美しい花

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月17日〜03月22日

リプレイ公開日:2005年03月20日

●オープニング

「わたくし、悩んで悩んでもう死にそうなんですの。え? そうは見えない? 何を申しますの。見てのとおり息は絶え絶え目はうつろ、もうすぐ死にそうな人間に他なりませんですの。まったく、冒険者といえども、見る目のない人は嫌ですのね」
 老人を引き連れてギルドに来たのは、見るからにわがままお嬢様といった少女だった。
「じい、この者達にわたくしのすごさを教えてやりなさいですの。じっくりたっぷり、教えてやるのですのよ」
「は、こちらのお嬢様は各務家のわがまま一人娘、各務彩子と申します。武家に生まれたものの、見てのとおり顔はそれなりですが胸も尻もお粗末で、しかもついこないだまでおねしょしていた始末。さらにはドジで何をやらせてもうまくいかず、本人は認めたがりませんが泣き虫で弱虫で勉学も運動も不得手、家が金持ってる以外は取りえがない女子にございます」
「むぅ〜! そんな事言えなんて言ってませんの〜!(ぽかぽか)」
「いえ、お嬢様の言われる通り、お嬢様のすごい点をじっくりと皆様にお話しただけですが。これ以外にすごい事といえば、十四歳になった今でもまだ夜が恐く、かわやに一人で行けない事や、横町に行った時、犬に懐かれただけなのに恐がって大泣きした事、それに船に乗りたいとわがままを言って実現したものの、船酔いでひどい目にあった事がございますが」
「うみゅ〜! 意地悪なじいは嫌いですのー!」
「で、話を先に進めさせていただきますが。あ、ちなみに私は、お嬢様のお目付け役の左作衛門と申します。以後お見知りおきを」
「勝手に進めるんじゃないですの〜!」

 彩子を差し置き、作衛門は今回の依頼を切り出した。
 彩子の家は、母親の体が弱く、江戸から遠く離れた場所で養生して生活していた。そのため、彩子は母親に会えず、江戸の屋敷では孤独を感じつつ生活していた。
 侍女や召使、使用人などがつき従うも、それでも彩子は寂しい気持ちを抑えきれずにいた。父親は仕事で忙しく、兄弟はそれぞれ勉学にはげんだり家の武術の修行をしたりしており、誰一人として彩子にかまう暇がなかったのだ。
彩子はいつも、家族で母親の下に赴く時を楽しみにしていた。普段会えない母親に甘える一時が、彩子にとってはとてつもなく幸せな時間だった。
「母上はとても、とっても素敵な女性ですのよ。それで、今度母上のお体の調子が良くなったものだから、ちょっとだけ江戸のお屋敷に帰ってこれる事になりましたの」
「そこで、お嬢様は奥様に贈り物を差し上げたいとお考えになりまして、色々考えた結果‥‥」
「とっても綺麗なお花を摘んであげようって思いましたのよ」
 しかし、この時期に花など咲いているのだろうか。
「ええ、それが問題なのです。で、とある旅人にちょっと聞いてみたところ、ここから二日ほど行った山の中に冬桜が咲いているそうで。とても綺麗なものと聞きましたから、きっと奥様もお喜びになると思います」
「で、わたくしが取りに行こうって言いましたら、じいが反対するんですの。わたくしのような可憐な少女が、山の中で迷ったら大変だって言うんですのよ」
「『可憐』とは申してませんが。それに、『山には様々な化物が棲んでいて、不用意に向かったら襲われる』と申しましたら、もうガクガクブルブルで昨晩もかわやに行けられませんでしたが」
「だ、だから余計なことは言うんじゃないですの〜!」
「ま、ともあれこういう事です。私達が山にある冬桜の花を取りに行く時、用心棒になっていただきたいと」
 作左衛門が要約した。
「で、ものは相談なのですが‥‥あ、お嬢様。先に出ていてもらえますか?」
「? いいですけど‥‥。ナイショで何を話すんですの?」
「いえ、皆様にどっかで売られてると聞く鼻血ものな春画について‥‥逃げちゃいましたか。相変わらずこのような話はお苦手のようで。」
 彩子の姿が見えなくなったのを見て、作左衛門は真顔になった。
「皆様にお願いしたいのは、私と彩子お嬢様も同行させていただきたいという事です。お嬢様があのようにわがままになったのは、旦那様や坊ちゃまたちと異なり、御自分に何もとりえが無く、それゆえに自信が持てない、というところがあるのです。本当のお嬢様は、思いやりがある、優しい女子にございますが、お嬢様自身がそれに気づかず、認められないというところがあるのです」
 目を閉じて、彼は言った。まるで、孫を優しく見守ってきた老人のような顔だった。
「子供のいない私には、お嬢様を自分の娘のように思っております。そして今のお嬢様に必要なのは、自信です。お嬢様自身に花を取らせ、『自分でもこれだけの事ができる』という確信を与えたく思うのです」
 そういって、彼は銭入れを取り出した。
「こちらが、報酬です。お嬢様が貯めた小遣いと、私の給料から捻出しました。どうか、お嬢様のためにと思って、皆様の力をお貸し下さい」
 作左衛門の言葉が終わると、扉から彩子が顔を出した。顔が真っ赤になっている。
「い‥‥いやらしいお話は終わりましたの? そんなお話しする殿方、嫌いですの」
「ええ、たった今終わりましたよ。ところで話は変わりますが、お嬢様は春画を見た事はありませんか?」
「な、無いですの! やっぱりじいは嫌いですの〜!」
 さらに真っ赤になってあわてる彩子を見つつ、作左衛門はからかうように言った。

●今回の参加者

 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb0938 ヘリオス・ブラックマン(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1320 三剣 琳也(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1510 柩胤 澱部(30歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「いや皆様、すみませんねえ。せっかく仕事を請けて頂いたのに、お嬢様ときたらお寝坊してしまいまして」
「べ‥‥別に寝坊なんかしてませんの! ただちょっと寝過ごしただけですのよ!」
「あらあら、それを普通は寝坊言いますんやで?」
「い、言いませんの! じいやと同じく、あなたもいじわるですのー!」
僧兵、柩胤澱部(eb1510)のツッコミをうけ、彩子はじたばたした。
「初めまして。今回同行する事になったヘリオス・ブラックマン(eb0938)と言います。冬桜まで無事に辿り着けるように護衛いたします」
「あら、イギリスのお侍さんですの? ま、よろしくですの」
「可愛らしいお嬢さんですね。わたくしは、マハラ・フィー(ea9028)です」
「まあ、かわいらしいなんて当前の事を♪そんなこと言っても何も出ませんのよ♪」
「こんにちは。三剣琳也(eb1320)と言います。今回、冬桜に同行する事になりましたので、よろしくお願いします」
「こちらは、ジャパンのお侍さんですのね。しっかり、わたくしを守らなきゃだめですのよ」
「僕は、所所楽石榴(eb1098)だよ。ひとつよろしく」
 互いの挨拶がすむと、作左衛門は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします、皆様。‥‥おや、所所楽様。その手の包みは?」
「ああ、これは‥‥後のお楽しみ。ま、お昼になったらわかるよ」

 彩子と作左衛門とともに、五人の冒険者達は出発した。
 しかし、すぐに必要以上に疲れを感じることとなった。
「虫ですの! 気持ち悪いですの〜!」
「蛇が出ましたの! 怖いですの〜!」
「ふみゅ〜、転んじゃいましたの〜」
「もう疲れて、一歩も歩けませんの〜!」
 五分と経たずに騒ぎ出す彼女を見て、柩胤はぼそっとつぶやいた。
「‥‥作左衛門さん、あんたよほど苦労なさってはりそうやな」
 疲れた口調で、それに答える。
「お分かりになりますか、柩胤様。毎日、こういう調子でして」
 おりしも彩子は、ヘリオスに促されていた。
「ほらほら、俺の馬に乗せてやるから。しゃがんでないで立って」
「いやですの、鞍も付いてない駄馬になんか乗りたくないですの!」
「だけど、ここに座り込んでたら、さっきみたいな虫や蛇がもっと寄ってきますよ?」
 マハラの言葉に、彩子はいきなり立ち上がり、ヘリオスの馬にまたがろうとした。
「は、早く乗せるですの! ‥‥あーん、高くて乗れないですのー(ぴょんぴょん)」
「‥‥ほんと、苦労してそうですね」
 苦笑しつつ、三剣はその様子を見てつぶやいた。

「これはこれは、美味そうですなあ」作左衛門は感嘆した。
「簡単なものばかりで悪いけど、みんなの分作ってきたよっ♪ よかったら食べてくれるかなっ?」
 その日の昼。木陰で一休みしたところで、所所楽は手にしていた重箱を広げた。
 握り飯、稲荷寿司の段、煮物や焼き魚の段、卵焼きや肉類の段といったような重箱に入ったお弁当。簡単な料理ばかりだが、みなそれなりに工夫の後が見られた。
「んじゃ、食べようぜ。‥‥あれ、お嬢さんは食べないの?」
 ヘリオスの言うとおり、彩子はそっぽを向いていた。
「食べませんの! そんな貧相な食事、食べたくないですの」
「ならお嬢様は、見てておくんなまし。うちらで全て、残さず頂かせてもらいますわ」
「‥‥ちょ、ちょっとだけなら食べますのよ? ちょっとだけですのよ?」
 そう言いつつ、彼女は握り飯にかぶりつき、一通りのおかずを口に放り込んだ。
「‥‥もがっもがっ」
「ああ、彩子さん。慌てて食べるから‥‥ほら、お茶です」
「むぐっむぐっ‥‥す、すみませんでしたの、三剣さん。まあ、このお料理。まずくは無いですの‥‥」
「やれやれ、素直じゃあないなあ‥‥もぐもぐ」
 ヘリオスもまた、彩子同様に食べ物を口にめいっぱい頬張っている。
「あーっ、ヘリオスさん! その卵焼きとお煮物、わたくしのですのーっ!」
 その様子を見て、作左衛門は静かに、愛しげにつぶやいた。
「‥‥少なくとも、これだけでも旅に出た甲斐はありましたね」

 その日は休み、そして次の日。
 山中に乗り込んだ冒険者たちは、冬桜の木を発見した。馬は乗り入れられなかったので、近くの峠の茶店に預け、山の中に入っていったのだ。そして、そこで花園を発見した。
「きれい‥‥ですの」
「ホンマ、きれいやわ。これなら、お母様もお喜びになられますなあ」
 柩胤の言うとおり、冬の桜、それはまさに美しい事この上ない。儚げな桃色の花が一杯に咲き誇り、神秘的な情景をかもし出していた。
 森の中。その一角だけが寒さを忘れさせるかのように、暖かなものを感じさせる。寒々しい中を進んで来た冒険者達だが、冬桜を見ているだけで心が氷解していくのを感じ取った。
「さ、それじゃあ‥‥」
 しかし、マハラの言葉が終わらないうちに、周囲に唸り声が響いてきた。
「どうやら、一戦交えない事には済みそうにないですね」
「ああ、そのようだ!」
 三剣とヘリオス、所所楽は、それぞれ日本刀とロングソード、忍者刀を抜いた。
 マハラは弓を構え、彩子と作左衛門を守るように身構える。丸腰の柩胤も、マハラと同じく二人の側で、素手で身構えた。
 三人の刃が、冬桜が咲いている木々、ないしはその周囲から湧いてくる唸り声に向けられた。
 口をねじまげ、唸り声を上げている犬の群れが、そこにはあった。群れの頭らしき痕だらけの犬は、狼もかくやの体格と牙を持っている。
 犬たちは、冬桜の木から離れようとしない。おそらくは、縄張りにしているのだろう。
「い、いやですの‥‥怖いですの!」
 犬たちと対峙し、彩子は固く目をつぶり、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「いや! いや! 怖いですの!」
「お嬢様!」作左衛門が、護身用の金剛状を構えたが。
「彩子ちゃん。僕がいいって言うまで動いちゃ駄目だよ? でも、目は閉じちゃダメ。‥‥怖いかもしれないけど、目を閉じたら逃げる事も、立ち向かう事も出来ないんだよ!」
「そうよ、彩子ちゃん。怖かったら、お母さんの事を思い出して! ここでくじけちゃったら、お母さんに桜を持っていけないんだよ!」
 戦いの場に、所所楽とマハラの言葉が彩子に飛んだ。
「そうや。『誰にも負けない何か』は誰も持っておらんけど、『誰にも負けられへん想い』は誰もが持っとる。誰にも負けられへんから、誰にも負けへんのや。彩子ちゃんにもあるやろ? 誰にも負けたない想い。それを思い出すんや!」
 さらに、柩胤が言葉を放つ。
 それらを聞き、彩子は‥‥目を開いた。
「母上‥‥母上様!」
 体の震えは止まらない。だが、彩子は杖を握りしめ、しっかり目を見開いていた。
「‥‥お嬢さんは、勇気を見せた。なら、僕らも見せないとな」
 ヘリオスの言葉が終わると同時に、犬が襲い掛かる。が、それに対してロングソードがきらめき、獣を薙ぎ払った。
「同感です、ヘリオスさん!」
 三剣の刃もヘリオス同様、襲い掛かった獣へと向けられ、切りつける。ヘリオスと三剣、ナイトと侍の剣さばきは、犬たちをそこから近づけさせていなかった。
 が、後方に回り込んだ犬までは対処し切れなかった。
「ひっ‥‥!」
 彩子の近くまで迫った犬の二匹が、牙をむいて飛びかかる。
 一匹は、マハラの放った矢を心臓に受けたが、もう一匹が接近した。
「はっ!」
 が、牙の一撃よりも先に、所所楽の剣が犬の心臓を貫いた。
 さすがに、四匹の仲間を失い、野犬たちは焦りを見せている。組しやすい獲物どころか、自分達よりも危険な存在であり、下手に手を出すとこちらがやられてしまう。
 それを思い知らされた犬たちは、及び腰になり‥‥逃げていった。
 首領格が止めようと吼えるが、焼け石に水だった。取り残された犬は、やけくそとばかりに冒険者達に襲い掛かった。
「カウンターアタック!」
 その攻撃とともに、ヘリオスの繰り出した攻撃が決まった。刃を喉にうけ、野犬は、そして桜を取る障害は消えた。

「なんだか花弁が日の光を浴びて、雪みたいに見えちゃいます」
 冬桜の付いた枝を取った彩子に、ヘリオスは言葉をかけた。
「そう、ですのね‥‥本当に、きれいですの‥‥」
 当初、彩子は『取ってきて下さいですの』と冒険者達に頼んだが、所所楽に止められた。
「彩子ちゃん自身がつんできたって言ったら、お母さん、もっと嬉しいと思うよ?それに、自分でお花を取ったってことは、自分の中でも宝物になると思うな?」
「でも、わたくし、泣いてばかりで、何も出来なかったですの。なのに‥‥」
「何言ってんだよ。ここまでお嬢さんたちを連れてくるのが俺達の仕事。で、ここから桜を取るのはお嬢さんたちの仕事さ。だろ?」
「そうですね。桜を取ることまでは、私たちの仕事ではないですからね」
「皆さん‥‥わたくしが、取ってよろしいんですのね?」
 うなずく一行。彩子が桜の枝を取る様子を見て、冒険者達もつられて微笑んだ。
「みなさん‥‥本当に、ありがとうございましたの! わたくし、この恩を絶対忘れませんの!」
 桜とともに、彩子は満面の笑みを浮かべた。それは花と同じくらいに美しいと、その場にいる者誰もが思った。

 後日、再びギルドを訪ねる彩子と作左衛門の姿があった。
「こないだは、ありがとうございましたの! 母上はとっても、とってもお喜びになりましたのよ」
「‥‥ええ、その節は誠にありがとうございました。それで、ですね‥‥」
「あーん。じいは黙ってるんですの! それで、わたくし決めましたの! わたくしも、皆さんみたいな立派な冒険者になって、世界中を旅して、人々のために働くんですのよ! あれから、兄上様たちに剣術を習ってますの」
「‥‥まだ坊ちゃまたちに、一度も勝ってませんけどね」
「でも、努力すればきっと勝てますの! ですから、ギルドに登録して、皆さんと一緒に働かせてくださいですの!」
「‥‥というわけで、何とかしていただけませんか? 色々な意味で」

 彩子がギルドに入れたか否かは、定かではない。
 しかしその日より、各務家の庭には、毎日彩子が稽古する声が絶えなかったという。