不死の忠誠
 |
■ショートシナリオ
担当:塩田多弾砲
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月11日〜07月16日
リプレイ公開日:2005年07月18日
|
●オープニング
昔、偉大な一人の男が死んだ。
葉鍵東之助。彼は、家来に愛されていた武士であった。
決して有名でもなければ、何かに突飛したものを持っていたわけではない。位もそれほど高いわけでもなかったし、領地もそうは広くない。
しかし東之助は、家族や家来をことのほか愛し、慈しんだ。
ゆえに、彼を慕う者は多かった。血のつながった者はもちろん、血のつながりがない赤の他人ですら、彼の死を自らの事のように悲しんだ。
そして、生前に献身的に仕えていた一人の男がいた。彼、長瀬祐太郎は主人の死が信じられず、また信じたくなかった。できる事なら、生き返らせたい。そう考えていた。
が、なんとか現実を受け入れると、祐太郎は墓守についた。主人の息子、葉鍵耕一朗に仕えるには高齢となった彼は、残る一生を主人の墓を守る事に捧げたのだ。
そして、耕一朗もまた成長し、父親と同じく、家来と家族を愛する武士となった。
が、様々な騒動や、いくさや事件などが起こり、墓参りが出来ない状態が続いていた。
東之助が亡くなってからすぐ、葉鍵家の人間を狙う者たちが暗殺者を送り込んできたため、家族や家来はしばらく京都に身を寄せる事となった。江戸近くの彼の屋敷には、人が住まないまま数年が過ぎた。
やがて、騒動は解決。葉鍵家の一族は江戸に戻って生活する事となった。
が、耕一朗は大怪我を負っていた。彼は暗殺者により、致命傷を負っていたのだ。家督は耕一朗の息子、浩之助が継ぐ事になっている。耕一朗は、葉鍵家を浩之助に託し、息を引き取った‥‥生前に墓参りが出来ず、長瀬祐太郎をねぎらえなかった事を悔やみながら。
ともかく、様々な問題を解決し、浩之助は耕一朗を埋葬すべく、家来や家族を連れて墓地へと向かった。祖父の墓参りのため、そして祐太郎と会って、事の次第を話すために。
祐太郎は、墓の近くに小屋を立て、そこで墓守をしつつ生活していた。が、小屋に人の姿はなかった。それだけでなく、墓やその周辺も荒れ放題だった。
不安に思いつつ、浩之助は周囲を探した。
やがて浩之助は、祖父に仕えていた忠臣の姿を見つけた。が、彼は人ならざる存在となっていた。
祐太郎は死んだが、祐太郎の忠誠心は死んでいなかったのだ。その事を、浩之助は思い知る事となった。
彼は、墓の周辺に徘徊していた。が、彼の身体は朽ちるとも、彼の忠誠心は、執念と化して彼を動かしていた。
乱れた髪に狂った眼差し、腐りかけた衣装が、どろどろの皮膚にへばりついている。
その姿からして、彼は既に人外の存在へと変貌してしまった事は、誰の目からも見て取れた。
それは襲いかかり、同行した浩之助の家来達をもその手にかけた。手で触れただけで、体力を奪うのだ。
祐太郎を知る家来が声をかけるも、それは聞き入れようとしなかった。それは携えていた剣を振るい、かつて仕えた主人の孫、ないしはその家来達に襲い掛かってきたのだ。
「‥‥おそらく、裕太郎は怒っているのだろう。墓参りもせず、ほったらかしにしていた、父上の事を、そして、我々の事を。決してそのつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまったのだからな。暗殺者に追われていたとはいえ、もっと裕太郎のことも考えるべきだった」
まだ20歳前後の若侍が、ギルドの応接室にて依頼内容を話していた。彼は、体中に包帯を巻いており、歩く事はおろか、喋るだけでもつらそうであった。時折、顔を痛みにしかめている。
「拙者たちは何度も、裕太郎を説得しようと試みた。だが、聞こえないのか、あるいは聞いていても聞く耳を持たないのか、不死の存在と化した裕太郎は、耳を貸さなかった。ならばと成仏させようと思ったが、どうしても出来なかった‥‥」
彼は、自分の傷をさすった。
「家来も何人かは返り討ちになって、ほうほうの体で戻ってきた。母上や妹も説得に当たったが、やはり同じく聞き入れてはくれなかった。最後の手段と思い、拙者は僧侶を連れ、裕太郎を倒そうと思い、向かって行った。しかし‥‥できなかった」
うつむき、彼はつぶやくような口調で言った。
「拙者がまだ幼子の頃、裕太郎はよく遊んでくれた。剣術の稽古も、わずかだが付けてくれた。死んだという自分の息子が持っていた玩具もくれた。たとえ怪物と化したとはいえ、あのものに剣を振るうなど‥‥拙者には、とても‥‥」
しばし、沈黙。やがて、彼は言葉を続けた。
「偽善である事は先刻承知。裕太郎は、おそらく恨みに思っていることだろう。だからこそ、拙者を殺そうとしたに相違あるまい。拙者は家来によって助けられ、なんとかこの程度の傷ですんだ。しかし、裕太郎の受けた傷と痛みに比べれば、この程度どうというものではないだろうが。
それで、本題に入らせていただくが。察しの通り、不死の怪物と化した裕太郎を、成仏させてやっていただきたい。しかし、一つ条件がある。
戦って倒すのは、極力避けていただきたい。できる事なら、説得し、墓守の必要はなくなったと、裕太郎に伝えたい。そしてその上で、成仏させたい。拙者の願いは、それだけだ」
彼は、風呂敷に丁寧に包まれた報酬を取り出した。
「必要とあらば、拙者もまたそなた達とともに墓に赴くつもりだ。この通り、怪我で歩く事すらまま成らぬ状態ではあるが、訴えかける事はできる。もう‥‥」
浩之助の目から、涙がこぼれた。
「もう、これ以上忠臣を苦しめたくはない。お爺様に十分仕えたゆえ、安らかに眠って欲しい。仕えた末、このような怪物になってしまったのは、あまりに、不憫で‥‥」
再び、言葉が途切れた。
「‥‥失敬。どうか、裕太郎を成仏させてはくれぬか? そなたたちに、頼みたい」
●リプレイ本文
「浩之助さん、貴方はどうしたいのです?」
北天満(eb2004)が、依頼人に問いかけた。
「確認しておきたいのです。怪我を負っているのは知っていますが、私達の意志より尊重できれば良いと思っています」
葉鍵家の屋敷にて、冒険者達は浩之助に面会していた。
「裕太郎さまの最後を共に見たいとお考えか、それとも私達が誘わなければ付いて来ぬのですか? 私としては‥‥結果を見て、旅立つ裕太郎に言葉をかけて欲しい。」
「‥‥家臣の最後を看取るのは、主人として当然の義務。依頼する時に『必要とあらば』と申したが、あれから考えを決めた。止めようとも、拙者は同行するつもりだ」
浩之助の言葉に、北天はうなずいた。
「で、浩之助殿。私たちが考えた作戦ですが、浩之助殿はちょっとした変装をしていただきます」
「具体的には、おいらがミミクリーで浩之助さんの子供の頃に化ける。それで浩之助さんはお爺様に変装し、説得するって寸法だよ。長らく墓参りしていなかったんでしょ? きっと、祐太郎さんは浩之助さんを見ても誰か判らなかったんじゃないかなって思うんだ」
パラの少女、僧侶の真柴こまつ(eb1316)が、身振り手振りとともに言った。
「俺がロルフと、剣で護衛を行おう」
「ま、あくまで万が一の話だけど。説得が失敗した場合、俺達の剣がものを言うと思うぜ。そういう可能性も頭に入れといてくれよ?」
浪人の風斬乱(ea7394)と、ノルマン王国からのナイト、ロルフ・ラインハルト(eb2779)が、それぞれ請合った。
「私たちは、魔法であなたをガードします。まだまだ未熟者だけど、それなりに役に立つと思いますので」
「俺は、イリュージョンの呪文を使えます。それを用いれば、説得も有利に進める事ができるかと」
最後に、ノルマン王国からのウィザード・レオルド・ロワイアー(ea0666)と、陰陽師・藤邑南斗(eb3071)が言った。
「皆の者、仕事が終わった後で言うべきことではあるが‥‥あえて、今言わせて欲しい。依頼を受けてもらい、感謝する」
浩之助が頭を下げると、六人の冒険者達はうなずき、それぞれの胸のうちで決意した。
この依頼を完遂させ、裕太郎を成仏させようと。
「ふーむ‥‥」
藤邑は、まだ思案顔だった。なぜ、祐太郎は浩之助にも攻撃したのか? その事について考えていたが、どうしても結論がでなかった。
冒険者たちは浩之助に、祖父のこと、そして祐太郎の事をさらに詳しく聞いた。が、どこにも理由が見つからない。やはり、家族を怨んでるというより、墓を守ろうとする思いが強かったんじゃないだろうか。少なくとも、そういう結論しか出てこなかった。
やがて馬に揺られつつ、冒険者一行は墓にたどり着いた。
そこは、密林のように草木が生え放題になっている塚だった。わずかに残った花壇の跡が、かつては手入れされていただろう庭園の姿を忍ばせる。
塚の奥へと続いているのは、草木が表面に生えた石段。生い茂る木々が、昼なお墓場を暗くしていた。
「かつては、ここも美しい庭園でござった。いまや、世話をするものはもちろん、獣ですら近付かぬ」
その原因を作ったとばかりに、苦い表情で浩之助はつぶやいた。
「悔恨の念は、それくらいにしておこうぜ。今日ここに来たのは、その原因を成仏させるために、だろ?」
暗い雰囲気を払拭しようと、ロルフがつとめて明るい口調で言った。
先へと進む一行。浩之助は杖をつき、冒険者が切り開いていく石段を踏みしめ、一歩一歩登っていった。
蒸暑い天気もさることながら、周囲の植物が放つ湿気やむせるような臭いに、冒険者達は辟易した。飛び回る羽虫のうっとおしいことは、さらに気分を滅入らせる。
が、次第に羽虫の数も少なくなり、明らかに気配と雰囲気が、空気が異なってきた事に、皆は気づいた。
「この空気‥‥原因は、あれか!」
藤邑と真柴は、前方をにらみつけた。強烈な気配が二人を襲い、自分達が明らかに気圧されている事を実感した。二人よりそれなりに場数を踏んだ他の冒険者も、その気配には圧倒され気味だ。
しかし、ただ一人。六人の中で一番の経験者である風斬だけは、その気配に気圧されることなく、鋭い眼光を光らせていた。
彼が眼光を光らせていたのは、植物に覆われた、大きな墓石。その前に立ちはだかっている、一人の人影。もはや人間ではないその表情は、何者の侵入も許さぬ気迫に満ちている。
「あれが‥‥」北天の言葉に返答する事もない。
鬼の形相で立ち尽くすその武人は、亡き主人に対する忠誠を、自身が朽ち果てても貫いていた。
「やーれやれだ。こんなんじゃあ、せっかくの庭園も台無しだよな。いくら主人に対して仕えるとはいえ、行き過ぎは逆効果だぜ」
軽口を叩きつつ、ロルフは祐太郎を見つめつつつぶやいた。彼らはまだ、大木の陰に隠れている。怨霊と化した祐太郎まではまだ距離があり、相手もこちらの存在には気づいていないようだ。
あるいは、すでに気づき、警戒しているのか。
「ともかく、作戦を実行に移しましょう‥‥行動を起こすなら、今です」
空を見上げた北天は、陽光を投げかける太陽に一瞥しつつ言った。
呪文で、真柴は小さな子供の姿に自身を変えた。
葉鍵家にあった家族の肖像画より、真柴は浩之助の幼い頃の姿を覚えこんだ。そして今、その姿で怨霊の前に進み出ている。
彼女の後ろには、東之助に変装した浩之助が怨霊に近付いていた。
『‥‥ト‥‥』
その姿を見た怨霊は、言葉を、少なくとも言葉のようなものを搾り出した。
『ト‥ウノ‥‥スケ‥‥サマ‥‥?』
地獄の底から響いてくるような、心に響くような声。
他の者たちは、浩之助と真柴に従っている。藤邑とロルフは真柴に、風斬と北天、レオルドは浩之助の側についている。
レオルドの目には心なしか、怨霊の、祐太郎の狂乱の表情が、和らいだように見えた。
「祐太郎」浩之助が、声をかけた。
「大儀であった。そなたは十分、我が家に仕えてくれた。そなたの献身、心より感謝する」
真柴もまた、おっかなびっくりな様子で近付く。
「祐太郎、もう良いんだ。休んでおくれ。そなたはもう、眠りについていいんだよ?」
浩之助に化けた彼女は、訴えかけた。
「さ、祐太郎‥‥」浩之助が、手を差し伸べた。
いけるかもしれない‥‥。レオルドは、一縷の望みがわきあがるのを感じてきた。できる事なら、攻撃の呪文を唱えたくは無い。うまく行ってくれよと、彼は祈った。
『‥‥‥違ウ』
その望みは、もろくも崩れ去った。
『‥‥‥違ウ、‥‥‥違ウ違ウ違ウ違ウ違ウゥゥゥゥゥゥゥゥッ! オ前ラ、何者ダァァァァッ!』
錆びた剣を振り上げ、祐太郎‥‥怨霊は叫んだ。
鋭い剣戟が、祐太郎に振り下ろされる。その一撃を、近くに控えていたロルフが受けた。
「ぐっ!」その重い一撃に、彼はうめいた。
しかし、ロルフが構えなおす暇を与えることなく、怨霊は剣を横薙ぎに払った。その剣さばきによって、ロルフの手からは剣が弾き飛ばされた。
「ちっ! なんてこったい! さすがに手練だぜ!」
しかし、ロルフの防御によって、浩之助と真柴、そして仲間達は、怨霊の攻撃範囲から逃れる事ができた。が、だからといって解決したわけではない。
北天が、呪文をかけようと身構えた。が、怨霊はすばやい動きで、腰に下げた手裏剣を抜いて投げつけた。
錆びた刃が宙を切る。北天はそれをかわしたものの、呪文の詠唱を阻まれてしまった。
その隙をつき、北天へ、そして浩之助へと怨霊は切りかかった。
「しまっ‥‥たっ!」
一撃を食らうかと思った次の瞬間。ガッという鋼同士がぶつかり合う音とともに、怨霊の刃が阻まれた事を彼女は知った。
「風斬!」
「手を出すな! 俺に、任せろ!」
風斬の身体から剣士として、武者としての気迫が湧いてくるのを、仲間達は感じ取った。
「我が名は、風斬乱。長瀬祐太郎、剣士として、貴殿に勝負を申し込む! いざ、尋常に勝負!」
同意したのか、その言葉がきっかけになったかのように、怨霊は下がった。
両者とも、剣を正眼に構えた。どこか、剣の構え方が両者とも似ていた。
「これは?」ロルフが、それに気づき疑問を口にした。
「風斬殿の流派は、我流であったそうだな。祐太郎もまた、同じだ。彼もまた我流の剣を極め、お爺様に仕えていたのだ」
浩之助の言うとおり、祐太郎の剣技は偶然にも風斬のそれと同じだったのだ。が、それを知っても、風斬は微塵も恐れる様子は見せなかった。
鋭い眼光を発し、風斬は相手と合間見えた。
俺は人を納得させるほどの言葉を持たぬ。
俺は人を引きつけるほどの徳を持たぬ。
俺は人を癒すほどの力を持たぬ。
だが、剣を振るうことはできる。剣で語り合うことはできる。想いによって囚われているのならば、剣で語り、それを解き放ってみせる!
想いとともに、風斬の剣が、その名のごとく、風を斬るがごとく、打ち込まれた。
風斬の太刀が空を斬れば、祐太郎の刃は地を薙ぎ払う。重い一撃を両者とも切りつけると、両者ともがそれを防ぎ、一進一退の攻防が繰り広げられた。
切り結び、離れた一瞬。静寂が訪れた。周囲の虫や動物の声すら聞こえない。まるでこの神聖な勝負を汚さぬよう、時そのものがしばし歩みを止め、その勝負を見定めんとしているかのように。
祐太郎の狂気にかられた瞳が、激情に燃えるように震え、それに対する風斬の眼差しが、荒々しい反抗の光を返す。
が、そこには憎悪は無かった。怒りもなかった。あるのは、二人の剣士がそれぞれの想いを秘めつつ、剣をふるい、剣で語っている情景。
浩之助や北天のみならず、ロルフと藤邑、レオルドと真柴ですら、言葉を失い、その情景に見入っていた。魅せられたかのように。
「これが‥‥武士、これが、ジャパンのサムライってやつか!」
同じく剣を携えたロルフは、身体が震えるのを感じた。恐怖ではない。同じ剣を持つ者としての、歓喜や感動が込められた震え、武者震いと俗に呼ばれる震えだった。
剣戟が続き、浩之助を背にした風斬は、剣の刃を水平に構えた。
それを見た祐太郎は、動きを止めた。目を見開き、何かを思い出すかのように風斬を見つめた。
忠誠を誓った者を護る、かつての自分をそこに見たかのように、怨霊は風斬を見据えた。
そして、次の瞬間。
二人は同時に動き、同時に剣を打ち込んだ。
すれ違う瞬間、肩口を切られていたのは祐太郎だった。
『‥‥浩之助‥‥様?』
死したはずの侍の口から、人の言葉が響いてきた。それは、先刻の太い声とは異なる、優しい響きをも含んだ声だった。
「祐太郎?‥‥祐太郎だな? そうだ、拙者だ! 浩之助だ!」
『‥‥浩之助‥‥様‥‥それがしは‥‥なんという事を‥‥』
怨霊と化した武士が、顔を上げた。その眼差しが、浩之助を見据える。そこには、怒りは無かった。憎しみもなかった。
ただあるのは、悔恨と、それによる悲しみの表情だけだった。
「‥‥いや、祐太郎。今までよく仕えてくれた。大儀である。そなたを家来に持ち、拙者たちは誇りに思う」
『‥‥もったいないお言葉、光栄にございます』
「葉鍵家現頭首として、ここに命ずる。そなたの墓守の任を解く。ゆっくりと、眠るがいい」
浩之助の言葉にうなずくと、祐太郎は主人に対し一礼した。
『仰せのままに』
そして彼は、冒険者達を一瞥した。風斬に体を向けると、彼は微笑みつつ、一礼した。
『良き試合であった。もう一度、戦いたいものだ』
風斬はニヤリと笑い、裕太郎に別れの一礼をした。時を越え、姿形は違えども、一人の漢と見えたことを、誇りに思いつつ。
言葉はいらなかった。ただそこには、武士として心を結んだ者同士の交流と、奇妙な友情があった。
ふと、墓石に誰かが立っていた。そこにいたのは、老人。東之助の姿をした、幻があった。
風斬は藤邑のイリュージョンかと思ったが、彼は首を振った。
主人の姿を認めた祐太郎の身体から、幻のような影が湧き出た。それは東之助へと歩み寄り、深々と一礼した。
東之助はそれを見て微笑み、浩之助を見て微笑んだ。二人の影は、静かに、緩やかに消えていった。
後に残った怨霊の身体は、徐々に崩れていき、大気の中に染み入るように霧散した。まるで、怨念そのものが消えたかのように。
それは、奇妙な美しさがあった。言葉では語れぬ、何かがあった。
周囲を支配していた深遠さが、森の緑に染みわたった。その場にいる全ての者が、一人の侍が成仏していくのを目にして、神秘を感じていた。
陽光が、墓を照らし出した。陰鬱さがそこからは消え、安らぎに満ちた空気が漂っていた。
その後、墓は清掃された後に、葉鍵家にて耕一朗の葬儀が滞りなく行われた。
そして浩之助は、家族とともに月に一度は墓参りをして、先祖を奉り、忠臣に報いたという。