目撃者

■ショートシナリオ&プロモート


担当:ソラノ

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月25日〜11月30日

リプレイ公開日:2004年12月05日

●オープニング

 言い争う声が、聞こえた。
 気のせいかとも思ったけど、何となく気になって、私は走る。石畳の上を駆ける自分の靴音が、何だか、ひどく大きく響いた。
 曇り空の下の真夜中の街は、重苦しく沈んでいる。視界はひどく悪かったけど、住み慣れたこの都。恐れも無く、私は、路地裏に踏み込んだ。
「声がしたように思ったのだけど‥‥」
 首をかしげて、辺りを見回す。喧嘩なら、誰かが怪我をする前に、止めなければと、そんな暢気なことを考えていた。
 と、その瞬間。
「やめ‥‥ああぁぁぁ!」
 闇を切り裂く、甲高い悲鳴。雲が流れて、月が覗く。薄明かりの中に浮かび上がった光景に、私は、息をするのも忘れて、ただ見入った。
 倒れている女の人。まるで墓標のように、剣がその胸に突き立っていた。傍らに佇むのは、まだ若い男の人。人を殺しておきながら、恐れている様子も悔いている気配も無い。彼は、明らかに、笑っていた。
「あ‥‥」
 逃げなければと思うのに、足がすくんで動かない。頭の中が、真っ白になる。彼が、振り向いた。
 月明かりの中で、私たちは、はっきりと目があった。
「いや‥‥いやぁぁ!」
 逃げ出した。全速力で、私は走る。長いスカートが邪魔だった。涙がぼろぼろとこぼれて、視界がにじむ。怖くて、怖くて、ただ、無我夢中で走り続けた。
 学生証を落としたことに気が付いたのは、家に帰った後のことだった‥‥。


 翌日、私は、あの場所に行ってみた。
 学生証を探したけれど、やっぱり、見当たらない。
 それどころか、死体までもが消えていた。ここで人が殺されたという全ての痕跡を消し去って、路地裏は、ひっそりと静まり返っている。
「うそ‥‥」
 あれは、夢?
 たちの悪すぎる、幻?
 嘘であってほしいのに、その日から、私の生活は一変した。
 誰かに常に付け狙われているような気配。階段からいきなり突き落とされたこともある。高い窓から、置物が落ちてきたこともある。
 殺される、そう思った。
 私は、唯一の目撃者。
 死体がいつか見つかったとき、この人が犯人ですと、はっきりと指を突きつけることの出来る、たった一人の証人だ。

「私を、守ってください」
 他に頼る人もいない。私は、藁にもすがる思いで、ギルドの門を潜った。
「私を、助けてください」
 今もきっと私を見張っているに違いない犯人から、私を、救ってください。

●今回の参加者

 ea0105 セーツィナ・サラソォーンジュ(28歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1143 エイス・カルトヘーゲル(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea6544 リュティス・フォーレス(29歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6879 レゥフォーシア・ロシュヴァイセ(20歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea6880 フェルシーニア・ロシュヴァイセ(18歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea8387 孫 龍鈴(34歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●打ち合わせ
「うっ‥‥何か調子狂う元凶が‥‥」
「何だ。その微妙に物言いたげな顔は」
「え。いえ。何でも」
 お腹の中身を明るい笑顔で誤魔化して、チョコ・フォンス(ea5866)が、慌てて明後日の方向を向く。ああ、またコイツは世話の焼ける‥‥と、こめかみの辺りを押さえつつ、ショコラ・フォンス(ea4267)は、盛大に一つ溜息を吐き出すのだった。
「‥‥俺は‥‥依頼人には‥‥接触しない‥から」
 エイス・カルトヘーゲル(ea1143)は、リュティス・フォーレス(ea6544)と共に、依頼人には接触せずに警戒にあたることにした。一人の少女に八人もの護衛が付くのは、さすがに人数過多だろうとの考えがあってのことだ。加えて、彼はかなり耳が良い。優秀な聴力を活かせば、多少離れた場所からでも、なるほど任務は十分に果たせるだろう。
「あたいは、付かず離れずって感じかね」
 孫龍鈴(ea8387)は、ショコラと並び、貴重な戦闘要員だ。今回のメンバー、魔法系が揃っただけあり知力はなかなかのものだが、決定的に体力が無い。腕力勝負の場面が来た時こそ、武器要らずの彼女の真価が発揮される。
「私たちがいれば、大丈夫! 安心して下さいね〜♪」
「窮屈な思いをさせてしまいますが‥‥ご安心下さい。もう少しの辛抱です」
 フェルシーニア・ロシュヴァイセ(ea6880)が明るく依頼人に笑いかけ、レゥフォーシア・ロシュヴァイセ(ea6879)が力強く頷く。対照的な雰囲気のこの姉妹は、友人として、四六時中、依頼人に張り付くつもりだった。犯人の正体がまるで掴めない現状、護衛は、ただひたすらに間近で見守るしかない。
「‥‥罪無き女性を狙うとは‥‥許せませんねぇ‥‥。同じケンブリッジに学ぶ者として、彼女のために一肌脱ぎましょう‥‥」
 と、セーツィナ・サラソォーンジュ(ea0105)が、何やら本当に脱ぎ出した‥‥いや本人は場を和ますつもりだったらしいが‥‥極めて真面目な他メンバーは、思わず目が点になる。
「‥‥とりあえず‥‥地図とか‥‥似顔絵とか‥‥必要なもの作ろうか‥‥脱がなくても出来るから‥‥」
 何事も無かったかのように、エイスが促す。
 どうやら、彼は、多少のことでは動じない性質のようであった。


●護衛
 依頼人の少女は、こじんまりとした家に、母親と二人暮らし。その母親も、仕事で留守のことが多い。
 家にはあまり生活感が無く、どちらかと言えば殺風景な感じがした。聞けば、父親は最近病で亡くなっており、彼女が一時ケンブリッジから実家に戻ったのも、そのためだという。
 いくら犯人が四六時中見張っているとは言え、相手も人間。自分の生活があるだろう。階段から突き飛ばしたり、窓から物を落としたり、随分とコソコソした手段を取っていることから、存外に、小心な人物なのかも知れない。
 作成した似顔絵の男には、これと言って特徴が見当たらなかった。
 百人の人間がいれば、この手の顔が一人はいるかな、という、無特徴が特徴の男だ。逆に言えば、何処にいても、容易に人混みに紛れてしまう。
 なるべくなら、依頼人には、家で大人しくしてもらいたいところだが、彼女にも色々と都合があるだろう‥‥エイスがそう思っていた矢先、フェルシーニアやセーツィナと供に、外に出てきた。買い物にでも行くつもりらしい。
「さて‥‥犯人は‥‥出てくるかな‥‥?」
 似顔絵の顔は、頭に既に叩き込んである。
 ゆっくりと、エイスもまた歩き始めた。


 夜となく、昼となく、依頼人には、常に人が張り付いている。八人での交代制なので、実は、それほど負担は大きくない。ショコラは、空き時間は、もっぱら情報収集に費やしていた。せっかく作成した似顔絵を遊ばせておくのも勿体ない話だと思ったのだ。
 生業が子守のショコラには、お話好きな奥様方の友人が数多いる。いや、主婦の井戸端会議に飛び交う話題を侮ってはいけない。彼女らには彼女らの独自の情報網があるのである。
「うーん。見たことないわねぇ‥‥」
 とは言え。
 キャメロットはかなり広い。
 絵を見ても、知らないなぁ、とみな首を捻るばかりである。それどころか、ちょっと子守頼むわね、とあわや手伝わされる危険性まで出てきた。ふらふらと真っ昼間から奥様会議に出席していたショコラを、どうやら、暇人と勘違いしたらしい。
「いや、これは仕事でして‥‥」
「うわーん! お兄ちゃんが遊んでくれないー!」
 子守仲間には、彼は、どうやら人気があるらしい。たちまち、びえーっと傍にいた子供が泣き出した。
「また今度!」
 早々に、ショコラは退散を決め込んだ。こうなると長居は無用。賢い選択である。
「それにしても‥‥」
 結局、得るものは何も無く、疲労が増しただけだった。


 家の中の護衛は、主にロシュヴァイセ姉妹が担当する。
 部屋に入る時は先に調べて異常の有無を確認するし、食事も彼女らが作ったものが出されてくる。かなりの徹底ぶりであり、なんと寝る時までも一緒だ。甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれるのは有り難い話なのだが‥‥。
「何だか、怠け者になってしまいそうです」
 依頼人の少女が、苦笑した。庶民である彼女には、一から十まで世話されるという習慣は、全くない。大事にされすぎるのが、かえって、落ち着かない様子である。冒険者達がともにいる間、あれほどしつこく付きまとっていた犯人の気配が、ぱたりと止んでしまったのも、彼女の警戒心を薄れさせている要因の一つであった。
「このまま、ずっと護衛に付いていることが出来れば、良いのですけどねー‥‥」
 フェルシーニアが、ふと、表情を曇らせる。
 そろそろ家事全般が板に付いてきた姉が、嵐の前の静けさですねと、呟いた。
「四日目まで、何も動きが無かったら‥‥皆で、罠を仕掛けることになっています」
 護るだけでは、完全ではない。
 冒険者達の多くが、その結論に達した。
 五日間だけ守り通しても、表面を取り繕ったに過ぎないのだ。犯人が本気なら、十日でも、一ヶ月でも、それこそ終わりがないまでに、永遠に、彼女は狙われ続けることになる。
「明日‥‥です。全ては」
 レゥフォーシアが、何かを決意したように、頷いた。


●罠
「多少危険でも、囮は、本人がするべきでしょうね」
 リュティスの一言に、みな眉を顰めたものの、異を唱える者はいなかった。
 一週間、蛇のように粘りつく視線で依頼人を追っていた犯人の目を誤魔化すのは、難しい。多少背格好が似ているだけでは無理な話だ。服を取り替えたところで顔までは付け変えられないし、だからと言って顔を隠していたら、そもそも襲いかかっては来ないだろう。
 相手は人間。知能の低いモンスターとは訳が違う。少女がギルドに駆け込んだことを知っている以上、警戒心も更に増しているに違いなかった。
「大丈夫。あたし達が付いているからね」
「あたいたちが、絶対に守ってあげるよ」
 チョコと龍鈴の励ましを受け、少女の緊張した面持ちが、わずかに和らぐ。お願いします、と、彼女は深く頭を下げた。
「本当なら、あたしたちの誰かが囮を担当出来たら一番だったのだけど‥‥」
 チョコが悔しそうに歯噛みする。依頼人は慌てて首を振った。
「いえ。そこまで皆さんに甘えるわけにはいきませんから」
 私にやらせて下さい。
 少女が、笑った。
 いつも怯えていた気配が、嘘のように消えている。
 この四日間で、大きな安堵感を得ることが出来た。家の中でも、外でも、いつでも誰かが見守ってくれていた。私も戦わなければ、と、思うことが出来るようになっていた。
 逃げてばかりでは、何一つ、解決を見出せない。
「信じてますから‥‥」
 闇の中に、一歩を踏み出す。
「大丈夫さ。あたいたちに任しておきなよ」
 龍鈴の力強い言葉が、有り難かった。
 

 視線を感じた。
 あいつだ、と、少女は思う。
 冒険者達を雇ってから、すっかりなりを潜めていたのに、再び、現れた。
 怖くない、と、自らに言い聞かせる。
 更に歩き続けようとした時、不意に、前の方で、何か金属が叩きつけられるような、硬い音がした。びくっと立ち止まる。
「後ろ!」
 視力の良いセーツィナが、いち早く叫んだ。やや遅れて、チョコのライトニングサンダーボルトが飛ぶ。
「この程度なら、死なないだろう‥‥」
 さらりと凄いことを言って、ウォーターボムを放つのはエイスだ。この土壇場でも、彼はどこか淡々としていた。
「まぁ‥‥死んでも別に気にしないけど」
 続けざまに撃った魔法が足止めをしている間に、レゥフォーシアとフェルシーニアの二人が、依頼人を素早く自分たちの後ろに下がらせた。彼女らは、攻撃よりも、ひたすらに少女を守ると心に決めている。
 犯人は、襲撃が失敗したと見るや、即座に逃げに転じていた。元々、何が何でも成功させるという気も無かったのだろう。狙っていた人物が、一人でノコノコ外出してくれたので、あわよくばと考えていただけなのだ。
「‥‥逃がすか!」
 犯人にとっての最大の不幸は、防衛側に、武闘家‥‥龍鈴がいた事実だろう。
 彼女は身のこなしも早いし、素手でも十分に戦える。逃げる犯人に追いつくのは、容易だった。帯剣を抜いて男は向かってきたが、弱い女ならともかく、さすがに龍鈴は一筋縄ではいかない。
 不意に、龍鈴が、身を沈めた。狙い澄ました脚部への一撃に、男は、耐えることが出来なかった。どっと無様に転倒する。起き上がろうとした時に、鋭い剣の切っ先が、ぴたりと喉元に宛われていることに気が付いた。追いついたショコラが、目の前に立っていた。
「この乙女の敵め!」
 チョコが憤慨して身を乗り出す。犯人を足で踏みつける気だったのだが、さすがにそれは止められた。
「チョコさん、それでは私たちの方が悪人です‥‥」
 珍しくキリッとした表情のセーツィナの指摘に、チョコが渋々足を引っ込める。別に踏んでも良いと思うけど、と、ぽそりとエイスが呟いて、頼むから煽らないでくれと、ショコラは思わず天を仰いだ。
「後は、騎士団に任せましょう」
 ロシュヴァイセ姉妹が、依頼人を振り返る。被害に遭ったのは、彼女だ。なるほど、彼女が全てを決めるべきだろう。
「私の、学生証‥‥は?」
「ここに」
 リュティスが、路上に落ちていた学生証を拾い上げる。大捕物の最中に、どうやら男が落としたらしい。
 十日ぶり以上に手元に戻った学生証を手に、依頼人の少女は、ようやく晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。

「ありがとうございます。やっと、これで‥‥」

 翌日、数人に見送られ、彼女は無事にケンブリッジに戻って行った。
 恐ろしい思いはしたが、過ぎてみれば、これも数多の記憶の一つに埋もれる。こんな事があったんだよと、笑いながら話せる日も来るのだろう。
「もうお仕事でのお付き合いではありませんし、お友達になりません?」
 ほんわかしたセーツィナの笑顔の見送りが、嬉しかった。


●真相
 殺された女は、娼婦だった。殺した男は、ごく身分の低い騎士だった。
 何て事はない、ありふれた痴情のもつれが原因だった。よくある話だ‥‥珍しくもない。
「遺体‥‥見つかって良かったよ」
 龍鈴が、呟く。
 実に、十日ぶり以上。
 死んだ娘もまた、在るべき場所へと戻って行った。
「花を‥‥」
 誰が供えたものなのか。
 立ち寄る者も滅多にいない路地裏に、しばらくの間、ひっそりと、小さな花束が飾られていた。