おぞましき顔

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2005年02月28日

●オープニング

 その村には、いたずら好きなガキ大将がいた。名前は虎次郎。
 彼は決して根は悪い子供ではなかったが、人をびっくりさせたり、驚かせたりする事が大好きであった。
 野山を駆け抜けては、木の葉っぱや枯れ枝を集め、毛むくじゃらのお化けの衣装をつくったり、顔に泥や絵の具をつけて、お化けの顔になったり。
 虎次郎は子供たちを統率し、いたずらばかり行っていたが、決して弱い者をいじめたり、誰かを傷つけたりといった事は行わなかった。困りものではあったが、村人たちは虎次郎のことを愛し、生活していた。
 そんあある日、野良仕事をしている農夫の前に、いきなり異様な化け物が現れた。
 それは大きな顔。耳が翼となっており、それを羽ばたかせてふわふわと舞っている。異様な顔を目の前にして、農夫は驚いたが、すぐにそれが虎次郎のいたずらであるとわかった。
「虎次郎! 畑仕事の邪魔をするでない! それはお前の爺さんが買った、異国のお面じゃろう?」
「へへっ、ばれちまったか」
 虎次郎は手下を引き連れ、近くの藪の中から現れた。彼の手には長い物干し竿。そしてその先端からは糸によって仮面が吊られている。仮面の両耳には広げられた扇子が括り付けられ、翼のようになっていた。
「おじさん、これは人面蝶って人を食う蝶々なんだぜ。それで暗闇から現れて、おじさんに噛み付くぞ!」
「虎坊、そんなものばかりに夢中になっておらんで、ちっとは勉強せい! イタズラばかりしおってからに」
 が、農夫が虎次郎と言葉を交わしたのは、それが最後だった。

 夕刻。農夫が仕事を追え、帰路に着いたころ。
 近くのやぶから、虎次郎が面から作った人面蝶、ないしはそれを吊り下げた竿があった。
「本当に虎坊ときたら。遊んだらちゃんと片付けんか」
 ぶつぶつ言いつつ、農夫は辺りを見回した。
 が、虎次郎の姿はどこにも見当たらない。
 そしてそれだけでなく、何かの臭いが漂ってきた。その臭いが何なのか、すぐには気づかなかった。
 農夫の胸中に、嫌な予感が渦巻いた。彼は臭いを辿り、やぶの奥へと進んでいった。
 やがて、彼は気づいた。臭いは紛れもなく、血の臭いだった。

 やがて、臭いのもとにたどり着いた。
藪の奥にあったのは、肉塊だった。それは血みどろで、何かに咬まれたかのようにずたずたになっていた。
 ずたずたにした「何か」は、農夫の目の前でなおも肉塊に咬み付いていた。
 それは、人間のような顔をしていた。が、二つの点で人間とは異なっていた。胴体がなく、耳には翼が付いている。
 その翼は、毒々しい蝶のそれだった。愉悦に震えているように、化物は蝶の翼を羽ばたかせていた。
 あまりにおぞましい光景に、農夫は強烈な吐き気をもよおした。が、彼は必死にそれをがまんした。
 あれがこちらに襲ってきたら、自分もあの肉塊のようになる。その考えが、彼をかろうじて押しとどめていた。
 やがて、それらおぞましき顔は、翼を羽ばたかせてその場を去っていった。
 その場で吐き戻した農夫は、なんとか落着きを取り戻した。
 が、数刻後になり、彼は再び吐き気と、そして衝撃に襲われることとなる。
 肉塊は、服を着ていた。そのきれっぱしから、服の持ち主が誰かは容易にわかった。
 それは、虎次郎のものだった。

「‥‥虎坊の家族には、すぐには伝えられませんでしただ。あの亡骸を見たら、あまりにひどすぎて、思い出すたびに震えがくる。ともかく、あの化物を殺してやらないことには、虎坊があまりに不憫だ!」
 農夫‥‥耕作の言葉が、ギルドの応接間に響いた。
「あの子は、女の子が化物に食われそうだったから、自分が囮になって助けたそうだ。それで、追いつかれて、あんな目に‥‥。確かにあの子はいたずら坊主だ。けど、だからといってこんな目にあっていいはずがねえ! 旦那方、どうかあの空を飛ぶおぞましい顔を、人面蝶をぶち殺し、虎坊を、わしの甥っ子の仇を取って下せえ!」
 耕作は、背負ってきたかめを取り出し、中身をぶちまけた。中からは薄汚れた銅銭がこぼれ、山を作った。
「もしも足りんのなら、わしの家畜と畑をやる。だから、あの憎い化物を殺してくれ!」

●今回の参加者

 ea2724 嵯峨野 夕紀(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9703 グザヴィエ・ペロー(24歳・♂・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea9913 楊 飛瓏(33歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1012 ペペロ・チーノ(37歳・♂・ウィザード・ドワーフ・イスパニア王国)
 eb1067 哉生 孤丈(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1177 黄 伯絃(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 森からは、木々の匂いが漂いくる。
 しかし、嵯峨野夕紀(ea2724)の鼻は、それとともに別のにおいが、死臭がともに漂ってくるような錯覚を覚えた。
「嵯峨野さんの分だよ。念のため、口元覆っておかなきゃね」
 グザヴィエ・ペロー(ea9703)の差し出した手ぬぐいを受け取り、嵯峨野は口元を覆った。ノルマン王国から来たジプシーの通訳は、既に自分の口元を覆っている。
「準備は?」
「万端、整ってるぜ。じきに罠も仕掛け終わるし、後は実際におびき出してやっつければ済む事さ。楽勝楽勝」
 そううまく行けばいいがな。
 気楽に口走る仲間を横目で見つつ、嵯峨野は思った。

「よし、こんなもんでいいだろうねぃ」
 森の入り口付近。開けた場所にて、哉生孤丈(eb1067)は仲間とともに罠を仕掛けた。
 白い布と投網を樹間に渡し、その下に獲物が来た時、地上で紐を引っ張れば網が落ちて包み込むという仕掛けだ。ちょっと見には、白い布が雪のように見え、あまり目立たない。
「しかし、うまくいくでござるかのう。人面蝶を一網打尽にできれば良いでござるのだが」
 ウィザードのペペロ・チーノ(eb1012)、イスパニア王国からのドワーフは、仕掛けを見上げつつ、不安げにつぶやく。
「なーに、集団っても百や二百ってわけでもなし。うまく行くはずねぃ。網に引っかからなかったとしても、ペペロ殿の呪文があればなんとかなるねぃ。ま‥‥」
 哉生は、森の奥へと視線を向けた。
「その人面蝶がここまでおびき出せれば、の話だけどねぃ」

 華仙教大国からの武道家の視線が、周囲を見回す。黄伯絃(eb1177)は、何か異変が少しでもあったらすぐ対応できるようにと、警戒し辺りを捜索していた。
「傘を被ったのは、間違いだったか‥‥」
 用心のためと、彼はグザヴィエからの三度傘を被り、手ぬぐいで口元を覆っている。これで人面蝶がいきなり襲撃してきても、その鱗粉をある程度までは防げる。
 が、傘は視界をせばめ、布切れは息苦しさを与えている。うっとおしく思いつつ捜索を続けていると、背後に気配を感じた。
「おちつけ、俺だ」
 楊飛瓏(ea9913)。黄と同郷、同業の男が、やぶをかき分けて現れた。
「その様子だと、あまりいい成果ではなさそうだな。黄」
「あなたか。‥‥何かわかった事は?」
「村の連中に聞いたとおり、この森はそれほど広くはなかった。で、蝶どもにやられた動物の位置は確認したが‥‥次第に、人家に近付きつつある」
「だとしたら‥‥村そのものが襲われるのも時間の問題という事か」
「そういう事だ。子供を襲った人面蝶は、全部で三匹いたと聞く。が、どうやら昼間は出てこないようだ」
「出るとしたら、夕方から夜明けにかけて‥‥ということだな」
「うむ。じきに夕方になる。罠も仕掛け終わっている頃だろう。だが、時間の問題なのは、奴らも同じだ」
 黄に負けずとも劣らない視線を、森の奥へと向けながら楊はつぶやいた。
「食欲に溺れし畜生。その下劣な欲望は止めてみせる。今夜、この森でな」
「ああ。奴らが舞えるのは、今夜が最後だ。子供の命を侮辱した罪、たっぷりと思い知らせてくれよう」
 二人の拳が、固く握られた。徐々に暗くなる森の中、武道家たちの闘気が陽炎のように揺らめいた。

 合流した六人の冒険者達は、打ち合わせ通りに行動開始した。
 直接攻撃を行う哉生、黄、楊の三人が、人面蝶を罠のある場所へとおびき寄せる。
 そして、隠れているグザヴィエ、ペペロ、嵯峨野が罠の網を人面蝶にかぶせ、一網打尽にしたところに止めをさす‥‥と、こういう寸法だ。
 刀を手にして、哉生は森の中を歩いていった。見つけてもらわなくてはならない。倒すべき怪物に。
 三度傘を被った三人は、森の中を歩き回った。ふと、血のにおいが漂ってくるのに気づいた。
「‥‥見ろ、あれを」
 楊が指差した先には、兎のもの「らしい」死体が転がっていた。あまりにずたずたに噛まれちぎられ、兎の原型を止めていなかったのだ。わずかに残された耳や体の一部から、それがかつて野兎である事が判明できた。
三人は近付き、それを調べはじめた。
「傷口がまだ新しいし、暖かい。我々が来るわずか前に、何かがこの兎を餌食にしたようだな」
 黄が指摘したが、その返事を待たずに哉生の視線が鋭くなった。
「‥‥おそらく、あれが犯人だろうねぃ」
 嵯峨野の視線の先には、樹間をひらりひらりと飛ぶ何かの姿が認められた。複数あるそれは、奇妙な鳴き声をあげつつ、徐々に冒険者達に接近してくる。
 鳴き声は「チョエ、チョエ」と、まるで何かを嘲笑っているようにも聞こえた。


 ペペロは何度目かのあくびをかみ殺した。格闘班に遭遇する前に、こちらに怪物が来て引っかかる可能性もある。そのため、最初は気合入れて罠を見張っていた。が、何も起こらず、怪物より先に退屈と眠気が襲ってきた。グザヴィエも同じようで、彼も適当に暇つぶししつつ、時々罠に目をやっている。
 唯一、嵯峨野は鋭い視線を周囲に向けていた。
「? ‥‥何か来る!」
 嵯峨野の一言に、この場に流れていた空気が次の瞬間に引き締まった。
 駆けつけたのは、三人の仲間達。息せき切った様子から、なぜ走ってきたか、その理由がわかった。
「合図で、ロープを引っ張るのでござる。よろしいな?」
 ペペロの言葉に、二人ともうなずく。
 罠を仕掛けられた広場を抜け、楊ら三人はある木を背にして立ち止まった。この位置だと、罠の網には引っかからない。
 三人は身構え、隠れている仲間に、次いで自分達を追って来た存在に鋭い視線を向けた。
 宙を舞うそれは、生きていること自体が許されざる罪悪のごとき醜さだ。森の暗闇から漂い出てくる様子は、さながら地獄の魔物が這い出る姿を思い起こさせた。闇そのものも、このおぞましい顔を内包するのに嫌気がさしているようだ。甲高い「チョエ、チョエ」という鳴き声が、おぞましさに拍車をかける。狂乱した悪魔ですら、このような化物を思い浮かべるのは苦労するだろう。
 おぞましい顔。三匹の人面蝶はひらりひらりと樹間を漂い、接近してきた。その両耳は、腐臭を視覚で表現したような色彩をした蝶の翼となり、羽ばたかせるたびに空間を陵辱するがごとく、鱗粉が撒き散らされた。
 その動き方からして、剣や拳で直接攻撃するのは難しいだろう。哉生は、罠の引き紐を掴む手が、汗ばみ震えているのを憶えた。
 いつも以上に、長く感じられる一瞬。
 刹那、網が三匹のおぞましい顔を包み込み、地面に落とした。
「いいぞ! 今だ!」
 完璧なタイミングだった。値踏みするかのようにひらりひらりと舞っていた三匹の人面蝶は、追い詰めたと確信したのか、顎をかっと開けて哉生らに襲い掛かったのだ。
 その一瞬を付き、網が落ちてきた。全く気づかせず、彼らは怪物を虜にする事に成功した。
 網にとらわれた一匹を、哉生の刀が襲い掛かった。鋭い切っ先が網を突き破り、おぞましい怪物の命を奪い去った。
 が、網を食い破り、二匹は逃げてしまった。一匹はそのまま空中に舞ったが、残る一匹は片方の羽が折れ、あまりうまく飛べない。
 その好機を、黄は見逃さなかった。
「はあっ!」
 気合一閃とともに、黄のナックルをはめた拳が人面蝶にめり込んだ。地面に落ちた醜い顔に、容赦なく大地そのものを割りかねない強烈な蹴りを食らわせる。
 ぐしゃりという音とともに、二匹目の人面蝶はその顔のおぞましさにふさわしい場所へ、地獄へと送られていった。
 逃げ出した最後の一匹は、やけになったのか楊に向かっていく。蝶の翼から粉が舞っているのを、楊の目は見逃さなかった。
「とあっ!」
 冷たい刃が、楊を援護した。ペペロが作った氷の刃を、忍者刀を脇に置いた嵯峨野が人面蝶に投げつけたのだ。
 ドワーフのウィザードが唱えたアイスチャクラの呪文と、忍者の投擲技術。それが一体化した攻撃は、人面蝶の片方の翼を切断した。
 落下する人面蝶を、楊の拳が止めを刺した。

「言ったはずだ。俺の分の報酬は、供養にでも使ってくれと」
 楊は、耕作からの報酬を拒んでいた。が、依頼人の老人もそれを拒否する。
 三匹の人面蝶を倒し、それから朝を待って、彼らは周囲を捜索した。
 が、仲間の人面蝶は見当たらず、巣のようなものも見当たらない。昼過ぎまで探した結果、冒険者達は人面蝶を退治したと判断し、耕作の家に行って報告した。
 彼らは各々、報酬を受け取っていた。が、楊だけは受け取るのを拒否していたのだ。
「気持ちだけを、ありがたく頂いておく。俺などに渡すくらいであれば、虎次郎殿の供養に使ってやって欲しい」
「いや、供養にと思われるのなら、なおの事受け取ってもらわねばなりませぬ。これは、虎坊の遺志でもあるのです」
「遺志? どういう事だ?」
 楊は、疑問を口にした。
「この報酬には、虎坊の貯金も入っているのです。そして虎坊は、生前にこう言っていました。『立派な冒険者になって、世の中の弱き者、正しき者のために戦える男になりたい。これはその時に使う銭だ』と。そして、冗談交じりに‥‥『もしも俺が死んじゃったら、貯金は冒険者ギルドってとこに寄付して、立派な冒険者のために使ってくれ』とも」
「‥‥その子が、そのような事を‥‥」
 楊に対し、耕作はうなずいた。
「わしも、冒険者を目指してはいましたが、結局は夢に終わりました。ですから、虎坊には夢をかなえて欲しかった。立派な冒険者になってほしかった。もしも‥‥虎坊のためを思ってくださるのなら、受け取って下さい。この銭であなた方のお役にたつ事が、あの子にとっての何よりの供養なのです。どうか‥‥」
「‥‥」
 押し黙りつつ、楊は、‥‥銭入れを受け取った。
「‥‥この報酬、大切に使わせてもらう」
 もしも。楊は、心のうちで思った。
「もしも、生まれ変わって会えたなら。虎次郎、お前とはいい友になれるかもしれないな」
 お前の想い、確かに俺が受け止めた。銭入れを握り締め、楊は顔も知らぬ友へと思いを馳せた。