一本角の熊

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月03日〜04月10日

リプレイ公開日:2005年04月09日

●オープニング

「あのくそったれを殺すためだったら、出せるだけ出すぞ」
「俺もだ。あいつのおかげで、おれは娘を亡くしたんだからな」
「あたしは、旦那をあいつに殺されたんだよ! ちくしょう、あいつめ‥‥!」
「おれは、女房をあいつに殺された。あいつを殺してくれるなら、何だってするぜ!」
 ギルドに来た者たちは、口々に呪いと憎しみの言葉を吐いていた。その内容の全てに共通しているのは、ある存在への恨みと、それを殺すことに対しての期待であった。
「何を殺して欲しいかって? 熊だ。あの熊を、『一本角』を殺してくれ!」

 話を聞くと、その村の周囲には、毎日のように熊が現れては襲ってくるという。
 その熊は他の熊に比べ、体格も大きく、首領格とも言える熊であった。が、以前はそれほど村に近付くこともなければ、人を狙って襲うことも無かった。
 しかし、村に住む猟師の息子が、ある獲物を狙った事から始まった。
 猟師の太助は、慎重で必要以上は狩りをしないタチだった。しかし息子の次郎助は、できる限り多くの獲物を狩る事で、狩の腕を上げ、豊かになる事を目指していた。
 獲物を多く狙う事に関してはいい顔をしなかった太助だが、次郎助が自分なりに狩りに熱心に取り組んでいるのを見ると、どうしてもそれを止めるような事を言い出せなかった。
 が、次郎助はある時、件の熊を狙ったのだ。熊の毛皮は高く売れるし、肝は薬になる。肉も売れるし、自分でも食える。それに、熊を一人で狩るのも初めてだった。
 今まで、彼は一人で熊を狩った事は無かった。少しでも父親に、太助に追いつきたい、父親のような立派な猟師になりたいと思い、彼は先走ってしまった。
 熊は、自分を狙っている人間に気づき、襲い掛かってきた。
 次郎助もまた、熊へと矢を放った。彼は弓の腕前なら、父親よりも自信があった。そして実際、それだけの実力もあった。熊の脳天に、次郎助の矢は命中した。
 のたうちまわり、動かなくなった熊。しかし、仕留めたと思った次郎助は、いきなりの熊の一撃をうけ、胸をえぐられた。
 戻らぬ息子を探しにやってきた太助が見たのは、惨殺されていた次郎助の姿だった。

 それ以来、村の周囲には、熊が出没するようになった。そう、次郎助がしとめ損なった、脳天に矢が突き刺さった熊が。
 それは人家にやってきては、まるで人間だけを狙っているかのように襲っていた。
 脳天に刺さったままの矢が、まるで突き出た一本の角のように見えることから、いつしかこの熊は『一本角』と呼ばれるようになった。
 そして、太助は責任を感じ、息子の事を友人である村長の市二郎に伝えると、そのまま一人で『一本角』を狩に出て行ってしまった。
 村長が止めに行った時に見たのは、矢を打ちつくし、返り討ちにされた太助の姿だった。

「‥‥というわけで、『一本角』はいまだに暴れまわっています。原因がどうであれ、もうそんなものはどうでもいい。これ以上、村で生活しておる罪も無い女子供まで巻き添えにされるのはこりごりだ! みなさん、どうか暴れまわっているあの熊を、みなさんのお力で退治してください。こちらに、お金を用意しました」
 そう言って、市二郎は薄汚れた銅銭を目の前にあけた。
「何が良いとか悪いとか、そんなものはどうでも良いです。人殺しの熊を殺し、平和を取り戻してください。お願いします」

●今回の参加者

 eb0813 古神 双真(47歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1276 楼 焔(25歳・♂・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 eb1773 宮崎 大介(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1834 雪続 高明(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

晴天だが、森は陰鬱な陰影を投げかけていた。
 森は、木々が枝を伸ばしている。森というより、巨大な獣のようだと、宮崎大介(eb1773)は思った。
 彼の前方には、古神双真(eb0813)が進み、後ろには仲間、華仙教大国からのドワーフ、楼焔(eb1276)と、陰陽師、雪続高明(eb1834)が続く。
 寡黙な武道家である楼焔と対照的に、雪続は森を見回しては、陽気に喋っていた。
「いやあ、きれいな森だよね。空気はうまいし、木の精気が満ち満ちてるって感じだよ。‥‥おっと、あれあれ。見たかい? リスが木を昇ってったよ。あっちには小鳥だ。やあこんにちは、いい天気だねえ」
「うるさいぜ、雪続。ちっとは静かにしろ」
 古神の言葉にも、雪続はお構い無しだった。
「まあまあ良いじゃあないの。光陰矢のごとし。貴重な人生の大半を黙りこくったままで過ごすより、楽しくにぎやかにやっていきたいじゃない」
「俺も古神に同感だ。少しは落ち着け」
 楼焔もまた、古神に同意した。
「でも俺はめげないよ。死ぬ時も、俺は笑顔を忘れたくないからね」
「ですが、そろそろ森の中心です。一本角を待ち伏せする用意をしておいた方が良さそうですよ」
 宮崎が割って入り、皆は歩みを止めた。

「村人達から聞いたところによると、最近の一本角は更に凶暴化している様です」
 近くの木の根元で、皆は一休みをしていた。その間、宮崎が入手した情報を皆に伝える。
「一本角は、必要なしに木に爪痕を残したり、獣を殺しても死体を放っておいたりと、意味の無い行動が多くなっている、との事です。先日は、熊が殺されたそうで」
「同族殺しかい。いやいやいや、そいつはぞっとしない話だねえ」と、雪続。
「俺も聞いて回ってみた。やつを良く見かけるのはこの先の、熊岩って岩がある場所だ。そこで見張ってりゃ、現れるだろうよ」
 古神の言葉にうなずきつつ、宮崎は言葉を続けた。
「ええ、僕もそれは聞きました」
「なら、話は早いな。そこに行って、待ち伏せよう」楼焔が相槌を打つ。
「そうだな。しかし、ここから先は今以上に気をつけたほうがいいぜ」
 引き締まった声で、古神はつぶやいた。
「俺達の方が、逆に待ち伏せされてるかもしれん。いつでも戦えるように、心の準備をしておいたほうがいい。何せここは森、すなわち‥‥奴の住処だからな」
 刀の柄に手をかけ、古神は言った。

 熊岩は、普通の熊と同じくらいの大きさをした岩だった。村人によると、ある者がこの岩を見て熊と勘違いしたところから、その名がついたそうだ。
 しかし、周囲に熊が多く出ることは事実だった。付近には爪痕と、殺された動物の死体がいくつも放置されている。そのどちらもまだ新しく、この付近に一本角、もしくは熊の類が徘徊していることは明らかだ。
 できれば昼間のうちに、ここで一本角を迎え撃ちたい。岩と木の陰に隠れつつ、冒険者達は待った。
 雪続にとっては、拷問に近い時間であった。獣の気配と足音を逃さぬため、静かにしていなくてはならない。喋れない状態が長く続き、彼は苦しんでいた。
「!」
 古神が、気配を感じた。そして他の三人も、同様にそれを感じ取った。
 岩陰と木の陰から、彼らは気配の源を見た。
 まず感じたのは獣臭、そして腐臭と血が混ざった悪臭だった。それは危険を感じさせる臭い、死の臭いだった。
 茂みの擦れ合う音、藪や小枝を折れる音、乾いた落ち葉を踏みしめる音が、臭いとともに徐々に近付く。
 同時に、それの呼吸音までもが聞こえてきた。なんとも耳障りで、大きく荒い息づかい。それはどこか、おぞましさと哀れさを混せた感じだ。
 枝の陰が日光を遮っていたが、次第にそれは陽光の下へと姿を現した。
 血と排泄物と泥に汚れきった毛皮。体中には矢傷が残り、中には刺さったままの矢もある。
 正気を失った眼差しに、よだれをたらした口。その脳天に刺さったままの太い矢は、まるで角のように見えた。
 言うまでも無い。その熊こそ、冒険者の狙っている「一本角」に間違いなかった。
「行くぜ!」
 古神の声とともに、冒険者達は熊の前に躍り出た。
 一本角も彼らを見ると、凶暴な唸り声を上げ、立ち上がった。たくましい両前足は丸太のようで、カギ爪は短刀のように鋭く尖っている。
 冒険者達は突撃した。先頭は古神、その後ろからは宮崎と楼焔が続く。しんがりは雪続だ。
「サンレーザー!」
 雪続の唱えた呪文が、先陣を切る。陰陽師は一瞬淡い光に包まれ、印を組んだ手より光線を放った。光は刃のごとく、熊の胸板に命中した。
 面食らった一本角は、痛みに立ち止まった。混乱している様に、めちゃくちゃに手を振り回している。
 その大振りな動きを見切ると、古神は鞘に収めたままの刀、ないしはその柄に手をかける。
 狙うは喉、この一撃で決める。
「はっ!」
 太刀を一瞬で抜刀し、古神は目にも止まらぬ早業で熊を切り裂いた。
 喉に深い太刀傷を負い、鮮血が吹き出た。そうなってからようやく一本角は、自分が傷を負った事に気づいたようだ。
 足がふらつき、立っていられない。一本角はひざを屈し、地面に倒れこんだ。
「たあっ!」
 更なる一撃が、両脇から襲い掛かる。宮崎と楼焔の攻撃が、熊の両脇から痛烈な打撃を与えていた。
 バーニングソードを付与された宮崎の剣が、右の前足に深い切り傷を負わせた。
 楼焔の拳が、左のわき腹に食いこみあばらを砕く。
雪続が更なる呪文を唱え、追い討ちをかけようとするが。
「‥‥どうやら、終わったみたいだね」
 一本角は弱々しく唸った。既に戦うどころか、立ち上がる事も出来ないようだ。
「苦しいだろ? 痛ぇだろ?‥‥今、楽にしてやるからな」
 止めの一刀で、古神は一本角の命の火を消した。熊の身体から流れる血が、命が流れ出るように地面に流れ、吸い込まれていった。

「やれやれ‥‥ジャパンに来てから、やたら熊に因縁つけられるな」
 楼焔はつぶやきながら、一本角の名の由来となった脳天の矢に手をかけ、抜いた。
 傷口は腐り、腐臭が漂っている。矢尻からも脳漿がしたたり、悪臭を放っていた。
「おそらくこの矢が、脳を腐らせて、熊をおかしくさせてしまったのでしょうね。」
 宮崎が、矢尻と熊の亡骸を見つつ、つぶやいた。
「傷のせいで眠る事も出来なかったろう。こんな形でしかお前を楽にしてやれなかった。人と戦わなかったなら違った終わり方も有ったろうに。せめて安らかに眠れ」
 熊の亡骸は、心なしか、ようやく安らぎを得たかのような表情をしていた。

 村に戻り、冒険者達は村長の市二郎の家にて、事の次第を伝えていた。退治した証拠にと持ってきた一本角の額の矢を見ると、彼の口から安堵のため息がもれた。
「あの化物熊は我々にとって、邪魔で危険なだけの獣でした。こうして退治してくれて、本当に助かりましたよ。今、報酬をお持ちします。それから、今夜は夕食を食べていって下さい。私がご馳走しますよ」
 市二郎はやや興奮し、何度も礼を述べた。
「ああ、それはいいね。ご相伴に預かるよ。けど、ちょっと‥‥」
 雪続は、いきなり村長に近付くと、携えていた扇で彼の額をぺしっと叩いた。
「な、何を‥‥」
「一言、言っておきたくてね」
 驚いた市二郎へ、彼は言葉を投げかけた。
「依頼する時、『何が良いとか悪いとか、そんなものはどうでも良いです』って言ってたよね。知らないのかな? この世にどうでもいい事なんてひとつもないんだよ?」
 にこやかな口調で、雪続は言った。しかしその眼差しには、真剣な光が輝いていた。