白面の怪人

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月08日〜03月13日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

「私の思い過ごしならば良いのですが、どうか、皆様のお力をお貸し下さい」
 貞淑そうな婦人が、ギルドの応接室にて、依頼を切り出した。
「わたくしは、野縁さくらと申します。実は半年ほど前に結婚した夫の事で、皆様に解決していただきたい事があるのです。どうか、話を聞いてください」

 野縁家は、江戸からすぐ近くの村に屋敷を構えていた。そして、さくらはその屋敷で生活していた。両親を失ったさくらは、自分の家の家督を継ぎ、女性ながら懸命に毎日を過ごしていた。
 そんなある日。彼女は用事で江戸近くの、野縁家の屋敷がある村へと続く峠にて、小鬼の群れに襲われた。その時に助けてくれた一人の浪人。さくらは彼に恋をした。
 彼の名は、藤枝勇之助。なんでも、かつては京の都で仕官していた武家の生まれらしい。が、そこで彼は流行り病により家族を、妻を失った。その事が原因で彼は社会にむなしさを覚え、浪人となって旅に出たのだった。
 そして、江戸の近くにて静かな村を見つけ、そこで静かに生活をしていた。たまたまその村には、野縁家の屋敷があった。
 彼は高潔で誇り高く、女性と子供に対しては特に優しかった。そして彼もまた、さくらに対して恋心を抱いていた。二人が婚約し、結婚するのにそう時間はかからなかった。
 再び仕官し、野縁家の家督を継いだ勇之助だったが、このひと月、どうも様子がおかしかった。落着きが無く、しきりに何かを気にしている。
 当初はそれほど気にもしていなかったさくらであるが、「ちょっと入用で、金が必要」と言い出してから、怪しいと思い始めた。
 そして、自分や家族、周囲の人間に内緒で、さらに山向こうの村に、密かに通っている事が明らかになった。そこで、彼女が密かに尾行したところ、隣村にある屋敷に入っていくのを見た。
 屋敷にはほとんど人が無く、村の中心部からも離れていた。そして、こっそりと屋敷の庭をのぞいたところ、異様な者の姿が見えた。
 白い面をかぶった、小柄な人影。それが、屋敷から庭を覗いていたのだ。

「そのとき、あまりの恐ろしさにそのままわたくしは逃げました。落ち着いた後、どこに行っていたのかを夫に聞きました。が、夫は『少しの間だけでいい。拙者を信じてくれ』というばかりで、何も答えてはくれません。そして、わたくしは自分なりに推理しました。ひょっとしたら、夫の前の妻と関係があることではないか、と。最近急に落着きがなくなったのは、そのせいではないかと。
 ともかく、わたくしが直接確認しようと思って、もう一度峠を越えようと思いましたが、ひとつ問題が起きました。最近になって、峠に小鬼が住み着いたらしいのです。皆様にしていただきたいのは、わたくしの護衛として、小鬼から守っていただく事と、もうひとつ。夫が会っているだろう、白面の海人物と相対する時に、おそばにいて欲しいのです。できれば、それが何者かという事も調べていただければいう事はありません」
彼女は、巾着を取り出した。
「これが報酬です。この事は、友人も、家の者たちも、相談できる人はいません。それに、夫の信頼も、裏切りたくは無いのです。どうか、よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea6476 神田 雄司(24歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9328 セルジュ・リアンクール(28歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9913 楊 飛瓏(33歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1148 シャーリー・ザイオン(28歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb1174 ロサ・アルバラード(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1241 来須 玄之丞(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「さくら殿。この仕事を始める前に、ひとつ聞いておきたい事がある」
 楊飛瓏(ea9913)は、さくらに問いかけた。
「白面の人物が何者であろうとも、真実から目を逸らすことなく、それと向き合う覚悟はあるかどうか‥‥という事だ」
「どういう事ですの?」
 野縁家の屋敷で落ち合った冒険者一行は、今まさに出発するところだった。
「あたしも聞いておきたいね。あんたぁ会ってどうするつもりだい?覚悟は出来てるって思っていいんだね?」
来須玄之丞(eb1241)も、楊同様に問いかけた。
「状況から見て、脅かされてるわけじゃあないと思うわ。もしも脅迫なら、真っ先にさくらさんに相談するでしょうしね。となると、他に考えられるのは‥‥」
「先妻、もしくは、先妻との間にできた子供、と言うことになるだろうな」
 レンジャー、ロサ・アルバラード(eb1174)と、ナイト、セルジュ・リアンクール(ea9328)が、言葉を続けた。
「そういうことさ。もしも子供がいたとしても、それを受け止めるだけの覚悟はあるか。それを聞いておきたい。どうなんだい?」来須が再び問いかけた。
 さくらの返答は、皆が予想していた、もしくは期待していたものであった。
「わたくしは、夫を愛しています。そして愛するとは、過去の所業を認め、受け止める事。野縁家の頭首として以前に、一人の女として、夫婦の契りを交わしたその時から覚悟はできています」
「よし、それでこそ女ってもんだ!」
「ああ。他に聞く事はない。俺の拳、さくら殿のために揮わせてもらう」
 来須と楊の言葉に、他の者達もうなずいた。
「けど‥‥勇之助さん。先妻さんとの子供だとしても、なぜ隠すんでしょう?」
 疑問を口にしたのは、シャーリー・ザイオン(eb1148)。ショートボウを背負ったレンジャーは、やや不安そうな表情だ。
「さあねえ。おそらくは、知られたくない秘密があるんでしょうな。なんにせよ、それを確認するには、やるべき事は一つ」
 馬の手綱を引き、神田雄司(ea6476)は皆を促した。
「出発しましょう。ここであれこれ言ってても始まらないですしね」

「ときに、さくら殿」
 皆で馬に乗りつつ、峠に差し掛かった頃。セルジュは問いかけた。
「さくら殿は、片親がエルフの子供を、ハーフエルフの事をご存知か?」
「いいえ、セルジュ様。それがなにか?」
 馬上で、セルジュとロセは顔を見合わせた。ここで言っておくべきか否か。
「実は‥‥」
「ねえ、何か聞こえるよ!?」
 シャーリーが、言葉をさえぎった。
「まさか、小鬼か!?」と、来須。
「そういやさっき、ふもとの茶店で言ってたね。先行した旅人達がいるって。襲われてるの?」シャーリーは前方を見据えた。楊が続けて言う。
「急ぐぞ。たとえ仕事に関係なくとも、罪無き者が襲われてるのを黙っているわけにはいくまい。さくら殿‥‥よろしいですね」
「なにを迷っていますの? 早く行きましょう!」
 楊にうなずき、さくらは、そして皆は馬を走らせた。

 旅人は、十人弱の集団だった。 そんな彼らを、小鬼は襲撃していた。
 冒険者たちが近付くと、小鬼たちはさびた剣や槍を構え、舌なめずりをした。
 神田と来須は日本刀を、シャーリーとロセは弓を、セルジュは鞭と短剣を、そして楊は武道家らしく手にはめたナックルを、それぞれ装備していた。
 シャーリーとロセは、来須とさくらが乗っている馬の両脇をかため、矢を放てるように身構える。楊は存分に拳を用いるべく、馬より降りて向かっていった。
 小鬼をかわし、楊は蹴りを放った。その一撃は、小鬼の頭蓋骨を砕き昏倒させた。
「あんたら、オイタはそこまでにするんだな」
 馬にまたがったままで刀を手にして、神田は小鬼に切りつけた。
「ブラインドアタック!」
 素早い刃の一撃が小鬼を襲い、その命を奪った。
セルジュの方にも何匹かの小鬼が向かう。が、ノルドの流派を修めた騎士は、すでに鞭へとオーラパワーを込め、さらにオーラエリベイションをかけ終えていた。
 魔力を付加された鞭が、蛇の鎌首のように小鬼に襲い掛かった。
「はぁっ!」
 鞭の一撃が、一匹の小鬼を打ち据えた。
 が、別の小鬼が、左手の方から襲い掛かった。とっさに彼は、反応的に左手のダガーを突きつけた。
「しまっ‥‥た!」
 受け流すつもりだったのだが、短剣は小鬼を切り裂いた。そして、大量の血がセルジュの目の前で流れた。
「! まずい! おい、セルジュ!」
「セルジュ殿!」
 ハーフエルフの騎士は、先刻以上に鞭を振るった。それは微塵の容赦もない、残酷なものだった。
 一匹の小鬼の首に、鞭を巻きつける。そのまま引き寄せ、締め上げた。苦しそうにあえぐ小鬼を見つめるセルジュの視線は、何かに取り付かれたかのように乾ききっている。
 小鬼が、うめくような声をあげた。口から泡を吹き、断末魔の形相を浮かべ、ついには絶命した。
「‥‥!」
 感情を失ったセルジュは、そのまま次の小鬼を殺すべく、鞭を振るい続けた。その姿は、野生の凶暴な獣でさえ慈悲深いと思わせるほどに、冷たく、乾いた戦いぶりだった。

「おい、セルジュ。大丈夫かい?」
「大丈夫だ、来須。もう‥‥大丈夫だ」
 落着きを取り戻し、セルジュはようやく狂化がとけた。
 あれから残りの小鬼が迫ってきたものの、セルジュと楊、神田が応戦することで、全て倒すことが出来た。が、セルジュの様子が元に戻るまでには、更なる時間を必要とした。
 助けられた旅人達だったが、彼らはそそくさと礼を言い、関わりたくないとばかりに逃げるように峠を越えていった。
「ロセ様、セルジュ様は、どうなさいましたの?」
「‥‥これが、『狂化』です」
 さくらの問いに、ロセは答えた。
「私たち、エルフと人との間に生まれたハーフエルフには、何かが引き金になって、あんな風になってしまうんですよ。私は男の人に触れられると、性格が変わって、残酷になってしまうんですが、セルジュさんの場合は、血が流れるのを見たら感情を無くしてしまうみたいですね」
「さくら殿、騎士ともあろう者が、レディに対して大変見苦しいところをお見せしてしまいました。深く、お詫びいたします」
「いいえ。見苦しいなどとんでもない。あなたは堂々と戦い、人を守りました。それは揺ぎ無き事実であり、責めるいわれはありません」
 彼女は、セルジュを見つめた。真摯な眼差しが、彼をとらえる。
「野縁家の者にも、あなた方ほどの古強者はおりません。その点だけでも、私は敬意を表します」
 さくらの言葉が響いた。それは、心地いい響きだった。
「さあ、みんな。そろそろ行きましょう。もうすぐ村ですし、本来の目的を果たさないとね」
 シャーリーの明るい声が、皆を促した。

 村に到着した後、屋敷と勇之助の居場所はすぐに判明した。そして、すぐさま一行は向かっていった。
 屋敷の女中を押しのけ、屋敷の中へと歩を進める。薄暗い奥の部屋には、勇之助と白面の怪人‥‥謎の人物がいた。
「お前‥‥どうしてここが!?」
「以前に、こっそり尾行させていただきました。勇之助様、妻としてあなた様を疑うことは心苦しかったです」
「頼む、拙者を信じてくれ! 頼む‥‥」
「いや、もう観念して、覚悟を決めるんだね。あんたの奥さんは、もう覚悟を決めてるよ」
「そうですよ。さくらさん、あなたの事を信じてくれてますよ? どうして、夫のあなたも、さくらさんの事を信じてあげられないんですか?」
 来須とシャーリーの言葉に、勇之助はうつむいた。
「‥‥勇之助殿。答えにくいのならば、代わりに俺たちの推理を聞いてもらおうか。そちらの白面の者。彼あるいは彼女は、先妻との間に出来た子供ではないか?」
 セルジュの言葉に、彼ははっとした。そしてその時になって、セルジュとロセの二人が、ハーフエルフである事を知ったようだった。
「おそらく、あなたは京の都で、前の奥さんとの間に子供が出来た。そちらのお面かぶってるのは、その時の子供。で、何らかの理由があって、それを隠していた。それは‥‥」
「‥‥もういい! ああ、貴殿らと同じく、沙希は‥‥ハーフエルフなのだ‥‥」
 ロセの言葉をさえぎり、勇之助は叫ぶようにして言った。

「拙者は、京で一人の淑女と出会った。サリア・ウェンディ。この世界でもっとも気高く、身も心も美しい女性でござった。エルフである彼女をめとることにより、拙者は様々なものを失ったが、彼女の存命中に一瞬もそれを後悔したことはござらん。娘も授かった。母親似の、器量も気立ても良い娘だった。だが‥‥」
 勇之助は、沙希‥‥白面の怪人と、今の妻、そして冒険者達を交互に見つめつつ言った。
「流行り病は、妻の命を奪った。沙希は助かったものの、拙者が住んでいた屋敷に、数人の無知蒙昧なものどもが押しかけてきた。病気の原因は、悪魔の子、すなわち沙希のせいだと言いがかりを付けてな」
 その話を聞くと、沙希はびくっとした。
「そして、拙者が留守中に彼奴らは屋敷に乗り込み、沙希を拉致した。そのまま、娘を乱暴狼藉し‥‥顔に火を押し付けたのだ。それにより、狂化すると知らずにな」
 勇之助は、両手を握り締めた。
「凶暴化した娘に、そやつらは全員が殺された。自業自得だ、あの畜生どもが! だが、狂化がおさまった後、娘は心の病にかかり、喋ることも、立って歩くことすらできなくなってしまったのだ。それだけでなく、顔に火傷も残ってしまった」
 勇之助は、沙希の面を取った。その下にあるのは、美少女の素顔。可憐で、目を見張るような美しさ。しかし、その表情は生気を欠いたうつろなもので、顔半面をおおう火傷が美しさを損ねていた。
「‥‥この事がきっかけで、拙者は周囲より追われる事になってしまった。そして、信頼の置ける友人に沙希を預け、京より離れた江戸にて新たな仕事と住まいを見つけようと思い立った。ひと段落したら、沙希とともにそちらに越すつもりでな。沙希は拙者にとって大切な娘。手放そうなどとこれっぽっちも考えたことはござらぬ。そして、拙者はさくらと出会った」
 さくらは、勇之助を見つめていた。
「さくらを愛するようになり、拙者は娘の事を言い出すのが怖くなった。先妻との娘が、それもハーフエルフの娘がいると知られることでそなたを失うのが怖くなり、どうしても言い出せなかったのだ。拙者の心の弱さゆえ、言い出せぬままに夫婦の契りを結んだが、親の情まではごまかすことができなかった。件の友人から手紙を受け取り、その情は更に強まった。そこで屋敷を買い、密かに沙希と女中とをここに呼び住まわせた。さくらの目をごまかしつつ、このように会うために。だが今日、そなたたちは全てを知った」
 言い終り、勇之助は返答を待った。
 しばらくの間、さくらは黙っていた。やがて、彼女は口を開いた。
「皆さん。わたくしの家族を紹介しますわ。これが夫の、勇之助。そして、娘の沙希です」
「さくら? そなた‥‥」
「勇之助様。わたくしはあまり立派な女ではありません。ですが、あなた様が考えているよりかは、ましであろうと思いますわ」
「しかし、先妻との娘で、ハーフエルフの‥‥」
「あなた様の過去の所業に、血を分けた娘。それらもまた、あなた様の一部です。ハーフエルフが生まれながらに差別され問題を有していることも、先刻充分に理解しました。そして、夫の全てを受け止めぬようでは妻とは言えません」
 セルジュとロセを見たさくらは、彼らに微笑んだ。
「さあ、家に戻りましょう。この屋敷は、野縁家の保養地としてこのまま保存しておきますわ。ですが何より、わたくしは娘の事をもっと知りたいです。わたくしが子供の頃に着ていた振袖、似合うと良いのですけどね」
「さくら‥‥」
 しばし、言葉が途切れた。だがそれは、先刻の重苦しいものでなかった。
「さて、どうやら仕事は終わったようだね。村で祝い酒でも一杯ひっかけて、江戸に戻りましょうや」
 神田の提案に、皆は微笑みながらうなずいた。
 それにつられたように、沙希もわずかに微笑んだ。