殺戮者のいる廃村

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月08日〜06月13日

リプレイ公開日:2006年06月14日

●オープニング

「どうも、腑に落ちんのです」
 猟師を連れてやってきた僧侶は、くたびれ果てた様子でつぶやいた。
「あやつは、それほどひ弱ではありませんでした。死人憑きならば、何度も力技で叩きのめしたことがあるくらいで。なのに、あんな事になるとは‥‥」
 口調には、腑に落ちないだけでなく、弟子を失った事による悲しみと落胆との感情も混在していた。

 きっかけは、江戸から離れた山間にある村、ないしはその寺にて。
 前任の住職が亡くなり、江戸からやってきた僧侶・青海が新たな住職として着任した。
 青海は、狂海を中心に数名の弟子を有していた。弟子たちとともに青海らは、村の仏事に取り組み、村人達からの信頼を得つつあった。
 しかし、狂海は些か問題のある人物だった。彼はもともと、ある領主に仕えていた武士だったが、身勝手な乱暴者で嫌われ者であった。それゆえ、彼はある時、酒に酔ってつまらない喧嘩をしてしまった。
 それがもとで、彼は島流しの憂き目にあった。それからしばらく経ち、改心した彼は青海に会い、彼の弟子となり、狂海の名を授かった。
 狂海は、青海に従い、よく修行に励み、よく働いた。以前の乱暴な時の彼に比べ、実に穏やかな性格になった。
 が、やはりまだ修行が足りない。暴力沙汰を止めようとするのはいいのだが、狂海自身が拳骨や笏杖を振るい、暴力を以って止めるという事も少なくなかった。
 墓場をうろつく死人憑きや怪骨に対しても、成仏させるより力技で叩き潰す、という解決法を取る事も多かった。
 そして、そのために彼は命を落としてしまった。

 寺に、村の兄弟の狩人、ないしはその兄が泣きながらやってきた事から、それは始まった。
 この兄弟、弓作と矢作は、去年に老いた父を亡くし、兄弟二人きりになっていた。が、父の後を継ぎ、彼らは猟師として生計を立てていた。弓作はその名の通り弓、弟の矢作は仕掛け罠。彼らは互いに猟師として尊敬しつつ、助け合いながら毎日を過ごしていたのだった。
 そんなある日。二人は山道を歩いているうちに迷い込んでしまった。夜もふけ、周囲には集落もない。野宿しなければならないかと思った矢先、廃村を見つけた。
 後でわかった事だが、そこはかつて流行り病で住民が全滅した村であり、廃村となった後は隣の山々の貧乏な村々で、助かる見込みの無い重病人や老人たちを捨てるのにも使われていた村らしい。それが祟ったためか、死人憑きや怪骨などが出没するようになった、との事だ(それらは現在、退治されたらしいが)。
 だが、その時の兄弟には、幸か不幸かその事実を知る由もなかった。
 夜の山には、色々と恐ろしい獣や化け物が出る。だから、明るくなってから自分達の村に戻ろう。そう結論付け、兄弟は村の、ないしは適当な小屋に入って一夜を明かす事にした。
 暖をとり、眠りについた二人。しかし夜明けちかくになって、弓作は目を覚ました。矢作が用心にと仕掛けていた鳴子が鳴ったのだ。
 だが、気づくのが遅かった。矢作は廃屋に入り込んできた何者かに襲われ、喉笛に食らいつかれていたのだ。
 月明かりのみが、そいつの姿を僅かに照らし出していた。それは恐ろしい、死体が動いているような外見の奴であった。暗い中でも、腐臭漂うそいつの口からは、ぞろりと鋭い牙が生え揃っているのが見えた。
 死人憑きに違いない。確信した弓作は迷わず弓を手に取り、そいつに数本の矢を打ち込んだ。が、全くと言っていいほどこたえる様子は無かった。そいつがこちらに襲い掛かってくるのを見て、弓作は恐れをなし‥‥逃げ出した。
 逃げているうちに、夜が明け、朝が訪れた。そしてどうにかこうにか、彼は村へと戻り、事情を説明したのだった。

 これを聞き、狂海は「弔い合戦だ」とばかりに、青海に相談せずに、いやがる弓作を連れてその村へと向かってしまった。
「きっとそいつは死人憑きだ。大丈夫、俺ならそんな奴は簡単に倒してやるさ」
 狂海は、金剛杖を手にして弓作を案内させた。彼自身、悪意はなく、純粋に矢作の仇討ちをしたいと思っての行為であるため、弓作も強く断る事は出来なかった。
 法事で江戸に赴いていた青海が帰宅したのは、狂海が出て半日経ってからであった。すぐに跡を追おうとしたが、弓作しか村の場所を知らない。
 それに、狂海ほどの腕っぷしなら死人憑きや、小鬼程度の怪物なら何とかなるだろう。一月ほど前、青海は狂海とともに江戸に行く用事があったのだが、その帰りに20人近くの野盗に囲まれた事があった。全員が短刀や棍棒で武装していたが、狂海は手近に落ちていた棒切れを拾い上げて、全員を叩きのめしてしまった。数名は鼻を潰され、数名は手足を折られていた。が、狂海が言うには「これでも手加減したんですぜ」。
 戦いの腕前が劣ってはいないのは確か。ならば心配するのは、帰ってきてからの説教のみ。
‥‥と、青海は考えていた。
 確かに戻ってきた。が、戻ってきたのは弓作のみで、狂海は戻らなかった。弓作が言うには「そいつの不意打ちをくい、逆に殺された」。
 昼なお暗い廃村の、さらに奥にある荒れ寺。そこに潜んでいた怪物が、いきなり現われたのだった。
 夕刻にたどりついたせいか、あたりは薄暗かった。そして、荒れ寺に動く物をちらりと見つけた二人は、そこに向かった。
 それが、狂海の命取りだった。いきなり物陰から現われたそのものは、すばやい動きで狂海に襲い掛かった。
 うす暗く、細かいところはよく見えなかったが、そいつが自分の弟を食い殺した奴に違いないと弓作は悟った。むき出した牙だらけの口は、忘れようとしても忘れられない。そいつはところどころが腐敗した、人間の死体そっくりだった。
 狂海はすぐに金剛杖で殴りつけたが、さして堪えてはいないようだ。そいつは狂海ととっくみあい、格闘になった。
 やがて、取っ組み合いは片方が動かなくなる事で終わった。そのものが狂海の喉笛に噛み付き、食いちぎったのだ。
 再び悪夢を見た弓作は、その場から逃げ、またも村へと戻った。そして事の次第を青海に話し、青海はこの事件解決の依頼をギルドにもってきた、と、こういうわけだ。
「弟も、狂海さんも、あいつに殺されたんです。もう、俺はどうすれば‥‥」
 ガタガタと震えながら、弓作はつぶやいた。痩せた小男の彼は、おそらく眠れないためだろう。目の下に隈ができ、今なお悪夢に苛まれているかのようだ。
「拙僧も、仇を取ってくれとは言えませぬ。が、正直なところ、そうして欲しいという気持ちはあり申す。狂海は、荒れ狂う海原のような男でした。それを静められなかったゆえ、このような結果になってしまったという点では、拙僧にも責任があるでしょう。しかし、あやつほどの男を殺す怪物とは、一体何物なのか。おそらくは、とんでもない物の怪ではないかとも思われるのです」
 報酬を差し出し、彼は懇願した。
「あいにく、拙僧には狂海ほどの力もありません。場所は、途中までは弓作が案内するそうです。村の中までは、思い出してしまうために行けないとの事ですが。ですが、もしも引受けてくださるなら、どうかお願いします。怪物を討ち、仇を取ってください」

●今回の参加者

 ea9803 霧島 奏(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3496 本庄 太助(24歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4554 レヴィアス・カイザーリング(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5073 シグマリル(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文

 廃村。かつてはここにも、人の生命と生活の匂いや雰囲気があふれ、住民たちの憩いが存在していた事だろう。
 今はそれも、過去の話。否、過去にそのような行為があっただろうと推測する事すら難しくなっている。荒れ放題の小屋、伸び放題の雑草、汚れ放題の内部。それらは無言のままに来訪者を阻み、沈黙という名の抵抗を行い続けている。
 それらに臆することなく、江戸は冒険者ギルドからやってきた六名の冒険者たちは、携えた武器や呪文の知識、装備とともに、廃村に踏み込んだ。
 
「全く、僕のような者にはうってつけですよ、この仕事は。クックッ‥‥」
 ギルドにて。この依頼話を受けた霧島奏(ea9803)は、嬉しそうにつぶやきつつ笑みをこぼした。その態度には、流石に依頼人たちもぎょっとした表情を浮かべざるをえなかった。
「あー‥‥それにしても、その死人憑き。きっと生前は強い人間だったんだろうね。大丈夫、俺たちがちゃっちゃとやっつけるよ」
 取繕うように、小柄なパラの志士、本庄太助(eb3496)の言葉が重ねられる。
「ときに、弓作さん。お願い‥‥というか、協力していただきたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「状況を把握するため、思い出せる限りでいい。村の地図を描いてはもらえないだろうか? 村がどういうつくりで、どこに何があるのかを確認する必要があるのでね。ことを有利に進めるために、協力してはもらえぬか?」
 フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)に、レヴィアス・カイザーリング(eb4554)。可憐なる神聖騎士と、高貴なるナイトの異母兄妹。その二人からの言葉に、弓作は答えた。
「へえ、俺のような猟師に何ができるかわかりやせんが、協力させてもらいます」
「弓作。同じく弓を携える者として、俺もあなたに頼みがある」
 蝦夷から来たカムイラメトク、シグマリル(eb5073)の厳しい目と言葉が、弓作の耳に届いた。
「あなたの矢筒に入っている矢を、少しばかり頂けないだろうか?」
「俺の矢を? それはかまわねえですが‥‥こんな粗末な矢で何を? それに、こいつはあの化け物には大して効き目がなかったですよ?」
「役に立つかどうか、ではない。あなたからの矢を持つ事で、あなたの想いをも携え、この仕事に取り組みたいと考えている。あなたの想いを込めた矢で、弟さんの仇は取ろう。必ずな」
「さて、話もまとまったようだし、出発の日時を決めようぢゃないか?」
最後に、河童の忍者、磯城弥魁厳(eb5249)が締めくくりの言葉を発した。

「では、俺はここで‥‥」
 村の途中まで来たが、弓作はある場所から足がすくみ、動けなくなってしまっていた。
「皆さんがた、どうか、矢作と狂海の仇をお願いします」
 弓作と、同行した青海に見守られながら、六人の冒険者は獣道を進んでいった。

 時間的には、まだ日は高い。太陽は空高く上り、日の恵みを下界へと満遍なく与えている。
「ううむ、地図はあまり役に立ちそうにないのう」
 弓作の地図を手にした磯城弥は、何度も現場と地図とを見比べた。確かに地図を描いてくれはしたが、弓作はあまり周囲の状況を覚えてはいなかったのだ。
「ま、無いよりましと考えましょう。最初から、あまり期待は出来なさそうでしたし」
 あきらめとも、なぐさめとも取れる言葉をつぶやく霧島。しかし、言葉と裏腹に周囲には強い視線を送り、彼なりに有利な状況を見出さんとしていた。
「‥‥嫌な空気だ。木々や緑は生い茂っているのに、良き命を拒むかのような雰囲気が漂っている」
シグマリルは、自分が胸のうちに秘めた感想をつぶやくのを聞いた。が、村の様子はまったくその通り。木々が生い茂り緑が萌えはゆる状況なのに、どこか生命を拒み、恐れるかのような雰囲気が強かった。虫や小鳥などの小動物すら、この周辺には近付きたがらないようである。
故郷の蝦夷にて、雪に埋もれた極寒の森を何度も見たが、ここまでおぞましい感覚を与えることは無い。間違いなく、ここには存在するのだ。自然に反した、邪悪なる何か、許されざる何かが。
「あれを!」
 村の中ほど。本庄が指摘したのは、かつては小屋だった建物。
 かなり頑丈なつくりのせいか、まだ建物としての原型を保ち、そこに佇んでいた。その建物を、弓作と矢作が使ったのはまず間違いが無い。
 周辺に今は役立たずとなった鳴子が散らばり、更にはその扉は壊されていた。まるで、何物かが無理やりに破ったかのように。
「どうやら、現場に到着したようですね。お兄様?」
 フォルナリーナの言葉に、兄はうなずいた。

 日はどんどん傾き、暗闇が迫りつつある。
 荒れ寺にたどり着いた一行は、そこに罠を仕掛ける事に相成った。
 周囲の見晴らしは悪くない。そして荒れ寺内部は広く、戦う空間は十分にある。
 フォルナリーナは連れてきた柴犬、エルにも周囲を探らせた。が、少なくとも何かを見つけた様子は見せなかった。
 ここに化け物をおびき寄せて倒すと決め、冒険者達はその用意を整えた。
「‥‥人事を尽くし天命をまつ。すべき準備は行ないました、後は‥‥待つだけです」
 フォルナリーナはつぶやき、祈った。
 そして、数刻。
「‥‥かからないな。まさか、俺たちが来た事に気づき、逃げ出した‥‥? レヴィアス、あんたはどう思う?」
「死人憑きならば、逃げるだけの知性は無いはず。奴が気づいてないか、もしくは‥‥様子を見ているのか」
 本庄の問いかけに、鋭い視線を動かすことなく神聖ローマ帝国のナイトは返答した。冒険者達は、部屋の中央に、それぞれ背中を向けて全ての方位へと視線を向けている。外には鳴子を、どの方向からやってきたとしても必ず音が鳴るように仕掛けていた。さらに、近くに散っていた枯葉を満遍なく地面にばらまき、それを踏む音で接近する者の感知ができるようにもしていた。
 幸い、今日は無風。もしも近づく物がいたら、鳴子が鳴るはず。もしくは、枯葉を踏む音が聞こえてくるはず。
 彼らは待った。
戦士なら、そして危険と戯れる事を恐れぬ冒険者ならば、待つ戦いにも勝たねばならない。それが出来ぬ者は、命を落とす可能性が高くなる。
「待つしか、ないか。くっ‥‥!」
 アイスチャクラ、呪文で作り上げた鋭い氷の円盤を手に持ちつつ、本庄はいまだ現われぬ敵に対して毒づいた。

「!?‥‥くっくっく、どうやらかかったようですよ! レヴィアスさん!」
 うつらうつらし始めていた霧島だが、すぐに彼は臨戦態勢に入った。左腕に握られた小太刀の刃が、妖しくきらめく。
 エルがうなり、吼えたのだ。その咆哮に続き、がさがさという葉を踏む音。そして鳴子の鳴る音が響く。
「彼の者が持つ刃に、魔を断つ力を与えん‥‥『オーラパワー』」
 いささか危険な仲間へと、ナイトは魔力を付加した。これで、魔力を帯びた武器となり、通常の刃では効果が無い相手でも倒せるようになった。続けて、自身の刀にも同じ呪文を唱える。
「呪文が、効いてくれれば良いのだけれど」犬を落ち着かせつつ、兄がかけた呪文に、フォルナリーナは期待の眼差しを向ける。そういう彼女の武器は、シルバークルスダガー。そして神聖魔法。
 彼女の兄、レヴィアスは、右手に霞刀、左手に女神が彫られた白亜の楯。
 シグマリル、カムイラメトクの勇者は、魔力を有した弓を構えていた。その隣で本庄は、アイスチャクラをいつでも投擲できるよう身構えている。
 磯城弥、河童の忍者は両手に得物を握っていた。右手に月桂樹の木剣、左手に八握剣。特に左手の手裏剣は、不死の化け物に対して新たなる死を運ぶ魔力を秘めていた。
「‥‥おるぞ! ここからの丑寅の方角、距離は約四丈参尺(約12.9m)より鳴子の音‥‥越えた! 地面と枯葉を連続で踏む音を感知。音の速さから、接触は参拾秒後!」
 蝙蝠の術にて増大した聴覚が、磯城弥の耳へと届く。
 が、不意に足音がやんだ。代わりに、木を削り取るような、または大釘を穿つかのような音。
「くるぞ!」
 磯城弥が指摘すると同時に、扉が破られ、悪夢の塊が侵入してきた。
「死人憑き‥‥いや、違う!」
 似ている。だが、目の前にいるそれは違う。少なくとも、死人憑きはこれほど俊敏ではない。
 腐敗しかけた身体は、そこかしこが壊疽を起こしたかのようにぼろぼろで、腐臭を漂わせている。まさにそれは、歩く屍、かりそめの命を得た死体そのもの。
 しかし、口元にぞろりと並んだ牙めいた歯は、明らかに死人憑きのそれではない。おぞましい化け物は、多くの獲物を見つけた事を喜ぶかのように歪みきった邪悪の笑みを浮かべた。
「グール!」
「死食鬼! 間違いない、死人憑き以上の化け物だ!」
 レヴィアスは母国の言葉で、本庄はジャパンの言葉で、その怪物の名を叫んだ。
 その怪物は、前方に捕えた六人に接近していった。すばやくも恐ろしいその姿は、さながら狂乱した悪魔さながら。常人が見たら数日どころか数年は悪夢に苛まれてもおかしくない光景であった。
 だが、迎え撃つ冒険者達も、それなりに修羅場をくぐってきた猛者たち。悪夢に対し、剛健なるその腕とその精神で叩きのめさんと、戦いの咆哮をあげた。柴犬のエルでさえ、恐れつつも勇敢に吠え立てていた。
 前衛は霧島、レヴィアス。後方からの援護はフォルナリーナに本庄、シグマリル。そして怪物の後方から奇襲するのは磯城弥。三方向からの攻撃ならば、どんな怪物もひとたまりも無い。
 そう、ただの死人憑き程度ならば。
「はっ!」
「ふんっ!」
 シグマリルのクイックシューティングにより、矢が不死の化け物の胸と口内に突き刺さった。さらに、霧島はスタッキングで接近し、スタッキングPAで更なる痛手を負わせんと刀を振るった。
 腐った皮膚を、鋭い刃の切っ先が切り裂き、おぞましい命をも奪わんとする。が、死食鬼は握りこぶしで、霧島をしたたかに打ち据えた。
 もんどりうって、後ろざまに吹っ飛ぶ霧島。鎧と面頬を装着していなかったら、深い怪我を負った事だろう。
 その隙を狙い、レヴィアスは肩口へと刀を振り下ろし、袈裟切りにした。小鬼ならば、一撃で切り捨てる事が出来る強烈な斬撃。が、それだけの攻撃を受けたのに関わらず、そいつは持ち直して腕の鉤爪で掴みかかった。
 レヴィアスはとっさに、楯でそれを受け止めた。楯に刻まれた女神が、かきむしる腐った爪からナイトを守る。
「くっ! こやつ!」
 八握剣を握った磯城弥が、死食鬼の背中に刃を食い込ませ、そのままずいと切り裂く。途端に、怪物は苦しげな叫びをもらした。不死の怪物を滅する力を有した手裏剣、少なくともは効果あるようだ。
「レヴィアス! 磯城弥! 下がれ!」
 シグマリルは仲間が後退するのと同時に、ダブルシューティング‥‥三本の矢をフェアリーボウより射出した。カムイラメトクの射手が放つそれは、まさに強烈にして熾烈。山鬼ですらその掃射で片がついたに違いない。
 が、額と片目と喉元を射抜かれたというのに、そいつはまだ斃れる様子をみせない。
 死食鬼がすばやく駆け出す前に、間髪入れず本庄とフォルナリーナによる更なる攻撃が加えられた。
「まだ斃れないのか! こなくそっ!」
「邪悪なる者に、黒き破滅の祝福を!『ブラックホーリー』!」
 清浄なる氷の戦輪が不死の化け物を切り裂き、破邪の呪文が不死の化け物に炸裂する。
 が、それでも斃れない。流石にだいぶ堪えてはいるようだが、それでもまだ危険と呼ぶに十分な力を秘めている。
 咆哮した死食鬼は、美しい乙女を獲物にせんと考えたのか、フォルナリーナへと攻撃の矛先を向けた。
 神聖騎士も、十字架を模した短剣の柄を握り、身構えた。この白銀の刃が、不死の化け物に対して引導を渡せる物ならばいいのだが。エルもまた、果敢に吼えている。さすがに飛び掛るまではいかなかったが、柴犬は主人やその仲間を見捨てて逃げだそうとはしていない。その忠誠心に、フォルナリーナは勇気付けられた。
 しかし彼女は、怪物の最後が近い事を悟った。
「させるか! はあっ!」
「地獄へ再び、もどるがいいのぢゃ!」
「ここまでですよ‥‥くっくっ!」
 霧島とレヴィアスの刃が、そいつの両腕を切断した。さらに背中へと、磯城弥が八握剣の刃を食い込ませる。どす黒い鮮血がほとばしり、邪悪なる瘴気が流れ出るかのように飛び散った。
「我が狩猟の神、ハシナウカムイよ! 照覧あれ! この矢は、弟を殺されし狩人の復讐を果たす矢なり!」
 止めとばかりに、シグマリルの弓から矢が放たれた。それは弓作から受け取った、矢作の無念を晴らすための矢。それは残ったもう片方の目に命中し、死食鬼を不死から解き放ち、新たなる死へと縫い付けた。
 立ち上がろうとしていた死食鬼が動かなくなり、沈黙したのを確認すると、カムイラメトクの射手は厳粛なる面持ちで祈った。
「‥‥ハシナウカムイの名において、狩人の兄・弓作と僧侶・青海の名において。狩人・矢作と、僧侶・狂海の魂よ、そして彼の悪しきカムイに奪われた諸々の魂よ。この一撃に足りて、安らかに眠らん事を。善きカムイが、その魂を安らぎに導かん事を!」
 狩人の鎮魂の口上が、荒々しくも神々しく、荒れ寺の中に響き渡った。

「つまり、その死食鬼が全ての原因だったわけですね?」
 廃村を回り、他の脅威が無い事を確認した冒険者達は、待っている依頼人の下へと戻っていった。
「そうです。ここはもともと、無念のうちに死した者たちが眠る場所。おそらくその魂が邪悪なる想いに捕らわれ、死体に取り付き、あのような怪物を作り上げたのでしょう。そして、狂海さんと矢作さんは、その犠牲になってしまったと。神よ、かの者たちに安らかなる眠りを与えんことを」
 祈りつつ、ファルナリーナは青海と弓作へと説明していた。
「残念ですが、遺品らしき物も、遺髪や遺体の一部も、見当たりませんでした。探したんですが‥‥」本庄が、すまなそうに言葉を付け加える。
「いえ、致し方ないでしょう。それに、狂海は喜んでいるものと思われます。自らの行動が、少なくとも一人の人間の仇をとり、その魂を安らぎへと導けたのですからね。南無」
 青海が手を合わせると同時に、皆も廃村に眠る死者たちの事を想った。
「弓作、いい矢だった。この鏃は、死食鬼を倒したもの。あなたに返そう」化け物に止めをさした矢を、シグマリルは弓作へと手渡す。遺品は無かったが、少なくとも想いは兄弟ともに在る事を、シグマリルは弓作に伝えたかった。
「冒険者様、本当にありがとうございましただ。弟もこれで、浮かばれます」
 彼のその顔を見て、うなずくシグマリルだった。

 廃村には、今はもう邪悪なる殺戮者はいない。
 その代りに、まるで新たな命の灯を点すかのように、動物達がそこに住み着き始めたという。