白き癒し手
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:ソラノ
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月05日〜12月10日
リプレイ公開日:2004年12月15日
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●オープニング
●白き癒し手
「どうだ? 気は変わったか?」
もはや何度繰り返したかもわからない問いを、男は、再び口にした。
女は、何も答えない。唇を真一文字に引き結んだまま、身動き一つしなかった。
「答えろ。気は変わったか?」
男が、すっと一歩前に出る。意識せずとも、従わせることに慣れた者の威が、意に染まぬ弱者を踏みつけずにはいられない傲慢さが、滲み出た。
「お断りいたします」
女が、ようやく、口を開いた。今日、初めて、彼女の唇から零れ出た言葉だった。
「私は、誰のものにもなりません。この身は、神と、村のために捧げました」
俯き加減だった顔を上げ、真っ直ぐに、男を見据える。いや、男が居ると思われる方に、顔を向けた。
色素を持たない長い髪が、さらりと流れる。身に付けている衣服もまた純白で、胸にかかっている十字架が、彼女が敬虔なジーザスの教徒であることを物語っていた。
全てが白く霞む中、唯一彩りを添えるであろう両の双眸は、固く閉ざされたままだった。
彼女は、盲目なのだ。
「私を、村に帰して下さい。村には、クレリックは、私しかおりません。私が、皆の怪我を癒してきました。私は、戻らなければならないのです」
訴えが、むろん、聞き届けられるはずもない。
男は十字架のネックレスをやにわに掴むと、それを無造作に引き千切った。ぞっとするほど冷たい声で、言い放つ。
「ならば死ね。ここで朽ち果てるがいい」
他の男に渡すよりは、いい。
餓えと渇きが、あるいは、この頑固な娘の意思を変えるかも知れない。
そこは、高い塔の最上階。周囲は、暗く深い森。
部屋の内と外とを結ぶものは、鉄格子入りの小さな窓と、扉のみ。入り口を閉ざし鍵を掛ければ、人がいる痕跡すらも、全てが静寂に紛れ消えてしまう。
「ごめんなさい‥‥私は、帰れないかも知れません‥‥」
か細い月だけが、じっと、彼女を見守っていた。
●ギルドにて
奇妙な依頼人が、その日のうちに、ギルドを訪れた。
身分は隠していたが、位の高い騎士だと思われる。訳は聞かず、ただ、塔に閉じこめられ死期を待つばかりの哀れな娘を救って欲しいと、騎士は言った。
「数人の見張りがいるが、それについては、私がその場から追い払おう。ただ、長い時間は稼げぬ上に、全員の注意を引くのは難しい。一人、二人は、残るやもしれぬ。その場合は、構わぬ。強行突破してくれ。後の面倒は私が引き受ける故」
とりあえず、塔から連れ出し森を抜ければ、そこで冒険者たちの仕事は終了する。
「兄上の、あのように強引なやり方には我慢がならぬ‥‥」
呟いた騎士の苦渋に満ちた声を聞き。
ようやく、ギルドの係は、ある一つのことに気が付いた。
「あなた‥‥女性‥‥?」
「詮索は要らぬ」
問いには答えず、騎士が身を翻す。高く靴音を響かせて、彼‥‥いや、彼女は去った。
●リプレイ本文
●依頼人の正体
詮索するつもりは、全くない。
だが、依頼主について何一つ明かされないというのも、不安な話だ。
「ギルドが斡旋した仕事です。不用意に命の危険に晒されたり、騙されたり‥‥という事態は、起こり得ないと信じてはいますが」
最低限の身分は、明かすべきなのでは?
カシス・クライド(ea0601)の言葉に、ギルドの係が、そうですねぇ、と頷く。
実は、彼とても、全てを知っているわけではなかった。だが、様々な依頼を引き受け、それを冒険者達に配布する重職を担う立場にある身としては、あまりにいい加減な対応だけは御法度だ。
身分確認だけは、しっかりとさせてもらった。これは、ギルドの受付係にいる者ならば、当然の処置である。
「依頼人は、アークライト家のご令嬢。とても令嬢には見えない出で立ちでしたが‥‥いや失礼。ともかく、アークライトは伯爵家です。ゴタゴタが外に漏れたら困るというのは、重々おわかりでしょう? ‥‥頼みますよ」
それ以上、何かを語るつもりは無いらしく‥‥いや、恐らくは、係の方も何も知らないらしく、以後、貝のように口を閉ざしてしまった。
「何だか‥‥予想外に面倒そうですね」
一つ溜息を吐き出したカシスだが、反面、何とかなるかな、とも考える。状況の変化に囚われず、常に悠然と構えていられるのは、彼女の長所だ。悠然とし過ぎて天然ボケに見えないこともないのだが‥‥まぁ、細かいことを気にしていては、この手の依頼は引き受けられない。
「それよりも、野営時のテント不足の方が心配ですね。私は持っていますけど」
当面は、より現実的な問題をどうするかの方が、深刻だった。
●準備
「この季節は寒いのである」
と、真面目な顔つきで口を開いたリデト・ユリースト(ea5913)の真意を測りかね、騎士は訝しげに眉をひそめた。
「は?」
「図々しいお願いだとは思うのであるが、テントをお借りしたいのである」
「テ、テント‥‥」
まさかそういう要求をされるとは露とも思わず、騎士は今度こそ本当にぽかんと口を開けてしまった。いや、貧乏くさい等と思ってはいけない。しっかりと野営の準備をしなければ、この時期、本当に凍死しかねないのだ。人助けに行って自分たちが倒れてしまったら、それこそ本末転倒である。
「それと、森の地図がほしいのである。塔の内部見取り図もあったほうが良いと思うのである。どんなモンスターが出るかも知りたいのである」
若く見えても、さすがはメンバー中最高齢のクレリック。しっかりしているし、ちゃっかりしている。
「わ、わかった‥‥。森の地図はないが、塔の構造や生息する獣たちについては、私が知る限りのことを教えよう。野営道具も用意する」
と、騎士が本当にいそいそと旅の必需品を用意し始めたのを見て。
「言ってみるものですね‥‥」
セーツィナ・サラソォーンジュ(ea0105)が感心する。
「ありがたい話ですけど‥‥私たち、もしかして、凄く貧乏だと思われてしまったのでは‥‥」
あながち外れてもいないジゼル・キュティレイア(ea7467)の危惧に。
「あの、すみません。何て仰っているのでしょうか?」
イギリス語未習得のアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が、途方に暮れたように二人を見つめる。一つ一つ通訳が必要になるので、かなり不便だ。身振り手振りの意思疎通にも、限界があった。
「冬は何かと経費がかさんで、嫌ですね〜と話していたのですよ♪」
かなり端折ってはいるが、微妙に間違ってはいないセーツィナの説明に、はぁ、と何やら納得しかねている様子のアレクセイ。
「全ては貧乏が悪いんだ‥‥」
ぼそりと呟いたのは、誰だったのか。
ともかくも、事前準備を万端に整えて、冒険者たちは旅立った。
●森の中にて
「三日か‥‥急がないと」
トオヤ・サカキ(ea1706)が、濃く覆い被さる緑の天蓋を見上げる。森に造詣の深い彼がいたのは、幸いだった。勘にしろ、知識にしろ、獣やモンスターを高い確率で回避出来るのは、かなり心強い。
救出には迅速さが要求される上に、下手をすれば、今回の仕事は連戦が予想される。見張りとの戦い。森の獣との戦い。体力は、温存しておくに越したことはなかった。
「疲れてはおりませんか?」
昼の間、先頭に立って案内役に携わっていたトオヤを気遣い、リューン・シグルムント(ea4432)が声を掛けてきた。
眠気と戦いながら、深夜の見張りに付いていたトオヤは、ゆっくりと振り返る。全然、と、彼は笑った。
「もっと辛い思いをしている人が、いるからね」
闇の中に囚われている、かの人の、不安感、疲労感は、如何ほどのものだろう? 森の中、小さな薪の炎を見つめて過ごしているこの一時さえも、無駄に感じられてならない。焦ってはいけないと、知ってはいるけど‥‥。
「わたくしに出来ることは、限られていますけど‥‥」
出来ることから、まずは始めましょうか。
リューンが、立ち上がり、煌々と輝く月を仰いだ。天気の良いこんな夜は、きっと、獣達も、活発に行動することだろう。
森の住人達の眠りは 深くそしてやわらかい
見る夢はあたたかで おだやかな春のかおり
おやすみおやすみよい夢を
森の住人のベットは暖かい
音は風に乗り、近くにいた獣達の耳へと届く。そして、呪歌は心に直接響き、微睡みの中に彼らを誘うのだ。
「トオヤ様?」
もしや、仲間にまで効いてしまったかと一瞬不安にかられたが、トオヤは影響を受ける様子もなく、しっかりと目覚めたまま、そこに座っていた。彼には、救出という強い目的がある。歌が睡魔を運んできたとしても、意思の力で跳ね除けるのは容易だったに違いない。
「今日も、無事に終わりそうだね」
明日は、三日目。
決行の日が、近付く‥‥。
●救出1
古い石造りの塔の周りには、見張りが二人。
一人は、ナイト。一人は、神聖騎士。他に人影は見当たらない。既に女騎士が見張りの大部分を誘い出してしまっているのだろう。
「合図は‥‥」
一行は素早く二手の別れた。二手、と言っても、一方はガッポ・リカセーグ(ea1252)がいるだけである。残るメンバーは、全員、見張りの足止め役だ。生い茂った草の隙間から、ガッポは慎重に合図を待った。何かの獣の声が、近いような遠いような闇の中から、不意に、響いた。
カシスが、狙い澄ましてダーツを投げる。ナイトは剣を一閃し、飛来してきたものを一瞬のうちに叩き落とした。同時に、カシスが格闘戦を挑んだが、それがあまりに無謀な選択だったことを、すぐさま思い知らされることになる。
「‥‥っ!」
技量が、明らかに、向こうの方が上だった。重い斬撃を受けきれず、カシスががくりと膝を付く。慌ててセーツィナがアイスコフィンを使ったが、3メートルの至近距離に近付かなければ、彼女の魔法は、そもそも成功率が低いのだ。一度目の詠唱は失敗し、二度目の詠唱に入る時には、既に神聖騎士が目の前に迫っていた。
「あ‥‥!」
「シャドウバインディング!」
バードの絡め手の魔法もまた、残念ながら、決め手にはならなかった。敵に神聖騎士がいることの危険性を、もう少し考慮するべきだっただろう。
「レジストマジック‥‥!」
魔法使いたちは戦慄した。それを身に帯びた戦士ほど、魔法を使う者にとって、恐ろしい敵はいない。
「‥‥させない!」
アレクセイが割って入る。神聖騎士は、煩わしそうに剣を横に薙ぎ払った。技量を見誤っていたとすれば、まさにこの時がそうだった。アレクセイが、ひらりと身をかわす。セーツィナから譲り受けた日本刀を装備してはいるものの、自ら攻撃はせず、彼女はひたすら回避に徹した。
「な、何だ?」
ぽつり、ぽつり、と、闇の向こうに、幾つもの光が灯る。松明の明かりのようだ。ナイトが、ぎょっとしてそれを見つめた。更に援軍が現れたとでも思ったのだろう。むろん、それは援軍などではなく、ジゼルが遠くで作り出したただのライトの明かりだった。
「もう一度!」
ナイトが光に気を取られている間に、セーツィナが再び氷の魔法の詠唱を試みる。今度は、成功した。氷の皮膜が、刹那の間に、騎士の体を覆い尽くす‥‥。
「シャドウバインディング!」
更に、リューンの魔法もまた、完成した。一度はレジストマジックに阻まれたものの、この魔法は、使用時間が極端に短い。アレクセイを相手にしているうちに、効果が切れてしまっていたのだ。動けない神聖騎士を、トオヤとカシスの二人がすぐさまロープで縛り上げた。
「あれ‥‥鍵が‥‥」
そう。
ここで、恐ろしい事実が判明する。
神聖騎士は、鍵を持っていなかった。
氷漬けになっているナイトの方が、それを所持していたのである‥‥。
●救出2
空を飛べるリデトは、一足早く、塔の女性の元へと駆けつけた。
残念ながら、鉄格子は、シフールでも通り抜けが叶わなかった。だが、窓越しに、元気を出してと声を掛けてやることは、容易い。
「助けに来たのであるよ」
クレリックが、驚いて顔を上げる。何が起こりつつあるのか、未だ彼女はよくわかっていないようだった。反対側の扉の向こうで誰何する声に、怯えたように後ずさる。
「だ‥‥れ‥‥?」
「ドロボウです。塔に捕らわれているお宝を奪いにまいりました」
我ながら、見た目も年も考えていないなと、ガッポは密かに苦笑する。が、相手はどうせ盲目のクレリック。見えていないのだ。ここは格好つけた者の勝ちであろう。
「助け‥‥?」
クレリックの問いには答えず、ガッポはすぐさま鍵穴を調べ始める。そう難しい構造ではなかった。これなら、自力で開錠が可能だ。
「さて‥‥世の中、どこで何が役立つかわからんな」
鍛えた隠密系の技を、人助けのために使えるなら上々だ。
かちり、と、期待通りの音がした。扉が、軋みながら、向こう側へとゆっくりと開く。
「こんな場所に長居は無用。‥‥行きましょうか」
クレリックの手を取って、立ち上がらせる。ひどく疲れ切った様子ではあったが、クレリックは、ガッポの手を借りて、そのまま歩き始めた。室内に回り込んだリデトが、先導するように、頼りない彼女の前を跳び続ける。
「こんな事をして‥‥ご迷惑がかかるのでは‥‥」
クレリックの危惧はもっともだが、ガッポは軽く笑い飛ばす。
「それをいちいち心配するような奴は、そもそも、ここにはいないだろうさ」
冷たい石段を降りた先に、仲間たちが待っていた。
リデトが連れてきた馬にクレリックを押し上げると、休む間もなく、再び、森の出口を目指して走り始めた。
●突破
帰りは、行きと比べ楽になるかも知れないと考えていたとしたら、それは甘かった。
トオヤが行きに付けておいた目印も、深夜のため視界が悪く、ほとんど役には立たなかった。獣を警戒して火を焚こうにも、追っ手が何処に潜んでいるかも知れない今この時、不用意に明かりを灯すのは、あまりに危険すぎる。
それでも、ほぼ迷うことなく、彼らは一直線に出口に向かって進んでいた。トオヤを筆頭に、森林知識の高い者が揃っていたことが幸いした。この調子なら、森を抜けるのに、そう時間はかからないだろう。問題は、衰弱しているクレリックが、何処まで保つかということの方だった。
怪我ならば、リカバーで治せる。だが、疲労や体力の低下は、如何ともし難い。
「あの‥‥もし、よろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか‥‥」
カシスが、クレリックに問いかける。白い聖職者が答えた。
「アデル、と申します。カシス様」
「アデルさん‥‥」
大丈夫ですか、とジゼルが問いかけようとした時、不意に、ぐらりとクレリックの体が傾いた。はっとして差し出したジプシーの腕の中に、細い体が滑り落ちた。馬に乗り続けていられるだけの体力も、既に、彼女には残っていなかったのだ。
「出口は‥‥出口はまだなのですか?」
何気なく額に手をやって、ジゼルがぎょっとする。‥‥‥‥熱い。
周囲に潜む闇の中から、不意に、ガサガサという物音が響いてきて、全員が身を固くした。動かすのも危険な状態のクレリックを守りながら追っ手を蹴散らすだけの余裕は、既に彼らには無かった。見張り二人を片付けるのでさえ、相当に手間取ったのだ。
「誰!?」
ゲルマン語で、アレクセイが誰何する。
日本刀を向けたその先に現れたのは、追っ手ではなく、依頼人の女騎士だった。思わず刀を取り落としそうになるほど安堵して、アレクセイが大きく一つ息を吐き出す。
「よくやってくれた。‥‥感謝する」
女騎士は、既に意識のないクレリックの体を抱き上げると、彼女を抱えたまま、軽々と馬に跨った。
「村に帰すのであるか?」
リデトが尋ねる。女騎士は首を振った。
「村に帰しても、いずれは兄が見つけて、また連れ戻してしまうだろう‥‥。しばらくは、別の場所に隠れさせる。ほとぼりが冷めるまでは‥‥な」
「ですが、それでは、本当の解決にはなりません‥‥」
ジゼルが眉を顰める。仕方ない、と、騎士は力無く笑った。
「私には、残念ながら、兄を止めるだけの力はない。こうして、影から動くのがせいぜいだ」
騎士が、馬首を巡らせた。
立ち去ろうとする背中に、リューンが、最後に、声を掛けた。
「鳥は青い空を舞ってこそ鳥。鳥かごに閉じ込められ飛べない鳥は儚くなってしまうのです‥‥」
そうは、思いませんか?
「お伝え下さい。兄君に」
口調も、態度も、相変わらず、リューンは優しい。けれど、抗いがたい何かを感じて、騎士は、その場に馬脚を止めたままだった。
「白い鳥の愛し方、少し変えてみては如何ですか、と‥‥」
「承知した」
女騎士が、馬の腹を蹴った。夜闇の中に、その姿が紛れて消えるのは、早かった。
●後始末
報酬は、ギルドに規定の金額がしっかりと支払われており、また、伯爵家の某に関わったからと言って、冒険者達の何かが、それで変わるということはなかった。
ナイトを氷漬けにしたり、神聖騎士を縄で括り上げたり、よくよく考えれば、結構恐ろしい事態なのだが‥‥全ては、誰の耳にも知られることなく、綺麗に片付けられていた。
「彼女にとって、長い夜は、明けたのだろうか‥‥」
トオヤの不安に答えるように、冒険者達の元に、後日、一通のシフール便が届けられた。
「新しい村で、新しく、生き直しているところです」
いつか、彼女は、元いた場所へと帰るのだろう。
その日が来るまで、今は、静かに‥‥。