本当の強さ

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月05日〜04月10日

リプレイ公開日:2005年04月12日

●オープニング

「お願いです、どうか兄上をお助け下さいまし」
 力強い口調で、少女は訴えかけた。
 彼女のそばに控えた老婆も、同じように懇願した。
「私からもお願いいたします、坊ちゃまを破滅からお救い下さい。
 彼女たちは武家、美浜義信の娘、美浜あやめ。そして彼女のお付である、婆やのお澄である。
 今日、彼女達は依頼をしにギルドに来た。美浜家嫡男でもある兄、信之助に関して太助を求めての事だ。
 
「兄は、最近になって悩んでいました。習っていた剣術の腕が上がらず、自分の無力さに苛立っていたのです。しかし、最近になって、あの黒い犬を拾ってから、兄は恐ろしい事をするようになってしまいました」
 あやめの言葉によると、信之助は剣術の腕が上がらず、悩んでいた。が、ある時に町を出歩き、黒い子犬を拾った。
 飼う事は許されず、信之助はしかたなく野へと返した。少なくとも、本人はそう言ってるし、屋敷内にも犬の姿は見られない。
 が、その日より彼の様子がおかしくなったのだ。
 最近、美浜の屋敷を中心とした住宅街で、夜中になったら何者かが木刀を手に闇討ちをかけるという事件が頻発している。奉行所の者たちが調べるが、下手人は捕まっていない。
 しかし、あやめは見た。その犯人が自分の兄であることを。
 最初、兄がそんな恐ろしい下手人であることに信じられなかったあやめだが、何かの間違いだろうと思い、誰にも何も言えなかった。
 が、毎夜のように事件が起きるのを黙っていられなくなり、信頼できる婆やのお澄に相談した。
 お澄も最初は信じられなかった。が、二人で寝たふりをして信之助を見張っていたら、彼が夜中になって庭に出てくるのを見た。
 彼は、小さな何かに話しかけていた。それは黒い、毛むくじゃらの犬のような外観をしている獣のようだった。
 しかし、それは犬ではない事は確かだ。なぜなら、それは人の言葉を喋っていたからだ。

「その時、坊ちゃまは覆面をして、またも闇討ちを始めました。その犬めは、『おい、今日うまくいったら、しばらくは闇討ちを控えろ。最近奉行所がうるさいからな』といったような意味の言葉を話しかけ、坊ちゃまとともに夜の闇へと消えていきました。あの獣が、坊ちゃまをけしかけているのは間違いありません」
「兄は、武士らしい、正々堂々とした人間でした。きっと何か理由があって、あの獣が兄を惑わしているのでしょう。皆様にお願いしたいのは、兄の闇討ちを止めて、その獣から引き離し、そして出来るなら退治していただきたいのです。このままでは、兄は捕まるか、捕まらずとも人として堕落してしまいます」
 彼女達は、布に包んだ報酬を差し出した。
「これが、報酬です。他に何か必要なものがありましたら、遠慮なくおっしゃって下さい。すぐに用意します。そして‥‥勝手とは思いますが、旦那様や奥様や、周囲の人々には、くれぐれも内密におねがいします」
「‥‥美浜の仮名に傷がつく以前に、私は兄上にこのような事をして欲しくないのです。きっと、父上や母上がこの事を知ったら、悲しまれる事でしょう。どうか、よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea1810 真神 司郎(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3918 流水 無紋(38歳・♂・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb1490 高田 隆司(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1670 セフィール・ファグリミル(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「‥‥感知、できません」
 デティクトアンデットの呪文を唱えたセフィール・ファグリミル(eb1670)は、隣に控えていた山城美雪(eb1817)に言った。
「では、かの犬は美浜の屋敷にはいない‥‥と?」
「ええ。山城さん、おそらく件の犬は、普段は屋敷にはいないものと思いますね」
 二人が交わした言葉を聞いて、あやめとお澄は不安そうに顔を見合わせた。
 彼女達は、美浜家の屋敷前で、呪文を用いて調べていた。が、セフィールが唱えた呪文は、怪しい犬は屋敷内にはいない事を告げていた。
「私のブレスセンサーの巻物を使っても、何も怪しいものは感知できませんでした。悪魔のたぐいでないとしても、現時点では屋敷に黒犬はいない。今私たちができることは、これ以上は無いね」
「それでは、坊ちゃまは? このままあの犬めの口車に乗せられるままにしておけと?」
「お願いです! どうか見捨てないで下さい! 兄上を、どうか‥‥きゃっ」
 あやめはそれ以上、何も言えなかった。セフィールが抱きしめたのだ。
「心配は無用ですよ、あやめさん」豊かな胸の感触が、あやめに伝わってくる。
「あなたのお兄様は、必ず助けます。あなたのお兄様に、神のご加護がありますようにお祈りしますわ」安心させるように、セフィールが微笑んだ。
「ええ、屋敷にいない‥‥という事は、少なくともあなたたちや家族は安心という事です。後は、男性陣の今晩の働きにかけましょう」
 そっけない口調で、山城は言った。

 暗がりで、美浜家の勝手口が開いた。そこから、覆面をした者の姿が現れ、闇の中へと消えていった。
 退屈しかけていた真神司郎(ea1810)と高田隆司(eb1490)は、その様子を見て気を張り詰めなおした。
「どうやら、坊ちゃんの闇討ち。今晩から再開のようだなあ。ともかく、尾けるとしますか」
 真神の言葉をうけ、あくび交じりに高田が面倒くさそうな口調でつぶやいた。
「だな。ま、正直なとこは、めんどくさいが‥‥ふぁ‥‥夜は布団で、ぐっすり眠りたいよ」
「ちょっと、高田さん! 不謹慎ですよ! 前途有望な若侍さんの、これからの人生を左右する大切な事だというのに‥‥!」
 高田をたしなめたセフィールだったが、大声になってしまい、慌てて口をつぐんだ。
「よし、それでは我々も行くぞ。奴らに教えてやろう。じっくりと、な」
 流水無紋(ea3918)が能面を付け、つぶやいた。

『どうだ? あそこで寝そべっている奴。あいつは奉行所の平役人だぜ。あいつを討ち取れば、お前さんも度胸がつくってもんだ』
「し、しかし‥‥相手は酒を飲んで、酔いつぶれている。いくらなんでも、それを討ち取るのは、卑怯ではないか?」
『何言ってるんだよ。ろくに人を殺せないんだろ? 度胸をつけろ!』
「しかし‥‥」
『へへっ、それがお前さんの弱さだ。ひと一人ろくに殺せもしない、意気地の無さがな。なあ、お前達もそう思うだろ?』
 黒犬は、信之助の後ろに控えている若者に問いかけた。
「ああ、相手は一人だ、俺達でやっちまえばすぐだ」
「人を殺したことなんて、俺はねえからな。楽しみだぜ」
「へっ、俺の匕首で、何度もぶっ刺してやる。軽いもんよ」
 顔と口元を布で覆った彼らだが、その下には残酷な表情を浮かべていた。
『ま、弱虫は所詮弱虫って事か。ったく、度胸がついたと思ったのにな』
 黒犬の言葉に、信之助は奮起した。
「待て! ‥‥拙者が、やる」
 物陰から飛び出し、信之助は木刀を取り出した。脳天を砕かんと、彼はそれを正眼に構える。
 が、いきなり物陰から現れた人物が、信之助の前に現れた。
 その者は顔に能面を被り、緩やかな長衣を着ている。手にしている得物は、右に木刀、左にキセル。
「なっ‥‥何奴!?」
「俺は、名無し紋無しの死神。闇討ちする弱き若武者を、退治に参った」
 その異様な姿の浪人に、信之助の後ろの若者三人も出てきた。
「相手は一人だ。やっちまえ!」
 鋭い匕首を手に、三人のちんぴらは飛びかかっていった。
 一人目は、木刀の柄で鼻を砕かれ、盛大な鼻血を流した。
 二人目は、キセルで手首をはたかれ、匕首を取り落とした。
 三人目は、木刀に薙ぎ払われ、地面に転ばされた。
 一人目が匕首を突き出すも、能面の男に腕を強打され取り落とす。彼は額にキセルの一撃を食らい、昏倒した。
 二人目は起き上がり、突っ込んだ。が、木刀の直撃を受け、やはり昏倒した。
 三人目はそれを見て逃げ出そうとしたが、後ろからの容赦ない一撃がそれを許さず、後頭部に強烈な一打で昏倒した。
「くっ! このおっ!」
『馬鹿、逃げろ!』
 黒犬の言葉も聞かず、信之助は討ちかかった。が、能面の男はその粗雑な一撃を易々とかわし、信之助の顔面にキセルで痛打を食らわした。
 信之助は尻餅をつき、木刀を取り落とした。再び立ち上がろうとするも、能面の男の木刀が眼前に突き出される。
『へっ、逃げろって言ったのによ。弱いくせにかっこつけるからだ』
「‥‥そんな、拙者は弱くない! 強くなったはずだ!」
 黒い犬のつぶやきに、信之助はすがるように言った。が、あからさまに見下した口調で、黒犬は続けた。
『度し難い阿呆だなお前はよ。闇討ちして強くなってりゃ、辻強盗は皆が免許皆伝だ。そのくらい気づけ、ボケが』
 捨て台詞をはき、黒犬は逃げ出そうとしたが、
「逃がさないですよ!」セフィールの声が響く。
 黒犬が振り向いたそこには、四人の冒険者の姿があった。彼らは犬を、しっかりと見据えている。
「デティクトアンデットで感知しました!やはり悪魔‥‥邪魅ですね!」
 険しい顔で、セフィールは犬を、邪魅をにらみつけた。
『ちっ、くそったれどもが!』
 黒い犬‥‥邪魅が、いまいましい口調で唸り、牙をむいた。が、既に山城が呪文を唱え終わっていた。
「其が狙うは、人語を喋る黒犬!『ムーンアロー』!」
 輝ける光の矢が闇夜を切り、犬に、邪魅に突き刺さった。
『てめえ、魔法使えるのか!』
「そうです! 神の御名において悪魔よ、覚悟なさい!」
 セフィールと山城、高田と真神が、邪魅を囲んだ。
『へっ、もうちょいでその馬鹿坊ちゃんを堕落させられたのによ!』
「他人は他人、何をしようと構わないが、だからと言って不幸になるのを放ってもおけないんでね。これ以上のオイタは、やめてもらおうか」
「そうしてくれないかな? こちらもこれ以上、めんどくさい事はごめんなんでね」
 真神と高田が、それぞれ刀を構えつつ言った。
『構わないぜ。てめえらを叩き殺してからな!』
 黒犬の姿をした悪魔は、その姿を徐々に変化させていった。たくましい体躯の巨人に、姿を変え、邪魅は唸った。
 高田が邪魅に切りつけたが。
『効かねえな。そんななまくらで俺を殺すつもりだったのか?』
 邪魅はにやつき、高田を見下した。
 能面の男‥‥流水もまた、木刀で打ち据えたが、効果は無かった。
『あいにくだが、俺を傷つけられるのはそこの陰陽師の魔法くらいしかないみたいだな。さてと、みじめに命乞いしな。そうすりゃ楽に殺してやるぜ?』
 セフィールは顔をしかめ、山城は邪魅をにらみつけた。
 勝利を確信した邪魅は、後ろから切りかかる真神をも無視した。こいつら、銀の武器を有していないようだ。あの陰陽師だけに気をつけておけば、傷つくことは無い。
 が、真神の刃が自分の身体を貫いた瞬間、その間違いを悟った。
『な‥‥これはぁッ!』
「オーラパワーを付加した刃だ。三度目の正直、すっかり油断したな」
 言葉は届いていなかった。邪魅は本来の姿‥‥毛むくじゃらの犬のような姿に戻ると、魔力を秘めた刃によって死んでいった。

「拙者は‥‥拙者は、強くなりたかった。それだけだった‥‥」
 打ちひしがれた、信之助はうつむいていた。
「自分の弱さが疎ましかった。そこに、あの犬が語ってきた。自分の強さを証明できる方法を教えてくれると、そしてそれをより引き出してくれると」
「あのちんぴらどもも、似たような理由らしいな。だが、所詮それは嘘だったということか。もっとも‥‥」
 真神は、信之助の顔をのぞきこんだ。
「一つだけ、邪魅は事実を言っていた。辻強盗やってて強くなれるわけはない、ってな」
「拙者は‥‥弱いのか? そんなはずはない! そんなはずは‥‥あうっ!」
 セフィールの平手が、若き侍の頬を打った。
「あなたはそれでも侍ですか、そんな闇に囚われていかにすると言うのですか! 本当に強いのならば、自らの弱さを受け止める心の強さがあるはずです。今のあなたにそれがあるというのですか!」
「彼女の言うとおりだ」流水が、有無を言わせぬような口調で言った。
「俺がお前に与えた傷み、それは理不尽にして、不条理なもの。お前が今まで闇討ちにした相手に与えたのと同じ、無意味なものだ。強き剣士が、意味無き剣を振るうのか? それがお前の言う、強き剣士の剣なのか?」
 信之助からは、返す言葉が無かった。ひざをつき、流した。自分への悔しさの涙を。
「でも、あなたには弱さの闇を払う力があります。あなたには、あやめ様やお澄様がいらっしゃるじゃないですか。心の闇にあなたは負けません、逆に消してしまいなさい」
 セフィールは、彼の妹にしたのと同じように、彼を抱きしめた。豊かな胸が押し付けられ、若侍は赤面した。
「帰りましょう? お二人のとこへ」
 彼女の言葉に無言でうなずき、信之助は立ち上がった。
「っと、終わったって事でよろしいですかね? ふぁ‥‥面倒だったなあ」
「まだもう一仕事残ってるぜ。あのちんぴらどもを、奉行所にぶち込んでおかないとな」
 あくびした高田と真神は、うんざりした表情を浮かべた。
 
 後日。
報酬を受け取る際に、山城は依頼人たちの前で占いを行った。
「道は険しくとも、報われるときが来るでしょう。努力次第で、道は開けるということです。信之助殿、努力なさい?」
 そう言うと、彼女は微笑んだ。