鼠の蔵

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月16日

リプレイ公開日:2009年07月18日

●オープニング

 あの蔵には、お化けが出る。だから入ってはならない。
 子供の頃から、そう聞かされ続けてきた。それゆえ、成長した今でも近づく事には抵抗がある。
 別に、お化けが恐いというわけではない。今や子供は成長し、虎でさえも倒せる力を有した武士に。
 ではあるが、やはり幼少時の思い出は、彼を恐怖に苛んでいる。今でも暗闇の中の蔵を見ると、ぞっとしてしまうのは事実。
 しかし今回、その恐怖と戦う事になってしまった。

 彼女の名は、柊木鏡花。家は神社の宮司だが、ひょんな事から武士となり、諸国を旅する武芸者となった女性。
 かつては暗闇に潜む存在に恐怖を感じていたが、今では暗闇に潜む存在が恐怖するほどの達人となっている。成長した彼女は、かつて住んでいた家、ないしはその蔵へと向っているところであった。
 まだ幼い頃。鏡花は妹の塚乃とともに、とある屋敷に住んでいた。両親は忙しく、また危険な仕事をしていたため、娘二人を巻き込みたくないと考えての事だった。
 が、二人を預かった和泉家でも、唯一危険な場所があった。それが、蔵。
 危険というか、恐ろしげな雰囲気を子供心に感じ取った鏡花は、言いつけを守り絶対に近づこうとはしなかった。そのため、夜中の厠に行くときは、妹をいつも起こしては一緒について来てもらっていた。
 そのため、今でも妹には頭が上がらない。成長した現在、鏡花は武芸を修め、実力ある武芸者としてそれなりに有名に。現在彼女は、南常陸は土浦の武道館にて、剣の師範代を勤めている。
 対して塚乃は、巫女として柊木神社に務めている。が、此度に婚礼が決まり、和泉家へと戻っていた。婚礼の相手は、和泉家の嫡男・小名衛門。
 しばらくの後、和泉家の屋敷は小名衛門との婚姻で、めでたい空気が流れていた。あの時までは。

 めでたい席ゆえ、思いきり飾り立て、そして幸せな婚姻を執り行おう。
 そう思い、和泉家の家人はいつも用いている蔵から様々な品物を取り出していた。が、とびきりのごちそうを作ろうとしたが、その料理書が見当たらない。
「そういえば」と、塚乃自身が思い出しつつ言った。
「幼少の頃になくなったばあやさんが、古くなった書物をあの古い蔵へしまいこむのを見たことがあります。ひょっとしたら、あの中にあるのかも」
「‥‥ひょっとしたら、近づくなと言われた、あの蔵?」
「ひょっとしなくてもそうです、あの蔵ですよ。‥‥おや姉様、顔が引きつってますが、どうかされました? まさか未だにあの蔵が恐いとか?」
「そ、そんな事があるわけがなかろう。塚乃、幼少時の話を今も持ってくるんじゃあないわよ」
 と言いつつ、できればあの蔵には近づきたくはないと思ってはいたが。
 その日の夕刻、日が傾きかけた頃。
 鏡花は塚乃とともに、その蔵へと赴いていた。必死にこらえてはいたが、やはり恐い。
「‥‥姉様、もう良いですから戻っていてくださいな。わたしも、恐がっている姉様を見たいとは思いませんよ」
「そそそ、そんなことは、なななないから、ああ、安心しなさい‥‥(がたっ)ひゃっ!」
「ほら、崩れただけで、なんにもありませんよ? 姉様、もう良いですから戻っていてください」
「い、いや。いまや私は師範代、こんな事でこ、こ、恐がるなどと、まるで子供のような事では‥‥」
「‥‥あ、姉様の後ろに影が」
「ひゃああっ!」
「あはは、冗談ですよ冗談。ほら、料理の本がありました。蔵は蔵、この中に危険なものなど‥‥」
 が、危険が起きた。蔵の床が抜け、塚乃ごと下へと崩れ落ちてしまったのだ。塚乃とともに、近くにあった櫃や様々な品々もまた一緒に、奈落の底へと姿を消していく。
「塚乃!」
 いきなりの事で、鏡花は対応できなかった。彼女は妹と、蔵に保管してあった貴重な品物が消えるのを見ているだけだった。

 すぐに、塚乃を探し出すため。鏡花は人を集めた。そして集めた数人の男と、道場の弟子である若侍一人とともに、鏡花は穴の内部に入り込んでいったのだ。
 蔵の下に広がっていた空間は、洞窟だった。洞窟の出入り口をふさぎ、その上に蔵が建てられていたのだ。
「私たちが居た頃には、聞いたことがなかった。いったい、この洞窟は‥‥?」
 松明の炎が投げかける光により、塚乃の姿はすぐに発見できた。彼女は、洞窟内を流れる川のすぐ脇に、うつぶせになって倒れていた。が、気絶はしているが、少なくとも命に別状はなさそうだ。
 周辺に松明を掲げると、蔵から落ちてきた品々が散乱していた。それらを集めようとした鏡花だが、いきなりのうなり声に身を固くした。
 暗闇に、何かがいた。何かの気配が、彼女の五感に存在を感知させたのだ。
 腰の刀に手をかけた鏡花は、隣に居た若侍に言った。
「松明をひとつ借りる。お前は、妹を安全な場所へ運べ!」
 そう言い放ち、鏡花は暗闇の中へ、駆け出していった。

「‥‥気がついたあとで、わたしは姉様の事を聞きました。姉様を助けようと、わたしたちは新たに人を集め、姉様を助けようとしたのですが‥‥」
 既に鏡花の姿は無かった。周囲には、巨大なネズミの死骸、それにおびただしい血痕が残っているだけで、生きているのか、死んでいるのかすらわからなかったのだ。
 血痕は、全く残っていない。おそらく鏡花は、洞窟の奥へと向ったのだろうが、どの方向の、どちらに逃げたのかわからない。
「そこで、皆様のお力をお借りしたいと思ったんです」と、塚乃はギルドの応接室にて君たちへと懇願した。
 話によると、和泉家の屋敷があった場所には、かつて大きな洞窟の入り口があった。そこは、内部から大ネズミが良く出てきたために、洞窟の入り口をふさぎ、封をした。さらに、入り口の位置をわからなくするため、そこに蔵を建てたというのだ。それが、和泉家の先祖が行った事。
 が、何代も経つうち。先祖のそういう行いは次第に忘れ去られ、「あの古い蔵は危険」という言葉のみが伝わっていたのだった。
「これらは、和泉家の古文書から知りえたこと。恥ずかしながら、自分も知りませんでした」と、塚乃に同行した小名衛門が付け加える。
「その、危険な怪物とやらが何かはわかりません。記録が残っておらず、今の今まで存在を知られていなかったもので。おそらく知っている人間は居ないでしょう」
 洞窟内部には、大ネズミの群れがいる事は事実らしい。が、それ以外の何かが潜んでいる事は、十分に考えられる。
 それが何かはわからない。が、まずすべき事は、鏡花を救い出す事。
「皆様、どうか姉様を、鏡花姉様を助けてください。お願いします」
 塚乃は、小名衛門とともに頭を下げ、君たちに懇願した。

●今回の参加者

 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5876 ユクセル・デニズ(32歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec6744 興 遠(36歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

「ちょっと、不都合があったようやな。ま、その分ウチらが気張って働くんで、安心してな」
 ギルドから参加を表明した冒険者たちだが、急用ができたらしく、数名が不参加になってしまった。
「仕方あるまい。二人であっても、できる限りの事を行うしかなかろう」ユクセル・デニズ(ec5876)、ビザンチン王国のウィザードであるエルフが、落ち着いた口調でつぶやいた。
「せやせや。それに、するべき事は鼠退治よりも人助け。案外、ネズミと鉢合わせせずに終えられるかもしれへんしな!」
 希望的観測を口にするは、ヨーコ・オールビー(ec4989)。イギリス王国からの吟遊詩人にして、やはりエルフ。
「ともかく塚乃さん、ちょいと頼りないと思うかもしれへんけど、安心してウチらに任せてえな」
「ああ。必ず鏡花さんを連れて戻る。塚乃さんはそれまで、婚礼衣裳の確認でもしているといい」
 安心させるように言葉をかけたヨーコとユクセルだが、塚乃の表情からその試みが失敗したのを悟った。

「こちらが、その穴です」
 塚乃の案内で、蔵に、そしてそこに穿たれている穴へと、二人の冒険者は赴いた。
「うわー、これはまたなんとも、深い穴やなあ」
 中を覗き込んだヨーコが、言わずもがなの事を口にする。内部からはひんやりした空気が流れ出て、あたかも人を誘っているかのよう。洞窟特有の湿気とともに、腐臭もまた漂ってくる。
「これを。道中で迷い、捜索に時間がかかった時にでも召し上がってください」
 塚乃はそう言って、冒険者へと配った。握り飯と茶の弁当。それはずしりと重かった。
「では、参ろう。大丈夫、安心して我々に任せていただきたい」
 弁当を受け取ったユクセルはそう言うと、垂らされたロープにつかまり、暗黒の中へと降りていった。
 それに続き、ヨーコ、そしてヨーコの愛犬・テオも降ろされる。
「皆様、大丈夫ですか?」
「大丈夫や! じゃ、そこで待っててや!」
 ヨーコが見上げて、声をあげた。明かりは、手にした松明のみ。
 それで周囲を照らし出すと、そこには血まみれになった何かがあった。
「‥‥これは‥‥」
 大ネズミの死体。それも、死後数日が経ったもの。まちがいなく、鏡花が切り捨てたものに相違あるまい。しかし、肉がほとんど削げている。
「おそらくは、仲間が死肉を食らったのだろう。餌が多いとは言えない洞窟内、ネズミも仲間の死体を食うのに抵抗はあるまい」
 つぶやいたユクセルは、周囲に鏡花の遺体が無いものか探してみた。幸いにも、どうやら死体は無いようだ。
「さ、行くで。テオ、頼むな」
 元気に吼え、賢きボーダーテリーは暗黒の中、匂いの痕跡をたどり始めた。
 鏡花の愛用の手ぬぐいを借りている。そこにしみついた、鏡花の匂い。暗黒の空間にて、その匂いだけが探し出せるたった一つの手がかり。
 それに全てをかけて、ヨーコとユクセルは洞窟内を進んでいった。

『何を追っていったか? いやあ、それどころではなかったですから‥‥。ですが、ちゅうちゅう言ってましたから、大ネズミか何かじゃあるまいかとは思いますけどね。たぶん、禍根を残さないようにと、根絶やしにしようとお考えだったかと』
「‥‥にしても、深追いしたのはマズかったと思うで? 鏡花さん」
 出る直前、鏡花に従っていた若侍に質問した時の事を思い出し、ヨーコはひとりごちた。
 彼から、何か情報を聞き出せればと思っての事だったが、聞き出せるほどの情報は持っていなかったのだ。
 広い洞窟。テオは匂いを頼りに、少しづつではあったが地底世界を先に先にと進んでいく。その後ろを、ヨーコとユクセルの二人が、松明を掲げつつ歩いている状況。
 洞窟内には川が流れていたが、不幸中の幸いか、鏡花が駆けていったのは川とは正反対の方向。そのため、テオの鼻を頼りにする事はできた。が、それでもいささか心もとないのは事実。それに、たどり着けたとしても、死んでいたのでは話にならない。
 ユクセルは、鋭い視線を洞窟の地面に走らせ、そして筆を手に紙に地図を書いていた。筆や紙は塚乃らが用意してくれたので、自前のを持ち出す必要は無かった。が、それでも洞窟の内部を把握するのは難しい事に変わりは無い。
 加えて、今踏み込んだ通路は急勾配になっている。おそらくはここに脚を踏み入れて、足を滑らせたのかもしれない。それを裏付けるかのように、ところどころに血痕がついていた。
「ふむ‥‥ひょっとしたら、鏡花さんは怪我をしているのかもしれん」
 深追いし、ネズミを切り捨てた。が、新手が出てきて、それに手傷を負わされてしまった。
 そして、どこかで立ち往生してしまっているのか。
 どちらにしても、動けない状況であることには変わりないだろう。でなければ‥‥自力で戻ってくるはずだ。死んでいなければ、の話だが。

「!?」
 幅が四mの洞窟に入り込み、さらにしばらく進んでいたとき。
 空気の流れから、どうも前方に大きな空間がありそうな気がしていた一行だが、突如歩を止めた。
 そこはやはり、巨大な空間。中央部には大きな川が流れている。が、それよりも岩肌の一角にあるものを見て、テオが激しく吼えた。
 ぐったりとした、女性の剣士。その手には刀があるが、刃は折れていかにも危ない状態に見える。誰であるかは、言うまでもない。
 塚乃から聞いた面相の特長にも一致している。ヨーコはそれを見て喜び、テオは吼え、ユクセルはその人物の名を呼んだ。
「鏡花さん、だな? 助けに来た!」

「ふむ、つまりは大ネズミの群れを追い払おうとしたが‥‥」
「追い払おうとしたものの、この勾配が急な通路に落ちて、奥に入り込んでしまったってなわけやな?」
「左様。面目ない」
 鏡花は、みたところあまり傷を負ってはいない。疲労しているだけで大事はなさそうだ。
 しかし、剣は折れてしまっている。大ネズミを何匹も殺したものの、きりがなく、そして帰り道がわからなくなり、ここで休んでいた、‥‥ということだ。
 何よりも、一番の問題は‥‥。
「お二方、失礼だが食料をお持ちならば所望したい。この数日、水はなんとかなったが‥‥ろくなものを口にしていないのでね」
 
 握り飯でなんとか人心地がつき、鏡花は戻ろうとした。が、
「見て! 大ネズミの群れや!」
 テオが吼えて、主人の言葉を補足する。洞窟の奥から、巨大なネズミが大挙してきたのだ。
 ネズミの群れ、それは暗闇の中で見る悪夢そのもの。子供がこれを蔵で見たら、まさに後の人生を侵食するほどの衝撃を残すだろう。
 だが、ここに居るのは皆大人。そして、悪夢に対抗し、打ち勝つ力を有した勇士ばかり。暗闇の悪夢に怯える者など、ここには居ない。
「凍える息吹よ、我が求めにより現れ、その冷たき力もて我が敵を討たん! 『アイスブリザード』!」
 ユクセルが、呪文を唱えた。氷の嵐が吹きすさび、群れる悪夢へと強襲。暗黒の中にうごめくそれらを凍え、凍らせた。
 前方に居た数匹のネズミは、その攻撃をまともに食らい、そのまま凍りつき‥‥昇天した。多くのネズミも、かなりの手痛い傷を負っている。凍傷が出来ているのか、傷みを消そうとしているかのように転がっているものも少なくない。
 そのうちの数匹が立ち直り、襲ってくる! 
 が、既にヨーコの呪文が完了し、ネズミへと放たれた後だった。
「魔の矢よ、我が敵を射たり! 『ムーンアロー』!」
 魔力の矢が、ヨーコの指先から放たれ、ネズミを貫く。本物の矢で貫かれたのと同じく、そのネズミは絶命した。
「今のうちや! はよ逃げよう!」
 テオが先導し、鏡花、そしてヨーコと続き、ユクセルがしんがりに。
 先刻の攻撃で時間と距離は稼げたが、それでもネズミは追ってくる。ならば、混乱させて、それに乗じて逃げるとしよう。
「行け! なんとか時間を稼いで見る!」
「すまん、ならお願いや!」
 鏡花とヨーコ、テオを先に生かせたユクセルは、スクロールを取り出しそれを用いることにした。
「‥‥『ローリンググラビティ』」
 呪文が功を奏した。ネズミは浮かび上がり、天井へと「落ちた」。
 重力を逆転させ、天井にたたきつけ、そして地面に再び叩きつける! ネズミたちはその現象に、パニックを起こした。
 そして、後方からのネズミがそれに大挙し、混乱状態に。
 事体を理解できる事は、できはしまい。それを見てほくそ笑み、ユクセルはその場を離れた。

「本当に、ありがとうございました。なんと礼を言えばいいか」
 塚乃と鏡花は、無事に再会した。そして婚礼は、予定通りに行われる事に。
「蔵の床をもうちょっと頑丈に作っておけば、基本はネズミや、今後はそう危ないことも起きへんやろ」
 と、蔵に関してはヨーコの、そしてユクセルの提案を受け、より頑丈にしてふさぐ事になった。
 蔵の中に入れていた物もみな運び出し、別の蔵へ。そしてこの入り口のある蔵は、以前より頑丈に封じる事になった。
「ああ、それからこれを。これも何かの縁だ、婚礼祝いとしてお納めして欲しい」
ラグティスを、銘酒を贈答され、鏡花と塚乃は更に喜び、礼を述べた。
「ならばユクセル殿、私からも個人的な贈り物をしたい。塚乃へと贈ろうと思って買い求めたものだが、今回私の命を救い、塚乃の頼みを聞いてくれた礼として、ぜひ受け取ってもらいたい」
 そう言うと、鏡花はユクセルの手に酒の桐箱を握らせた。中にラグティスが入った桐箱を。
「鼠は子孫繁栄の縁起物らしい。今回のことも吉兆と前向きに考えてみてはどうだ?」
「はい。これもひとえに、皆様のおかげです。本当に、ありがとうございました」
 鏡花と塚乃の姉妹。二人を見て、未来に幸あれと思う冒険者たちだった。