死霧の峠

■ショートシナリオ


担当:塩田多弾砲

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月15日〜09月20日

リプレイ公開日:2004年09月24日

●オープニング

「ある農村へ戻る農民の証言」

 あれは、俺が出稼ぎから帰る途中だった。
 村の仲間と、ようやく戻るって時だ。荷車を引きながら、稼ぎの相談をしてた。
 で、稼ぎは山分けすることになったんだが、あいつは「割り切れない分は、家族がいるお前が取っとけ」って言ってくれた。
 だけど、峠を越えた辺りだ。霧が出たもんだから、俺たちは一休みすることにしたんだ。
 近くの小川であいつは顔を洗い、水を一口飲んだ。俺もそうしようと思って川に近づいたんだが、何かが霧の中に見え隠れしてた。
 相談しようと、あいつに近づいたその時だ。あいつはいきなり死んじまった。
 死に際? どうもこうも、水を飲んだら、そのまま毒でも飲んだみたいに、ぽっくり逝っちまったんだ。
 それから、俺は恐ろしくなった。そのまま逃げて、気がつくとここにたどり着いたんだ。金? 全部荷車に積みっぱなしだ。あの時はそれどこじゃあなかったぜ。
 俺があいつを殺したって? 冗談じゃない! あいつと俺は、幼馴染だったんだ! 稼ぎだって俺の方が多かったんだ。それにもし俺が殺したとしても、どうして金を荷車ごと置きっぱなしにする? 俺が殺す理由なんてねえよ!

「町へと向かっていった、婦人の証言」

 あれは、私たちが峠を越えていた時でした。
 わけあって、山奥の道を通り抜け、山向こうの町まで向かっていた時です。私は、護衛を数人、侍女とともに山かごでこの山道を進んでおりました。
 しかし、途中でかごが止まりました。見ると、先導し歩いていた護衛の一人が、不調を訴えたのでございます。
 霧も出てきたことですし、私はそのものの体調を案じ、しばらくそこで休むことにいたしました。ですが、川の方へと向かった数名が、突然血も凍るような叫び声をあげたのです。
 何事かと思い、私は側で控えていた者に調べるように命じました。すると、藪から先刻川へと向かった護衛の者が戻ってきたのです。しかし、その顔は蒼白でした。そしてかれらは、そのまま倒れ、息を引き取ったのでございます。おそらく、藪の向こうの川岸で、何かがあったのに違いありません。
 しかし奇妙な事に、抜き身の刀を持っていたにもかかわらず、彼らは傷一つ負っていませんでした。何かを見つけ、戦おうとした事は間違いないでしょう。それが何なのかは、私にはわかりません‥‥わかりたいとも思いませんが。

「元盗賊の、老人の証言」

 いやあ、わしも見たぜ。ありゃあまともじゃあなかったな。
 わしは町へと戻ろうと思って、峠を通っていた時だ。小川の流れが見えたんで、ひと休みしようと思い、わしは川辺に座り込んだんだ。
 その時、わしには連れがいた。まだ若造の猟師だ。わしが山越えするってのを聞いて、一緒について言ってやるって言われてなあ。ま、旅は道連れなんとやらってやつだな。
しかし、二人して川辺に座ったのまでは良かったが、そこからが大変だった。やっこさん、川の水で顔を洗い、わしもそれに倣おうとした。
 周囲には霧が出てたんだが、その中に何かが富んでいるのが見えた。それは、もっと上流から漂っているようだったな。暗かったんでよくわからんが、それは猟師のあんちゃんにまとわりついていやがった。ま、そいつはわしの方へは漂ってこなくてよかったわい。もしも風向きが悪かったら、ここでこうやって話していないだろうしな。
 ともかく、それに気づいた時だ。それを吸った猟師のあんちゃんが、いきなり川に顔を突っ伏したんだ。
 わしはちょいと離れた場所にいたんで、その様子が見えた。
 ともかく、わしは嫌な予感がしたんで、あんちゃんをほっぽって必死になって走った。そしてあんたらのいる麓に、こうやってたどり着けたってわけさ。
 猟師のあんちゃん? 知らんよ。それどころじゃあなかったからな。わしが殺した? 馬鹿いっちゃいけない。確かに見捨てはしたさ。しかし、わしみたいな老いぼれが、なんで殺せる? それに、嘘をつくんならもっと上手につくね。なにせわしは元盗賊、盗みをするなら上手に盗むし、だますならもっとうまくだますね。
 悪い事は言わん、あの峠を通るのだけはやめときな。わしは二度と、あそこを通るのはごめんだ。

「‥‥と、いうわけなのです」
 ギルドの応接室にて。ある宿場町の、茶店の主人は説明を終えた。
「あの山の峠が通れないとなると、旅人の数が減り、こちらの宿場町としても困ってしまいます。これはまだ、私と数人の人間しか知りません。事を公にすると、騒ぎが起きますので」
 頭を下げ、彼は依頼の内容を口にした。
「私の依頼は、この峠に何がいるのか、どういう問題があるのか。それを解明し、できるならば解決していただきたいのです。小さな茶店ゆえ、大した額の報酬は用意できませんが、こちらに払えるだけもって来ました。どうか、峠を安心して通れるようにしてくださいまし」

●今回の参加者

 ea1285 橘 月兎(37歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2369 バスカ・テリオス(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6429 レジーナ・レジール(19歳・♀・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea6796 ユウナ・レフォード(30歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea6808 神無月 霧龍(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 毒消しの草を手にしているのを確認し、橘月兎(ea1285)は薄霧がたちこめ始めた山道を進んでいた。彼女とともに、他の仲間たちも聞き込みしたものの、芳しい情報は集まっていない。否、ほとんど情報らしい情報は得られなかった。
 バスカ・テリオス(ea2369)、ユウナ・レフォード(ea6796)。
 海を越えたフランク王国からの冒険者二人は、慣れない地での情報収集に戸惑っていた。二人の誠意は村人たちに通じたものの、詳しい情報を得られたまでには至らない。
「結局、わかった事はほとんどなしか‥‥」
「そうですね。最近になって、昆虫が見られるようになった、とか、獣の死体が見られるようになった、とか、それくらいしかわからないのではね‥‥」
 異国からのファイターと神聖騎士が、残念そうにつぶやく。
「でもでも、わかんなかったらわかんないなりに、がんばろうよっ☆ それにそれに、現場にいったら、もっとくわしいコトがわかるかもしれないよっ?」
 小柄なシフールの少女、レジーナ・レジ―ル(ea6429)が、落ち込んだ二人を励まそうと蝶のように舞い、つとめて陽気な声で語りかけた。しかし、その試みはうまくいかなかった。
 僧侶、志乃守乱雪(ea5557)は、静かに考え事をしているかのように穏やかな顔つきで、月兎の隣を歩いていた。
「どう思いますか、月兎さん」
 乱雪の言葉に、月兎はかぶりをふる。
「情報が少なすぎますね。しかし、聞き込みして、確実にわかった事が一つ。この事件が起きる以前は、特に変わったことは起こらなかったという事‥‥」
「つまり、毒を振りまいてる元凶は、以前から峠にいなかったって事か?」
 浪人、神無月雲竜(ea6808)が、月兎の言葉を次いだ。
「私も同じことを考えていました。もしも毒草が原因だったら、このような事件がもっと前から起きてもおかしくはないですからね」
 乱雪が、さらに言葉を続ける。
「そうです、乱雪さん。俺の考えでは、おそらく周囲の村や町には気づかれず、何かが峠近くに棲み付いたんじゃあないかと思います。で、犠牲者たちは、そいつの放つ毒にやられた、と」
「じゃあ、犠牲者の皆さんは、毒を持つモンスターに襲われたって事でしょうか?」
 ユウナの言葉に、月兎は周囲の霧を見つめつつ答えた。
「ともかく、現場に向かいましょう。全てはそこからです」

 最初、ユウナは霧が晴れてから調査すべきと考えていた。
 しかし、この一帯は年中薄霧が出ており、晴れる日は滅多に無いと聞いてからは、その考えを引っ込めざるを得なかった。そのため、一行は明るい日中のうちに峠に到着し、すぐに調査を始めた。
 ユウナと雲竜の馬は、川より離れた木につないでおく。そして、そこを中心にして調査を始めた。既に周囲には薄く霧がただよい、冒険者たちを緊張させた。
 全員が、携えた布で口元と鼻をおおう。これで毒が霧の中に含まれていたとしても、少しは防げるだろう。
心持ち間隔を開けた隊列を組むと、一行は用心しつつ川の方へと向かっていった。
「うーん、なんだか霧が濃くなってきたねぇ? ちょっと前が見えづらくなってきたよぉ」
 乱雪の隣で、レジーナは周囲を見回した。
「静かに。‥‥ひょっとしたら、奴がもう近くまで来ているかも知れないからな」
 神経質そうに、バスカは言った。
 雲竜も、静かに前を見据えていた。手には火がついた松明が掲げられている。
「‥‥水?」
 水の流れの音を聞き、ユウナは一瞬身を硬くした。
 川の流れだ。清らかな水が、霧の白幕の下から流れているのがわかる。
「さて、ここからが本番ですね」
 月兎は、油断無く周囲を見回した。上流には、更に濃い目の霧がたちこめている。それは薄くなりながら、徐々に下流へと流れ、霧散していった。
 六人の冒険者たちは、うなずき合い、川に沿ってさらに上流へと歩みを進めていった。
 
 数刻、歩いたところだった。
「!」
 一行は黒く、大きなものの影を、霧の中に発見した。
 が、彼らはすぐに緊張を解いた。
「なーんだ、ただの荷車だよー。びっくりしちゃった☆」
 レジーナが、それの正体を口にする。確かに、数日前に放置されたと思しき荷車が、そこにはあった。積まれていた荷物も、霧による湿気を別にしたら、見たところ手が付けられていない。
「おそらく、これは証言した出稼ぎ農民のものでしょうね。だとしたら‥‥」
 乱雪の推論を証明するものを、ユウナは発見していた。
「神よ‥‥! どうか、この者に安らかなる眠りを‥‥」
 水に突っ伏している死体。その服装や特徴から、数日前に死んだ件の農民という事が見て取れた。
 祈りを捧げたユウナは、その農民の遺体を引き起こそうとした。
「離れろ! ‥‥何かが、近くにいる!」
 雲竜の一喝に、ユウナ、そしてその場の全員に緊張が走った。ユウナも、すぐに我に帰ると戦闘準備に入る。
「感じる‥‥あの中だ」
 近づきつつある霧に立ちはだかり、松明を掲げながら、雲竜は日本刀を抜き構えた。その隣にはバスカが、槍を構えて立つ。
 浪人とフランク王国のファイターの後ろには、月兎と乱雪、レジーナが控え、そしてユウナはその後方に立った。
 後ろにも注意を払い、前を見る。霧の中に、かすかに何かが見え隠れする。
「バスカ、まだだ‥‥。もう少し近づいてから‥‥今だ!」
 月兎の合図とともに、バスカの槍が薙ぎ払われた。
「ソードボンバー!」
 異国の戦士が携えた槍より、衝撃波が放たれた。それは白い巨大な魔物を分断するかのように、霧に命中した。
 一瞬霧が払われ、そして霧の中に潜むものもその姿を現した。
「あれは‥‥、そうか、あれが犯人か!」
 レジーナに似ていなくも無い、美しい、しかし毒々しさも有した色彩の翼を羽ばたかせ、それらは霧の中より現れ出でた。
「蝶? あれが、毒の正体なのですか?」
 その翼に魅せられたかのように、ユウナは言った。
「そのようだ、しかもたくさんいるぞっ!」
 月兎の言うとおり、蝶は複数確認できた。それらはまるで、冒険者たちを嘲るかのようにひらりひらりと宙を舞う。
 バスカの長柄の槍も、蝶には届きそうにない。そのまま、蝶の翼から燐粉が撒かれるのが見えた。それが峠に来た者たちを毒殺した元凶であると、冒険者たちは理解した。一匹のみならばそれほどではないが、こうも多く出るならば人を殺す事も十分に可能だ。
「口元を覆っておいて正解でしたね。しかし‥‥」
 しかし、このままでは毒にやられ、自分たちも犠牲者の仲間入りしかねない。
 雲竜が、松明を振り回して牽制する。炎を恐れ、蝶の群れは後退した。
「みんな、下がって! 私にまかせるネッ!」
 レジーナの意図を知り、冒険者たちは牽制しつつ後退した。変わってレジーナが皆の先に立ち、蝶の群れの前に立ちはだかる。
「ええーいっ! ファイヤーボム!」
 シフールのウィザードが唱えた呪文が、火球となって現出した。それは、地獄の業火もかくやの勢いで、蝶の群れへと放たれる。
 火球は、蝶の群れを燃やし尽くした。炎が掠っただけの蝶もいたが、それでも翼を燃やされ、飛行能力を失って水面へと落ちていく。焼き殺され、あるいは川に落ちて溺れ、蝶たちは息絶えた。まるで、自分たちが今まで奪った命のツケを払わされたかのように。
 
「どうやら、事件は解決したと見ていいかな」
 月兎は、霧の中を見回した。
 先刻の蝶の群れの襲撃を退けた後、冒険者たちはさらに調査を続けた。が、毒草や他の怪物、そして更なる蝶の群れを見ることはなかった。
 乱雪は、発見した犠牲者の遺体を、川辺の比較的きれいなところに運び、供養していた。読経を終え、遺族に渡すための持ち物を背嚢におさめると、彼女は静かに言った。
「つまり、この近くに蝶が住み着き、そいつらは自分の縄張りを作った。で、この周辺に近づいた旅人たちを襲っていた‥‥と、こういう事でしょうね」
「霧の中にまぎれて来るんだ。きっと襲われたほうも、気づいたら手遅れだったんだろうな。気の毒に」
 バスカも、思わず祈るように目を閉じる。
「さて、それじゃあそろそろ戻ろう。麓の連中に、安心して峠を越せるようになったって事を伝えてやろうじゃないか」
「そうですね。これ以上、ここを通る人たちに災いが起きないことを祈ります。‥‥主よ、犠牲者たちの魂が、安らぎを見出さんことを」
 雲竜とユウナの言葉にうなずき、冒険者たちは帰路についた。

「‥‥ごめんネ、チョウチョさんたち」
 帰り際。レジーナは振り返ると、一言静かにつぶやいた。
 川辺にひっかかっていた蝶の死体が、その言葉を受けると静かに流され、視界から消えていった。