蔵の秘密

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月31日〜06月05日

リプレイ公開日:2006年06月08日

●オープニング

 広大な山中に立つ、とある寺。
 そこは、修行僧が多く、山中には修行のために様々な小屋や社が建てられていた。若き修行僧たちは、山の中で身体や精神を鍛え、立派な僧侶として一人前になる事を夢見つつ、修行に励んでいた。
 さて、その寺、座石寺は、本殿の裏山に多くの小屋や社を建てていた。そこは、修行の一環としての武道を学ぶための道場だったり、座禅を組むための場所だったり、中には呪われた品や曰く付の品を納めるための倉庫や土蔵だったりと、種々様々な建物が点在していた。
 そして、裏山の奥の奥。修行僧たちがほとんど踏み入る余地のない奥の方に、ほとんど朽ち果てたかのような土蔵があった。
 その土蔵には、しっかりと錠前がおろされていた。中に何が入っているのか? それを疑問に思ったが、それは禁忌であると、とある修行僧は思い知らされた。
「なに? 土蔵を見つけただと?」
 寺の最高責任者である僧侶、心寂が、修行僧からそれを聞いた時の事であった。彼は若い頃、勇敢なイギリスの騎士や、美しいエルフの女性とともに冒険の旅に出ていた事があったが、今は彼らと別れ、この座石寺の和尚をしている。
「そんなことはあるはずがない。あの周辺には何も無い、お前が見たのは何かの間違いだ」
「いえ、確かに土蔵があり、錠前がかけられていたのです。あの土蔵は、一体なんなのですか?」
 報告するは、修行僧たちの長である、一成。彼自身、熱心な修行僧であり、座石寺の事は隅々まで回り、把握していたつもりであった。
「いいや一成。お前が見たのはなんでもない、おそらく昔に使われていた蔵で、討ち捨てられていたのだろう。忘れよ、忘れて修行にはげむがいい」
 心寂和尚の言葉に、一成は疑問を覚えた。どうもあの蔵を、忘れさせたがっている。
「では、何か物置にいたしましょう。修行僧たちで掃除をし‥‥」
「ならぬ!」
 言い終わらぬうちに、和尚から一括された。心寂は普段、そのような激情を見せる事などほとんど無かったのだ。
 それに、本殿や修行場の各所で、要らなくなった品物の置き場所が無く、新たに蔵を建てようかという話が持ち上がっていたのだ。あそこにある蔵ならば、運ぶのにちょっと遠いが、わざわざ新たな蔵を建てるという手間をかけずにすむ。
「よいか、一成。あの土蔵は、触れてはならぬ物が入っている。あれに近付くな、あれを見たら、おぬしはどうなるか分からぬ。よいな!? くれぐれものぞいたり、近付いてはならぬ! わかっておろうが、口外することも許さぬ。この事をもしも誰かに告げたならば、おぬしは即刻破門とする!」
 まるで、脅しているかのような口調だった。否、脅していた。
 ややおかしいと思いつつ、一成はこの事を忘れる事にした。

 が、すぐに蔵ごと思い出すことになった。
 山中に、カラスが住み着くようになったのだ。それも、尋常でない大きさのカラスが!
 一羽や二羽なら、修行僧たちでも何とかなっただろう。しかし、五羽もの大カラスは、修行僧たちの手にあまる存在だった。空中から現われると、まるで楽しむかのように修行僧達を追いまわし、時にはつつき殺す。
 くちばしや鉤爪にて大怪我を負わされ、中には命を落とした者もいた。修行僧たちは弓矢や槍で自衛するも、カラスはものともしない。みな、カラスを恐れて裏山に修行に行かなくなってしまった。
「しばらく、下山して様子を見た方が良いでしょう」
 こうして、ほとんどの僧侶は一時的に避難するかたちで下山した。仮の宿は、檀家の屋敷。裕福な家庭ゆえ、一ヶ月くらいならば何とかなる、との事だ。

 しかし問題はここから。件のカラスどもは、あの謎の蔵に巣をつくったのだ。そして、山に棲息する小動物を襲っては食らう毎日が始まった。
 心寂と、寺の数名の僧たち。そして一成は、このカラスを狩ってはもらえないかと、知り合いの狩人や猟師たちに頼んだ。
 快く引受けてくれたが、彼らは帰らぬ人となった。カラスは用心深くもずるがしこく、一羽が注意をひきつけ、もう一羽がいきなり後方から襲い掛かるという戦法をとるのだ。そのおかげで、狩人たちは後ろの方から鉤爪や嘴の一撃を受けるはめに。
 藪や木の枝から、弓矢で狙い撃ち‥‥も、無駄であった。カラスは目ざとく、決して射程距離内に入ってこないのだ。
  そして、結局は返り討ちに。「わしらの手には負えませんだ」という言葉と共に、生き残った狩人や猟師たちは逃げてしまった。

 そしてもうひとつ。巣には中々近づけなかった。なぜなら、心寂が徹底して近づけさせなかったのだ。
 一成や他の僧侶がなんとかして押さえつけたため、その蔵の所在が露となり、猟師はカラスの巣へと赴く事ができたのだった。
 しかし、心寂はそれでも蔵に、人を近づけたがらなかった。猟師たちが去った後、彼はこっそりと蔵に向かってはカラスと対面し、自分ひとりで追い払おうとしていたのだ。
 返り討ちにあい、彼は大怪我を負ってしまった。一成や僧たちが助けなかったら、突き殺されていた事だろう。

「というわけで、皆さんにカラスを退治していただきたいのです。このとおり、報酬を用意させていただきました」
 ギルドにて、一成や和尚の代理の僧たちが依頼に来ていた。
「あのカラスは、かなりやっかいな相手です。おそらく倒さないことには、また再びやってくる事でしょう。あと‥‥」
 一成は、蔵の事を切り出した。
「何かはわかりませんが、あの蔵の中には何かあるのかもしれません。ひょっとしたら、何か魔法の道具か何かがあり、それがカラスを呼び寄せているのかも。それを知られたくないものだから、和尚様は蔵に人を近づけさせたくなかったのかもしれません。
 しかし和尚は、何か人を傷つけたり、呪いの道具を貯めるなどといった事を嫌う方でした。仮にそうだとしても、あそこまで隠し通そうとするものか、ちょっと腑に落ちないのです。何か知られたくない秘密が、蔵の中にあるのは確実でしょうが‥‥」
 心寂和尚は今、こん睡状態で件の檀家にて保護されている。そして、蔵に何があるかを確かめようにも、カラスが出張っているために、蔵には近づけない。
「ギルドの皆さんで、どうかカラスを倒していただきたく思います。そして、蔵に何があるか。もしもカラスの原因が蔵にあるのなら、それを取り除いてください。どうか、お願いします」
 一成たちは、報酬を差し出しつつ懇願した。

●今回の参加者

 ea8685 流道 凛(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb1040 紫藤 要(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3283 室川 風太(43歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3974 筑波 瓢(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb5005 クンネソヤ(35歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

「あそこですね。件の蔵は」
 ギルドから派遣された、冒険者達。ないしはその一人、流道凛(ea8685)の視界に、蔵が見えた。木々に邪魔されて見づらいが、それでも植物に埋もれている蔵と、その周囲に屹立している木々、そして蔵の前に開けた場所が見えた。かつては、あの蔵も荷物を出し入れする人間たちによって扉が開かれ、頻繁ではないにしろ人が行き来した事だろう。
「はい。あの屋根にある大きな枝の塊。あれが大鴉の巣です」
 一成の言葉に、同じく僧侶である室川風太(eb3283)が、檜の棒を手にしつつ請合った。
「ま、御同輩。後は僕らにまかせてくれればいいよ。あの鴉たちをなんとかして、ついでに蔵に何があるかを確かめておくからさ」
「ええ。‥‥それにしても、鴉の特徴は、ここからじゃ見えませんね」
紫藤要(eb1040)が指摘したとおり、そこには三羽の鴉がたむろしていたが、細かい点までは確認できなかった。
彼女は事前に、一成より聞いていた。五羽いるカラスは、一羽ごとに身体的特徴が認められるため、同一の個体であると。
それぞれ、大きめの爪を持つ『大爪』、片方の目が潰れている『片目』、胸部に大きな十文字の傷痕がある『十字』、一番の大柄だが嘴が欠けている『欠嘴』。そして首領格の、胸部に雪が残ったかのような白い羽を持つ『残雪』。
この距離から見た限りでは、そのうちの何がいるかを確認するのは困難であった。もっとも、三羽とも胸が白くないため、『残雪』はそこにはいないだろうが。
「『天地万物の理を変化、我が視力が遠目とならん事を「是」』‥‥『残雪』はいませんね。三羽とも片目でなく、それぞれの特徴が見て取れます」
 巻物を取り出し、「テレスコープ」の呪文を用いた筑波瓢(eb3974)は、強化された己の視力にてそれを確かめた。
「となると、おいらたちは気をつけなきゃな。三羽にだけ気をとられ、背後を『残雪』と『片目』に襲われないようにしないといけないぜ」
 クンネソヤ(eb5005)、小柄なパラの大工は、空へと鋭い視線を向けた。聞くところによると、五羽いる鴉の中で、「残雪」は飛びぬけて手ごわい相手との事だった。「残雪」に続き、「片目」もまた気性の荒さとすばやさ、攻撃の正確さでは仲間達を凌駕する。
 あの三羽は雑魚で、本命はここにいない二羽‥‥という事で間違いなかろう。
晴天だが、次第に雲が太陽にかかってきている。曇天にならないうちに、行動を開始しなければならないだろう。
「一成さんは、ここまでで結構です。あとは私たちに任せてください。期待に添えるよう、がんばってきますね!」
銀髪の吟遊詩人、ネム・シルファ(eb4902)の言葉が、一成の耳に頼もしく響いた。

 昨日に熊の親子を空中から襲い、その肉をついばんで貪婪な食欲を満たした大鴉たちであったが、満腹になったせいか、警戒心は些か薄らいでいた。
 というか、ほとんど警戒していなかった。近くに多く群れている二本足どもは、ろくな相手ではない。道具を使われると厄介ではあったが、それにさえ気をつけていれば、どうという相手ではない。
 そのため、近付いてくる冒険者達に気づいていながら、「十字」はわざと接近を許していた。見たところは六人だけで、他にはいないようだ。ちょうど小腹も空いた事だし、ちょっとつまみ食いするのもいいかもしれない。
 カアと吼えるように鳴くと、彼は仲間の二羽を起こした。蔵の屋根、ないしは巣を守っていた「欠嘴」と、近くの木に止まっていた「大爪」は、「十字」の鳴き声に応えて首を巡らせた。
 もしも鴉が笑えるとしたら、今まさに笑っていた事だろう。獲物が接近してくるのを、そいつらの黒い眼差しは捕えたのだ。
 バサバサと羽ばたきつつ、三体の黒い翼が空中へと躍り出た。

「きたぞ、やつらだ!」
 クンネソヤの声に、冒険者達の心に何かが走った。緊張か、昂揚か、あるいは戦いの前にはじける戦慄か。冒険者達は蝦夷のパラの言葉に反応し、円陣を組んで空中からの強襲者に対し迎撃体勢を整えた。
 青空を蹂躙する悪魔のように、そいつらは羽ばたき飛び回る。その姿は、鴉以上のなにか、漆黒の闇そのものを誰かが切り取り、空に置いたかのような錯覚を生じさせる凶悪さがあった。
「!」威嚇の鳴き声と共に、鴉は急降下しはじめた。耳を劈くその鳴き声は、狂乱した死霊が降臨し、哀れな獲物を狙うかのよう。実際、この様子を間近で見た修行僧たちは、その恐ろしさに慄き、ほとんどが背中を向けて逃走してしまった。
 それを、後ろの方から低空で降下してくる鴉が正面から突撃し、嘴や鉤爪で攻撃する‥‥というのが鴉の戦法であった。
 が、冒険者達にとってはそんなものは既にお見通し。一成からそれを聞いていた彼らは、円陣を崩さずにその場で立ち止まり、黒い強襲者どもを迎撃せんと武器を構えていた。
 かたまっている相手に対しては、威嚇してばらばらにし、時に隼のように、時に狼のように襲い掛かる。
 が、鴉たちは困惑していた。この獲物どもは、今までのそれとは異なる。それどころか、挑みかかるかのような眼差しをしている。気づいた時には、既に手遅れであった。
「お願いだから、効いて!『我が奏でる、白銀の弦のしらべよ。其は眠りへ誘う旋律とならん』‥‥『スリープ』」
 携えられたクレセントリュートの響きとともに、ネムは眠りを誘う呪文と唱えた。「欠嘴」の嘴は確かに欠けていたものの、強力な鈍器と化していた。それに叩き潰された修行僧は、数多い。
しかし、それが振るわれることは無い。ネムが唱えた「スリープ」の呪文により、後僅かで冒険者達を打ち据える嘴が眠りと共に力を失った。
「欠嘴」に続き、「大爪」が自慢の爪を開いて掴みかかろうとする。が、クンネソヤの矢がそれに先んじて鋭い一撃を打ち込んだ。小柄なパラが放った一撃は大きな痛手となり、大爪の飛行能力を奪い取った。
「紫藤・要、‥‥参ります!」
 残る一体の「十字」も、紫藤が携えたロングスピアの攻撃が決まった。長い柄の間合いを用い、すれ違いざまに「十字」のの翼へと打撃を与えたのだ。
 もんどりうって、「十字」は地面を転がった。立ち直らんとした時、長柄の槍の穂先が自身の心臓へと突き刺さっている事に「十字」は気づいた。槍の鋭い穂先が、一羽めの鴉の命を奪い取ったのだ。
 二羽めは、呪文によって引導を渡された。
「滅びの力よ、その力を解き放て! 『ディストロイ』!」
 室川が呪文を詠唱する。超常的な破壊と殲滅の魔法が、僧侶の手の中にて溜まり、煉られ、集中し、力となりて掌に確かな力となる。力は狙い過たず、黒い怪鳥へと放たれた。
 呪文の直撃をうけ、「大爪」は爆散し、果てた。
 そして眠りに落ちた「欠嘴」の頭蓋を、クンネソヤの矢が貫いた。
 三羽の鴉が、血祭りに上げられた。が、冒険者達は気を緩ませることなく、鋭い鴉の鳴き声の方向へと集中した。
「『片目』に『残雪』だ!」築地が叫ぶ。
 集団をまとめ上げるだけあって、その二羽の風格は段違いであった。鴉どころか、鷲や鷹、隼など、猛禽ですらうらやむような鋭い嘴と爪と力強い翼をそなえた巨鳥は、放たれた矢のように冒険者達へ強襲した。
 紫藤が「十字」にやったように、ロングスピアで薙ぎ払おうとする。が、「片目」が放った翼での衝撃波、飛行の勢いなどがともに彼女を襲い、槍を弾かれてしまった。
 冒険者達もまた、風圧の前に崩れ落ちる。陣形が崩れたところを、「残雪」が翼を広げ、鋭い爪で掴みかかった。
「紫藤さん! はあああっ!」
 爪の一撃がきまる刹那、流堂の霞刀の刃が軌跡を描く。彼女が放ったカウンターアタックとシュライクの一撃が、黒い怪鳥へと放たれたのだ。柔らかい腹部を切り裂いた刀は、「残雪」の白を赤に染める。
だが、「残雪」もただではやられない。短剣ほどもある「残雪」の爪が、彼女の刀をひっかけ、取り落とさせた。
「流堂さん!」
「くっ!‥‥大丈夫! それより『残雪』を!」
 見ると、持ち直した「残雪」が立ち上がり、再び羽ばたいて空中へと逃げ出そうとしている。そして、「片目」が旋回し、今一度来襲せんと、向かってきていた。
「こうなったら、再び呪文で‥‥!」
「ネムさん、今度は俺がやります。下がっててください」 
 ネムに変わり、筑波が進み出た。青紫の浄眼が空中の黒を見据え、鮮血の赤と大空の蒼穹が映える。奇妙な色彩の対比が戦場を彩り、筑波の血を滾らせた。
「残雪」もまた、翼を広げて悪夢のように襲い掛かる。流堂はひるむことなく、左手の軍配にて嘴を払い弾いて、攻撃をかわしていった。
「‥‥っ!」
 流堂が嘴を弾いた、次の瞬間。クンネソヤの矢が、「残雪」の腹を貫いた。
「参ります! はあっ!」
 間髪入れず、槍を取り戻した紫藤が、「残雪」へ止めの一撃を食らわした。断末魔の叫びごともに、「残雪」の命はロングスピアに貫かれ、事切れた。
「‥‥天地万物の理を以って、汝が起きることを『禁』。‥‥『スリープ』」
 筑波の呪文が、「片目」へと放たれた。眠りを誘う呪文が、大鴉を包み込む。
 墜落するも、すぐに立ち直ろうとする。が、すでに筑波は二つ目の呪文を唱え終わっていた。
「天地万物の理を変化、呼吸をすることを『禁』‥‥『バキューム』」
「片目」のひとつしかない目が、苦しみを訴えかけるように膨れ上がった。ばたばたと翼を羽ばたかせ、悶絶するかのように痙攣する。呼吸すべき空気を失い、苦しげにあえぎながら泡を吹き、最後の大鴉は文字通り‥‥息の根を止められた。

 巣には、幸いにも卵も雛も無かった。あるものといったら、積み上げられた骨と、どこかから持ってきたようなガラクタ。
 骨は種々雑多な生き物のそれを寄せ集めたものである。おそらくは、修行僧以外に過去に犠牲となった、動物達のものに相違あるまい。中には、普通の鴉の骨もあった。頭の部分や所々に付いた黒い羽が、かつて鴉であった事の証明だ。
「あの大鴉、鴉も食べていたんですね」
 まだ血の滴る、肉をむしりとられた鴉の死体を見つつ、紫藤はかぶりをふった。
「では、そろそろ調べるとしよう。この蔵の中を‥‥」
 筑波が声をかけ、一同は蔵の扉の前に集まった。
 錠前はかなり固く、扉もかなり分厚い。一成に聞いたが、故意か偶然か、開けるための鍵に心当たりはなかった。
普通なら開けられない。が、それも室川のディストロイの呪文の前には問題なかった。
 
「やめろ! 中を見るな!」
 冒険者達がいざ扉を開いたところ、後ろから声が響いてきた。
 心寂和尚が、傷を受けた身体を引きずり、そこに来ていたのだ。が、その願いむなしく、皆は見てしまっていた。
「これは‥‥肖像画?」
「きれいですね‥‥この方、エルフでしょうか?」
 紫藤とネムが、中に入っている物が何かを口にしていた。
 そこは、一種の画廊めいた場所になっていた。壁には丁寧に絵がかけられている。描かれた内容は、凛々しい騎士。ネムに劣らぬ銀髪に、勇敢にして爽やかな微笑み。その整った顔は、女性陣はもちろん、男性陣ですら胸が高鳴ったくらいだ。
そして、秘密を知られた和尚は、がっくりと肩を落とした。

「だいぶ、昔になる。わしは冒険者として、イギリスを旅していた。莫大な富は手に入らなかったが、結構な額の財産は手に入れた。経験や友情、知識、ほとんどあらゆる物をわしは手に入れた。ただひとつを除いてな。
 シェイナ・ホワイトリーフ。美しきエルフの淑女にして姫君。彼女は、ある騎士を従えていた」
 冒険者達に囲まれながら、心寂は話していた。自らの過去の事。そして過去に出会った者たちの事を。
「イギリスの若き騎士が、フィアンセとしてシェイナの側にいた。グレン・フロストファイア。そやつは勇敢で、逞しく、戦士としては負け知らずなのに、子供に優しく、決して卑怯なまねをしない。真に英雄と呼ぶにふさわしい者。彼がいなければ、こうして今生きてはいない。そして、二人は先に逝ってしまった」
「なるほど。それで帰国してから、思い出として肖像画を残しておきたいと考えたわけか。しかし‥‥」
「隠す事もないでしょう? ここに、友人の肖像画を保管している事が、そんなに隠したいことなんですか?」
 クンソネヤと流堂の質問に、心寂は苦悩にして苦渋に満ちた顔となった。
「ああ、隠さねばならない。仏に仕える者が、かつての友人に‥‥恋心を抱き、未だにそれが忘れられないために、ここに肖像画をため込んでいるなどと知られたら‥‥一成や、寺の修行僧たちはわしを軽蔑し、周囲からも嘲笑の嵐が吹くであろう‥‥。
 片想いではあったが、グレンはわしにとって大切な人だった。それが忘れられないが故、このような誤解が生じてしまった。笑いたければ、どうか好きなだけ笑ってくだされ」
 冒険者達は顔を見合わせ、やがてネムが口を開いた。
「別に、笑いはしませんよ。大切な思い出じゃないですか。たとえそれが道ならぬ恋だとしても、貴方はある人を好きになった。その事を笑うものですか」
「そうですよ。それに、我々はまずすべき事がある。この鴉たちによって命を落とした人たちに、祈りを捧げることがね」室川が、その言葉に付け加える。
「さ、後始末をしましょう。まだ仕事は残っています」
 筑波の言葉に、一同はうなずき、立ち上がった。

 蔵に鴉が巣を作ったのは、どうやら偶然らしい。巣を撤去し、そして鴉を含め、残った遺体は荼毘にふした。
 死した者たちには祈りを、けがをした者たちには治癒を施し、蔵には再び扉と鍵がつけられた。一成に対しては「蔵の中には『カラスが巣を作る原因になりそうなもの』はありませんでしたよ?」という、ネムの説明を添えて。
 それで完全に納得したかどうかは分からないが、ともかく、事件は解決した。

 今もなお、秘密を保ったまま、蔵はひっそり佇んでいる。