恐怖が棲む森

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2005年06月29日

●オープニング

「拙者は、吉良大和乃輔。江戸奉行所の役人だ」
 十手を手にした役人が、ギルドの門を叩いていた。
「拙者の依頼を聞いてほしい。凶悪な罪人どもを殺した怪物がいる。そいつの正体を探り、倒してほしい!」

 彼は、正義感から江戸の町を守る仕事につきたいとおもっていた。そして、念願かなって奉行所で仕事につくことに。
 彼は有能な上司にめぐまれ、様々な犯罪者や罪人を捕縛し、悪事を暴いてきた。彼はまさに、自分の仕事に誇りを持っていた。
 が、その誇りをあざ笑うかのような罪人がいた。盗賊の明日太郎。明日太郎は、何度も何度も脱走しては、知り合いや懇意の商人などの協力を得て、逃げ回るという狡猾な罪人だった。
 要領が良く、ほとぼりがさめたら念入りに計画した盗みを行う。証拠は残さない。奉行所にとってもやっかいな相手であった。
 しかし、吉良はなんとか彼の尻尾を捕まえた。捕らえようとしたが、彼は江戸から逃げ、とある山へと向かった。
 その山には、怪物がいるともっぱらの噂だった。ふもとの村では、山の森には恐ろしい怪物が住むから、昔から誰一人入った事が無い。だから、明日太郎が森に逃げ込んだかどうかはわからない、とのことだ。
 それでも臆することなく、吉良たちは山の森の中へと入っていった。
「恐ろしい怪物」が何かは、村の人間は知らなかった。伝説が風化したのか、それとも最初からそんなものはいなかったのか。
 こちらも10数人の数で、完全武装している。自分も剣技にはかなり自信があるし、山鬼が二・三匹出てきたところで、倒せるとたかをくくっていた。事実、過去に山鬼を討ち取ったことがあるのだから。
 が、彼はどうも奇妙な感覚を憶えた。森の奥に入ってから、動物の気配が極端に減ったのだ。
「立ち入り禁止」の看板を乗り越え、少し進んだ辺りまでは、動物の姿が多く認められた。リスや小鳥が枝から自分達を見つめ、ほのぼのとした感情を憶えたものだ。
 しかしいつしか、森の奥のほうになると、動物の数がぐんと減ってしまった。
 まるで、森の動物そのものが、この周辺に近付こうとしないかのように。
 その時には、大した事ではないと吉良は思っていた。

 やがて、夜。
吉良たちは大木が臨める場所に来た。
そこの岩肌には洞窟があり、周辺を見ると、人が住み着いていた痕跡が見られる。血痕まであった。
果たして、洞窟内には明日太郎がいた。が、彼は怯えきっていた。手には、斧が握られている。おそらく、ふもとの村できこりから盗んだものだろう。
捕まえようとしたが、彼はひどく興奮していた。
「くる! 木が、腕が! あいつが俺の脚をつかんだ! 食おうとしたんだ! だから叩っ切ってやった! けど、ここから出たら食われる! 食われるんだよ!」
 
「拙者は、自分がそれほど臆病とは思わぬ。しかし、明日太郎の異様なこの行動、そして周囲にたちこめる嫌な雰囲気に、例えようの無い恐怖を感じた。明日太郎が何を恐れていたのかは分からぬが、その何かが、まだ近くにいるような、そういう恐怖を強く感じたのだ」
 彼は、厳かな表情で言った。
「ともかく、明日太郎をしょっ引いて、帰ろうとした矢先だ。森の暗闇の中から、突如として巨大な腕が伸び、明日太郎をつかんだのだ。それはそのまま、明日太郎を引っつかんで、どこかに消えてしまった。
 暗闇の中から、あやつの断末魔の叫びが聞こえた。おそらく、『あいつ』とやらに食われたのであろう。思い出すたびにぞっとする。
その何かが襲ってくるまえに、その正体を探ろうと思った矢先。松明の明かりに、森の奥のほう、そう遠くない大木の近くに、巨大な腕めいたものが見えた。暗かったのでなんだったのかは分からぬが、それを見たとたん、自分の恐怖が大きくなり、耐え切れないまでになった」
 吉良は、全員に逃げろと叫んだ。奉行所の者たちも、同じように恐怖を感じていたと、後で知った。
「怖気づいたと笑っても構わぬ。事実その通りなのだから。しかし、あれは決して山鬼の類ではなかった。腕というより、巨大な虫の足、もしくは、木の枝のようにも見えた。それがうごめき、自分達のもとに向かってきた。おそらくは、我々も食おうとしていたのだろうな。
 ともかく、拙者たちは恐怖に駆られ、必死になって逃げた。そして麓の村にたどり着き、一安心したのだ」
 奉行所の連中も、皆無事だった。しかし、明日太郎のみが、あの山に取り残され、消えて‥‥おそらくは、食われてしまった。
「おぬしらに依頼したい件は、敵討ちだ。明日太郎は確かに罪人で悪人だったが、憎めない奴だった。罪人とはいえ、怪物に食われて死ぬのはあまりに不憫。拙者はあやつを捕まえ、更正させたいと何度も夢見ていた。なのに、このような幕引きでは、拙者としても納得がいかぬ」
 財布を取り出し、吉良は中身を差し出した。
「これは奉行所には関係ない。拙者の勝手な要望だ。たのむ、拙者を臆病者と嘲るのは構わないが、その代わりにあの化物を倒してくれ」

●今回の参加者

 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb1148 シャーリー・ザイオン(28歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb1773 宮崎 大介(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2488 理 瞳(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2880 名越 彦斎(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「吉良さん。確認したいのですが、現場の正確な場所を教えてください」
 宮崎大介(eb1773)の言葉に、吉良は奇妙な表情を浮かべた。思い出したくないという感情、恐怖感、罪悪感、自己嫌悪が入り混じった表情を。
「‥‥現場には、倒壊した大木と、下敷きになった岩があり申す。洞窟は、その岩のすぐ近くでござる」
「では、地図を書いてもらえぬか?」
 名越彦斎(eb2880)にうなずき、吉良は筆を取った。
「拙者に思い出せるのは、ここまででござる。後は、頼みます」
「‥‥頼まれるのは良いけど、本当に大丈夫なのかな、この地図は。怖がって逃げ帰ってきた十手持ちが、怯えながら周囲に注意を払ってたとは思えないけどね」
 佐伯七海(eb2168)の言葉に、他の冒険者達、マハラ・フィー(ea9028)、シャーリー・ザイオン(eb1148)、山城美雪(eb1817)、理瞳(eb2488)、そして名越と宮崎は顔を上げた。
「大体、十手持ちってのはそれなりに実力あるんだろ? なのに、得体の知れない相手を恐れ、立場が違えど気にかけていた相手を見捨てるなんてさ。情けないねえ」
 志士の言葉に、別の志士が言葉をかけた。
「佐伯さん、言いすぎですよ!」
「けど宮崎君、本当の事だろ? それに、僕らが敵を討ったとしても、また恐怖に駆られ、暗闇で山鬼に襲われた時に逃げるんじゃないかな。民を見捨ててさ」
「止めなさい。キミ、言葉が過ぎるわよ!」
「そうですよ! そんな事言ったところで、何にもなりません!」
「‥‥いや、マハラ殿、シャーリー殿。佐伯殿の言う通りでござる。拙者は、子供の時より‥‥暗闇が恐ろしいのでござる」
「恐ろしい? それはまた、どうしてですか?」
「子供の頃、拙者は盗賊に捕まった事があり申した。盗賊は拙者を人質に、夜の森を逃げまわった。ところが、暗闇より伸びてきた手が、いきなり盗賊と拙者につかみかかった。恐ろしい腕だった。子供の目ゆえか、それは地獄から生えてきた悪魔の腕に見えた。数日間は夢に出て、夢の中で拙者を苛んだものでござる。
 後で聞いた話では、それは森に潜んでいた山鬼の仕業とのこと。ともかく、拙者はなんとか助かった。それ以来、夜になるとあの腕を思い出してしまう。そう、ちょうど明日太郎をつかんだ巨大な腕。あれはまさに、あの時の腕だった」
 そこまで聞くと、さすがに佐伯も口を閉ざした。
「佐伯殿、気にされるな。言うとおり、拙者はまこと、情けなき十手持ち。だから、このような事態に陥った次第。全く、皆のように豪胆になりたいものでござる」
 吉良は笑ったが、それは寂しげな笑いだった。
「‥‥誰があなたを臆病者呼ばわりするものですか。良く生きて帰ったと感心しますよ」
 宮崎がかけた言葉でも、吉良の顔からは寂しさが消えなかった。

「まったく、一言多いですよ」シャーリーは弓を手にしつつ、佐伯に文句を言った。
 麓の村に着き、冒険者達は山の森へと歩を進めていた。予定なら、ちょうど正午には現場に着くはず。
 そして今のところ、とりたてて問題は起こっていなかった。仲間内での言争い以外は。
「ま、つい余計な一言言っちゃうタチでね。言い過ぎは認めるけどさ」
「だとしても、ちょっと配慮に欠けた発言である事には変わりないです。失礼をはたらいた分、怪物退治を確実に行い、お詫びしないとね」宮崎もまた、佐伯に言った。
 やがて、彼らは立ち止まった。
 周囲には、倒れた大木に、苔むした岩。洞窟に、近くに臨める大木。全てが説明どおり。こここそ、まさに事件の現場に間違いないだろう。
 これからが問題だ。この近くに、悪夢の元凶が息を潜めている。
 冒険者達はその事実を思い出し、気を引き締めた。

「灰より出でよ、我が分身! アッシュエージェンシー!」
 山城の唱えた呪文が発動し、山城の分身が出現した。それはそのまま歩き始める。
 辺りには、虫が湧いている。しかし、獣の姿、動く動物の姿は見られない。植物がこの場所を支配しているかのように、木々が静かに佇んでいた。
 冒険者達は、件の洞窟を発見した。中に何も無い事を確認すると、冒険者のうち五人はここで待機し、二人‥‥シャーリーとマハラは用心深く周囲に気をつけながら、森の中を進んでいった。
 レンジャーとして気を尖らせ、弓を構え進む。二人の弓には、染料で目立つ色を塗っていた。もしも相手が透明でも、これを打ち込めば目印になるはずだ。
 シャーリーは、頭上に注意を向けていた。「腕」が樹の枝ならば、動くはず‥‥。
 しかし、その様子は見られない。少なくとも今のところは。
 山城の分身は、木々の間を歩き続ける。うろうろするも、何も起こらない。
 理は洞窟から出て、その様子を見守っていた。が、何も起こらないので退屈しているのが見て取れる。口元を布で覆っているが、おそらくはあくびをかみ殺しているのだろう。
 宮崎が、理を見つつそう思った時。彼は、理が目を細めるのを見た。
「‥‥アレ、見テ」
 巨大な「腕」が、山城の分身につかみかかる様子。それは、理以外の冒険者たちの目にも入ってきた。

 それは「腕」と呼ぶにはあまりに違和感があった。蛇や長虫などに比べ、腕に幾分か近いというだけだった。
 いきなりの事だった。樹の枝が風でゆらりとゆれていたら、次第に揺れが激しくなり、そのまま生命を持ったかのように襲い掛かってきたのだ。
 無機質に歩いていた山城の分身は、それに捕まった。すぐさま、マハラは色付の矢を「腕」に打ち込んだ。
「腕」はそのまま山城の分身をつかみ、運んでいく。大木の側へと。
 大木は、立派なものだった。苔むしており、つたに覆われた表皮が年月を感じさせる。表面に空いているのは、巨大な木のうろだ。口のように、それは穿たれていた。
 が、この木は普通の木でなく、うろは本物の口だった。内部の牙や歯が、餌を期待し蠢いている。口に放り込まれた山城は、すぐさま灰となった。
 若干小さい別の木のうろは、まるで悪意ある眼差しが睨みつけるかのよう。今もシャーリーとマハラに視線を投げよこすように見えた。折れた枝の先にある年輪も、目玉めいている。
「これは‥‥人食樹!」
 思わず叫んだシャーリーもまた、目印の矢を「腕」の枝、そして木のうろに打ち込んだ。
 皆に知らせるべく後退した二人だが、その必要が無い事を知った。
 すぐ後ろに、五人が駆けつけていたのだ。

 竜巻のごとく、理は木を襲う。両手に携えた斧が、容赦なく枝を叩き切っていった。枝が次々に伐採されていくが、堪えた様子はない。
 先刻の呪文による分身と同じく、腕めいた枝が理をつかんだ。が、それを切断したのは宮崎の剣だった。
 宮崎は仲間と自分の武器に、バーニングソードの呪文を唱えている。魔の炎が刃より燃え上がるが、それでも心もとなかった。
「くっ! こんなに大きな相手とは!」
 宮崎がぼやくが、佐伯は一歩も引くことなく、枝をにらみつけた。
 枝を払い続けた理は、やがて後退した。
「理殿、どうしたでござるか?」
「飽キタデスカラ」
 名越の問いに答え、彼女は斧を構え直し‥‥幹へ突撃した。
 枝より本体を叩く。彼女の戦略を悟った名越も、魔の炎が上がる剣と共に突進した。
 迎え撃たんと、腕めいた枝が二人を襲う。二人の刃が枝を切り落とすが、きりがなかった。
 やがて、隙を見せた名越に、枝の一本が槍のように彼を貫いた。
 正確には、彼の持つどぶろくのビンを。酒は無駄になったが、そのかわりに彼は無傷ですんだ。
「其が狙うは、人食樹の枝! ムーンアロー!」
 山城の放った魔法の矢が、枝に突き刺さった。なんとか時間を稼いだ二人は、後退し様子を見る。
「‥‥本体を叩かないと、きりがないですね。でも、どうやって倒せば‥‥」
「ならば、僕に任せてください。なんとか、枝の動きを止めて見せます」
 宮崎に、佐伯が請合った。
「‥‥わかりました、援護します。シャーリーさんとマハラさんは矢で、山城さんは呪文で!」
 すばやい相談が終わり、四人は突撃した。シャーリーとマハラは、後方から矢を打ち込んでいる。
「氷の力よ、我が元に! 棺となりて、現れ出でよ! 『アイスコフィン』!」
 先頭に立つ佐伯に、多くの枝が襲い掛かった。しかし、彼に触れる前に、枝に氷が纏わり付く。
 氷は次第に、人食樹そのものに侵食し、枝を凍り詰めにしてしまった。
「よし!」
「‥‥イキマス」
「うおぉーっ!」
 その隙をつき、宮崎、理、名越の三人は、木の幹へとたどり着き、切りつけた。
 斧が、剣が、その刃が幹に食い込む。鮮血のごとく樹液が飛び散り、確実に痛手を与えているのが感覚的に分かった。
 最後の抵抗とばかりに、人食樹は凍った枝を解かし、三人につかみかかる。が、巻きつかれる前に、冒険者達は後退した。
 そして、理より渡されたスクロールを手に、山城が呪文を詠唱していく。
「地の底の赤き流れよ、我が声に応え、その力を見せよ‥‥マグナブロー!」
 赤き溶岩が大地を割り、人食樹の断末魔を飲み込んだ。 

 明日太郎の遺品は、無かった。
 人食樹を倒した後、冒険者たちは周囲を探索した。が、食われた獣の切れ端以外、見つからなかった。
 後日にその事を冒険者一行より伝えられた吉良は、残念そうな顔をしつつも、無事に戻ってきた事を喜んだ。
「僕も自らの過ちで、死なずとも良い命を消してしまった。僕はそれを悔やんでいる。でも、先に進むしかないんだよ。この仏を胸に抱いてね」
 吉良に対し、佐伯は自らが彫った、小さな木の仏像を見せながら言った。
「‥‥左様でござるな。同じ過ちを繰り返さぬよう、拙者もまた、精進せねば」
 吉良の言葉にうなずきつつ、佐伯は懐から別の仏像を取り出し、握らせた。
「これは吉良君にあげるよ。君の目に力が戻らなければ、渡さないつもりだったんだけど。それで明日太郎君を、供養してあげるんだね」
「それでは、拙者も‥‥」
 名越は、横笛を取り出した。
「明日太郎殿のために、一曲奏でさせて頂こう」
 名越が奏でる調べが、吉良と皆の耳に、心に染み入った。