水に潜む顎

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月23日〜08月28日

リプレイ公開日:2004年08月30日

●オープニング

「また‥また、やつが出たんですだ‥‥」
 冒険者ギルドにやってきた、初老の農民二人は、やつれきった顔つきをしていた。
 彼らは、十作と、その友人五平と自己紹介した。江戸に続く街道沿いの宿場村からやってきたという。そして十作は、その村の村長とのことだ。
「今度は、助六のところのお夏が引きずり込まれただ‥‥畜生、これでもう十人目だ。化け物め!」
「仇討ちだ! 奴を引きずり出して、干物にしてやらなければ気がすまねえ!」
 彼らが落ち着くのを待って、君たちは依頼を聞いた。それは、以下のようなものだった。
 村のすぐ近くには川が流れ、そこは水遊びするのに格好の場所であった。
 が、十年以上前に、そこに一匹の大蛙が住み着いた。それからというもの、蛙は水辺に来た村人や家畜に襲い掛かっては、引きずり込むということを繰り返していた。
 耐えかねた村人の一人が、銛を手に大蛙に戦いを挑み、これを倒した。傷を負った蛙は、そのまま下流に流され、それからは姿を現さなくなったのだ‥‥一月ほど前までは。
 一月前から、川で泳いでいたり、魚を取っていたりする者が、十年前と同じように、水中からの何かに引きずり込まれて、食い殺される事件が立て続けに発生するようになったのだ。
「あん畜生め、童っ子を何人も餌食にしやがって! 今度という今度はもう我慢ならねえ!」
「力自慢の松助も、気のいい奴だった三平も、引きずりこまれ、腹を食い破られましただ‥‥。このままでは、村に人がいなくなっちまいます」
「そういうわけです、どうか、どうか蛙めを退治してください。なんも悪さしてない童っ子まで殺されて、おらもうくやしゅうてくやしゅうて‥‥」
十作に続き、五平が言った。
「もし引き受けていただけるなら、払うものは払わせていただきますだ。村中かき集めて、銅銭がそれだけ集まりました。それが、支払える精一杯です」
 彼らがよこしたぼろぼろの巾着には、多くの薄汚れた銅貨が入っていた。
「お願いしますだ。どうか、どうか憎い大蛙のやつを‥‥」
 見ていて哀れに思うほど、彼らは頭を下げた。
 依頼を受けるという言葉を口にした途端、彼らは飛び上がるほどの喜びを見せた。
「へえ! ありがとうございます! いつから始めます? すぐにでも村に案内しますだ! ささ、こちらへ‥‥」
 茶店の親父は立ち上がり、君たちをうながした。
「ありがとうございますだ。どうか、どうか退治して下さいまし‥‥。蛙の奴は、おらの‥‥おらの娘っ子まで‥‥」
 思い出したのか、五平の目から涙が溢れてきた。それを見つつ、君たちは思った。
 まだまだ駆け出しの自分たちだが、大蛙くらいならば、なんとか倒せるだろう。子供を食らうこの怪物を退治することを誓い、君たちは出発の準備を始めた。

●今回の参加者

 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1285 橘 月兎(37歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1286 月 朔耶(17歳・♂・ファイター・エルフ・華仙教大国)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea3358 大鳳 士元(35歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「さてと、各々の準備は出来たようですね」
 のんきそうな声で、陣内晶(ea0648)は仲間たちに話しかけた。
「ああ。あとは、蛙がかかるのを待つだけだ」
「蛙がどのくらいの大きさかは知らないけど、村人の話から、大体は予測がつく。後は、引っかかってくれるのを祈るしかないね」
 忍び装束の橘月兎(ea1285)と、エルフ特有の尖った耳を持つ月朔耶(ea1286)が答えた。
「生餌も、先刻から撒いておいた。そろそろ、化け物が来ても良い頃だ」
 白い肌をした浦部椿(ea2011)が、静かにつぶやく。
「ま、これが奴の最後の飯になるだろうよ。今まで散々、食いまくってきたんだ。そのツケを支払ってもいい頃だしな」
「そうねえ。それに、教えてあげなくちゃあね。御飯を行儀悪く食べる悪い子には、お仕置が必要だって事も・・・・」
 たくましい僧兵、大鳳士元(ea3358)と、旅装束姿の浪人、龍巳百合彦(ea4113)も、仲間たちに続いて言った。
 ギルドで依頼を受けた彼らは、村に到着したのち、速やかに行動を開始した。
 月らは手分けして村にて情報を集め、地形と、蛙が潜んでいそうな場所を探した。その結果、近くの川にある滝の周辺に、よく蛙の声を聞くという場所があるとの事だ。
「俺が調べたところによると、川の深さや地形からいって、この滝壷周辺に蛙が潜んでるのは間違いない。で、具体的にどうするかだけど、水中で戦うのはまず無謀。となると、有利な陸に誘い出さなきゃならない」
 仕掛け網に木の葉や蔓草を絡ませ、最後の仕上げをしつつ月は言った。
「で、餌で陸に誘って、逃げないように網で包んで、攻撃する・・・・ってのはいいけど、蛙は一匹だけかしら? 他にも何かいるんじゃない?」
「心配ないよ。もしも複数いるんなら、被害はもっと増えてるはずさ。襲われた時の証言や目撃例にも、蛙は常に一匹しか確認されなかったし。蛙は一匹だけって可能性が高いね」
 龍巳の言葉に、自信をもって月は答えた。
 森の中には、ちょうど広場のようになっている場所があり、そこには周囲を木々が囲うように生えていた。
 一行はそこに、網をしかける事にした。地面に埋めておき、蛙を網の上におびき寄せたら、全員で綱を引っ張り包み込むという寸法だ。
 網のある場所まで誘き寄せるのは、途中で用意しておいた生餌で行う。魚介類を水面に撒き、地上では数羽の鶏を地面に繋げておく。そして網を仕掛けた場所にも生きた鶏を吊るしておき、蛙がそれに食らいついたら引き綱を引く。
 綱が蛙を、大木の枝から釣り下げる様に包んだ後、網を固定。逃走できなくして止めをさす。
 これが、彼らの考えた策だった。
「さてと、仕掛けは終わった。後は、獲物を待つだけですね」
 緊張感をそぐ、のんびりした口調で陣内は言った。

「!」
 仕掛けて数刻。一行は、水辺にて飛沫を上げる音を聞いた。
「奴か?」
 大鳳がささやく。
「おそらくは、な」
 同じくささやき声で、浦部が答えた。
 龍巳、月、陣内、橘は網の綱を引く役割を、大鳳と浦部は、必要ならば蛙を追い込む役割を受け持っていた。大木の陰にいる陣内たちの手が、じっとりと汗ばんだ。
 浦部は、水辺近くの藪の中で、油断無く水面を見張っていた。撒いた餌は、水面に浮かび揺れている。
「くそっ、水に岩でもぶち込んで、無理にでも追い出してやろうか」
「‥‥いや、その必要はなさそうだ」
 水面に、すばやく動く顎が見えた。顎は水面に浮かんだ餌を丸呑みする。それは奇妙に醜く、おぞましかった。
 やがてそれは、水を割って姿を晒した。ぬめる皮膚を黒光りさせ、蛙は水辺に置いた餌に食らいつき、同じく飲み込む。
 橘は、ごくりと唾を飲み込んだ。
 陣内も、月も、龍巳もまた、戦慄を覚えていた。
 その大きさは子馬ほどもあり、焦点の合わない瞳は、生来の貪欲さを体現しているかのように濁っている。ぬめった皮膚には水ゴケや藻が絡まっており、岸辺に這い上がるとむせるような生臭さが漂った。
「‥‥こいつが、村人たちを‥‥!」
 橘は、鋭い視線を蛙に向けた。こいつは何人の命を、その大顎で奪ったのだろう。
 六人を苛つかせるかのように、蛙の動きは鈍重だった。のそのそと重たげな身体ではいずり、やがて大木の前、餌を吊り下げた場所へと歩みを進めた。‥‥ちょうど、網を仕掛けた場所に。
「今です!」
 蛙が餌に食らいつくと同時に、陣内の一声が飛んだ。
 四人が、網に結んだ引き綱を引く。
 地面そのものがめくりあがったかのように、仕掛けた網が地面から出て、蛙を包んだ。
 途端に暴れだす蛙。しかし、網はすでに蛙を完全に捕らえていた。もはや、蛙は獲物を狙う狩人でなく、狙われる獲物と化していた。
 冒険者たちは、網に続いている綱を手近な木に縛りつけた。これで蛙は逃げられない
彼らはすばやく、武器を手にして接近した。陣内と浦部は日本刀を、橘は忍者刀を、月は西洋の長剣を、大鳳は金棒を、龍巳は短刀を、それぞれ構えている。
「はぁっ!」
 最初に打撃を与えたのは、橘だった。醜い両生類の分厚い皮膚に、女忍者の刃が突き刺さる。
 月と浦部、陣内の武器も、同じく蛙に突き刺さる。エルフのファイターと侍の手の内にある刃が一撃を与えるたび、蛙はさらに暴れた。
 さらなる一撃を加えようと、陣内が刀を構えたその時。枝が折れる音が響いた。
「なにぃっ!」
 蛙は、月が思った以上に重量があったのだ。月の驚きをよそに、網は地面に落ちる。そのまま、蛙は緩んだ網から身体を抜き始めた。ぬめりと蛙自身の重量がそれを加速させ、網の拘束から逃れていく。
「逃がすか!ディスカリッジ!」
 大鳳が手に握った金棒に力を込めつつ、呪文を唱えようとする。今のままでは唱えられないと気づき、彼はあわてて金棒を放り投げ、呪文を唱えた。
 黒く淡い光が大鳳を包み、蛙にむけて神秘の力が放たれた。
 混乱した蛙が、更に混乱したかのように頭を振り回す。そんな蛙に対して、大鳳は拾って構えなおした金棒を振り下ろした。それは、蛙の頭部を強かに捕らえた。
 命を奪うまでは至らずとも、肉と骨が砕ける感触が武器から伝わってくる。
「もう一撃だ! 覚悟しな!」
 更なる打撃を与えんと、大鳳は金棒を振りかぶる。しかし、次の一撃の前に、蛙は網から脱出してしまった。
「しまった!」
 先刻の鈍重さが嘘に思えるほど、蛙は俊敏に跳躍した。網から離れ、水辺へと接近する。川に逃げ込まれたらもう終わりだ。警戒し、再び陸に誘い込むのはもう不可能だろう。
 だが、どす黒い血が流れている事から、最初の攻撃でかなりの痛手を負っていることも見て取れた。
 冒険者たちは、それぞれ武器を振るって蛙を牽制していた。
「みんな、少しだけ持ちこたえてくれ! 浦部、松明を!」
 浦部もまた、切りかかりたいのをこらえ、月から手渡された松明を受け取った。先刻、自分の乗馬から取り出し、月に預けておいたものだ。同じく預けておいた火打石を取り出し、月は松明に火を付けようと打ちはじめた。
 冒険者たちの振るう武器に、蛙は躊躇していた。
「これでも‥くらえ!」
 橘の声とともに、蛙に何かが投げつけられた。
 それは、油の入った皮袋だった。事前に龍巳より預かっていた橘が、蛙の頭にそれを投げつけたのだ。袋は見事に命中し、中身の油を蛙の頭にしたたらせた。更なる攻撃に混乱し、蛙は口を開いて激しく頭を振った。
「今だ!」
 月の一声に、浦部が突進した。その手には、刀の代わりに火のついた松明が握られている。
 臆することなく、浦部は松明を振るって、蛙の頭に打ち据えた。
 蛙の頭部が燃え始めた。松明の炎が、蛙の頭部にかかった油に引火したのだ。火は蛙の頭部を舐め、嫌な臭いを放った。
 炎に続き、陣内たち冒険者の武器が、蛙の身体にとどめの一撃を与え、その命を奪っていった。

「本当に‥本当にありがとうございました。なんとお礼を言って良いものやら‥‥」
 冒険者たちがギルドに戻る時。
 見送りに出た十作と五平、そして村の人々は、何度も頭を下げ、涙を流しつつ礼を述べた。
「これで‥‥これで、娘の無念も晴れます。死んだ皆も‥‥」
 五平は、今度は嬉し泣きの涙で頬をぬらし、冒険者たちの手を握った。
「いえいえ。それよりも、大蛇や大ナメクジまでいなくて良かったですよ」
 陣内が、ニコニコしつつ旅支度を終えた。
「大鳳のディテクトライフフォースの呪文も使って探したけど、奴の卵や子供は見つからなかった。安心するがいい」
「仲間や連れ合いも見かけなかったしね。ま、オタマジャクシを持って帰れなかったのは残念って言えば残念だけどさ」
 背嚢を背負いなおし、橘と月は言葉を続けた。
「近くにお越しの時には、ぜひ来てくださいまし。あのう、それで、お支払いするお金なんですが‥‥」
「なんですか、五平さん? すでに頂きましたが?」
「いえ、それが、そちらのお二人が、どうしてもお受け取りにならないんで」
「あら、そんなの当然よ」
 五平の言葉をさえぎり、龍巳は言った。
「アタシはこう見えても、貧乏人からお金を取るような事って嫌いなの。さっき握り飯をごちそうしてもらったし、それで十分」
「私もだ、五平殿」
 と、浦部。
「少なくとも、その銅銭が必要なのは、私よりこの村の人間たちだろう。大蛙の犠牲になった者たちの、供養にでも使ってくれ」
「お侍様‥‥」
 微笑を浮かべ、陣内はその様子を見ていた。が、そこでふと気づいた。
「そういえば、大鳳さんはどこです?」

「‥‥」
 村の、小さな寺。そこの粗末な墓場にて、大鳳は読経していた。
 墓石はほとんど壊れ、卒塔婆は倒れている。大鳳はそれらをできる限り修復し、供養していたのだ。墓には、蛙の犠牲者たちが葬られていた。
 少女が埋葬された墓には、生前の持ち物だったのだろう。人形が供えられていた。
「‥‥生臭坊主の俺だが、少なくともお前さんたちの仇はとった。安心して、成仏してくれ」
 全員の供養が終わり、大鳳は何気なしにつぶやいた。
 人形の顔が、微笑んだように見えた。

●ピンナップ

大鳳 士元(ea3358


PCシングルピンナップ
Illusted by 沢庵ジュン