英雄の墓

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月29日〜10月04日

リプレイ公開日:2004年10月07日

●オープニング

 かつて、若者がいた。
 常に冒険が日常とともにあった。生きる事がすなわち、冒険であった。
 故に若者は、力を望み、剣を手にした。
 やがて若者は、剣により様々なものを手に入れた。
 若者は、年を経て、男となった。男は妻を娶り、夫となり、父親となった。
 が、それでも男は欲していた。冒険という名の危険に望み、その果てに手に入るだろう栄光を。
 男の子供たちが成長し、多くの孫に恵まれた。彼らが巣立って行っても、男は冒険を続けた。
 やがて男は老人となり、剣の冴えは徐々に衰えていった。が、男はそれでも自らの剣とともに旅を続けた。

 が、全てには始まりがあるように、終わりがある。冒険とともに始まった老人の人生は、終わりを告げた。
 とある墓場。そこには民に害為す怪物がいると聞き、老人は一人向かっていった。
 壮絶な戦いの末、老人は勝利を収めた。が、怪物は死の間際、凶暴な一撃で老人に致命傷を与えたのだった。
 死臭漂う墓場の隅で、偉大なる冒険者はその生涯を終えた。
 
 老人の妻は、その時が来るのをわかっていた。死に行く男を見送る女は、このような時が来るのを理解するものだ。そして近い将来、自分も夫の側へと旅立つ時が来る事も理解していた。
が、残りわずかな命を燃やし尽くすその前に、彼女はわずかなものを欲した。
 夫の遺品。離れてはいても、自分と夫を結びつけていたお守りを、死ぬ前に手にしたいと。死ぬ前にただひと目でいい、自分と夫が愛し合っていた証であるお守りを手にしたいと。
 彼女は、夫が冒険に出るたび、お守りを手渡していた。そのせいか、どんな危険も夫の命を奪えなかった。
 だが、自分はもう既に歩けぬ身。どうすればいいのだろう?
「‥‥大奥様、冒険者ギルドに相談してみては?」
 相談相手の下男の提案を、実行するのにはやや時間がかかった。自分のために、他人を犠牲にしたくない。もうこれ以上、誰かが悲しむのは見たくない。
「‥‥わしには、大奥様の悲しむところを見たくは無いでげす。大旦那様に助けてもらった時から、わしは誓いました。大奥様が幸せな一生を送れるようにすると」
 忠実に仕えてくれた下男の忠誠心に、彼女は感謝した。涙があふれるほどに。
「気にすることはありません。わしが勝手に、ギルドに頼んだだけの事でげすからね。金? わしがいままで貯めた小銭がありやすよ。まあ、支払う分は十分ありやすから、どうかご心配なく。なに、どうせ使うあても無い金です。大奥様のために使えるんなら本望でさあ」

「‥‥というわけでげす。大旦那様が亡くなった場所はわかっていやす。あなた方にお願いしたいのは、そこに行ってお守りを持ち帰っていただきたいのでげす」
 冒険者ギルドにて、老齢の下男は君たちに説明していた。
「旅商人などから聞いた話でげすが、そこはとある山奥の廃村にある墓場でして、最近じゃあ骸骨の化け物が沸いてるって噂です。わしがお願いしたいのは、大旦那様が肌身離さず実につけていたお守りを、大奥様へ届けて頂きたいんでげす。あと、できればでよろしいんでがすが‥‥」
 今度は、訴えかける口調で問う。
「大旦那様の遺体を見つけたら、それを荼毘に付し、遺灰を持ち帰っていだだけやせんか?大奥様と一緒の墓に、納骨して差し上げたいんでげす。どうか、お願いいたしやす」
 君たちの前に銭入れを差し出し、老人は深く頭を下げた。

 しかし、彼はほんのわずかに口元をゆがませていた。苦い思い出が湧き上がったかのような、苦々しい表情が、その顔に浮かぶのが見えた。
 何かを隠しているのか、あるいは何か思うところがあるのか。わずかではあったが、老人が浮かべた表情はそんな疑念を抱かせるものだった。
 

●今回の参加者

 ea2605 シュテファーニ・ベルンシュタイン(19歳・♀・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6402 雷山 晃司朗(30歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea6463 ラティール・エラティス(28歳・♀・ファイター・ジャイアント・エジプト)
 ea7052 九竜 斉天(29歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7078 風峰 司狼(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 依頼を受けて数刻後。冒険者たちはギルド内の一室にて、依頼遂行のために話し合っていた。
「・・・・どうも、腑に落ちないんだよね」
 草薙北斗(ea5414)が、納得しかねるようにつぶやいた。
 しかし、腑に落ちないのは彼だけではなかった。冒険者たち全員が、老人から聞いた話の内容に釈然としないものを感じていたのだ。
「腑に落ちない? 何がですか?」
 エジプトからのファイター、ラティール・エラティス(ea6463)が草薙に尋ねた。
「いや、記録をざっと調べてみたんだけど、彼が言ってた冒険者に当てはまりそうな人がいないんだ。名前知らなくても、大体予想はつくもんだけど」
「そうだな、私もそう思う」
 ラティールと同じジャイアント族、雷山晃司朗(ea6402)も同意した。
「あの時に見せた表情も気になる。もう少し、情報が必要だろう」
「そうよね。お守りがなにか、旦那さんの体格とか姿の特長とか、そういうのも確認しないといけないし。もうちょっと聞き込みした方が良いかもね」
「じゃあ、俺と九竜は、バケモンの情報でも調べてみるかな」
「ああ、自分は、骸骨の化け物がいつからそこに出てるのか、他に被害者がいるのかを調べてみるぜ」
 風峰司狼(ea7078)と九竜斉天(ea7052)は、いれられた茶を飲みつつ言った。
「よし。それじゃみんな、それぞれ情報を得た後で、明日の午前中にまた集まろう。情報と準備を整えてから、骸骨退治と行こう」
 草薙はお茶を飲み干し、明るい口調で言った。

「なんだって?」
「ええ、昨日ご老人の所に行ってみたんです。けど‥‥なかったんですよ、お爺さんが言ってたお屋敷らしいものが」
「ないって、どういうことだよ?」
 九竜は、予想外のラティールの言葉に、驚きながらたずねた。
「雷山さんとシュテファーニさん、草薙さんと私の四人で、あのお爺さんの言う大奥様のお屋敷を探してみたんです。ですが、どこにも見当たりませんでした」
「それで、あのお爺さんが住んでた小屋があったから、訪ねてみたんだけど‥‥ろくなことは聞けなかったわ」
 ラティールとシュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)が、続けて言った。雷山が、さらにその先を続ける。
「で、私が『奥方にお話を伺いたい』と尋ねたのだが、『勘弁して欲しい』と止められた。よほど巻き込みたくないのか、‥‥ともかく、お守りがどんなものかは聞いた」
「それは赤いお守り袋で、それをいつも身に付けてるそうよ。体格は、『自分と同じくらいだ』って言ってたわ」
「そうか‥‥そういやシュテファーニ、草薙は?」
「彼なら、ギルドの記録室でもう少し調べてから行くから、風峰さんたちは先に行っててくれって。あ、九竜の馬をちょっと借りるそうよ」
「おいおい、自分だけ後から来るつもりかよ」
「風峰、彼は我らより多少は経験を積んでいる。何か考えがあるのだろう。お主たちはどうだ?」
「ああ、行商人や、旅人たちから聞いてみた。それによると、確かに山奥に廃村があって、最近になってそこで化け物みたいな影を見た‥‥って話を聞いたぜ」
「だが‥‥」
 風峰に続き、九竜がその先の言葉を続けて言った。
「こうも言ってた。『冒険者が、廃村に行ったところは誰一人見ていない』。『怪物退治に、冒険者が行った噂もなし』。‥‥怪しくないか?」
「‥‥妙だな、全く知らないというのも‥‥」
「でも雷山さん。とりあえず行きましょう。依頼を解決すれば、きっと原因がわかりますよ」
 ラティールの言葉に、一同はうなずいた。

 廃村を見て、ラティールは物悲しさを実感していた。
 廃村になった原因は、地形的に、村そのものが人が住むのに適していなかったためだった。かくしてここに、住む者はいなくなった。
 冒険者たちは、先刻より遺体を捜していた。が、人間の死体どころか、骸骨すらみあたらなかった。
「きっと、墓の方にあるんじゃねーの?」
「でしょうね。村を一通り調べて、それでも見つからなかったらシュテファーニさんにサウンドワードをかけてもらいましょう」
 九竜とラティールの言葉に、シュテファーニは返答しようとした。が、彼女は墓場に差し掛かったところで、あるものを見た。苦労して、彼女は言葉を搾り出す。
「‥‥その必要はないわよ。見つけたわ!」
 村の奥の荒れ果てた墓場。昼なお暗いそこは、人外の存在が住むのに相応しい雰囲気をかもし出している。
「‥‥出てくる!」
 シュテファーニの言葉に、皆が緊張した。
 墓場の奥、森の中より二つの赤い光が現れた。生ける骸骨の目が輝いて冒険者たちを見つめる。骨には腐肉が所々にこびりついているが、頭の一部が何かに殴られたかのようにへこんでいる。ぼろぼろになった衣装をまとい、首からは何かを下げていた。
それはゆっくり、冒険者たちへと歩み寄ってきた。
「怪骨が一体だけ? まさか、他に何かが‥‥?」
 素早く周囲を見回した雷山だが、それらしいものは見当たらない。
 怪骨は威嚇するように手の匕首を構えた。その姿はどこか頼りない。だがそれでも、危険である事には変わりない。
「みんな、行くぞ!」
 雷山は刀を構えた。九竜、風峰もまた、同様に刀を抜く。ラティールは異国の剣を抜き構えた。シフールのシュテファーニは、翼を羽ばたかせて空中に待機する。
 怪骨は狙いを雷山に定め、突進してきた。
 しかし、怪骨より先に、雷山の剣が命中した。刃が骨を砕く。その横から、ラティールの剣が腕を捕らえた。腕が刃の前に折られ、地面に落ちた。
 痛みを感じたかのか、泣いているように怪骨は吼えた。風峰が、剣で怪骨の足を払い倒す。振り回した腕は、九竜の刃に薙ぎ払われた。
 弱い。あまりに弱すぎる。これが、人々を脅かしていた化け物なのか?
 腑に落ちぬまま、雷山はとどめをさした。が、その直後、
「この‥‥大馬鹿者が!」
 老人の声が響いた。それにつられ、冒険者たちは振り向く。
 そこには、依頼人の老人がいた。彼は、草薙が引いた九竜の馬に乗り、涙目で怪骨を見つめていた。

「そういう‥‥事だったんですか」
 老人の口から語られた事実に、ラティールは複雑な表情でそれを受け止めていた。
 英雄など、最初からいない。英雄の妻も、最初からいない。
 そして老人自身も、英雄に仕えているわけでもなかった。みな、彼の狂言だったのだ。
「騙したのは、すまなかったでげす。だが‥‥わしにとっては、どんなに馬鹿でも、わしにとってたった一人の兄弟なんでげす‥‥」
 怪骨だった骨をあつめ、皆は老人の弟だったものを荼毘に付していた。骨を焼く炎の匂いが漂う。
「こいつは、昔からろくに努力などせず、のらくら生きた大馬鹿者でげす。偉大な冒険者になりたいというのが口癖でげした」
 炎が、老人の横顔を照らし出す。それは彼を、より寂しそうに見せた。
「だが、こんな馬鹿でも結婚してくれた女がいた。真人間とは言えんが、こいつが悪い事をせずに済んだのは、まさに女房のおかげでげした」
「でも、それと今回の依頼と、どんな関係が? そもそも、なんでまた弟さんが怪骨になっちまったんだ?」
「それは‥‥」
 風峰の質問に答えづらそうな老人に変わり、草薙が口を出した。
「そこから先は、僕が話すよ。先日お爺さんの、弟さんの奥さんが亡くなってね。亡くなる直前に、『故郷の村の、お守りを取ってきて欲しい』ってお願いしたんだ。で、彼はそれを取りにここに来たんだけど‥‥」
「何らかの理由で、おそらくは足を滑らせ頭を打ち、死んでしまった‥‥と」
 草薙の言葉を、雷山が補足した。そして老人は、それに対しうなずいた。
「うん。で、お爺さんは弟さんの様子を見に来てみたら、弟さんが怪骨になってるのを知った。説得しても通じないし、倒せるわけでもないから、江戸に戻り‥‥」
「ギルドに依頼して、弟さんを成仏させたいと思ったんですね」
 今度は、ラティールが補足する。
「だったら、どうして偉大な冒険者がなんて、ややこしい事を言ったんだ?」
 九竜の言葉に、老人は苦々しい表情になった。依頼する時に見せた、あの時の表情と同じだ。
「弟や、弟の嫁が‥‥不憫だったからでげす。確かにあいつは馬鹿でした。笑われて当然でげす、でげすが‥‥それでも、これは弟が女房のために行おうとした事なんでげす。あいつの、女房を想う気持ちまで笑いものにされたくないと思って、つい‥‥」
「つい、『冒険者と、その奥さん』って嘘をついちゃったわけね」
 シュテファーニの言葉に、老人はうなだれた。
「僕はこの事を推理して、お爺さんを問い詰めたんだ。で、僕たちだけに事実を打ち明けるって事で納得して、ここまでやってきたわけ。まあ、これで腑に落ちない理由がわかったよ」
 草薙の言葉に、彼は観念したように言った。
「‥‥笑いたくば、どうぞお笑いくださいでげす」
「ご老人‥‥」
 雷山は老人の手を取り、お守りを握らせた。怪骨が首から下げており、倒した後に残骸の中から拾い上げたものだ。
「弟君が求めたお守りだ、お納めするがいい」
「え‥‥?」
「別に自分たちは、爺さんを笑わないし、弟さんも笑うつもりはないよ。な? 風峰」
「ああ、俺たちは仕事を受けて、それをこなしただけだ。だろ?」
 九竜と風峰が、老人に言った。
「そうです! 私は、弟さんは立派だったと思います! 好きな人のために、ここまで来るなんて‥‥素敵ですよ!」
「そうね。それに、あなただって弟さんのためにこんな嘘をついたんでしょ? 大切な人のために一生懸命な人を、どうして笑えるかしら」
 ラティールとシュテファーニが、それに同意する。
「真の英雄とは、見返りなしに誰かの為に尽くせる者。そしてあなたの弟君は、それを行った。あなたも含め、その行為は英雄と呼ぶにふさわしい」
「ま、そう言うことさ。お爺さん。火葬が済んだら骨壷に入れて、お守りと一緒にお墓に納めよう。報酬はちゃんともらったし、僕らはギルドに適当に報告しとくからさ」
 雷山と草薙の言葉に、老人の目から涙がこぼれた。
 炎が、英雄をたたえるかのように燃えていた。