毒を以って薬と成せ

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月07日〜09月12日

リプレイ公開日:2005年09月09日

●オープニング

 その村には、薬剤師が、人々に癒しを施した女性がいた。
 古手睦月。
 彼女は薬に関する知識を得るため、世界中を旅し、それはたくさんの人間を癒し、その命を救ってきた。人間のみならず、エルフ、ドワーフ、シフール、ジャイアント‥‥動物も、犬猫をはじめとして、彼女に助けられた存在は少なくない。
 望むなら、大きな町で医師を開業し、ひとかどの人物として知られたことだろう。だが睦月は名声よりも愛を選び、素朴で真面目な農夫と結婚した。
 ある村に落ち着き、そこで生活のかたわらに治療師を行いつつ、夫の農業を手伝った。
 子宝に恵まれ、その子供達も成長し、たくさんの孫が生まれた。家族に愛されつつ、睦月は地味ながらも充実した人生を歩んでいった。
 やがて、子供や孫達は独立し、夫にも先立たれた。睦月は老後を、村の治療師として働く一方、自分の治療の技を若い世代に伝えるべく、弟子をとっていた。
 村はずれに立つ、小さな屋敷。そこは彼女の住まいであり、弟子達が住み込みで薬剤を学んでいる学校でもあった。
 数人の弟子は、睦月から薬についてを学び、人を癒す事を学んでいった。弟子たちはみな、師匠の老婆を愛していた。

 そして、数人の弟子の中で、最も若く血気盛んな者がいた。
 古手哲史。行き倒れていた旅人が抱えていた、男の子。
 彼は村で引き取られ、睦月が育てる事になった。血縁関係こそないものの、睦月にとっては新たな孫であった。
 そして彼も、成長するにしたがって育ての親である睦月に憧れ、彼女の治療の業を身に付けたいと考えるようになった。
 哲史は熱心に老婆からの教えを受け、その技を少しづつ身に付けていった。
 が、彼は若さゆえか、やや無謀なところがある弟子でもあった。他者を癒す事に夢中になりすぎて、自分の身体の事は二の次にしてしまっていたのだ。
 薬草が危険な場所に生えていると知ったら、そのまま向かっていき、怪我をしつつも採取してくる事はしばしばだった。
 そんな彼は、今回とある薬の材料を採りに、ある場所へと出て行ってしまった。
 そこは、沼だった。

「私の住む村から山一つ超えた場所には、沼があります。そこは多くの動物が住み、植物も繁っています。私も、私の弟子も、何度かそこに赴いては、薬の材料となる動植物を採取しました」
 老婆が、ギルドにて依頼内容を口にしていた。顔には深いしわが刻まれ、きれいにまとまった白髪をしている。
 しかし、その眼差しには力がこもっていた。身体は老いたりとも、その意思と心はいまだ健在。老婆の瞳には、それを思わせる力が感じ取れた。
 彼女の両脇には、若い男女が控えていた。老いた師匠を助けるためにと、同行した弟子である。
「私は、この通り数人の弟子をとっています。哲史は弟子としては、いささか優秀とは言えないですが、出来が悪い弟子ほどかわいいものでして。
 あの子を助けていただきたい。そして出来る事なら、あの子の手伝いをしていただきたいのです」
 
 きっかけは、薬だった。
 薬の材料には、様々なものがある。時には、毒物を持つものから抽出したりもする。毒も、使いようによっては薬となる‥‥と言うわけだ。
 そして、その毒物を用いた薬の在庫が無かったため、哲史は材料を採りに行ったのだ。
 その材料とは?
「毒蛙ス。毒蛙を捕まえ、生きたまま毒と毒腺を抽出し、薬を作り出すわけッス」
「詳しい事は専門的な話になるので割愛させていただきますが、ともかく生きた毒蛙がないと、この塗り薬を作ることは出来ないのでございますですわ」
 睦月に代わり、二人の弟子、虎助と辰子が説明した。
「ウチの村に、照造っつー鍛冶のオヤジさんがいるんス。で、彼は二週間ほど前に、ひっどい火傷負っちまいまして、そりゃあもう難儀してるッス」
「それで、ご家族の方が師匠のもとに治療を求めに来たのでございますですわ。けれどもあいにく、良く効く火傷の塗り薬を切らしてしまっていて、さっそく薬を作り始めたわけでございますです。しかし、生きた毒蛙を捕まえなければならなくなりまして‥‥」
「それで、哲坊のやつ、一人で沼に行っちまったわけッス。ええ、自分らも向かったんですが、あいつってば蛙を探しに沼の奥深くまで行っちまったらしくて。沼の入り口付近を捜したんスが、見当たらないんス」
「あの沼は小道が縦横に走ってて、下手に入り込むと迷子になり、出られなくなるんでございますですわ。慣れた人でも、決して深く入り込まないんでございますですよ。なのにあの子、沼の奥へと毒蛙を求めて入り込んだようでございますですわ」
「二人から話を聞き、私はすぐにギルドに依頼すべきと判断し、このとおりお願いにあがったのです。報酬は、私が作った薬を差し上げましょう。私の家には、お金の蓄えがそれほど無いのですが‥‥そのかわり、治療薬ならば提供できます。解毒剤と治療薬を一服づつで、いかがでしょうか?
 どうか、私の弟子をお助け下さい」
 三人は、深々と頭を下げ、依頼した。

●今回の参加者

 eb0764 サントス・ティラナ(65歳・♂・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 eb1148 シャーリー・ザイオン(28歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3386 ミア・シールリッヒ(29歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

「解毒剤を?」
「そうなのだ。もしも哲史さんが毒に犯されていた時のため、解毒剤を先にいただいておきたいのだ。あいにく、おいら達には持ち合わせもないし」
 依頼人、古手睦月の家にて、依頼を承諾した四人の冒険者が集まっていた。
 そのうちの一人、玄間北斗(eb2905)は、睦月に対し解毒剤の前払いを交渉していた。
「わかりました、すぐに持ってこさせましょう」
「了解でございますですわ」
 辰子は家の奥から、陶製の小瓶を持ってきた。
「即効性の解毒剤です。どんな毒でも無効化できますでございますわ」
「ありがとうございます。これで毒に関しては一応安心ですね」
 小瓶を受け取り、シャーリー・ザイオン(eb1148)はそれを背嚢におさめた。
「見事な解毒剤でアルね♪ 同業者として、ミーはマダムを尊敬しちゃうのでアル♪」
 大柄で禿げた男が、小瓶に頬ずりした。
「スんばらスィ〜! マダム、ぜひ作り方を伺いたいでアルよ♪」
「はいはい、そこまでにしときなさいって」
 浮かれ気味のサントス・ティラナ(eb0764)を、ミア・シールリッヒ(eb3386)がたしなめた。
「サントス様、これが毒蛙とりの道具ッス」
 虎助が、手にいくつかの道具を抱えてきた。
投網と火バサミ、中空の細長い管に、陶製の背嚢。
 「投網で捕らえたら、火バサミで背嚢に入れるんス。それと‥‥毒蛙を捕まえる時には注意して欲しいス」
「注意?」蛙嫌いのシャーリーが、繭をひそめた。
「毒蛙の毒ッス。大きさは、大体この物差しと同じくらいッスけど、思った以上に毒を飛ばすんスよ。ちょうど、そこの物干し竿くらいの距離スね」
 虎助は、壁の竿を指差した。長さは三mくらいだろうか。
「ともかく、皆様。依頼を受けていただいて感謝します。どうか哲史をお助け下さい」
 虎助、辰子とともに、睦月は冒険者達に頭を下げた。

「‥‥って、頼まれたのはいいんだけどね。まーったく、あとでお風呂に入らないと」ぶつくさ言いつつ、ミアは沼の小道を進んでいた。
彼女は、竹の棒を数十本抱えている。それを歩いた先々に突き刺し、目印にするつもりだ。また、糸を用いて帰りに迷うのを防ぐ意図もあった。
彼女の前には、サントスが蛙を入れるための陶製の背嚢と網、捕らえるための火ハサミを携えている。
「ミーが見事にキャッチするアルよ♪ だからユーたち安心アル♪」
そして弓を構えたシャーリーと続き、玄間が先頭に位置していた。
 沼はかなりの広さで、自然に出来た小道が縦横に走っている。周囲は薄い霧で霞み、遠くまで見通す事は出来ない。沼から湧き出る臭いが鼻につき、冒険者達を不快にさせた。
「付近の人々も、この辺りまでしか来ないそうなのだ」
 警告文が書かれた看板が立てられている。午前中のためにまだ日は高いが、迷ったらすぐに日が暮れるだろう。
 もちろん、冒険者達は更に先に進むつもりだ。
 
 二十数本目の竹棒を突き刺し、ミアはため息をついた。
「‥‥っとに、どこにいるのかしらね。件のボーヤは。これで見つかりませんでした、なんてオチは勘弁して欲しいわね。ったく」
「哲史さーん! どこですかーっ!」
 ミアと対照的に、シャーリーは疲れを感じさせない様子で哲史の名前を呼んでいる。
「セニョール哲史〜! 聞こえていたら返事をプリーズでアルよ〜!」
 サントスもまた、声を張り上げ呼びかけた。
 沼には様々な生き物が、身体をくねらせて浮き沈みしている。
「静かに!」
 玄間が、皆の声を制した。
「聞こえるのだ! 哲史さんなのだな!」
「玄間さん、私にも聞こえました!」
 二人の耳には、確かに聞こえたのだ。わずかに、助けを求める声が聞こえてくる。
「みんな、こっちに!」
 玄間とシャーリーが、ぬかるんだ小道を駆け出した。サントスとミアがそれを追う。
「哲史さん、今行きます。間に合ってください!」
 シャーリーは、弓を握る手が汗で湿っていくのを感じていた。

 恐怖に引きつった少年の顔は、じきに沼に沈む事だろう。彼は既に、胸まで沼に沈んでしまっていた。
 どんなにもがいたところで、身体を引き上げる事は叶わない。近くのツル草を握っているため、沈まずにすんでいる。が、それもちぎれそうだ。
 更に、彼に接近するモノがいた‥‥子牛ほどの大きさの、巨大な蛙。そいつがのっそりと近付いていく。
 誰かが助けてくれない事には、このまま沈んでしまう。その前に、蛙に襲われる方が先か。
 この周辺には、人間など近付かない。助けにくる者が来るわけがない。
もうだめだ、畜生‥‥!
「はっ!」
 が、巨大な蛙が大口を開けたところに、シャーリーの矢が打ち込まれた。
 柔らかい口内に、矢が突き刺さる。更に二本の矢が打ち込まれ、大蛙は唸り声とともに逃げ出した。
 その様子を見て、哲史は困惑した。
「な、何が‥‥?」
 が、ツルが切れ、彼は沼の泥水の中に完全に沈み込まれてしまった。
 空気を、あるいは助けを求め、彼は手で空をかく。
 つかめるものなど、あるわけが無い。もうだめだ‥‥!
 が、手に何かが巻きつく感触があった。
「セニョール哲史!?」
 ミアが巻きつけた鞭をたぐり、サントスは哲史を吊り上げた。

 空気を求め咳き込んだ哲史は、改めて自分の恩人達を見た。
「どうやら、大丈夫のようなのだな」
「怖がる事はナッシング。ミーたちはユーをヘルプするように、マダム睦月に依頼された者アル♪ ユーの事を、ヴェリィ心配してたアルよ?」
 玄間とサントスが、安心させるように声をかけた。
「あの大蛙も追い払いました。もう、大丈夫です」
「まーったく、こんなとこまで出張って、沈みかけて、しかも大蛙に食べられそうになるなんて、かっこ悪いわねー」
 シャーリーとは対照的に、ミアは意地悪い口調で言葉を投げかける。
「ノンノン。セニョリータミア、まだ純真なボーイにそんな言葉はバッドアルよ?」
 サントスの言葉に、哲史は微笑んだ。が、すぐに沈んだ表情になった。
「‥‥か、蛙を、毒蛙を、まだ‥‥」
「はーっ、ほんとに困った坊やねえ」
 ミアが、必要以上に落胆してみせた。
「後先考えず、未熟なくせに突っ走る。早死にするタイプね」
「ドンウォーリーね、セニョール哲史。ミーたちもフロッグをキャッチするよう、マダム睦月から言われてるアル♪ ミーたちにお任せのことアルね♪ でも‥‥」
 にかっと笑いながら、サントスはその顔を近づけた。
「でもセニョール哲史、ユーがいなくなったらマダム睦月が悲しむのでアル! 誰かをヘルプするなら、自分の身を自分でガードしろとミーの先生も言ってたアル♪ なので、ユーの患者の事も考えてホスィアルね♪」
「あ‥‥う、うん。わかったよ」
「さて、それじゃあ蛙を捕まえるのだ。みんな、もうひとがんばりするのだ!」
「そ、そうですね‥‥あはは‥‥はぁ」
 檄を飛ばす玄間と対照的に、シャーリーは冷や汗をかきつつ苦笑した。

「はっ!」
 蛙の吐く毒液をかわし、ミアは鞭を毒蛙に巻きつけた。それを引きよせ、陶製の箱に詰め込む。極彩色の蛙は、泥とともに捕獲された。
「アッパレ! グッド&グレィト! マーヴェラス&ファンタスティック! スバらしいウィップさばきアルのことヨロシ♪」天晴れ扇子を開き、サントスは感嘆した。
 シャーリーと玄間は、投網と構えて沼へと飛ばした。
「か、かかりました!」
「こっちもかかったのだ!」
 二人の網に、蛙がかかった。
「て、手伝ってください!」
「こっちは手が離せないのだ! サントスさんかミアさん、彼女を助けて欲しいのだ!」
「ウィ、ミーはセニョール玄間をヘルプするアル!」
 シャーリーの方には、哲史とミアがとりついた。そのまま、網を引っ張っていく。
 玄間の網にかかった蛙が、毒液を吐いた。が、サントスも玄間もそれをかわし、網の中身を泥水ごと先刻の背嚢に空けた。
「おっ、二匹入っているのだ。確か、生きた毒蛙は三匹採れば良かったのだな?」
「こちらの方には‥‥蛙は入っているけど、毒蛙じゃあないよ。じゃあ、玄間さんが採ったやつで十分間に合うね」と、哲史。
「はあ、良かった‥‥」
 シャーリーが安堵した、その時。
 網から抜け出した、緑色の小さな蛙。それが強力な後足を駆使し、空中へと跳躍した。
 着地した地点。そこはある冒険者の顔であった。
 顔面に蛙を張り付けたシャーリー・ザイオンは、然るべき行動に出た。
 すなわち、声の限りに絶叫したのだ。
「きゃあああああああああああっ!」
 沼に、彼女の悲鳴が響き渡った。

「つまり、鍛冶屋んとこの娘にいいかっこしたくて、哲史は毒蛙を捕まえに行ったってわけスね」
 その後、冒険者たちとともに古手家に戻った哲史は、こっぴどく叱られた。
 こんな無茶な事をした理由は、件の火傷をした鍛冶屋、ないしはその孫娘に関係があったのだ。哲史は鍛冶屋の孫娘、おさとに好意を持っていた。だから、彼女のためにと無茶な行動に出たのだ。
「ま、あいつは確かにバカっスが、少なくとも悪い奴じゃあないス。その点は、俺たちも感心してはいるッスよ」
「では、お騒がせしましたが‥‥約束の薬です。使わずにすんだ解毒剤とともに、どうかお納め下さい」
 睦月より、栓がしてある小さな竹筒を手渡された。中には、液体が入っているようだ。
「んん〜、メルシーサンクスありがトンアル〜♪ コレならどんな傷も怪我も問題ナッシングアル♪」
 またも頬ずりしつつ、サントスはオーバーに喜んだ。
「それにしても、シャーリー様は災難でしたね」
「い、いえ‥‥ははは」
 睦月の言葉に、シャーリーは愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「お詫びと言ってはなんですが、あの毒蛙から作った膏薬も、お付けしましょうか?」
「い、いえ。お気持ちだけ頂いておきます。いえ、遠慮させて下さい。ほんとに」
 必要以上に、シャーリーは遠慮した。

 その後、毒蛙から作った火傷の薬で、鍛冶屋は回復した。
 しかし、おさとには既に想い人がいた。それを知った哲史は、以前以上に無茶な事をしでかした‥‥かどうかは、定かではない。