花を刈る犬を狩れ!

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月15日〜04月20日

リプレイ公開日:2006年04月24日

●オープニング

「最初に、言っておく事がある。俺たちを見て、蔑むな。そして、哀れむな。俺たちはあんたたちと同じ、特別な存在ではないって事を肝に銘じておいてくれ」
 外套で身体をすっぽり覆った男は、顔だけを出してギルドの応接室に通されていた。
 若い男の顔だが、体の方は妙にぐらぐらと揺れている。青ざめ、汗びっしょりになったその顔は、傍目にも気分が悪そうだと見て取れた。
「頼みがある。おそらく報酬は出ないだろうし、あんたたちにとって、何の得にもならない事を強要する事になるだろう。だが、そこをあえて頼みたい。俺の家族を、仲間達、俺にとって何よりも大切な人たちを‥‥どうか、助けてくれ」
 彼の名は、草丸と言った。

 かつて裕福な武家に生まれた草丸は、甘やかされて育ったためか、傲慢でわがままな性格の青年に成長した。そして、素行の悪い仲間とともに、放蕩と悪行の数々を行なっていた。
 が、ある時。それが少々行き過ぎてしまった。ある娘にちょっかいを出し、更には屋敷に乗り込んで狼藉しようとしたのだ。彼女が大きなやくざの幹部、ないしはその娘である事を知ったとき、すでに彼らは手遅れだった。
 仲間達は一人づつなぶり殺され、草丸自身も酷く傷つけられた。なんとか家に逃げ帰った草丸だが、事の次第を聞いた家の家族は、皆草丸を捨てる事を選んだ。世間体と、なによりやくざに目を付けられ、災難を呼び込みたくないという理由から。
 親戚も、友人も、知人も、許婚も、彼が助けを求めた者たちは草丸を蔑み、嘲り、中には傷つけた。かつての草丸が行なっていたのと同じく。
 自ら命を絶つ程の度胸も無く、草丸は物乞いをして生きるしかなかった。が、そのような中、彼は大道芸の一座に助けられた。
「花姫一座」の座長、花姫。
「何故助けた、哀れみからか」と尋ねたところ「目の前で、人が死にかけているのを見ました。だから助けたんです」。
 そして、「もしよろしければ‥‥貴方の命、この私に下さい」
 そして草丸は、彼女の一座に加わることとなった。
 花姫は、草丸に芸を教えた。草丸は彼女を知り、彼女が自分以上に悲惨で壮絶な出生と人生を送り、そしてそれを哀れんでも、憎んでもいない事を知った。
 花姫とその仲間から、草丸は芸を覚え、それを磨いた。笛吹き、お手玉、口上などなど。自分でも驚くくらい、草丸はそれらの芸を見につけていったのだ。
 辛かったが、不満はもらさなかった。生きるためという事もそうだが、見捨てられた彼を、蔑みもせず、哀れみもせず、人として認め、自分が生きる理由をくれた花姫に対し、応えたいと思ったからだ。
 かくして彼は、芸人として雑草一座のトリを飾るまでになった。

 草丸は、幸せだった。辛い事も少なくないが、充実した毎日を送っていた。友人も多く出来た。腹を割って話し合い、心から信頼しあえる友を、彼は得ることができた。
 怪力芸人の大岩・小岩の二人組、軽業の少年・羽小僧、奇術師の丸助。犬や猫を操る調教師の赤鼻殿下、皆、草丸の親友だった。
 そして、彼らは興行が終わると、花姫屋敷へと戻る。
 とある山奥に所有する屋敷。通称、花姫屋敷。
 廃村だったところを改造し、人が住めるようにしたのだ。そこで彼らは、芸を練習したり、望む者には勉学や読み書きを教えたり、田畑を耕して食糧を自給自足したりと、つつましく生活していた。

 が、ある日を境に、その毎日が崩されるはめになった。
 屋敷に、賊が強襲したのだ。十人以上の数の盗賊団は、飼いならした凶暴な犬を多数引き連れ、一座の屋敷に襲い掛かった。
 一座の数人が殺され、何人かはひどい怪我を負わされた。
 見ると、盗賊の一人は一座が知っている顔だった。山中で行き倒れていたのを、屋敷に連れ帰り介抱したのだ。すっかり良くなった彼は、礼とともに里へ帰っていった。
 その恩を、仇で返されたというわけだ。
 彼は多くの犬を飼いならして獲物を襲う盗賊一味、犬飼権乃助の仲間だったのだ。
 戦い慣れしていない一座の人間達は、降伏するしかなかった。
 そして、恐ろしい事を言い出した。
「お前らの稼ぎは、みな俺のものだ。町に行って稼いで来い。だが、お前らには監視を付けさせてもらう。もしも助けを呼んでみろ、人質の花姫を、なぶり殺しにしてくれる」
 こうして、監視付で興行に出る事になった。が、草丸は村に行く途中で、逃げ出したのだ。
「俺達は川に流された。おそらく奴らは、俺たちが溺れ死んだと思っているだろう。だから、今が好機なんだ!」
 彼はなんとか江戸までたどり着いた。犬飼の連中は、おそらく屋敷で贅沢三昧な暮らしをしていることだろう。金づるの奴隷を手に入れ、働かずに生活する術を得たのだから。
 そして、誰も自分達を捕まえに来れないという事も承知していた。花姫一座の屋敷は、旅の街道からは離れた、知っている人間でないと入れない場所にあるのだ。探しに来たとしても、道案内が無ければ必ず迷うし、ぐずぐずしていたら追っ手の存在を知られ、盗賊は雲隠れするだろう。
 そしてほとぼりが冷めたら、また屋敷に戻って居直るに違いない。
「あいつらは、昔の俺にそっくりだ。弱者から搾取し、気まぐれに苛め抜く。これも、俺に課された罰なのかもしれん。だが、花姫や一座のみんなまで、この罰を受けるいわれは無い! あんた達に、みんなを助けて欲しいんだ!」
 そして、彼は咳き込んだ。
「‥‥俺の命も、長くない。だが、命と引き換えに皆を助けられるんなら、喜んで捧げるとも」
 彼は、外套を脱いだ。そこには、もう一人が隠れていた。
「俺の友人、小力だ。なりは小さいが、怪力無双。頼りになる奴だぜ。喋れないのが難点だが、読み書きはできる」
ドワーフの小力は、身振りで草丸の身体の傷を見せた。草丸は、両足がなかった。彼の身体を小力を肩車し、その上から外套を羽織っていたのだ。
草丸の胸には出血が認められた。血糊がべっとりと、着物を汚している。
「犬飼の手下から、矢を受けたんだ。ともかく、案内は小力がする。あと‥・・頼みが一つある」
 もはや、気力だけで生きているようだ。彼はギルドからの手当てを断り、言い続けた。
「屋敷に、火を放つとか、そういうのは止めてくれ。花姫は、おそらく屋敷にいる。屋敷が火事になったら、火にまかれて死ぬかもしれない。後生だから、それだけはよしてくれ。彼女は、逃げられないんだ。手助けする人間がいないと、花姫は移動できないんだよ。なぜなら‥‥」
 再び、彼は咳き込んだ。口から、血を嘔吐する。
「‥‥彼女は生まれつき、手足が無いからな」
 小力が、草丸を横たえた。心配そうに見守るが、草丸は手を振った。
「屋敷を取り戻したら、ひょっとしたら‥‥少しは支払える小金があるかもしれん。頼む、ギルドの力で、犬飼の連中を捕まえ、俺の仲間を助けて‥‥くれ。‥‥それと、もう一つ。花姫に‥‥俺の、気持ちを‥‥」
 言葉が消え、草丸は事切れた。小力は号泣し、訴えかけるような表情で見上げた。
 その口からは言葉が出ないが、彼の眼差しは雄弁に語りかけていた。
 命を賭した草丸の依頼を、どうか受けて欲しいと。

●今回の参加者

 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea8078 羽鳥 助(24歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8921 ルイ・アンキセス(49歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea9033 アナスタシア・ホワイトスノウ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb0112 ジョシュア・アンキセス(27歳・♂・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 eb3974 筑波 瓢(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4481 東郷 多紀(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4607 ランディス・ボルテック(50歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 集まってくれた八人。その一人は、草丸の遺体に語りかけた。
「死に逝く者の願い‥‥確かに聞き届けました。ゆっくりと、お休みください」エルフのウィザード、アナスタシア・ホワイトスノウ(ea9033)の言葉が、命を賭した者へと響き渡る。その言葉を聞いた小力、もの言わぬドワーフは、身振り手振りで何度も礼を述べた。
「人質を取り、情に付け込み稼ぎを搾取しようとはな。犬畜生にも劣る、人とも思えない外道の所業だぜ」
 怒りを隠そうともせず、東郷多紀(eb4481)は毒を吐くようにつぶやいた。
「この仕事、必ず成功させてみせるぜ。命を賭して助けを求めに来た、草丸さんの為にもな!」
「全くじゃ。草丸とやら‥‥助けてみせるからの安らかに眠るのじゃ。女性を人質に取るとは‥‥決して許せぬ!」
 東郷とともに、ランディス・ボルテック(eb4607)も義憤に駆られた言葉を吐いていた。
「小力さん。この依頼、しかと引き受けた。報酬は結構。良ければ、終わった後にあなた方の芸を見せてくれればそれで良い。俺の息子も、喜んで引き受けてくれるとの事だ」
 ルイ・アンキセス(ea8921)の言葉を聞き、その息子のジョシュア・アンキセス(eb0112)は面倒くさそうに言った。
「ったく‥‥勝手な事言ってんじゃあねーよ、俺は親父に無理やり引っ張ってこられただけだぜ。ま、要は莫迦盗賊どもをブチのめし、とっ捕まえて、一座を助けりゃ良いんだろ? 楽勝だぜ、ちょいちょいっと片付けてやるさ」
「うむ。小力殿、心配するな。星の動きは吉と出ている。我らの行動も、吉と出ることだろう」
 ジョシュアに続き、筑波瓢(eb3974)が励ました。
「そうさ。ルイさんの言う通り。代価はその命だけで十分だよ! 俺、ヘタレだけど‥‥やれること、精一杯やるからさ!」
羽鳥助(ea8078)の声が、暗くなりそうな雰囲気を払拭する。
「草丸殿の文字通り命を賭けた行動、想い‥‥決して無駄にはしない! みんな、行こう! 花姫一座を救うんだ!」
羽鳥に続き、七神蒼汰(ea7244)の雄々しき声が、冒険者たちを鼓舞した。
小力の顔に、安堵の表情が広がる。彼は感じ取っていた。
冒険者たちが、命を賭した草丸の心を受け取ってくれた事を。

「すると‥‥この山の、ここに隠された通路を通らない事には迷う、ということですね」
 地図を前にして、小力がアナスタシアの言葉に対してうなずく。
 一座の屋敷がある山。その麓にある無人の水車小屋にて、八人の冒険者たちは対策を練っていた。
「で、確認だが。簡単に言えば、二手に別れ、片方はひと暴れして、その隙に片方が忍び込み、花姫を助ける‥‥という事でいいのじゃな?」
 彼らが立案した作戦。それは、小力を含めた九人が二手に別れ、それぞれが陽動と潜入を行い、盗賊団を倒し花姫や人質を助けるというものであった。
 潜入するのは、小力に筑波、七神、羽鳥。そして、外で陽動するのは東郷、アナスタシア、ルイ、ジョシュア、ランディス。
『でも、もしも相手に気づかれたら? それに、もしも陽動がうまくいかず、屋敷からあいつらが離れなかったら?』
 筆と紙で、小力が疑問を呈した。
「その時は、一旦退却し、機会をうかがうつもりだ。案ずるな、きっとうまくいく」
 筑波が、小力を励ますように言った。

「まったく、たまらんな。働かずして金が入る、いやいや、実にたまらん」
 犬飼は仲間とともに、酒を酌み交わし、下卑た笑いをあげていた。盗賊は苦労したところで実入りは少なく、怪我をする確立も高い。
 だから、こうやって儲かる方法を模索しただけの事。
「お前達には感謝しているぞ。働き、稼ぐがいい。その金を俺たちが使ってやる。楽しみだろう? 俺は楽しみだ」
 げてげてと嗤った犬飼権乃助の視線の先には、花姫の姿があった。
「あなたに言っておきます。罪を犯した者には、必ず相応の罰が下るもの。どんなに逃げ切ったと思い込んでも、その裁きからは逃れられません」
 美しい黒髪に、澄んだ瞳。もしも手足が備わっていれば、彼女は美女として名を馳せた事だろう。実際彼女は、名門の武家に生まれた身だった。が、手足を欠いたその姿を両親から忌み嫌われ、子供の居なかった叔母夫婦に引き取られた。
 彼女の庇護と愛情のもと、花姫は自らの力で人生を切り開く事を自らに課し、書物を読み口と胴体の筋肉を鍛え上げ、可能な限り自分で自分の面倒をみられるように自らを鍛え上げたのだった。そして、見世物一座に入り、その座長となりて現在に至る。
「俺もお前に言っておこう。俺は逃げるつもりは無い、お前らから逃げたら、食い扶持が無くなるからなあ」
 歯噛みした彼女だが、犬飼の仲間がやってきて、彼に耳打ちしたのを見た時。何かが起こっているのだろうと直感で理解した。その何かが、自分にとって有利に働いてくれればいいのだが。

「とあーっ!」
 東郷の鋭い剣、それによるスマッシュの一撃が、凶悪な犬を一匹切り捨てた。
 花姫屋敷、ないしはその庭先。
 東郷の霞刀が、盗賊と犬とを薙ぎ払う。見たところ、彼らの実力は街にたむろするチンピラのそれと大差ない。数人が数匹の犬を連れて、五人の冒険者たち‥‥東郷、アナスタシア、ルイ、ジョシュア、ランディスを迎え撃たんと出てくる。
 敵の数は結構多い。しかし、死地をかいくぐってきた彼らにとっては、恐るるに足りない。
「おらおらおらっ! 俺の矢を食らいやがれ!」
 ジョシュアの矢が、的確に犬や盗賊たちの手足や腱を射抜いていった。
「雷光よ、我が手に宿れ! 怒れる蛇がごとく、我が敵を討たん!『ライトニングサンダーボルト』!」
 アナスタシアの手から放たれた電撃が、チンピラと犬へと襲う。光り輝く鞭や蛇の如き一撃が振るわれ、焼け焦げとともに犬は倒れた。
「見えぬ重き力よ、不可視の枷となりて我が敵を撃たん!『グラビティーキャノン』!」
 さらに、ランティスの呪文が犬を戦闘不能にさせる。
 三人ほどの仲間が痛手を受け、犬も四匹倒された。が、盗賊の仲間達は後から後から、犬とともにわいて出てくる。
「てめえら、何者か知らんがいい度胸じゃねえか。俺たちに喧嘩を売るなんざな」
「生かして帰れるとはおもうんじゃあねえぞ! 覚悟しな!」
 虚勢を張るチンピラどもに賛同するかのように、新たに連れられてきた犬どもも口元をねじまげ、牙で噛み付こうと脅しをかける。
「覚悟? それはお前らがする事だろ。なあ親父、賭けないか? こいつらが泣いて許しを請うってのに、晩飯賭けるぜ」
「息子よ、いくらこいつらの脳味噌が二人で半人前でも、いい年した大人がそこまで惨めな事はしないだろう。惨めに這いずり回って許しを請うというのに賭けよう」
 ジョシュアは弓を、ルイは両手の木刀を振りつつ、あからさまな侮辱を投げかける。それを聞いたチンピラどもは、侮辱された事をすぐに理解し、犬をけしかけ、自分達も匕首を抜いて襲いかかった。
いいぞ、追って来い。犬と犬の邪悪な飼い主たちが追ってくるのを見て、東郷はにやりとした。

「なに? 外に襲撃者?」
「へい、それがかなりの手練でして。いかがいたしやしょう?」
「決まっている、犬を全部出してそいつらに回せ!」
 どたどたと外へ向かった手下に対し、犬飼はフンと鼻息荒く見送った。
「まったく、雑草のように使えん奴よ。そうだろう?」
「‥‥雑草などという草はありません。草はその全てが、尊敬すべき緑です」
「ふん、人質と思って少しは丁寧に扱ってやったが、少々図に乗りすぎのようだな。己の立場を、少しは教えてやると‥‥しよう!」
 花姫が座っている座椅子ごと、犬飼は蹴り飛ばした。花姫は畳の上を転がるが、屈服するような眼差しを見せない。
 犬飼はその眼差しが嫌いだった。自分を恐れず、むしろ蔑むような目で自分を見る。実に気に食わない。
 匕首を取り出した彼は、それを構えた。
「片方だけ、その目をくりぬいてやる。そうすれば、少しは身の程を知るだろう」
 花姫はその意図を感じ取り、恐怖と怯えの表情を見せ、そして生まれて初めて叫んだ。
「た、助けて!」
「今助ける!」
 その返答を聞いたとたん、花姫は見た。天井裏から小力と、花姫が知らぬ三人の見知らぬ者たちが降ってきたのを。

「さて、もうお前らはオシマイだ。どちらかを選べ、俺たちに刺し殺されるか、犬に噛み殺されるかをな」
 盗賊の一人が、声をかける。近くの大木、ないしはその周囲に、冒険者達は追い詰められたのだ。周りを囲まれ、もう逃げる場所もない。どうあっても追い詰められた状況だ。なのに冒険者達は、ニヤニヤして余裕たっぷり。
「あんな事言っておるぞ? 気の毒にのう」
「犬と盗賊、両方が同時に襲いかかったとしても、私たちには勝てない‥‥この事を理解できなかったのが、この方々の敗因ですね」
 ランティスとアナスタシアの落ち着き払った言葉に、盗賊たちは全員が激怒した。
「いいだろう! なら俺たちと犬とで、じっくり殺してやる!」
 犬と盗賊団。全員が円周上から同時に襲い掛かった。逃げ場は無い。空でも飛ばない限り、逃れられる方向は無い。
 が、次の瞬間。盗賊と犬の身体に、強烈な電撃が浴びせられた。地面に仕掛けられた罠、ないしは呪文を、彼らは踏んだのだ。
「『ライトニングトラップ』を敷き詰めておいたのです。あなた方が来る事を予期してね」
 アナスタシアの言葉を聞く者はいなかった。踏みつけた電撃の罠は、盗賊たちを無力化させていたのだ。
 倒れた盗賊たちと犬を縛り上げるのに、なんの苦労もなかった。

 小力とともに降りたった冒険者達は、犬飼と相対した。
「貴様ら‥‥? そうか、そこの死にぞこないのドワーフが、お前らを呼んだというわけか。さては、外の連中は囮か?」
「おとなしく降参するんだ。お前に勝ち目は無い!」
「は! お前らの目的は花姫を助ける事だろう? ならば、目的を遂げられないようにしてやろう!」
 彼は匕首を構え、そのまま花姫に向かっていった。この際致し方ないが、これくらいする必要があるだろう。
「!」
 しかし、犬飼の邪悪な目論見は、花姫の姿が忍者のそれに変わった事で阻止された。
「忍法『空蝉の術』! さあ、覚悟するんだね!」
 羽鳥がそこに現われていた。花姫は、小力の腕に抱えられている。
「この、クソッタレどもが! 殺してやる!」
 腰の日本刀を抜き、切りかかる犬飼。だが、
「汝が起きることを『禁』‥‥『スリープ』」
 筑波が呪文を唱え、悪漢は眠りに落ちていった。

「貴様はどの道磔獄門だ。己の罪を後悔しろ」
「後悔? はっ、こんな取るに足らない連中から搾取したところで、何の罪になる? 捕まったとしても、すぐに出てきてやるさ。そしてこいつらと一緒に、お前らもぶっ殺してやる!」
 筑波の言葉にも反省の色を全く見せず、縛り上げられた犬飼はわめき続ける。
「‥‥花姫ちゃん、こいつを裁く権利はあんたにある。ここで処刑するか、それとも役人に引き渡すか?」
 刀を抜き、犬飼の首に当てている七神と羽鳥の言葉に、小力に抱えられた花姫は思案した。
「殺しはしないだろうさ。もしここで俺を殺せば、お前は俺と同じ悪党になる。そうはなりたくないだろう?」
 再び、げてげてと嗤う犬飼。
「‥‥ならば、悪党となりましょう。貴方が息をしていい場所は、どこにもありません」
 花姫の言葉が、死刑執行の宣言を告げる。それが犬飼の耳に届くと、嗤い声が止まった。
 処刑の瞬間まで、犬飼は恐怖というものを知った。惨めに命乞いをして、泣き喚き散らしながら、犬飼は処刑された。

「生き残りの手下は、みな縛り上げた。後は、近くの村まで引っ張って行き、奉行所に引き渡す事にしよう」
 仲間達と子供達が解放され、筑波の言葉に、花姫はようやく安堵した。
「そうですか、草丸に頼まれて、江戸の冒険者ギルドから皆さん‥‥わざわざ遠くから、ありがとうございました。ですが‥‥」
「支払いのことなら聞いている。金はいらない。その代り草丸が命をかけて守った花姫一座の芸を見てみたい」
そこで初めて、彼女は草丸の姿がないのにようやく気づいた。
「小力、草丸はどうしました?」
 首を振る。
「え? 一体何があったのですか?」
 花姫は、冒険者達に首を巡らせた。
「教えてください、草丸は今どこに? ギルドで休んでいるんでしょう?」
「草丸様は、‥‥逝かれました。今際の際に、私たちに貴方たち、自分にとって何よりも大切な人たちを助けてやってくれ、と。‥‥彼は、最後まで貴女の身を案じていました」
 アナスタシアの言葉が、刃のように彼女に突き刺さった。残酷な事実、聞きたくなかった真実が、彼女を苛む。
「そん‥‥な‥‥」
「うまく言えないんだが‥‥草丸さんは最後に言っていた。アンタに、自分の気持ちを伝えたい‥‥と。草丸さんはきっとアンタに感謝してる。アンタには‥‥一番大事なもんを救ってもらったんだからな」
しどろもどろになりながら、東郷はやっと口にした。
 気丈に振舞っていた花姫だが、徐々にそれが崩れ落ち、瞳から涙がこぼれた。大粒の宝石の用に、頬から滴り落ちる。
「忘れろとは言わない。だが、何時までも引きずっては欲しくない。ただ、彼の事を時々で良いから思い出し、偲んでやってくれないか‥‥」
 七神は、言葉をかけるのに若干の時間と努力を必要とした。
「‥‥私も、伝えたい事がありました。草丸に‥‥あの人に伝えたい一言が‥‥なのに‥‥なのにッ‥‥!」
 歯を噛み締める、彼女はうつむいた。
 小力もまた、涙を流す。こんな事、信じたくないと言うかのように。
「あー‥‥俺からも、一言いいかな?」羽鳥の能天気な声が、その場に重ねられた。
「今は草丸のために悲しんで、でも明日からは笑ってくれよな。草丸は、花姫ちゃんに会えて幸せだったんだからさ。花姫ちゃんが笑って、幸せになってくれる事が、彼にとっての供養になると思う。だから、な?」
 羽鳥の言葉に、頭を上げた花姫。やがて、微笑みの表情を浮かべた。
「ええ、仰るとおりですね。私は忘れません。皆を守るため、その命を賭してくれた人の事。‥‥私がお慕いしていた、あの人の事。決して、決して忘れません」
 本当に、美しい。ルイは心の底から、花姫の笑顔を見てそう思った。
「お前も、心の美しい素敵な人と出会えたらいいな‥‥なんだ、泣いてるのか?(げしっ)イテッ」
「うっせーバカ親父、目にゴミが入ったんだよ! ‥‥そ、それより、芸を見せてくれよ」
「ええジョシュア様、楽しんでいただければ良いのですが」
 ハーフエルフ親子の言葉に、彼女は微笑みながら答えた。

「さあさお立会い、ジャパン一の花姫一座、これより開幕いたします! ぜひぜひ見て笑って、楽しんでいただければ何より!」
 花姫一座、これからも笑いと幸せの花を咲かせて欲しいと願う冒険者達だった。