暗闇に蠢く飢えたものども

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月25日〜08月30日

リプレイ公開日:2006年09月03日

●オープニング

「屍喰山」。ないしはその麓にある、とある村。そこでは、おぞましくも哀れな伝説が伝わっていた。

 かれこれ20年以上前。
 その年は大変な飢饉だった。凶作は人々を凶暴にさせ、それが様々な悲劇をもたらしたのだ。
 村の、とある百姓の妻。彼女は去年、三つ子を産んだ。が、この状況では、赤子を、それも三人も育てるなど出来はしない相談であった。
 数日間も何も口にしていない夫は、とうとう気がふれてしまい、赤子を食らおうと包丁を持ち出した。
 それを止めるべく、もみ合った妻。やがて、包丁は夫の胸を突き刺した。
 その時の衝撃があまりに恐ろしかったためか、妻も気が触れてしまい、逆に夫を喰らってしまった。が、その様子を見た近隣の村人が、その様子を見て悲鳴を上げ‥‥村人総出で、妻を追い立てたのだった。
 妻は三つ子を抱えると、そのまま森の中へと逃げていった。村人たちは追ったものの、追う気力も体力も無く、そのまま放っておいた。

 やがて、ずっと後になって。山の獣に食い散らかされた妻の遺体が発見された。この悲劇を繰り返さぬようにと、村の寺では森へ向けて地蔵が建てられた。村の皆は、妻と、食われた夫と、おそらくは死んだのだろう三人の赤子たちの鎮魂を祈った。
 以後、山は誰が言い出したか、「屍喰山」と呼ばれるように。

 そして、時は過ぎ。
 当時の飢饉による悲劇を無くさんと、効果的に田畑を耕し、かつ作物の備蓄を抜け目無く管理してきた。そのかいあって、三年前の凶作の時には村人たちは飢えることなく、その年を過ごせたのだった。
 そして、彼らは山を切り開き、もっと街道と行き来しやすくしようと計画を立てた。というのも、屍喰山は20年前に件の事件が起きて以来、気味悪がる者が多く、誰も入ろうとはしなかったのだ。
 村にいる多くの者は農民で、山菜採りや芝刈りは別の森や山に向かうのが普通だった。屍喰山は昼なお暗く、心なしか動物もろくにいなかった。じめじめして、草木ですらここに生えるのを恥じているかのように、不健康な色合いをしている。村にわずかしかいない狩人も、この山には入りたがらない。
 が、この山を切り開き、道を作ってしまえば、一番近くの街道までは一時くらいでつながる。当然、それだけ交流しやすくなり、村は発展する。
 先代から新たに村を受け継いだ、若き村長。森田清次郎。そして彼の友人であり、江戸の商店の店長、黒田城座衛門。
 城座衛門が人員を集め、道を切り開く。その代は、最初の年に村で得た収益の一割。
 と、こんな具合で話しがまとまり、街道側と村側の両方から、道を切り開く事となった。

 だが、労働者たちが次々に行方不明になる事件が発生したのだ。
 きっとこれは、祟りか何かに違いない。そう言い出した農夫を叱り飛ばした現場の親方だが、彼もまた、その犠牲となった。
 彼もまた、何者かに連れ去られたのだ。
 
 仕事も終わろうとしている頃。
 夕方になって、現場の親方があがりと言わない事には、皆は仕事を終了できない。が、その日に限っては「あがりだ!」の怒号が響いてこなかったのだ。
 見ると、血痕が森の奥へ奥へと続いていた。

 何かに襲われた? そう思い、労働者たちは松明で灯りを照らしながら、斧やノコギリ、棍棒を携え、奥へ奥へと向かって行った。
 やがて血痕は、途中で消えてしまった。
 さらにもう少し森の奥へと進んでいくと、やがて彼らは親方を発見した。松明が照らし出したところ、彼はひどく怪我をしているのが認められる。彼は、大木を背にしてぐったりとしていた。
「た、助けてくれ! あいつに、あいつらに殺される!」
 親方の身体には、所々に何かに齧りつかれたような傷痕があった。いや、実際齧り取られていた。
 狩人の息子である労働者の一人がそれを見たが、それは彼の知っている獣のそれとは異なるものばかりだった。
 獣でないのなら、山鬼か? しかし、見たところ、顎の大きさからして山鬼にしては小さすぎる。茶鬼か、でなければ小鬼か。
 だが、だとしたらなぜいきなり襲ってこない? どうも腑に落ちない。
「お、俺はもよおしたもんだから、ちょいと森の奥へと行ったんだ。で、戻ろうとしたら、いきなり‥‥」
 親方は動揺していたが、言いたいことをまとめたら次のようなことらしい。

 用を足し終えて、戻ろうとした時。いきなり後ろから、肩に矢をうけた。
 そして、痛みにのた打ち回っているところ。だれかに棍棒かなにかで殴られ、気絶した。
 気がついたら、そこはどこかの小屋の中。
 薄暗い中、周囲に人の死体がぶら下げられていたのが目に入ってきた。

 おそらく、どこかの山小屋かなにかだろう。そしてここには、人を獲って喰う山鬼が住んでいるにちがいない。
 そう思った彼は、くらくらする頭を抱えて、逃げ出した。

 が、遠くから何かが追いかけてきた。それらは矢を射かけ、自分を追ってくる。
 ちらりと振り返り、親方は逃げ続けた。その時に見た顔は、彼を死ぬほど脅えさせた。獣のように歪みきった顔をしてはいたが、それらはまぎれもなく、三人の人間の顔だったのだ。

 そして、逃げて逃げて逃げ続け、この大木の根元で休んでいたら、皆が見つけてくれたと。

「俺は、昔に冒険者の手助けをしていた時期があった。その時に、山鬼や茶鬼の類は何度も見た。見間違いなんかじゃあない、あれは人間だ!」
「でも親方、だとしたら、そいつはなんで親方を狙ったんで?」
「決まっているだろう! 俺を、いや、俺たちを食うためだ! この間、行方不明になった権六が、小屋の中にいたんだよ! 殺されて、吊るされてな!」

 それが、親方の最後の言葉となった。
 そこまで言った所、暗闇の中から打ち込まれた剛弓が、彼の額に命中し、大木の幹に縫い付けたのだ。
 それに驚く暇も無く、矢が次々に放たれ、労働者たちを襲った。
 ただ一人の生き残りは、必死になって逃げ帰り‥‥村に、ないしは城座衛門と村長へと報告した。

「‥‥と、こういうわけです。知らせを聞きつけて、すぐに次の日の朝に人をやりましたが、大量の血痕とともに死体は全て‥‥ええ、親方のものも含めて‥‥無くなっていました」
 ギルドにて。城座衛門と村長が、応接室にて事の次第を話してくれている。
「あの森には、何かがいる。それも、ある意味山鬼より恐ろしく、おぞましい何かが。それは間違いありません。そしてそいつは、労働者たちを殺し、村に恐怖を振りまいているのです」
 死人憑きか、でなければ怨霊の類では無いか? そう質問されたところ、森田村長はかぶりをふった。
「私は、村長をする前は書き物を書いておりまして。様々な冒険者のみなさんといろんな冒険に同行した事があります。で、死人憑きや怨霊だとしたら、腑に落ちない事があるのです」
 死人憑きなら、襲ってその場で喰らうはずだし、怨霊ならば触られただけで命を吸い取られ、死んでしまう。
 もしも親方を襲った存在がそういうものならば、親方が生き残って逃げてくること無く、最初に死んでいる可能性が高い。
 茶鬼の類にしても、ここ数年、というか、20年以上、この周辺には茶鬼の目撃例は無かった。
「ともかく、この化物の正体が何かを暴き、村の発展と、労働者たちの命を弄んだ者たちへの復讐として、皆様のお力をお貸しください!」
 森田と城座衛門は、深々と頭を下げて依頼した。

●今回の参加者

 ea9033 アナスタシア・ホワイトスノウ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb0272 ヨシュア・ウリュウ(35歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3974 筑波 瓢(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文

「それほどの方々が‥‥」
 過去の悲劇、ないしはその詳細を聞き取り、佐伯七海(eb2168)は改めて悲劇を噛み締めた。
 飢饉の生き残りは、そう多くは無い。村全体の三分の二が死に絶え、残る三分の一が生き延びたのはまさに奇跡に近い事であった。
 彼が聞いたところ、飢饉で亡くなった者たちへの供養は、しばらくして村が持ち直してから行なわれたとの事であった。実際のところ、供養する余裕など、ほとんど無きに等しい状況が長く続き、供養されたのもここ近年からという状態であった。
「では、道が開通したら惨劇と過去の事件を含め、供養塔や仏像を設置しては如何だろう、検討して欲しいんだ」
「そうですね。佐伯様。前向きに検討しましょう」
 飢饉の生き残り‥‥森田村長も、佐伯の提案に前向きな返答をした。彼も望んでいる事を、佐伯は感じ取っていた。かつての悲劇と、今の悲劇による犠牲者たちを悼み、供養したいという事を。

ヨシュア・ウリュウ(eb0272)と筑波瓢(eb3974)は、聞き込みを行なっていた。
「確かに昔、まだ屍喰山と呼ばれなかった頃に、じさまのオトウとオカアが、森に狩猟小屋を建てた、と言っております」
「本当に? それで、詳しい事を聞きたいのだけど」
 イスパニア王国の騎士が、焦る口調で問い詰める。が、その内容はあまり芳しい物ではなかった。
「じさまは、すでに一ヶ月ほど前に亡くなったですだ。ですから、正確な位置はちょいと分からんですわ。大体の場所なら、なんとか地図を描けると思いますだが‥‥」
 なんでも、山中に狩猟小屋を立て、狩りの季節にはそこに移り住んで獲物を獲り、貯蔵庫として利用していたそうだ。が、もとからこの山には獲物は潤沢とは言えず、非常に狩りのしにくい場所でもあった。
 亡くなった老人からは、その狩猟小屋を放棄する時の事をいつも話してくれた‥‥と、その農民はヨシュアと筑波に話してくれた。
 そして、その後だった。飢饉が起きたのも。
「今度の事件が起きた場所と、そう離れちゃいないと思いますだよ。もっとも、わしも昔にじさまに何度か話しに聞いただけですので、実際に行った事はありませんが」
「そうですか‥‥」
 筑波は呻いた。確かに目論みどおり、狩猟小屋を立てた者はいた。が、その正確な位置を知っている者は今は居ない。少々難しい事になりそうだ。
「で、その三人の赤子を抱えて逃げた女の事ですが‥‥首なしの死体が見つかったんですだよ」
 逃げた件の母親、ないしはそれにそっくりの服を着た、首なしの死体が見つかったのだった。小高い場所の獣道から、どうやら足を滑らして奈落に転倒したらしい。が、首は千切れたようにもげていたものの、周囲からは見つからなかったのだ。
「首なしの、母親の死体‥‥ますますもって、奇妙ですね」
 事態は、更に異様にして異常な様相を呈しつつある。全てが明らかになったとき、そこに何が現われるのか。筑波は未知の謎に対する恐怖が己を貫くのを、実感しつつ振り払えなかった。

「‥‥似ているな‥‥」
 柚衛秋人(eb5106)は、自らが集めた情報に、奇妙な共通点を感じ取っていた。
 似ているのだ。今度の事件のそれと。
 近隣の村から獲物を求めやってきた猟師。街道から外れ、屍喰山の獣道に入り込んだ旅人たち。
 そういう者たちが、決まって行方不明になった時期があったのだ。それは、今から五年ほど前から頻繁になってきた。
 数少ない目撃者たちの証言は、今度の事件と同じ。即ち、剛弓からの射撃と、棍棒による一撃。命からがら逃げた者たちが言うには、暗い森の中より、得体の知れぬ人型の何かが、棍棒を握り矢を放つという事で共通している。
 山賊かなにかだろうと思われ、そのまま追求される事はなく済んだらしい。
「今まであまり騒がれなかったのは、事件そのものが無かったわけじゃない。被害者がほとんど生きて帰らなかったためか」
 街道の、一番近くの団子屋でそれを聞いた柚衛は、背筋に冷たいものを感じながら茶をすすった。

アナスタシア・ホワイトスノウ(ea9033)と磯城弥魁厳(eb5249)。二人と合流した冒険者たちは、今回の依頼を解決すべく、森へと入り込んでいった。
森は確かに、昼なお暗かった。事件が起こる前は「暗森山」と誰と無く呼ばれていたが、飢饉の事件が起きて「屍喰山」と呼ばれるようになってから、そんな名で呼ばれていた事すら忘れられていた。
「‥‥悪意を感じます。けれど、それ以上に‥‥」
 それ以上に、哀れなる何か、そして、貪欲なる何かがある。銀髪碧眼のエルフは、美しき肌にぞくりとしたものを感じ、身震いした。
「皆の話から、どうやら間違いは無さそうじゃな。‥‥件の飢えたものどもは、哀れなる子供たちの成れの果てだという事は」
 磯城弥の言葉に、皆はうなずいた。河童の忍者が言うように、皆はこの事件の犯人は何者か、大体の見当をつけていた。
 即ち、件の飢饉において、狂った母親がともに山へと連れ去った赤ん坊たちが、成長した姿であろうと。
「昔話には同情する。だが‥‥その所業には同情しない。奴らは、魔物として全力で狩らせてもらいます」
「うむ、ロシュア殿。貴殿の言うとおり。やつらは許されざる罪を犯してしまった。ならば、討つ以外にあるまい」
「魔と化した哀れな人、か。どちらに転んでも、悲しい話だ」
 磯城弥の言葉に続き、柚衛もまた静かにつぶやいた。

「‥‥しっ!」
 暫く、無言で歩き回った後。彼らは、件の山小屋を発見した。しっかりしたつくりで、微動だにせず建ち続けている。
が、それを目にしたと同時に、アナスタシアが指を口にあてた。
「ブレスセンサーに、反応がありました。‥‥居ます!」
 張り詰めた空気が、場を支配する。戦いと戦慄の際に漂う「におい」が、冒険者たちの精神の嗅覚にただよい、鼻腔を貫く。
「敵の位置は?」
「正面の小屋の中、入り口に一人。左前の大木の上に一人、右横の方向に一人。私たちの後方へ移動してます」
「後ろから、いきなり狙うって寸法か‥‥」
 ヨシュアは、左手の楯を構えつつ目をやった。右手には魔槍レッドブランチが握られ、穂先が鋭くきらめいている。
 佐伯はシールドソードを、柚衛はデビルスレイヤーという名の槍を手にしている。磯城弥は両の手に、木剣と軍配を握っていた。
 残る二人。筑波とアナスタシアは武器を携えてはいなかった。しかし二人は、それを補うかのように、魔法を心得ていた。
 成熟しているとは言いがたいが、決して未熟者ではない。それなりに修羅場をくぐり抜けて来た戦士である彼らは、決して狩られるだけの獲物でもなければ、やられるだけの無力な被害者でもなかった。
 冒険者たちは立ち止まり、前方と後方へ、警戒の視線を送った。
 刹那。
「!」
 前方の木の上から、いきなり矢が射掛けられた。
「くっ!」
 ヨシュアの楯が、それを弾き飛ばす。が、楯を持つ手がしびれるほど、それには威力があった。狙いも正確で、二射、三射と放ってくる。
 幸いにも、周囲には隠れるのに困らないくらい、木々が密生している。それらの陰に隠れた途端。
「危ないっ!」
 後方から、新たな射手による一撃が襲い掛かった。
 小型の弓による、短めの矢による攻撃。が、それは突き刺さることなく、佐伯のシールドソードに防がれた。一本は足元に、一本は近くの木の幹に突き刺さる。
 が、それ以上の掃射はなかった。
 同時に、藪の中から、いびつな悲鳴が響き渡った。

 磯城弥はすぐに隊から離れ、自分の隠密としての技能を用いて後方からの襲撃者へと向かって行った。すなわち、こっそりと向かっていったのである。
 矢をつがえようとする敵へ、河童の忍者は不意をつき攻撃したのだ。魔を打ち据える木剣が、そいつの手元をしたたかに打ち据えた。
 粗末なつくりの短弓を取り落とし、そいつは磯城弥へ向き直った。
 なんというおぞましい顔だろう。その顔があまりに目を引くので、まとったぼろ服から漂う悪臭を忘れるほどであった。
「もしこやつに名を付けるとしたら」うちかかる棍棒の一撃をかわしつつ、磯城弥は思った。「自分なら、『鋸歯』と命名するな」
 まさに然り。唇が削ぎ落ちたかのようなそいつの顔、ないしは口元には、鋸の歯を移植したような乱杭歯が揃っていたのだ。棍棒で打ちかかり、その歯で噛み付こうとして、そいつは攻撃をしてくる。
「ええい! 食らえ!」
 木剣を振るい、肩口に打ち込んだ。普通ならば鎖骨と胸骨が折れ、かなりの痛手を与えられたはず。そう、相手が普通の人間ならば。
 そいつの全身は筋肉による装甲で覆われており、普通の人間のそれ以上の耐久力を有していた。
『鋸歯』は、歯をむいてかみつきにかかる。すばやく、逃れられない。
「まずい、やられるっ!」
 磯城弥が覚悟した、その瞬間。
「!」
 そいつの背中から、槍が突き刺されていた。
「間に合って良かった。大丈夫か?」
 槍の持ち主である柚衛が、心配そうに磯城弥を気遣った。


「邪怪駆逐! 天狼星の矢よ、北斗の弓により我が敵を穿て!」
 ムーンアローのスクロールにより、そいつには確実に痛手が与えられている。なぜなら、そいつのものらしいくぐもった声が、響くのを聞いたからだ。
「見晴らしはいい。できるか!?」
 アナスタシアは、位置を確認し、その身を乗り出して呪文を唱えた。
「我が掌に宿れ、怒れる蛇の如き電光よ! 『ライトニングサンダーボルト』!」
 あとで分かったことだが、そいつの顔は片目がほとんど潰れかけ、片目は肥大化していた。ゆえにおそらく、「独眼」と呼ばれたことだろう。
 そいつは、天からの自然現象のみの存在である稲光が、獲物から放たれるとは思いもしなかった。片目を引きつらせ、そいつは呪文をうけ、黒焦げの焼死体となり、朽ちた。

 小屋の目の前まで、敵が迫る。
 両手の指が三本づつ肥大化した末弟「三本指」は、兄が敗れた事を見て知った。故に、彼は最後に棍棒を握り、迫り来る獲物たち、つまりは冒険者たちを亡きものにせんと襲い掛かったのだ。
「天地万物の理を以って、汝が起きることを『禁』」
 が、接近する前に、なぜか強烈な眠りが逆に襲い掛かった。それは彼が今まで体験しなかったもの。
 あっという間に、彼は深い眠りの中へと誘われ、倒れ伏せた。
「せめて苦痛を感じることなく、夢の中で母に抱かれながら死ぬがいい」
 青紫の瞳で見つめられながら、そいつは筑波が語りかけるのを夢うつつに聞いていた。

「‥‥」
 皆、押し黙っていた。
 小屋の中は、凄惨にして残酷、死臭ふんぷんたるものであり、無駄口を叩くとそれだけで呪われるかのような錯覚を感じる。
 手足と頭を切り取られた死体がいくつも、鉤で引っ掛けられ天井から吊り下げられている。今までの犠牲者の死体や骨から作った道具や武器が、近くの棚にきちんと整理整頓されている。
 が、中央の祭壇めいたものの上。
 そこには、ミイラ化した女性の首が、そのまま飾られていた。
「‥‥母親だね、きっと」
 佐伯の言葉に、誰も反論はしなかった。

 その後。
 親方たちの遺体は、既に食われてしまったのか、判然としなかった。が、それでも村の僧侶へと、遺体を丁重に埋葬し、供養するように取り付けた。
 山小屋は焼き払われ、今までの知られざる犠牲者に対しての供養も行なわれた。
 そして、筑波と佐伯もまた、それぞれ約束を取り付けた。
「村長、差し出がましいようだが‥‥今後は昔の飢饉の犠牲者と今回の母子を、この祠で供養し続けてくれまいか」街道沿いに祠を立て、九字を切って山を清めた筑波は、森田村長へ切り出した。
「そしてこの山の名を『鹿跳山』と変えてはどうかな。鹿は山の神の使い、聖なる生き物だ。いつかはこの山で鹿が来るようになればと思ってな」
「よい考えかと、筑波様。鹿がこの山に、住み着けば良いのですが‥‥」
「村長、僕からの提案も忘れないで欲しいな」
 観音像と明王像を彫り終え、村長へと納めた佐伯は、以前に切り出した提案を持ち出した。
「道が開通したら、供養塔や仏像を設置しては‥‥という件ですね。わかってますとも」
 佐伯の提案を受け入れた村では、すぐにでも祠を設計し、村と街道をつなぐ道、ないしは事件現場に程近い場所に設置する予定だそうだ。
 そして、そこには佐伯の彫り上げた仏像を納めると。

 再び、このような悲劇、このような事件が起こらないとは限らない。が、少なくともこの時点で、悲劇の連鎖は止んだ‥‥と、冒険者たちは信じたかった。
 山は、静けさを取り戻した。少なくとも、おぞましくも哀れなる飢えた存在は、暗闇にうごめくことは無いだろう。