以津真天の村

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月14日〜07月22日

リプレイ公開日:2005年07月21日

●オープニング

 いまは太り気味だが、かつて彼はやせ細っていた。
 極貧の生活を体験し、何度も飢え死にしそうになった。
 そして、彼は少年時代。死にかけていたところを、救われた。道端で行き倒れ、彼はそのまま飢え死に寸前だった。彼を救ったのは、旅の婦人だった。
 婦人は、自分の子供を失ったばかりだった。そこで、彼に子供の面影を見たのだろう。彼女はその子を救い、しばらくしてから彼を養子にした。
 彼女の夫は、商人だった。食べ物を主に扱う「大庭屋」を経営していた。
 夫からは商売と読み書きを、婦人からは食事を、そして人として、子供として与えられるべきものを、彼は受け取った。
 やがて、商店は大きくなっていった。養子となった彼も、知恵をつけ、商才をつけた。彼は次第に、大庭屋を支え、なくてはならない存在となった。
 大庭屋は大きくなった。かつて飢えた少年であった彼、大庭大三郎の手により、江戸市内に小さいながらもいくつかの店を構えるまでになった。
 大三郎は、今は亡き両親、血はつながらなくとも命の恩人である両親に感謝の心を忘れず、この店を経営していた。
 が、ある日の事。一日忙しく働き終わり、ようやく遅い夕食をとり始めた時だった。大三郎はふと、自分の生まれた村の事が気になった。
 両親から聞いた話により、彼はどこの村で拾われたかは知っていた。が、今まで仕事が忙しく、たずねた事もない。
 おそらく、自分の産みの親は死んでいることだろう。しかし、それでも墓くらいはあるだろう。行って、せめて墓前で手を合わせるくらいはしたい。
 自分が覚えている限りでは、村はほとんど死に掛けていた。おそらくは、廃村になっているかもしれない。
 しかしそれでも、自分のふるさとであることには代わり無い。もしもまだ、細々と残っているのなら、自分が立て直そう。たとえ廃村になっていたとしても、あの一帯の土地を買い、新たな村として、宿場町として再生させるのだ。

 彼はそう思うと、いてもたってもいられなくなった。そして、できるだけ目前の仕事を片付けると、実行に移すべく村へ、故郷へと向かった。
 生前の記憶と、両親からの言葉に従い、彼は一人旅に出た。用心棒として、元浪人の志郎助が同行してくれている。彼は、飢え死にしそうなところを大三郎に助けられ、それ以来彼に忠誠を誓っている男である。剣の腕は中々のもので、金めあての泥棒や盗賊、やくざを何人も追い払ってきた。
 ともかく、数日経ったら戻ると店の者たちに言い残し、彼らは旅に出た。

 村までの三日間の道程は、それほど問題も無かった。しかし、街道から村への道には警告の看板が立てられていた。
「この先、立ち入りを厳重に禁ずる。命惜しくば、誰であろうと去れ」と。
 そのような看板をものともせず、彼らは村へ向かった。そして、村に到着した時、彼は目を疑った。
 ここは本当に、かつて人が住んでいたのか。そういう疑問を否定しきれない自分を、大三郎は感じた。
 地図や有している情報から、この村がかつての自分の故郷であるのは間違いがない。しかし、廃村になっているのはともかく、動物の気配すらないのは、大三郎を戦慄させた。
「旦那様、そろそろ日も暮れます。一番近くの宿場町に戻られるのなら、明るい今のうちに動いた方が良いんじゃないですか?」
 志郎助の言葉にうなずきつつも、彼はとりあえず両親の墓だけでも確認しておこうと思い、村の奥へと向かっていった。
 そこには、打ち捨てられた寺、そして墓があった。
 墓場には、周囲に鳥が舞っている。そして、暗く、陰鬱な墓場から、声が聞こえてきた。
 大三郎は、その声を聞こうと、墓場に歩み寄った。
 が、彼の心には、次第に奇妙な感情が浮かんできた。
 なぜ、生きている? 真の両親や、おそらくは家族は、みんな飢えて死んだ。なのに、自分は肥え太って、のうのうと暮らしている。
 こんな自分が、どうして生きている? いつまで生きるべきなのか? 生きていてはいけないんじゃないか?
 わびよう、皆に。わびよう、生きている事を。そう、死んで詫びないと。
 死のう、死のう、死のう、死のう、死のう死のう死のう死のう死のう死のう死のう死のう‥‥‥。
「旦那様!」
 志郎助の言葉に、彼は正気に戻った。
「志郎助? わしは、いったい‥‥」
「はやく! 逃げるんです!」
 混乱した頭のまま、大三郎は志郎助に言われるまま、その場所から逃げ出した。

「‥‥‥志郎助のいう事には、空を大きな鳥が二・三羽舞っていたそうです。大カラスか何かじゃないかと思ったんですが、その割には首が長く、不気味な目つきをしていたそうで。ともかく、わしは助かりました」
 ギルドにて、大三郎は事の顛末を語っていた。
「志郎助も、わし同様に罪悪感に苛まれ、身動きとれなくなりかかったとの事ですが、なんとか持ち直し、わしを救ってくれたわけです。ともかく、わしの生みの親がいた村に、物の怪の類がいるのは間違いないでしょう。
 わしは、あの村を再建したいのです。もう二度と、飢えて死ぬ者が出ないように、誰でも安価で腹いっぱいになれるような、そういう場所にしたいのです。そうする事で、おそらくは飢えて死んだだろう村の皆を、供養できればと思いまして。
 しかし、そのためにはあの化物を何とかしないことには、何も出来ません。怨霊か何かと思い、知り合いのお坊様や神主様に成仏してもらおうと相談したら、『それはおそらく、以津真天という物の怪だろう。冒険者ギルドに頼むといい』と言われ、皆さんにこうやってご相談に来た次第です」
 彼は頭を下げ、皆への依頼を口にした。
「廃村に出る、物の怪。あの化物を倒し、村を再建させてください。よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea0517 壬生 桜耶(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5944 桂 春花(29歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea8339 ファータ・クロリス(30歳・♀・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 eb1174 ロサ・アルバラード(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1743 璃 白鳳(29歳・♂・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「‥‥邪気を感じます」
 村に着いた時、璃白鳳(eb1743)が最初に感じたのは、気配だった。無人なのに、気配がする。
 どんな怪物でも出てくる場所。ここはまさにそれだと、ロサ・アルバラード(eb1174)は思った。
「呪っても、何もならないのだ」玄間北斗(eb2905)がつぶやく。
「恨みは恨みを呼ぶのだ。ここで断ち切るのだ」
「以津真天‥‥哀れだからこそ成仏させてやらないと。でなければ、恨みがまた連鎖するだろうな」
 剣を握り、壬生桜耶(ea0517)はつぶやいた。
「人はだれもが、罪の意識を持つもの。それにつけこみ、人を自ら死に追いやろうとする所業は、許されません」
「何物にも執着しない私は、罪の意識を感じる事は無い。だが‥‥」
桂春花(ea5944)の言葉を受けて、ファータ・クロリス(ea8339)は言った。
「任務は、行いますけどね」

「以津真天をやっつけてほしい‥‥ってお願いされたのは良いのだが、耳栓しての探索って結構不便なのだ」
 玄間は、耳栓をはめてつぶやいた。
「でも、おいらはがんばるのだ。依頼を遂行しつつ、みんなを守ってみせるのだ。特に春花さんを」
「あらあら、その必要はないですよ?」
 玄間の目には、にっこり笑った桂の姿が入ったが、その言葉は聞こえてこなかった。
 ロサと璃もまた、耳栓をつけた。これならば声は防げるだろうが、味方の意思の疎通も難しいだろう。
 耳栓はぴったりで、聴覚をほぼ封じてしまった。
「桂さんの呼子、これじゃあ聞こえないですね」と、壬生。
「ではみなさん。行きましょう」
 耳栓を付け、ファータは言った。親指を立てることで、皆は返答した。

 快晴の青天、雲ひとつない。鳥が飛んでいるが、見たところただの鳥だった。山鳥が飛び回るのを見て、ファータは何度も弓を構えた。
 冒険者達は、探索を始めた。桂とロサと玄間、壬生とファータと璃、三人一組になった彼らは、村のあちこちを調べている。
 ロサと桂は、常に視線を空に向けている。果てなく広がる青の中、怪鳥の姿を認めたらすぐ行動に起こせるように。
 壬生らもまた、辺りを警戒している。どこか盲点をついて襲ってくるかもしれない。
 墓場には、ぼろぼろになった小屋が建っており、その手前に墓石が乱立していた。土はほじくりかえされている。あちこちから、過去に死した者の遺骨が見えた。
「!」
 やがて、壬生は仲間の肩を叩いた。上空にそれを見つけたと、ファータと璃に知らせるためだ。まだ遠すぎるが、それは大きく黒い鳥と判明できた。
 桂も見た。ロサは、開けた場所で弓を構える。
 近付きつつあるそれは、一見鷹のように見えたが、鷹でない事は明らかである。なぜなら‥‥その鳥の首は、ネジくれ長かったからだ。
「まちがいない、以津真天!」誰にも聞こえなかったが、ロサは思わず言葉を口にした。
 墓石の影に隠れた桂は、ロサが撃ち落したら駆けつけられるよう待機した。その隣に、玄間も寄り添う。
「?」
 が、玄間は違和感を覚えた。何かはわからないが、近くに何かがいるような気がする。
「‥‥なんなのだ? この嫌な予感は」
 納骨堂が、近くにたたずんでいた。棺のように。

 璃も、嫌な予感を感じていた。何かがいる。気配を感じるが、姿が認められない。
 それに、腑に落ちない事がある。
「なぜ、一羽だけなのだ?」
一羽だけがどうして、あんな遠くで飛び回ってるのだろう。依頼人の話では、三羽はいたはず。他はどこに‥‥?
 疑問はあとだ。とにかくもう少し近付き、スクロールのサンレーザーを撃とう。そのあとはファータさんが矢で射落としてくれるだろう。
 しかし、わずかではあったが声が聞こえてきた。いかな耳栓といえど、完全に音を遮断はできない。見ると、半壊した小屋の陰に隠れたファータと壬生も、耳を押さえている。
 空中の以津真天を先に攻撃だ。璃は、スクロールを手に呪文を詠唱し始めた。
「太陽の光よ、敵を貫く刃となれ! 『サンレーザー』!」
 陽光が璃より放たれた。
 空中の以津真天を貫いた璃だが、その時に彼は自分のミスに気づいた。
 あんな遠くの声が、なぜ近くで?
 その答えは、すぐに判明した。ぼろの小屋をひっくり返し、その中から別の以津真天が現われたのだ。
 そいつは子供が箱をかぶるように、ぼろぼろになった小屋をかぶっていたのだ。そうする事で、壬生とファータのすぐ近くに潜んでいた。地上にいる事に気がつかず、冒険者達は討つべき怪物の側にいたのだ。
 吹っ飛ばされた小屋の木っ端をうけ、ファータと壬生は後ろに飛ばされた。その衝撃で地面に転がり、耳栓が外れる。
「イツマデ、イツマデ、イツマデ、イツマデ、イツマデ、イツマデ、イツマデ、イツマデ‥‥‥」
 衝撃で混乱している時に、言霊の詠唱。その恨み声が二人の耳を貫いた。壬生とファータは目を見開き、そのまま頭を抱えた。
「壬生さん!ファータさん!正気に戻ってください!」
 璃が叫ぶも、届かなかった。

 納骨堂からも、以津真天が現われていた。あまりに近くのため、桂は翼にはたかれ、地面に突き飛ばされた。
「ぐっ!」
「桂さん!」ロサが矢を放つ。
 狙い過たず矢は翼に命中し、不恰好な怪鳥は悲鳴を上げた。
ロサは玄間に駆け寄ろうとしたが、玄間に手で制された。
「ロサさん、こいつはおいらがやるのだ! ロサさんは璃さんたちを助けるのだ!」
 手振りでその事を伝えた玄間は、自分の武器‥‥縄縹のように、手裏剣の中央の穴に長い紐を通した武器をすばやく取り出し、構えた。
 その手裏剣は、「八握剣」。死して眠らぬ存在を、再び眠らせる力を持つ武器。
「背に護りし者が居る時‥‥おいらの一族は最強の盾になれるのだ」
 静かにつぶやいた玄間は、以津真天へと臆することなく攻撃をしかけた。

 璃は、油断無く不死の魔鳥をにらみつけた。猛禽の凶暴さと烏の狡猾さ、おぞましさが内包されていると、見て思った。
 やせ細り、蛇のような長い首は、ぎらついた眼差しと鋭い嘴と一緒に威嚇しているようだ。
 一旦離れないと‥‥。しかし、矢継ぎ早に突いてくる嘴の攻撃は、かわすのが精一杯だ。
「くっ!」やがて璃は、石につまづき、尻餅をついた。その隙をに以津真天の嘴が突いてくる。
 突かれる寸前。ダメージを負ったのは以津真天の方だった。醜い鳥の顔、ないしは目の片方は、ロサの放った矢のシューティングPAによって貫かれていた。
「今よ、璃さん!」
 すばやく起き上がり、璃は間合いを取った。呪文が詠唱されていく。
「我が言葉、枷となりて其を縛れ、『コアギュレイト』!」
 呪文が発動し、醜怪な鳥の動きが止まった。
 矢継ぎ早に繰り出されるロサの矢が、以津真天の身体に突き刺さり、かりそめの命を奪い取っていった。

 以津真天は、恨みの言葉とともに、嘴で攻撃をしかける。
 否、嘴のみならず、その翼と鉤爪も恐ろしい武器だ。羽ばたいて突風を起こし、更なる攻撃を仕掛けてくる。
「間合いを‥‥攻撃の好機を見極めるのだ!」
 八握剣でこしらえた縄縹を構え、彼は見た。
 そして、一瞬の刹那。
「はあっ!」
 手裏剣、ないしは縄縹は、毒蛇の一撃が如く玄間の手から放たれた。その先端の魔力を帯びた刃は、毒蛇の毒牙の様に不死の存在に対し致命的な力が込められている。
 ポイントアタックにより、刃は片目に突き刺さり、それは以津真天の頭部、脳にまで届いた。刃に込められた魔力が、呪われた鳥の身体を破壊する。
 から竿を振り回すかのように、以津真天は苦しみの声とともに頭部を振り回した。紐を引き、刃を回収する。
 鳥は、狂ったように吼え、暴れ、頭部を振り回した。その攻撃をかわし、玄間は刃を何度も打ち込んでいった。
やがて以津真天は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「‥‥どうやら、勝ったという事でいいのだな」
 敵を仕留めた玄間は、桂に駆け寄った。
「春花さん! 大丈夫なのか?」
 駆け寄り、抱き起こす。桂は目を開けると、微笑んでうなずいた。
「良かったのだ、それでは‥‥」
 が、立ち上がったその時。桂は玄間を突き飛ばした。
 玄間の後ろから、巨大な影が襲い掛かってきたのだ。それは以津真天‥‥最初に、サンレーザーで落とされた、一羽目だった。
 玄間は縄縹を構えなおしたが、その必要が無い事を悟った。
 フィータが数本の矢を打ち込み、そいつはかなりのダメージを受けていたのだ。
「うおおおおっ!」
 さらに壬生が、バーニングソードで何度も切りつけている。
「滅びの力よ、その力を解き放て! 『ディストロイ』!」
 とどめに桂が呪文を唱え、以津真天は滅した。

「助かったのだ。春花さん、感謝なのだ」玄間の礼を、桂は何度も受けた。
「良いんですよ、お互い様です。私も玄間さんに助けられたんですし、ね? ともあれ、これで以津真天は滅しました」
 皆の無事を確認し、璃が提案する。
「私はジャパンの僧ではありませんが、亡くなった方を悼む気持ちはあります。手伝っていただけませんか?」
「喜んで、手伝わせてもらおう」
 壬生をはじめ、仲間達は村の遺体を集め、丁重に弔った。
 が、璃はファータが複雑な顔をしているのに気づいた。
「‥‥私は、何ものにも執着しません。なのに、私は先刻、自分のような者が生きていてもいいのかと疑問に思い、罪悪感を覚えました。私も、無意識のうち何かに執着していたということなのでしょうか?」
「そうでしょうね」
 彼女の問いに、璃は答えた。
「人間、生きている以上、一つも後ろめたいことの無い人などいないと思います。以津真天の言霊は、それを心の中から掘り起したもの。故にそれは、あなたもまた人であるという事です。罪悪感を感じた、それは何より、あなたが心を持つという何よりの証ですよ」
 そして、もう二度と罪悪感を掘り起すものが出てこないで欲しい。璃は村を一望し、それを願った。

 後日。村の再建が始まった。
 それ以後、この村では、「いつまで」と囁く声はなくなったという。