地下室からの唸り
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■ショートシナリオ
担当:塩田多弾砲
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 57 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月19日〜01月25日
リプレイ公開日:2005年01月27日
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●オープニング
「みなさん、この手紙を読んでください。そして、そこから判断してください。私の友達が、いなくなっただけなのか、それとも殺されたのかを!」
震える手で、彼女は手紙を手渡した。
ギルドにやってきたのは、うら若き娘。どこかの食堂の、看板娘といった感じの少女だった。
「わたしは藍子。食堂『日の出屋』の娘です。この手紙は、私の親友がくれたものなんです。わたしの親友、卯月が」
彼女の話によると、卯月は幼い下の兄妹を養うため、両親とともに働きに出ている少女だった。今まで、ある店で働いていたものの、そこは倒産。新たな職を探していた矢先、口入屋にて実入りのいい仕事が見つかった。
それは、住み込みの屋敷の下働き。
江戸から二日の場所、二つほど山を越えた場所には小さな村があり、その村からさらに山奥に進んだところには、屋敷が建っていた。
屋敷は、もとは名のある武家のもの。現在そこでは、夫とたくさんいた子供を無くした奥方が、侍女数人と、たった一人残った子供とで暮らしている。
かなりの蓄えがあるため、生活には困らなかった。が、屋敷の女主人、大野山淑乃と侍女達も寄る年波には勝てず、彼女達は若い働き手を求めていた。
周りは自然に囲まれたひなびた場所で、草花が好きな卯月にとってはもってこいの仕事場であった。
しかしそれは、藍子としばしの間別れる事を意味する。再会を約束し、藍子と卯月は別れた。
が、程なくして藍子より手紙が来た。走り書きされたそれは、切羽詰ったものが感じられる文面だった。
『藍子、助けて。きっとあたし、そのうち殺される。
最初のうちはなんとも思わなかったけど、この屋敷はどこか変よ。子供がいるっていうのに、来て半月経ってもその姿を見たことが無いし。
使いでふもとの村に来たとき、聞いたんだ。あの屋敷には、子供なんかいないって。それに、このところひと月ごとに新しいお手伝いさんが来ては、いなくなってるって。
その晩、真夜中にあたしは聞いたよ。おそろしいうなり声を。まるで、鬼か何かが吼えてる声だった。
そして、偶然あたしは見つけたんだ。隠されていたけど、地下に続く出入り口を。
血の臭いがして、そしてまた聞こえたんだ、夜中に聞いたうなり声を。
その時、奥様が来たからごまかしたけど。あの地下の部屋に、何かがいるのはまちがいないよ。
あたし、怖いよ。前のお手伝いさんと同じように、今度はきっと、あたしがいなくなっちまうんだよ。地下には、何かがいるんだ。いなくなったのは、きっとあいつのせいだよ。
だから今、寝る前にこっそりこの手紙を書いている最中。次の夕食の使いの時に、村でこの手紙を出して、なんとか江戸まで届けてもらうつもりだよ。
もし、もしも半月たってあたしからの手紙が無かったら、あたしはきっと殺されてると思う。ギルドの皆さんに言って、あたしの仇を討っておくれ』
「それで、手紙を受け取ってから半月経ったけど、なんの便りもよこさないんだ。こんなの、絶対変だよ! きっと卯月、殺されちまったんだ!」
彼女は、銭入れを取り出した。
「あなたたちに頼みたいのは、卯月が無事かどうかを確かめることです。それで、もしも殺されていたら、仇を取ってください。これ、わたしの貯金全部です」
他に情報が無いかと訪ねると、彼女は答えた。
「卯月に仕事を紹介した口入屋に聞いたんですけど、あの屋敷にはどんな人間を雇っても、ひと月で辞めてしまうそうなんです。自分で屋敷に行って確かめたいとも思ったんですが、村に続く峠の道には、大きな鬼が出るとかで‥‥わたしが知ってる事は、これくらいです」
新年早々、不気味な事件だ。この災厄を振り払うべく、君たちは依頼承諾の旨を彼女に述べた。
●リプレイ本文
「それは、まことですか?」
大野山淑乃は、二人の女性を見つめ返した。彼女は優しげな、そしてどこか寂しげで物憂げな表情をした老婦人であった。
「本当です。‥‥卯月ちゃんのお父さんが具合が悪くなったっていうので、2〜3日家に帰して頂きたいのですが」
「うむ、早く伝えぬ事には、手遅れになるやもしれぬ‥‥のですわ。ですから、早く会わせるのじゃ‥‥ですわ」
冬里沙胡(ea5988)と架神ひじり(ea7278)がまくし立てるが、淑乃は彼女達に対して、穏やかな口調で返答した。
「あの子は、つい数日前に『急用が出来たので、暇をいただきたいのですが』と申し出てきました。それで、わたくしどもは暇を与え、それから後はどこにいるかは判りかねます」
「そんなはずありませんよ。まさかっ!卯月ちゃんが勝手にいなくなるなんてっ!部屋を見せてください!」
最初に打ち合わせしたとおり、ここで無理やりに上がりこみ、屋敷内部を調べる。それを実行しようとしたまさにその時、沙胡の喉元に薙刀の刃が突きつけられた。淑乃の年老いた侍女たちが、上がりこもうとした沙胡を阻んでいたのだ。
「無礼者! 火急の用件とはいえ、他人の家に許可無く上がりこもうとするのはどういう了見か!」
一括され、さすがに沙胡、そしてひじりは、それ以上先に進めなかった。
「とはいえ、貴女がそれだけあの子を想っているのは良くわかりました。詳しいお話を伺いたいので、どうぞお上がりなさい」
すぐに優しそうな表情に戻り、淑乃は歓迎の意を表す表情を浮かべた。
「‥‥っと、なんとかうまくいったみたいだな」
大野山の屋敷近くにて、そのやりとりを見つめている四人がいた。
その様子を見届け、忍者の夕弦蒼(eb0340)はつぶやいた。
彼の言葉を聞き、他の三人‥‥華仙教大国の武道家、楊飛瓏(ea9913)、ノルマン王国のファイター、ウェルナー・シドラドム(eb0342)、浪人、高町恭也(eb0356)は、顔を見合わせてうなずく。
「よし、それじゃあ僕達も動きましょう。楊さんは屋敷の子供についての情報を、夕弦さんは奥方の夫と子供達が死んだ時の事を、僕と高町さんは付近に出るという鬼について、それぞれ情報収集すると言う事で、いいですね?」
ウェルナーの言葉とともに、皆は二人の姿が消えた屋敷に視線を注ぎ、気を引き締めた。
夜。
屋敷内の侍女たちが寝静まったのを確かめると、沙胡とひじりは寝床から起きた。
「ひじりさん、目は覚めてます?」
「ああ、ばっちりじゃ。それでは‥‥始めるとするか。どうやら、まずい予感が当たりそうじゃからな」
手早く身支度を整えた二人は、足音を忍ばせつつ、外へと合図を送る準備を始めた。
しかし、刃を手にした二人の侍女が近くに忍び寄っている事には、気がついていなかった。
再び、屋敷前に集まった四人は、昼間に各々が集めた情報を交換していた。
「子供に関してだが、村で妙な噂を聞いた」
まず最初に、楊が口を開いた。
「俺が調べたところ、村人達はこの二〜三年、子供の姿を目にした事が無いそうだ。同い年の子供達にも尋ねてみたが、全員が口をそろえ、『そんな子は見た事がない』との事だった」
うなずきつつ、次は高山とウェルナーが述べる。
「俺とウェルナーが調べた、山鬼に関する事にも妙なところがあったな」
「山鬼に関して聞き込みしたんですが、確かに二〜三年ほど前に山鬼が峠に出没してはいたそうです。しかし、ある時からぱったりと出てこなくなったそうで。で、峠の方に行ってみたら‥‥」
「‥‥山鬼を見つけた。もっとも、崖下に落ちて、死体となっていたがな」
「で、最後は俺だけど。大野山家の夫と子供達、全員亡くなっているのは間違いないね」
夕弦が、二人に続き言った。
「大野山って武家がこの屋敷に移り住もうって時だけど。その時に山賊が襲ったんだ。返り討ちにしたんだけど、不幸にもその時に、旦那と、三人いた彼女の子供達は‥‥」
「亡くなったんですね。気の毒に」
ウェルナーの言葉に、夕弦はうなずいた。
「ま、これで少なくとも『子供がいる』って点に関しては、奥方は嘘をついてる事がはっきりした。ひょっとしたら、俺の予想が当たってるかもしれないしな」
「予想?」
夕弦は、自分の考えを口にした。
「‥‥もし、それが本当なら‥‥」
「ああ、ありうるな。運が悪ければ、卯月さんは‥‥」
そこまで言った時だった。
合図が送られてきた。沙胡とひじりが放った光が、彼らの目に届いたのだ。
「二人の刀‥‥確かに返したぞ」
高町は、ひじりと沙胡に武器を返した。
四人の冒険者は、ひじりと沙胡によって裏庭に入り込み、無事に屋敷内に潜入した。土間にて、彼らは落ち合っていた。
「それで、そちらの首尾は?」
「ああ、ウェルナー。『卯月の代わりに働かせて欲しい』と頼み込んだが、それはかなわなかった。ただ、『旅で疲れたろうから今夜は泊まっていけ』と薦められたからの。その言葉に甘えることにした」
「ええ。それで、かわやを探したり、卯月さんの部屋や持ち物を探すふりをして、屋敷の中を出来るだけ探して、発見しました。奥の使われてない子供部屋の、床の間にあります」
「それと、こやつらに聞けば、もっと詳しいことがわかるじゃろう」
ひじりが顔をやった先、土間の隅には、縛り上げた二人の侍女が転がされていた。
「あやつら、わしらのもとにやってきてな。どうやら寝ているうちに縛り上げて、殺すか、どこかに連れて行こうとしたらしい。屋敷の事を聞くなら、あやつらに聞くが良いだろう」
二人の侍女を起こすのに、時間はかからなかった。が、地下室の事はがんとして口をつぐんだ。
「‥‥奥様を裏切る事は、死んでも致しません!」
「そうじゃ! 我らは奥様を死してもお守りいたす!」
「裏切る? 俺達は、ここに奉公に来た人たちを調べに来ただけだ。それがあんたたちの奥方と、どうして関係ある?」
高町の問いに、彼女達が答える事はなかった。二人とも、舌を噛み切って自殺したのだ。
秘密の扉を開け、冒険者達は地下へと続く階段に足を踏み入れた。
沙胡とひじりは日本刀を、高町と夕弦は両手に刀と短刀を、ウェルナーも両手に剣を構え、少しずつ地下へと降りていく。武道家である楊は唯一、右拳にナックルのみを武装していた。
「‥‥?」
階下に下りると、そこは広い廊下だった。廊下の壁に据え付けられた職台の蝋燭から、光がともっている。
かつてそこは地下牢だったらしく、木の格子が下りた牢が壁沿いに並んでいる。そのどれからも、死臭が漂っていた。
奥に進むにつれ、死臭の漂いが更に濃くなってきた。そして、突き当りの広い部屋にて、一行は見た。
そこは、かつて天然の洞窟かなにかのような、広い空間だった。天井は高く、穴が開いている。後でわかった事だが、それは屋敷の枯れ井戸に続いている穴であった。
むき出しになった床には、ところどころに血がこびりつき、骨が、おそらくは人間の骨が散乱していた。中には、腐肉がこびりついた骨もあった。
部屋の向こう側の壁には鎖が埋め込まれ、空間の中心部でうずくまるものに続いていた。
ウェルナーは、母国の言葉でそのものが何かをつぶやいた。
「‥‥オーガ!」
奇妙なことに、その山鬼の首には、子供がつける前がけのようなものが巻きついていた。そして、傍らにはその山鬼をあやすようにして、老婦人がたたずんでいた。
「‥‥また、私の坊やを殺しに来たか。私の坊やを、大事な坊やを!」
山鬼をかばうように、淑乃が睨みつけた。その顔は、鬼のように歪んだ怒りに満ちている。
そして、山鬼も立ち上がった。その巨躯は、淑乃の方が赤子のように見える。
「やっぱりそうか、あんたはその山鬼を子供と思い込んでるんだな!」
夕弦の言葉に答えず、淑乃は懐から短刀を取り出し、切りかかってきた。
そして、彼女に従うように山鬼も向かってきた。鎖には十分な長さがあり、部屋の隅まで、ないしは冒険者のところまで攻撃が届きそうだ。
悪夢のような姿で、山鬼は迫った。が、それに恐れず、冒険者達は迎えうった。
楊の拳が、最初に命中した。鉄拳が山鬼の胸板にめり込み、山鬼は叫んだ。‥‥まるで、傷ついた赤子のような声で。
「ブラインドアタック!」
ウェルナーの剣が、右側から山鬼を襲う。更に左側からは、高町の太刀が切りかかった。
たくましい山鬼の肌を、次々に冒険者の刃が切り裂いていく。そのたびに赤子めいた悲鳴があがっていった。
「や、やめて! 坊やを傷つけないで!」
淑乃もまた、悲鳴を上げる。その声は狂気が秘められていたが、同時に悲痛なものも含まれていた。
「悪は叩き潰す! 徹底的にな!」
ひじりの剣が、山鬼にとどめをさした。それと同時に、山鬼の巨体が倒れ、動かなくなった。
それを見届けた淑乃は、呆然とし、そして‥‥。
「やめて!」
沙胡の言葉が響いたが、遅かった。淑乃は短刀で、自らの喉を切り裂いたのだ。
「坊や、お母様は、いつまでも坊やと一緒よ‥‥」
冒険者たちの耳に、淑乃がつぶやいた最後の言葉が届いた。
「俺の予想、当たっていたな」
夕弦はつぶやいた。
山鬼を倒した後、冒険者達は侍女たちを起こし、説明を求めた。そして、彼女達の口から聞いた事実は、夕弦の予想と全く同じものであった。
彼の予想通り、淑乃は夫と子供全員を失い、乱心していた。そして偶然にも、崖から転落し死んでしまった山鬼の赤子を拾って、屋敷の地下で育てていたのだ。唸り声は、地下の山鬼のものだった。
「でも、だからって、餌に人を殺して与えるなんて‥‥!」
沙胡が、恐ろしげに言った。おそらくは卯月と同様に、自分達もその餌にするつもりだったのだろう。
「お前らに、奥様の何がわかる! 奥様は、ただ坊ちゃまと静かに暮らしたかった。それだけなのに‥‥」
「その言葉、今まで餌食にされた者たちも同じだろうな」
楊が、静かに言い放った。
「如何なる理由があろうとも、それは罪悪‥‥許される事ではない」
「淑乃さんの悲しみには、心から同情します。ですが、悲しみを癒すために他者を不幸にして良い理由にはなりません!」
ウェルナーの言葉に、侍女達はうつむいて返答をしなかった。
「僕の剣は、正しき者の為にあるつもりでした。ですが‥‥今回、本当に悪かったのは誰だったのでしょう」
朝になり、村の奉行所からやってきた役人に、侍女達は引っ張られていった。それを見つつ、ウェルナーはつぶやいた。
「悪いのは、最初に家族を殺した山賊なのか、それとも淑乃夫人なのか、人を食らう山鬼の子供だったのか、それともこの事実を黙っていた侍女たちなのか‥‥。わからないわ」
沙胡もまた、ウェルナーとともにつぶやく。
「確かに、淑乃は哀れじゃ。じゃが、本当に哀れなのは食われた卯月殿や、過去の犠牲者達じゃよ。わしらはこれ以上、そういった者たちを出させないようにした。それで良いのではないか?」
「俺も、ひじり殿の言う事に同意だ。冷酷ではあるが、生きる事は時として辛く、苦しいもの。それに負けて他者を不幸にする所業は、紛れもなく悪」
楊が、ひじりに続き言った。
「誰もが、悲しみを背負い生きる。脆い心にこそ、悪は住み着き、鬼と化す。か」
「だが、その鬼も今はいない。これで悲しみの連鎖が絶たれ、これ以上の悲劇が起こらない事を祈るばかりだ」
夕弦と高町の言葉が、周囲に静かに染み入った。