死の般若面
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■ショートシナリオ
担当:塩田多弾砲
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月06日〜10月11日
リプレイ公開日:2004年10月15日
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●オープニング
その面を手に入れたのは、全くの偶然だった。
古物商市にて、叩き売られていた般若の面と、古い装束。しかし、それらに付随していた巻物には、その面に伝わる恐るべき言い伝えが記されていた。
「その面が問題なんです。そのせいで、あたしの大切な人が殺されたのは間違いありません。皆さんにお願いしたいのは、これ以上人が死なないようにしていただきたいのです」
河野屋の下働き、あや。彼女はある依頼でギルドに来ていた。
古物商を営む商人・河野三郎兵衛と、その友人の医者・森田道三。
森田は医学を志す傍ら、古美術にも惹かれており、少ない収入を古美術品の収集に当てていた。そして、医師として開業したのち、同じく古美術の愛好家である河野と知り合った。
二人はすぐに気が合い、友人となった。そして、森田は河野の店より、良く古美術品を購入する得意先になっていた。
が、先月に森田は、別の古物商より般若の面を購入した。その面に付属していた巻物には、言い伝え‥‥面をかぶった者は、何者をも必ず打ち倒す、「鬼神」になれるという言い伝えが記されていたのだ。
「森田先生が、旦那様のところにその面を持っていって、相談されてたところはよく覚えています。悪いとは思いましたが、ちょっと立ち聞きしてましたから。ですが……旦那様は般若面を貸し借りするとかで、森田先生となにやら言い争ってもいたようです」
良くは聞いていなかったが、その後般若面は河野の店に置かれる事になったらしい。
そして、それから数日後。森田が泊り込んだその夜、河野屋に数人の泥棒が入った。
しかし、その時。「鬼神」‥‥件の般若の面をかぶり、装束を身に着けた何者かが出現し、泥棒に向かっていったのだ。
鬼神は、やはり商品の古物の中にあった金棒や古い武器を手に、泥棒と戦い‥‥全員を惨殺してしまった。
捕方や岡っ引きがやってきた時には、鬼神は彼らも蹴散らし、重傷を負わせて逃走した。
あやはその時、怪我を負わされた捕方の一人がもらした言葉を忘れられなかった。
「あんな奴、見たことが無い。まるで、本物の鬼神だ!」
その後、しばらく捜索が続けられたが、鬼神の姿は見つからなかった。しかし、その代わりに河野屋の従業員の遺体が見つかった‥‥。あやの婚約者、番頭の勝吉が遺体で見つかったのだ。
勝吉は、着物を剥ぎ取られ、裸で死んでいた。しかし妙な事に、外傷が全く認められないのだ。そのため、死因は何か未だにわからなかった。
「勝さんは、心の臓が止まっていたんです。病かなにかだろうと言われたんですが、それは絶対にありません! 勝さんはとても壮健で、風邪ひとつひいた事がないんです。絶対に、なにか他に原因があるはずなんです!」
勝吉の遺体には、奇妙な事に顔の頬の部分に傷が出来ていた。が、浅いかすり傷で、死因とは関係ないと結論づけられた。
「最初に死んだ勝さんを見つけたのは、森田先生です。検死も、森田先生がやりました。けど‥‥あたしにはなんとなく、納得いかないんです。きっと、あの鬼神が勝さんを殺したに違いありません!」
銭入れを取り出し、あやは涙ながらに訴えた。
「これは、あたしと勝さんの結婚式に使おうと思って貯めたお金です。これで、勝さんを殺した鬼神を見つけて、罰していただきたいんです。どうか、おねがいします!」
その般若面が今どこにあるのか、他に鬼神について何か知らないかを訪ねられると、あやは答えた。
「般若面と装束は、森田先生が勝さんを見つけたとき、近くに捨ててあったのを拾ったそうです。ですから、先生のところにあると思います。巻物も、多分先生のところと思いますけど‥‥。そういえば、森田先生が以前に言ってました。『この般若面はかつて忍者の一流派が使っていたもので、かぶって鬼神と化した者は、自分の命と引き換えに敵を必ず倒す』とか」
この鬼神とは何か。般若面をかぶった者がなぜ人を殺すのか。
そんな危険な者を江戸に放置しているわけにもいかない。君たちは依頼を受け、鬼神を退治することをあやに告げた。
●リプレイ本文
「これはまた、見事なものですなあ」
何度目かのお世辞を、九竜鋼斗(ea2127)は口にした。そのたびに森田医師は、新たな骨董を持ち出しては九竜に見せた。
「そうでしょう、私も骨董に関しては、それなりと自負しておりましてね」
九竜はひどくうんざりしたが、それを隠し愛想笑いを浮かべた。
「ところで、仮面がたくさん飾られてますね」
九竜に同行した銀髪の浪人、風月陽炎(ea6717)は応接室の壁を見つつ言った。事実、壁の一面には様々な仮面が飾られ、この部屋に来るものを見つめていた。
「ええ。骨董の中でも、私は仮面が好きでしてね。手に入るなら、なんとしてでも自分のものにしたくなるのですよ。あなた方も骨董好きならば、この気持ちわかりますよね」
森田医師の言葉に、二人はあいまいに返答し、うなずいた。彼らは今、骨董好きとして森田に接触していたのだ。
この事件、森田が怪しい。依頼を受けた後に推理した冒険者たちは、森田が現在所有している般若面がどういうものか、そして巻物に事件解決の糸口が無いか、それらを探るべく森田に近づくことにしたのだ。
かくして、骨董をにわか勉強した後、遠い町の骨董好きな武家とその従兄弟と偽り、彼らは森田を訪ねていた。
「これが、例の面ですか」
やがて、「最近入手したという、般若の面を見てみたい」と話を持っていき、二人は面を見ることができた。森田が桐の箱から取り出したそれを、彼らは手にとる。
確かに、恐いくらいの良い出来だ。骨董に無知な二人だが、それでもこの面には感嘆するしかなかった。本物の般若から顔を切り取ったかのような精緻な造形で、今にも動き出しそうだ。
仮面の裏を返してみる。死んだ番頭の頬の傷。おそらくそれは、仮面の仕掛によるものだろう。九竜を含め、皆はそう推理していた。
その推理どおり、何かが仕込まれているような仕掛けがあった。
「いかがです? なかなかのものでしょう?」
森田が声をかけ、九竜はようやく我に返った。
「あ、ああ。これは良い物ですね」
口を突いて出てきたのは、それだけだった。
「で、風月。巻物の方にはなんて書いてあったんだ?」
鎌刈惨殺(ea5641)が、九竜と風月に尋ねた。
「それが、肝心の部分は虫食いでほとんど読めなかったんです。判ったのは、何らかの調合がなされた薬草を、あの仮面を被る事で体内に取り入れ、無敵になる‥‥という事くらいでした」
河野屋に近い場所にある料亭。冒険者たちはそこの一室に集まり、今まで調べた事実を整理していた。それぞれの目の前には、熱いお茶が入れられた湯のみが置かれている。
「あの鬼面には興奮剤が仕込まれ、その副作用によって死ぬ仕掛けがある。ここまでは、わしらの推理は正しいと見て良いじゃろうな」
ロシア王国からの少女、トゥルーレイル・スゥーレイムスト(ea6003)は確信した口調でつぶやいた。
「あたいとトゥルーレイルが調べた河野屋さんも、なかなか臭って来たよ。鬼神が現れた時は、確かに河野屋の番頭さんの姿は無かったそうだ。だから、鬼神の正体は番頭さんだってみて、まず間違いないだろうね。それに、ちょいと奇妙な事がわかったんだけど‥‥」
大柄なジャイアント族の女性、安堂嶺(ea7237)が、お茶を飲みつつ報告した。
「奇妙? なんですか?」
エルフのクレリック、リュー・スノウ(ea7242)が尋ねた。
「あやさんからも裏をとったけど、番頭の勝さん。彼は河野屋の使いで薬問屋で薬草を仕入れた事があるそうだよ。なんでも、かなり珍しい薬草や毒草の類を買い込んだって話だ」
「しかし番頭は『旦那様から言われただけで、何のためかは知らない』そうじゃ。薬問屋も、同じ事を言っておったな」
安藤の言葉を、トゥルーレイルが補足する。
「どういうことだ? 薬草が必要なら、森田医師の方にまず行くべきじゃないのか? 河野屋がわざわざ代理で薬草を仕入れるってのも解せないし」
「九竜、俺の方もちょいとばかし変な事がわかったぜ」
安堂と同じく、鎌刈もお茶をすすりながら言い始めた。
「俺はリューと一緒に、番頭さんの遺体を調べに行った。案の定、ありゃかなり興奮した状態で亡くなったと見て良いだろうな。勝さんの遺体を検察したのは、森田医師とは別の医者だったが、彼にも聞き込んで確認を取った」
「その後で、私たちは鬼神と戦って怪我をした捕方さんの所へ行きました。鎌刈さんが持参したお酒もあって、色々教えて頂きましたね。鬼神の体格や髪型、それに暴れた時についた傷痕から、鬼神の正体が勝吉さんだと判りましたけど‥‥」
解せない、といった顔でリュ―は言葉を続けた。
「捕方さんいわく、『勝の字があんなに暴れるなんざ、俺には信じられん。俺は奴を知ってるが、あいつは腕っ節はからっきしなんだが』との事でした」
「森田医師が、鬼面の毒を調合したと仮定しても‥‥なんで河野屋が薬草を仕入れたんだ? まさか、裏でつながっているのか?」
二人の言葉を聞き、九竜は腕組みしつつ考え込んだ。
「九竜さん、だとしたら変ですよ。河野屋さんが、どうしてわざわざ鬼神を自分の店で暴れさせるんです?」
「それにだ、勝吉さんだって河野屋の人間だろ? 河野屋の旦那が、どうして自分とこの店の者を殺すんだ?」
リュ―と鎌刈の疑問に、答えられる者はいなかった。風月は、漂った重い雰囲気を払拭するように言った。
「ともかく、もう少し調べましょう。考える材料をもう少し仕入れた方が良いでしょうね」
「確かに?」
「ああ。あのちんぴらども、話しているのを見たぜ。最初は奴らが脅してるのかと思ったが、ちょいと近づいたら親しげに話してたもんでな。仲が良いのかと思ってそのまま放っておいたんだ」
次の日、別の捕方に聞き込んでいたリューと鎌刈は、彼の話に顔を見合わせた。
「じゃあ、彼は、その晩に入った泥棒たちとつるんでたってわけか?」
「ああ、まず間違いないぜ。俺はその時酔ってたから、みんなに信じてもらえなかったんだがな。けど、あれは絶対間違いない!」
捕方と別れた後でも、彼らの頭からは疑問が渦巻いていた。二人はさっそく、河野屋へ向かう。
「‥‥泥棒ともつながりがあったのですか。となると‥‥」
「ああ、リュー。結論が出たな。九竜と風月が河野屋に向かってるはずだ。急ぐぞ!」
「いない? どこに行ったんだ?」
安堂とトゥルーレイルが、今度は身分を明かして直に森田に聞き込みに行ったが、彼の姿は無かった。
「さあねえ。森田先生、昨日の夕方から河野屋に行くって言ったきり、帰ってこないんですよ。きっと、お泊りになったんじゃないですか?」
近所の主婦の言葉に、二人は訝しんだ。まさか、昨日九竜と風月が聞き込みに行ったから、警戒したのだろうか?
「戻るよ、トゥルーレイル。もし森田が犯人なら、河野屋やあやさんに何するか分からないしね」
「待つのじゃ。その前に、医者の家を調べてみるぞ。何か証拠が出てくるかもしれん」
しばらく家捜しすると、金庫が、そして、結構な額の小判が見つかった。
「どういうことだ? 借金してるんじゃなかったのか?」
「安堂、これを見るのじゃ‥‥!」
トゥルーレイルが、書架の奥から見つけた物を安堂に手渡した。それを読んだ安堂は、顔をしかめた。
「‥‥そういう、事か!」
「きゃあああっ!」
河野屋に向かった九竜と風月は、河野屋の主人、河野三郎兵衛を訪ねようとしていた。が、たどり着いた時、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「くそっ、遅かったか!」
「急ぎましょう!」
彼らは、店の従業員を押しのけ、店の奥へと向かう。
奥まった場所の、河野の私室。そこでは、従業員を相手に暴れている「鬼神」の姿があった。そのまま、三郎兵衛を追い詰めると、首を絞める。
「『鬼神』か!」
九竜と風月は、携えた武器を手にとった。後ろを向いたままの鬼神に対し、そのまま切りかかる。
狂乱した叫び声とともに、鬼神は振り向きざま拳をふるった。それは、二人を軽く弾き飛ばせるほどの力だった。
「くっ! なんて力だ!」
「鬼神と呼ばれるのも、納得ですね!」
態勢を整え、二人は両側から挟みこむように立つ。その間、三郎兵衛は這うようにして逃げた。
九竜を襲うことを選んだ鬼神は、そのまま彼の方へと迫る。
「きやがれ! ブラインドアタック!」
九竜の太刀が、目に捉えられないほどのすばやさで繰り出される。
鬼神の身体は切り裂かれ、かなりの重傷を負った。しかし、鬼神はそれをものともせず、襲いかかろうとする。
傷など負っていないような勢いで、鬼神は九竜の首を掴んだ。ものすごい力だ。
「彼を‥‥放せ!」
風月が、鬼神の面を剣の柄で叩く。面がひびわれて壊れると、中からは森田医師の顔が現れた。狂乱の表情は、もはや正気な人間のそれではない。
九竜が絞め落とされる一歩前で、鬼神の身体から力が抜けた。
「死んだ‥‥のですか?」
風月が、動かなくなった森田医師の顔をあらためた。やはり頬には傷がある。
「げほげほっ‥‥畜生、鬼神の正体は先生だったのかよ」
「あ、あんたら‥‥? なにはともあれ、助けてくれてすまないな。これで、鬼神の事件も終わりですな」
三郎兵衛は安堵したような声で言ったが、それをさえぎる声があった。
「ああ、あんたを奉行所に連れて行けば、全て終わりだ」
「分かりました。全ての黒幕は、あなたです!」
鎌刈とリューが、そこにやってきたのだ。後ろには、トゥルーレイルと安堂の姿もある。
「森田医師は、若く壮健な勝吉さんより、心の臓が弱かったみたいだからな。だから、どっかに縛り付けて仮面をかぶせれば、そのうち心臓麻痺で死ぬと思ったんだろ?」
「さよう、おぬしらの悪事はすでに見通した。おぬしは森田医師とつるみ、巻物に書かれていた内容から、毒と仮面の作用に気づいた。そして、それを使い金儲けしようと企んだのじゃな。これを武家ややくざにでも売れば、かなりの高値で売れるだろうからのう」
神妙な顔で、三郎兵衛はトゥルーレイルの言葉を聞く。
「で、あやつに薬草を調合させ、完成した。そして実験するために、わざと泥棒に店を襲わせ、何も知らぬ勝吉を実験台にしたのじゃな。全く、唾棄すべきとはこのことじゃ」
「こうすれば、自分が鬼神を作ったとは普通思われないし、怪しまれないからな。襲われたってとこから、店に同情が集まって宣伝にもなるしな」
と、鎌刈。
「しかし、毒だけもらうつもりが、今度は森田さんにゆすられました。森田さんは毒の調合を書付にせず、頭の中だけに残していたようですからね。だから、こちらを先に始末しようと企み、彼を鬼神に仕立て上げて、殺そうとしたんですね」
と、リュー。
「あたいとトゥルーレイルが、森田医師の家で日記を見つけたんだ。あとでゆすりに使うつもりだったんだろうな。全て書いてあったぜ。あんたからゆすって手に入れた、小判といっしょにな」
安堂の言葉に、河野はがっくりとひざを落とした。それは無言のうちに、冒険者たちのいう事を認めた事に他ならなかった。
「人殺し! 人殺し!」
あやが半狂乱になり河野につかみかかるも、彼女は従業員に押さえつけられた。彼女の悲痛な声が、辺りに響き渡った。
「結局、鬼の正体は人間だったって事か」
九竜はつぶやいた。河野は自首し、罪を認めた。冒険者たちが推理したように、彼は森田に毒を作らせ、それを売り裁こうとしていたのだ。
「あやさんも気の毒にな。だが、これでもうあんな鬼神なんかは出ないだろう。二度とな」
鎌刈もまた、つぶやきながら仲間たちとギルドへ戻る途中だった。
「毒も、仮面もなくなりましたし、その調合法も失われましたからね。あんなものが二度とでてこない事を祈るばかりです」
「そうですね。この世には、欲望で人を傷つけるものが多すぎます。鬼神の面がそのひとつにならなくなっただけでも、ありがたく思わなければ」
風月とリューの言葉に、皆はうなずいた。