人形の夢

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月15日〜09月20日

リプレイ公開日:2004年09月24日

●オープニング

 ギルドに来たのは、貧しい身なりをした一人の僧侶だった。
「お願いしたい事がありまして・・・・よろしいでしょうか?」
 通された応接間。そこで彼は頭を下げ、依頼を放し始めた。
「拙僧は彩念、とある村の寺で住職をしております。本日相談したいのは、人形に関することで、ちょっとした事をしていただきたいのです」
 そう言うと、彩念は話しはじめた。
「拙僧は、現在の寺に来て、もう十年になります。村は今の今まで、事件らしい事件は何も無く、村民も平和に暮らしておりました。しかし、数日前にちょっとした事件が起こり、どうしたものかと困っております」
その寺では、法事やお祓いなど、村での神事を一身に引き受けていた。
 そんなある日、村の外れに行き倒れた老婆を見つけたのだ。
「その老婆は、ひどく衰弱し、手には人形を握りしめていました。拙僧が呼ばれた時にはすでに虫の息で、もう手の施しようがなく、死を待つばかりでした」
 が、老婆は最後に、人形を手渡すと、苦しげに言葉を紡いだという。
「『この人形を、手渡して欲しい』と。どこの誰に手渡すのかまではわかりませんでした・・・・それだけ言うと、老婆は息を引き取ってしまったのです。拙僧はこの哀れな老婆を荼毘に伏し、寺の墓場に埋葬しました。ところが、次の日から騒ぎが起こり始めたのです」
 騒ぎとは、眠っている時に起こった事だという。数日前に農民の一人が、小さな少女が出てくる夢を見たとのことだ。その少女は、何かを伝えたがっていたようだが、それが何かまではわからなかった。
 ただの夢とたかをくくっていたら、その農民は次の日にもまた同じ夢を見た。彼だけでなく、彼の妻、彼の家族もまた同じ夢を見ていた。
 そして、次第に村中の人間が同じような夢を見るようになったとの事だ。
「拙僧も、すぐに見るようになりました。そして、その時に気付いたのです。・・・・少女が手にしている人形が、あの老婆のそれと同じと言う事を」
 彩念は、感慨深げにうなずきつつ言った。
「このような夢を見たからといって、別段実害があるわけではないです。しかし、夢の少女を見て、拙僧は恐れより哀れさを感じました。泣きながら、何かを訴えかけているあの顔。おそらくは、成し遂げられなかった無念さが、あのような夢となって出てきたのではないか。拙僧にはそう思えて仕方が無いのです」
 そこまで言うと、僧侶は携えた袋より、小さな包みを取り出した。
「これが、その人形です。寺で供養した後で、老婆とともに埋葬しようと考えていました。が、やはりここは、老婆の願いどおり、持ち主に届けるべきと思い、こうやってお話した次第です」
 君たちは包みを受け取ると、なるべく丁寧に布をほどいていった。
その人形は、かつては美しいものだったに違いない。美しい布で織られた着物に、結われた髪。工芸品としても、かなり高価なものだろうと予測がついた。
しかしそれも昔の話。今は着物はぼろきれと化し、髪の毛はざんばら、顔や手足がかろうじて形をとどめているため、なんとか人形と判断できる代物だった。
「改めて人形を調べてみたのですが、人形の着物の、こちら・・・・。ここに、家紋があります。最初は汚れていてわかりませんでしたが、その家紋から、ひょっとしたら持ち主が誰かがはっきりするやもしれません」
 見ると、確かに家紋があった。武家、または名のある名家の持ち物だったのだろう。
「当初は、あまり騒ぎが起こるようならば、拙僧の呪文で成仏させようとも思いました。が、夢の少女を思い起こすにつれ、同じ成仏させるならば、この人形を手渡してから成仏させてやりたい‥‥。そんな風に考えるようになりました」
 思い出すかのように言葉を切り、さらに続ける。
「先日も、隣町の寺に用事があって赴いた時です。拙僧より位の高い僧侶と面会する機会がありまして、この事を相談しました。すると、やはり『可能ならば、人形を届けてから成仏させるのが良いだろう』との言葉を頂きました」
 僧侶は、人形をなでた。まるで迷い子を慰めるように、優しく頭をなでた。
「本来ならば拙僧が行うべきでしょうが、法事があるゆえ村をあまり空けるわけにはいきません。それに先日、別の法要で隣村まで赴かねばならなくなりました。そこで、この人形の持ち主をギルドのお力で見つけ、可能ならば届けていただきたいのです。報酬は、あまり出せませんが、村からの布施より捻出しました」
僧侶は、懐から銭入れを出した。
「こちらの条件は一つだけ、人形を持ち主に届ける事だけです。もしもそれがかなわぬ時には、丁重に供養していただきたい。どうか、よろしくお願いします」
 その依頼を引き受けつつ、君たちは人形を見た。無表情な人形の顔だが、どことなく、悲しそうな顔をしている。そんな風に感じられる顔だった

●今回の参加者

 ea0348 藤野 羽月(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1309 仔神 傀竜(35歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea4638 鞘薙 叶(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5299 シィリス・アステア(25歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「できたわ。‥‥うん、なかなか良い顔をしてるじゃない。やはり、美人はきれいに、清潔にしなくちゃね」
 人形の修復を終え、仔神傀竜(ea1309)は一息ついた。
 彩念に頼み、冒険者たちは寺を拠点に情報収集に赴いていた。が、傀竜は残り、裁縫道具と布きれを手にして、一仕事していた。
 その結果、ぼろぼろに朽ちた人形は、以前よりかははるかにましな状態に修復された。
「大切な人と再会するんだから、ちゃんとお化粧しないとね‥‥。大丈夫、あなたはとってもきれいよ」
 清潔な布の上に、布団に寝かせるようにして、傀竜は人形を横にした。
「今、戻りました」
「あら、羽月、森之介。お帰りなさい」
 志士と侍‥‥藤野羽月(ea0348)と大神森之介(ea6198)が、寺に戻ってきた。その顔つきからすると、首尾はどうだったか察しがつく。
「その様子だと、あまりうまくいかなかったみたいね」
「いや、調べはついた」
「家紋から、この持ち主の家は判明した。詳しくは、皆が戻ってから話そう」
 そう言いつつ、二人は腰を下ろした。

「亡くなったご老人ですが、彼女の目的地は‥‥今、我々がいるこの村では無いのは確かですね」
 最初に、エルフのバード、シィリス・アステア(ea5299)が報告を始めた。
「ご老人の来た道を逆にたどり、彼女がどういう道程をたどっていったのか、それを調べてきました。そこで、峠の茶店で彼女を見たとの事です」
 お茶を一口含み、話を続ける。
「雨が降り始め、店をたたもうかと言うときにやってきた彼女は、かなり疲労している様子との事でした。が、『どうしても山向こうの村に、大急ぎで人形を届けなければならない』と、その様な会話を茶店の主人と交わしたそうです。止めるのも聞かずに彼女は無理して旅を続け、途中にあるこの村まで来て、力尽きてしまった‥‥と」
「私は、夢の線から調べてみました」
 リラ・サファト(ea3900)、白い肌と銀髪を持つビザンチン帝国からのジプシーが次に報告する。
「夢の中の女の子について、どんな娘だったかを聞いて回りました。特徴としては、見たことも無い上品そうな雰囲気の、お嬢様って感じの女の子だそうです。似顔絵が描ける人がいれば良かったんですけどね。ほとんどの人が、『見たことも無い、どこの女の子か知らない』って答えでしたが、唯一、おばあさんが『昔、同じくらいの年の時に、隣村のお屋敷の近くで見たことがあるような、無いような』って言ってましたけど‥‥、あんまり覚えてないそうです」
「私は、絹織物の職人に、心当たりが無いかを聞いてみた」
リラの次は、浪人、鞘薙叶(ea4638)だ。
「武家ならば、娘のために良い反物や着物を与えるものと思ってな。そういった店や職人がいないか、それを調べた。すると、ちょうどこの村に、かつて旧家に反物を納めていた職人が隠居してると言う話を聞いた」
「いたの? それで、どうだって?」
 リラがたずねる。
「やはり、山向こうの村にあるお屋敷に、織り上げた反物を多く納めてたとの事だ。反物に織り込んだ家紋も、ちょうどこれと同じだ」
「あら、だったら話は早いじゃない。そこのお屋敷にお人形さんを連れて行けば、万事解決ってわけよね」
 だが、傀竜の言葉に、羽月はかぶりをふった。
「そうも行かない。確かに隣村には、人形の家紋を持つ旧家はある。しかし、その人間たちはもういない。後継者がおらず、全員が亡くなってしまったんだ」
 羽月と森之介以外の者が、それを聞いて落胆の表情を浮かべた。森之介が、更に落胆を深める事を言う。
「つまり、人形を持っていったとしても、渡すべき者はいないと言う事だ」

 隣村。
 旧家の屋敷は荒れ、住む者はいなかった。
 そして、村の隅に隠居している老婆を、冒険者たちは訪ねていた。
「そうですか、お嬢様のお人形を‥‥」
 その老婆、かつて下働きとして旧家に奉公していた少女で、旧家の娘とは良く遊んだ仲だった。
「実の姉妹でも、あれだけ仲の良かった姉妹は、わしは見たことはありませんで。ですが、ひどいものです。家の権力争いに巻き込まれ、お嬢様はお姉さまと離れ離れにさせられました。そのお人形は、その際にお嬢様がお姉さまへとお渡ししたものです。わしは、そのときの様子をしっかり覚えてますとも」
「おばあさん。それでは、この人形を手渡そうとしたのは‥‥」
 シィリスに対し、老婆は震えながらうなずいた。
「ええ、そうです。おそらく、お姉さまに仕えていた方でしょう。お姉さまは、長崎の方でのお屋敷に移り住んだそうですが‥‥火事にあい、お亡くなりになったと聞きました。それを聞いたお嬢様は、たいそうお悲しみなすったものです。‥‥その日からです、お嬢様がお婿様を取らず、ひたすらお人形のお帰りをお待ちし始めたのは。‥‥ですが、人形を返しに帰ってくる者を待ち続け、待って、待って‥‥お疲れになったのでしょう。十年ほど前に、お亡くなりになりました」
「そんな‥‥気の毒に」
「・・‥さぞや、お嬢様は無念だったのでしょうね。大変‥‥お気の毒です」
 傀竜と叶は、思わずつぶやいた。
「だが、ようやく持ち主のところに帰ってこれたんだ。お婆さん、そのお嬢様のお墓はどちらにありますか? もう離れることのないように、お墓に納めようと思うのですが」
 羽月の言葉に、明るい表情になった老婆だったが、すぐにもとの悲しげなそれにもどってしまった。
「‥‥そうして頂けるなら、どんなにお嬢様はお喜びになるでしょう。ですが、それはできないのです。もし‥‥もしよろしければ、頼まれてもらえませんか?」

 村の墓場。
 夕焼けが空を赤く染め、周囲には形状しがたい空気が漂い始めていた。
「死してなお、邪魔する奴がいるなんてね。まったく、いい加減にしろって言いたい気分よ!」
「静かに。だが、ここまで来た以上、最後まで面倒を見ないとな」
「ええ、本当にそうですよ。好きなお人形ともう一度会いたいって、ただそれだけなのに。死んだ後になってもそれをかなえさせてくれないなんて‥‥ひどすぎます!」
 傀竜が憤慨し、森之介が冷静に言葉を返す。リラは墓石を見つめ、周囲に漂い始めた闇を見据えた。
 先刻の老婆は、冒険者たちに頼んでいた。
 お嬢様が眠る墓に、人形を一緒に納めて欲しい。しかしその前に、数日前から墓の周囲に現れるようになった、死人憑きを退治して欲しいと。
 そのせいで、村の連中は墓参りもろくにできないありさまだった。
「‥‥来たぞ、やつらだ!」
 羽月が、刀でそいつらを指し示す。眠らぬ死骸、三体の死人憑きが納骨堂より姿を現した。そいつの方でも冒険者たちの姿を認めると、襲い掛かってきた。
 冒険者たちは武器を抜き、まるで妄執にとらわれているかのような生ける屍へと、戦いを挑んでいった。
 かぎ爪めいた手で掴みかかろうとする死人憑きに対し、羽月、叶、森之介はそれぞれ携えた日本刀で切りかかる。傀竜は手に杖を、リラはナイフを手にしていた。ただ一人、シィリスは武器を有していなかった。
「何の因果か知らないが、これ以上、邪魔をするな!」
 羽月の振るった刃が、一体目の死人憑きを切り裂く。続いて叶が、自分の受け持った怪物の腕を切断した。
「殺生したくはないと考えていたが、お前たちのような生ける死人は別だ。再び死人に戻るがいい!」
 三体目の死人憑きが、森之介の刃をうけた。腐りかかった身体を剣が突き刺さり、その怪物は痛手を受けた。
 後衛に回った傀竜、リラ、シィリスだったが、彼らの様子を見て、自分たちの出番はなさそうだと判断した。それほど見事な、いつも以上に見事な剣さばきだったのだ。
 歩く死体が冒険者たちによって、邪悪な力より解放されて再び元の死体に戻るのに、そう時間はかからなかった。
 羽月たちは、それにいささか驚いてもいた。まるで、誰かに助けられたかのような、そんな錯覚さえ受けていた。
「これは‥‥助けて、くれたのだろうか?」
「そうかもね。会いたいという、お互いの強い気持ちを持っていた者たちですもの。その手助けをする私たちの味方をしたとしても、おかしくないわよ」
 叶の疑問に、傀竜は静かに、感慨深げに答えた。

 墓に人形を納め終わると、皆は花を手向け、合掌した。
 読経し、皆は少女の、人形の冥福を祈った。
 読経を終えると、傀竜は墓に話しかける。
「もう、寂しくないでしょ? どうか安らかに眠ってね」
 シィリスも、同じく話しかけた。
「あの世がどういうところかわからないけど、どうか、あなたたちが安らぎを見出したことを。もう、あなたたちを引き裂くものはいないですからね」
 供養を終えた一行は、そのまま墓を後にした。

 その夜。皆は夢を見た。
 それは、人形を抱いた少女の夢。
 しかし、少女の顔は、それはそれは幸せそうな微笑を浮かべていた。