蔵いっぱいの邪悪

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月03日〜11月08日

リプレイ公開日:2004年11月10日

●オープニング

 その中年男性は、腰が低く、穏やかな印象を与えていた。
「私は、江戸で小さな商店を営んでおります、久住雄之助と申します。皆様に、折り入ってお願いがございまして。蔵の中に潜む何者かを、退治していただきたいのです」
 彼の口から、依頼内容が語られ始めた。

 先代、即ち雄之助の父親は隣村の地主で、たいそうな金持ちであった。が、その金を元手に商売を始めたり、もっと金を稼いだりするよりも、いかに大金を使って楽しむかに重きを置いている男でもあった。
 そして、ジャパンのみならず、月道を通っては異国を旅し、様々な骨董やガラクタを買い込んでは蔵に溜め込むという事を繰り返し行っていた。
「これは値打ちがある!」が、当時の彼の口癖であった。

 しかし、そんな放蕩ぶりも、借金をこしらえ、さらに自身の身体を壊してからというものは、さすがに途絶えていった。
 やがて彼は、土地を売った金で借金のほとんどを返済した。そして、唯一手元に残った屋敷と蔵を息子に遺産として譲る旨を書き付け、この世を去った。
 が、先代の借金はまだ残っていた。当時小さな商店を営み、それが軌道に乗り始めていた雄之助であったが、彼の稼ぎからはとても支払える額ではなかった。
 そこで彼は、先代の残した屋敷と蔵を思い出した。そこに何か残っていれば、それで借金を返せるかもしれない。
彼は仕事が忙しいため、店の使用人数名に調べるよう頼んだ。
しかし、屋敷は家具も何も残っておらず、取り壊す方が安く付く状態。
 仕方なく蔵を開けてみたら、中には先代が集めたがらくたや骨董が詰め込まれていた。
 が、使用人の一人が、蔵の奥へと入っていったら、悲鳴がしてそれっきり帰ってこなかったのだ。他の使用人は、それを聞いて怖くなり、逃げ帰って来た。
 それを聞いた雄之助は、今度は力自慢の使用人をやったが、彼もまた戻ってこなかった。
 さらに、素浪人に金を持たせ、中にいる何かを退治して欲しいと頼んだが、彼も同様の運命をたどった。
 後で屋敷の周辺に住む農民たちに聞くと、蔵に入り込んだ子供や泥棒は、二度と出てこなかったとの事。どうやら、以前から何かが蔵の中に存在していたらしい。

 屋敷を売り払っても、まだ返済額には程遠い。蔵の中には貴重な骨董や品物がある可能性が高いので、それらを売ればようやく借金を返済できるかもしれない。
「ですが、そのためには、蔵の中にいる『何か』を退治していただけない事には始まりません。それに、何かに殺された店の者たちの仇も討ちたいのです」
 何か心当たりはないかと訪ねると、雄之助は答えた。
「いえ、なにせ父は後先考えずに買い込むたちでしたからね。ただ、呪われた品物とか、邪悪な像とか、そういったものも好んで買ってましたね。『悪いものを集めるのが人間の本性だ』とか何とか言って。ですが、買い込んだものはほとんどが蔵に入れて溜め込んで、我々の家には持ってくることはありませんでした」
 蔵に怪物や妖怪が潜り込んだのかもと言うと、それにもかぶりを振る。
「それも考えましたが、蔵は鍵がかかっており、私の店の使用人が入るまではほとんど入れないようになってました。以前に入り込んだ子供や泥棒は、小さな窓から入り込んだようですが、それだって人一人が木に登ってようやく、でしたからね。それに、食べ物も取れないんですから、怪物だってあそこにい続けるとは考えにくいです」
 そして、彼は頭を下げた。
「どうか、皆様のお力をお貸しください。よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea3223 御蔵 沖継(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6796 ユウナ・レフォード(30歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea7237 安堂 嶺(29歳・♀・僧兵・ジャイアント・華仙教大国)
 ea7786 行木 康永(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「周囲に、足跡は無いですね‥‥」
 御蔵沖継(ea3223)が、蔵の周囲を見回しつつ言った。彼女は鋭く辺りを観察したが、怪物の足跡らしきものは発見できなかった。
「となると、殺した何かはまだ蔵の中にいるわけです」
「だったら話は早いぜ。とっとと踏み込んで、怪物をぶっ倒そうじゃん」
 軽いノリで、自慢の赤い髪を手櫛でといているのは、行木康永(ea7786)。志士は、大した事でも無さそうな口ぶりで蔵に目をやっていた。
「ぶっ倒すって簡単に言うけどね、その怪物が何かわからないんだよ? あたいたちの攻撃が通用しなかったら、どうするつもりさ」
 大柄な僧兵の女性が、行木に言葉をかけた。ジャイアントの安堂嶺(ea7237)は、行木と対照的に、不安げに蔵を見つめている。
「そうですね。安堂さんの推理では、蛇か何かではないか‥‥との事でしたが、その可能性は薄れてしまいましたしね。小窓に蛇よけのヤニを塗った様子も無いですし、そもそもこの周辺には、ここ数年蛇の目撃例も無かったですし」
 ユウナ・レフォード(ea6796)、異国の神官騎士の少女も、安堂と同じく不安げな表情を浮かべていた。
「奇妙なことは、他にもありますよ。もしも蛇や他の生き物ならば、蔵の中で歩いたり、動いたりした時の音が聞こえてもおかしくないのに、そういう音は全く無かったそうです」
「足音がしない?」
「はい、中に何かがいるにしても、それは普段は全く物音を立てない『何か』なわけです。‥‥一体、なんなんでしょう?」
「ユウナ、その答えを確かめるには、簡単で確実な方法を取るっきゃねーじゃん?」
 ユウナ、そして安堂と御蔵を見まわし、行木は蔵を指差した。
「中に入ろうぜ。さて、誰かバーニングソードをかけてもらいたい奴はいないか?」

 蔵の、閉ざされていた扉の錠前を開け、一行は侵入した。
 埃やクモの巣が周囲を覆い、蔵特有のにおいが漂う。
 安堂は全員にグッドラックをかけ、さらに行木は自らにフレイムエリベイションをかけている。これで、不意打ちを受ける確立は減ったはずだ。
 四人の武器には、行木がバーニングソードの呪文をかけた。全員の武器は、魔力ある炎の武器と化していた。
 先頭には、日本刀の行木。次に鞭のユウナ、両手に小柄の御蔵、そして六尺棒の安藤。四人は、油断無く周囲に目を向けつつ前へと進む。
 が、ユウナは浮かれ気分を抜け出せないでいた。もともと彼女は骨董が好きで、この依頼を受けたのも「骨董品を見られる」という下心があった。
 武器の炎に照らされ、蔵内の古物が見える。
「ユウナ、骨董鑑賞は後にしなよ?」
 安堂の言葉が終わらぬうち、好奇心に負けたユウナが彫物をひとつ、手に取った。
「これって、少なくとも100年近く前に作られたものですよ? はぁー、欲しいなあ‥‥」
 彼女が取った彫刻を見て、御蔵と安堂は顔をしかめた。
「ユウナさん。私は骨董の事はわからないけど、正直それはどうかと思いますよ」
 ユウナの彫刻を見て、御蔵は厭そうに顔を背けた。
 確かにユウナの手にある彫刻は、素人の御蔵が見ても見事と思える物だ。が、彫刻の内容は褒められるべきものではなかった。それは怪物と女性が淫猥に交わる姿を彫っており、正常な神経の者が作ったとは到底思えない。
 さすがにユウナもそれに気づき、顔を赤らめつつ元に戻した。
「しっかし、久住さんの親父さんも良い趣味してるぜ。見ろよ」
 行木の言葉に、皆は周囲を見回した。
 蔵の中には、多数の骨董が置かれていた。その全ては非常におぞましく、嫌らしい造詣の物ばかりだ。
 仮面は、歓迎されざる、忌むべき存在を醜くした形相。
 西洋の絵は、腐敗と老廃、荒涼たる闇と地獄を描いたもの。
 彫像は、見ていると吐き気をもよおしそうだ。
 武具は、全てに何らかの無念さ、おぞましき波動を放っていた。
 多数の書物や巻物も、書名だけで胸が悪くなる奇書や禁書の類ばかり。
「‥‥ユウナ、あんたにゃ悪いが、あたいは頼まれたって欲しくないね。こんなもん」
 気分が悪くなったと言わんばかりに、安堂は言った。
「私も、なんだか骨董が嫌いになりそうかも‥‥」
 ユウナもまた、うんざりしてつぶやいた。

「用心しな。なんか、やばくなってきたぜ」
 行木が、鼻をひくつかせながら警告した。
 次の部屋はかなり大きく、像や巨大な陶器、大ぶりな武器や鎧などが置かれている。
金属製の大きなゴブレットが、最初に目を引いた。表面には、悪鬼が子供を虐殺し喰らう様子が刻まれている。こんなものを食事の席に持ち込んだら、食欲をなくすことだろう。
 部屋入口に立てられている二体組の西洋甲冑は、爛れた皮膚のような造型で、手には武器が‥‥腐った羊の頭が意匠された、重そうな鎚矛が握られていた。
 他の像も、鎧や骨董や同様おぞましく、冒涜的で奇怪なものばかり。ユウナは化物や怪人・怪獣の像を見ているだけで、精神の嗅覚に悪臭が漂うのを覚えた。
 いや、現実に悪臭が漂っている。
「どうやら、大当たりみてーじゃん? 見ろよ」
 床に、多数の死体が転がっていた。死後数日経っているようで、既に腐りかけている。どうやら、久住の使用人や、以前に雇った素浪人たちのようだ。何かに襲われ、ここで死んだのだろう。中には完全に白骨化した遺体もあった。
「神よ! この者たちに安らぎを‥‥」
 ユウナはひざまづき、死者達に祈りを捧げた。
 安堂と行木が周囲を見張り、ユウナと御蔵は遺体をあらためる。
「全員、頭を砕かれてます。何かに撲殺されたのでしょう」
「でも、何がこんなひどいことを?」
 闇から、御蔵とユウナの疑問に答える腕が振り下ろされた。いち早くそれに気づき、冒険者達は襲撃者からの一撃を回避した。
 居並ぶ像と像の間から、焼き固められた土の人型が威嚇するように出てきた。それら六体の人型に、冒険者は武器を構える。
「埴輪! これが‥‥!」
 暗闇の中、埴輪は迫って来る。拳には過去の犠牲者達の、乾いた血痕がこびりついていた。
 部屋は広く、戦う空間は十分にある。棒を振り回し、安堂は埴輪に殴りかかった。
 棒が埴輪を打ち据えるが、それだけだった。魔力を付加されていても、古代の土人形を倒すまでには至らないようだ。
 攻撃のお返しとばかりに、埴輪も拳をふるって安堂に殴りかかった。
 御蔵もまた、両手に構えた双刃で切りつける。が、ダメージを与えるまでには至らない。
「俺達の武器は、通用しないか‥‥ん?」
 行木の視線が、部屋の入口に注がれた。二体の甲冑と、手の鎚矛。
「‥‥あれだ!」
 彼は埴輪の追撃をかわし、甲冑へと走った。すばやく鎚矛を抜き取り、仲間に声をかける。
「安堂! 御蔵! こいつらにゃあ、こっちの方がキクじゃん!」
行木の意図に気づいた御蔵と安藤、そしてユウナは、やはり埴輪の攻撃を回避し、彼の元へと駆け寄った。
「そうか、叩き潰すんですね!?」
「あたいが残らず、ぶち壊してやるぜ!」
 御蔵と安堂。志士と僧兵の手に、鎚矛が握られた。
 御蔵の重い羊頭の鎚が、一体の埴輪の頭をとらえる。埴輪は顔を砕かれ、床に崩れ落ちた。
 安堂の鎚矛と、埴輪の拳とがぶつかり合う。砕けたのは、拳だった。
 二対四の戦いの脇で、残り二体の埴輪がユウナと行木に迫った。
「! ‥‥まずいじゃん」
棍棒の代わりを探し、視線が宙を漂う。既に埴輪は、掴みかかれる距離まで接近してきた。
牽制しようと行木は日本刀に手をやったが、埴輪の動きが止まった。
「コアギュレイト!」
 ユウナの呪文が、古代から蘇った土の戦士に向けられていたのだ。
 神聖魔法が、埴輪の一体を呪縛した。そのせいで、行木はもう片方の埴輪からも逃れられた。
「わりぃ、ユウナ!」
 埴輪の手から逃れた行木は、三本目の棍棒を見つけ、それをつかむ。
 おぞましい彫刻のゴブレット。その基部を握ると、彼は即席の棍棒代わりに振り回した。
 扱いにくいが、かなり重さがある。埴輪を殴るには十分だ。
 埴輪の一撃をかわし、行木はその頭をゴブレットで殴りつけた。
 頭を砕かれ、埴輪はそのまま崩れ落ちた。そして、御蔵と安堂が受け持っていた四体の埴輪も、砕かれ無害な土くれと化していた。
コアギュレイトで固まった最後の埴輪。御蔵はそれに近づく。
「蔵に潜む、邪悪なもの。それもこれでおしまいです!」
 彼女の鎚矛が、最後の邪悪を粉砕した。

「つまり、こういう事ですか。父は六体の埴輪を買い求め、それを蔵にしまいこんでいた。その埴輪が、蔵に入った者を殺していったと」
 冒険者達は、蔵の前で事後報告をしていた。埴輪を倒した後、彼らは蔵の中を徹底的に創作したが、埴輪以外の脅威は認められなかった。
「ああ。詳しくはわからんが、あんたの親父さんは、どこかで骨董品の埴輪像を買ったんだろう。だがそいつは、骨董じゃなかったわけだ」
「で、それが何かの拍子で動き出し、蔵の中に入ってきた者に襲い掛かるようになった、と。つまり、この蔵には最初から潜んでたんですよ。邪悪な存在がね」
 行木と御蔵が、調査の結果を報告する。安堂は、埴輪に殺された者たちの遺体を並べ、読経していた。
「ともかく、これで蔵に入れます。本当に、ありがとうございました」
 久住は、深々と頭を下げた。
 既に蔵の前には、蔵の中から持ち出されたいくつかの骨董が並べられている。久住が連れて来た古物商が、それらを品定めしていた。
「これは、なかなか珍しいものがありますな。この絵一つだけでも、一財産にはなりそうだ。大丈夫、蔵の品物全部を換金したら、借金払ってもおつりが出ますよ」
「そうですか、それは良かった」
 微笑んだ久住は、ユウナたちに言った。
「いかがでしょう、みなさん。もし骨董に興味がおありなら、お礼に蔵の品物から、好きなものをお一つ差し上げます」
「いっ、いえ。お気持ちだけ頂いておきます」
 ユウナは、引きつった顔で答えた。
「もしもお金が余ったのなら、亡くなった人たちの供養に使って下さい」
 それに、と彼女は心の中で付け加えた。
 それに、この蔵に二度と邪悪なものを入れないで下さい。邪悪でいっぱいだった、この蔵に。