状況へと陥っていくのを、千古庵は見ているだけだった。
 なんとか薬を処方し、毒の回りを遅れさせる事は出来た。が、それでも解決にはならない。
 犬鬼の毒を打ち消す解毒剤、どこかに無いものかと悩む千古庵。そこで、村人の一人が申し出た。
「あることはあるのですが‥‥あれは、それ以上に危険でして」
 
 成戸村の街道をそのまま一時間ほど馬を走らせると、峠があり、峠を越える途中には、廃村に続く山道がある。
 その山道をたどり、到着した廃村、その名も草見村。
 薬草が周囲にふんだんに生えており、そこから薬を作り出す薬師が住んでいた村だった。老いた薬師は、様々な薬を作っては貯蔵していた。蔵には薬が並び、たいていの病や怪我を癒し、毒を中和できた。
 が、その薬師は突然に亡くなり、村も次第に人が居なくなり、やがて廃村となってしまった。以来、薬がそのまま放置され、来訪者も無く現在に至る。
 
 が、一度だけ。成戸村の猟師、呉作がこの村へと赴いた事があったのだ。
 かれこれ一月ほど前。呉作は山で獲物を探していたが、数匹の犬鬼に遭遇。弓矢の応酬の結果、一匹を射殺した。犬鬼どもはそれに恐れをなし、そのまま仲間の遺体をかつぎ逃げ出してしまった。
 やがて毒が回りだし、草見村に迷い込んだ呉作。今は亡き父親が、この村の薬師の治療を受けた事は知っていた。その時に、子供だった彼も一緒にいたのだから。
 薬師の蔵を探し出し、毒が回り始めた朦朧とした頭で必死になり、薬を探す呉作。
 やがて、大きな薬草が入った壷を発見。中に残されていた乾燥した粉を傷にあてがい、一命をとりとめた。
 
 そのまま、一晩を過ごそうと思っていたが。彼はすぐに逃げ出した。
 村には、動き回る死者がいたのだ。それのみならず、俊敏な何かの足音も聞いた。自分へと近づいてくる、何かの音も。
 草見村には、今は近づく者はいない。なぜなら、物の怪の類が出るから。
 いつしか旅人や迷い人がここに泊まりこんだ結果、棲みついた怪物に襲われるようになったのだ。
 呉作は傷ついた身体をおして、なんとか逃げ出した。そして、そのまま村へと逃げ帰ったのだ。
「記憶はあやふやなんですが、それでも薬があったのは事実です。壷の中の粉は、かなりの量がありましたから、ひょっとしたらまだあるかもしれません」
 と、呉作は付け加えた。
 草見村の事は、千古庵も聞いたことがあった。そして、そこに出没する怪物の噂も。
 なんでも、生ける屍の類らしい何物か。それがいきなり樹上から降りてきたり、物陰から噛み付いてきたりと、恐ろしい攻撃をしかけるとか。そしてそいつに攻撃しても、倒す事はかなわず。
 いや、腕自慢の盗賊の類が金目当てに廃村に赴き、深手を負い逃走し死亡したという話を聞いていたのだ。あくまで噂であるが。なんでも、どんなに刀傷を負わせたところで、痛手にならなかったとか。

 自分は人を癒す事はできても、戦う事は出来ない。それでも、薬を手に入れたい。
 誰かの力を借りたい、それも、今すぐに。

「そういうわけで、皆様のお力を借りたく思った次第です」
 そう言って、報酬を差し出しつつ千古庵は言った。
「どうか、草見村の薬を取りに行く時に、護衛をお願いしたいのです。一刻を争う時、どうかよろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea2139 ルナ・フィリース(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「‥‥申し訳ないけど、もう一度だけ草月村の事を思い出して貰えるかな?」
 瀬崎鐶(ec0097)、口数の少ない、侍の女傑が呉作に問いかける。
「おちついて、ゆっくり思い出してください」
 七神斗織(ea3225)、僧兵にして、たおやかなる女医が、瀬崎に続き呉作へと懇願していた。
「で、でも‥‥。おらはあの時、無我夢中だったもんで、よくは覚えていないんですよ」
「焦らないで、覚えている事だけをできるだけ教えてほしいんです。千古庵先生も、お願いします」
 この仕事を受けた冒険者たちは、まず廃村へと赴くその前に、呉作に聞いておこうと考えていた。草見村の様子を事前に聞いておけば、何か役立つかもしれない‥‥と思っての事。
「‥‥わかりました、知っている限りの事を思い出してみます」
 瀬崎と七神の期待に答えんと、呉作は再び村の事を思い出し、そして語り始めた。

「では、こちらでよろしいんですね?」
「おそらくは。大体こちらの方角のはずです」
 陰陽師・齋部玲瓏(ec4507)の戦馬に乗りつつ、イギリスの美しきナイト、ルナ・フィリース(ea2139)の問いかけに千古庵は答えた。
 呉作はもとより、あまり他者に説明するのが得意ではない。が、それでも彼なりに一生懸命に思い出し、できるだけの答えを出してはくれた。
 結果、ある程度は判明できたが、正確な位置までは判明できなかった。
 千古庵の方もまた、草見村の事は又聞きで聞いただけにすぎないので、有用な情報はほとんど何も知らなかった。
「すみません、これでは何も知らないのと同じですね。」
 呉作の言葉に、齋部はかぶりをふった。
「いいえ、それでも何も知らないよりかはましです。さあ、急ぎましょう」
 七神と瀬崎、そして齋部とルナ。四人の美少女は周囲への警戒を緩めず、馬にまたがり獣道へと進んでいった。

「ここが、草見村のようです」
 千古庵とともに、皆は目的地へと到着した。草が小屋や建物にまとわりつき、新たな苗床になっているかのよう。少なくとも、人の痕跡や気配はない。
 そう、今のところは。
 だが、人の気配とは異なる、別の気配を皆は感じていた。
 まるで、村全体が放つ敵意のよう。漂う悪臭とは別に放たれているそれに対し、千古庵は恐怖し、心がくじけそうになった。
 が、彼はそれを恥じた。馬に同乗させてくれている齋部もそうだが、ルナも七神も、瀬崎も、四人の少女は恐怖を微塵も感じていない。使命達成への責任感と、未知なる恐怖に立ち向かう勇気。それらを見て、自らが恐怖を覚えた事を、千古庵は恥じた。
「さあ、参りましょう。薬を取りに!」
 七海は、己の馬‥‥紅丸を駆り、前進した。忠実なる蒙古馬は、主人の命に従って歩を進める。
 続いては瀬崎。彼女は七海の馬を、やはり蒙古馬の茶々丸を借りて乗せてもらっている。
 そして、齋部。彼女の馬は、戦馬・早雲。千古庵を乗せていても、疲れた様子は微塵も見せていない。
 しんがりはルナと、彼女を乗せた戦馬・ロイヤー。鼻息も荒く、たくましい足の蹄は下手な怪物の爪や牙以上に強い、手強き馬。
 馬の蹄が枯葉を踏みしだき、一行は村の内部へと進んでいった。

 村の内部には、生命感がまるっきり感じられなかった。
 その事が、医師である七海には妙に思われた。人がいないのなら、小動物が棲みついてもおかしくはないのに。
 何かが潜んでいるに違いないだろう。だがそれは、少なくとも動物を寄せ付けない何か。警戒しつつ、七海はイミウトの杖を握り締めた。
「どうです? 分りますか?」
 ルナが問いかけ、千古庵は周囲を見回した。
「おそらく、こちらじゃないかと」
「‥‥!?」
 ふと、瀬崎が馬の歩みを止めた。
「? どうしました?」
 ルナが、警戒したように語り掛ける。
「いや‥‥音を、聞いたような‥‥?」
 瀬崎の言葉に、七海と齋部もまた、耳をそばだてた。
「‥‥どうやら、気のせいだったようだ。すまない、みんな」
 瀬崎の言葉とともに、一行は探索を再会した。
 だが、七海は周囲に目を向けていた。惑いのしゃれこうべが、反応していたのだ。
「すぐに、呪文をかけないといけませんね」
 オーラボディとオーラエリベイション。七海はすぐに、闘気魔法をかける準備を始めた。

「ここ、ではないでしょうか?」
 探索して数刻。七海が、新たな蔵を見つけて指し示した。
「‥‥そうだ、ここだ! 違いない!」
 目前のそれは、まさしく呉作の言っていた薬の蔵の特徴を有していた。
 はやる気持ちを抑えつつ、ルナは扉に手をかけた。用心に用心を重ねなければならない。
 意を決し、扉を開く。内部には薬師の家のような、独特の鼻を付く臭いが漂っていた。
「これは‥‥そうです、まちがいない! ここですよ!」
 半ば興奮気味に、千古庵は叫んだ。内部には、薬箱がところ狭しと置かれていたのだ。
「さあ、それでは薬を。私もご一緒します」
 同じく医療を生業とする七海が、千古庵とともに馬を下りて、内部を覗き込んだ。瀬崎と齋部も馬を下りたが、ルナは馬にまたがったまま、周囲を警戒し続けていた。
「!」
 警戒していたかいがあった、見つけたのだ。「敵」を。
「皆さん! モンスターです!」
 ルナの叫びが響き、モンスターは素早い動きで走り、接近してくる。
 その言葉に、他の三人も即座に動きすべき行動をとった。千古庵を囲んで、戦闘態勢をとったのだ。

 怪物は、腐りかけた皮膚の人間に見えた。が、その面相から、人間ではない事は見て取れた。腐臭とともに動き、死臭とともに息を吐く。口元からこぼれるのは、まがまがしい乱杭歯。
 ルナは思わず、母国の言葉でそいつの名をつぶやいた。
「‥‥グール!」
 嬉しそうに死食鬼は、ルナへとめがけ走り寄ってきた。その素早い事は、まさに野生の猿のごとき。
 だがルナは臆する事無く、勇敢なる眼差しと剣の切っ先を怪物へと向けた。戦馬・ロイヤーもまた、主人の心を受け止めたかのように鼻を鳴らす。
「行きます!」
 麗しき騎士は、雄たけびとともにロイヤーで突進した。手にはそれぞれ、霊刀「オロチ」に盾「ヨウコウ」を携えている。
 死食鬼は突進するルナの一撃をかわし、爪での一撃を食らわせた。腐った爪がヨウコウの表面をかきむしり、ルナの身を守る。再び向きを変え、ルナはこの敵と対峙した。
「ルナさん!」
 瀬崎と齋部とが、それに加勢せんと一歩を踏み出したが。
「気をつけて! 上です!」
 気配を感じ取り、叫んだ七海により、二人は救われた。蔵の屋根から、もう一体の死食鬼が飛び降りてきたのだ。一歩踏み出すのが早かったら、頭からのしかかられていた事だろう。
 二番目の死食鬼が、おぞましい腕で瀬崎につかみかかった。瀬崎はそれを、名刀「胴田貫」で受け止める。刃が怪物を切り裂くが、そいつは痛みを感じていない様子。
「くっ、だめかっ!」
 聞いた話から、死人憑きの類だろうとは考えていたが、実際には死人憑き以上に恐ろしい相手だった。強烈な一撃を与えたのに、そいつは堪えていない。
 にやつきながら、そいつは跳躍し、噛み付こうとした。
「風よ! 刃となりて我が敵を撃たん! 『ウインドスラッシュ』!」
 齋部のスクロールにより、烈風が巻き起こる。魔力を含んだ鋭き風の刃が、容赦なく、そして小気味良く、おぞましい怪物の皮膚を切り裂いた。
 魔力の攻撃によって、そいつはひるんだ。その隙に、齋部は馬のもとへと駆け寄り、三人を自分の周辺へと呼び寄せる。
「皆さん、こちらへ!」
 品物比礼、齋部が布を振ると、とたんに死食鬼はたたらを踏んだ。この魔力のおかげで、不死の怪物の類はしばらく接近できないはず。
 時間稼ぎができて、気を取り直した一行。だが七海は、惑いのしゃれこうべがさらに激しく歯を打ち鳴らすのを知った。その元凶が、真後ろから迫っていたのだ。
「前と後ろ、挟み撃ちか‥‥」
 苦々しく、瀬崎はつぶやいた。

 が、ルナはその苦々しさを打ち破り、打開した。
「はーっ!」
 チャージングにより、威力を増したオロチの一閃。それは死食鬼の頭部を捕らえ、そいつの首を切断した。腐りきったカボチャのように、おぞましい怪物の首が転がり、動かなくなった。
「こっちよ! 来なさい!」
 仲間たちの窮状を見て取ったルナは、残る二匹の怪物の注意をひかんと、大声で叫んだ。そしてそれを聞いた二匹の死食鬼は、獲物を変更して彼女の方へと向って走り出した。
 接近する二匹の死食鬼。だが、十分に引き付けたルナは、更なる攻撃を放った!
「ソードボンバー!」
 闘気が、刃となりてルナの剣より放たれる。それは死食鬼を切り裂き、多大なる痛手を被らせた。腐った身体が切り裂かれ、腐臭が周囲に漂う。
 先刻にウインドスラッシュを受けた二匹目は、その攻撃で果てた。が、三匹目はまだかろうじて持ちこたえている。
「おとなしく‥‥してください!」
 だが、七海が振り下ろしたイミウトの杖が、そいつの頭蓋を砕いた。不死の怪物を滅する力を有する杖、その力を受けた怪物は、動きを止めた。

「間に合わず、何人かが亡くなってしまった‥‥と、そのような事にならず、本当に良かったです」
 千古庵の治療を待ち続けた、患者たち。数人は、手当てが後数刻遅かったら、手遅れになるところであった。
 千古庵が持ち帰った薬により、ぎりぎり間に合った。死掛けていた患者たちは、いまや全員が穏やかな寝息を立てている。七海や齋部の手伝いもあり、必要な手当ては施された。もう、心配することはないだろう。
「こちらこそ、お役に立てて良かったですわ」
「ええ、私たちの力で命が救えたのでしたら、それに勝る喜びはありません」
 七海と齋部の言葉に、ルナと瀬崎もうなずく。
「皆様方のお力で、命が救えました。本当にすばらしい事をしてくださり、感謝します」
 何度も礼を述べる千古庵。その言葉を受け、誇らしく思う四人だった。