還らずの丘

■ショートシナリオ


担当:ソラノ

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月11日〜10月16日

リプレイ公開日:2004年10月15日

●オープニング

 あの子は、要らない。
 捨ててきましょう。
 還らずの丘へ。
 二度と戻ってくることの無いように。
 引き渡してしまいましょう。
 うち捨てられた、亡者たちへ。
 還らずの丘は、死者たちの故郷。
 戻ることを許されない、哀れな死に行く者たちの、最後の砦。


「昔、何年にも渡って、この一帯を飢饉が襲ったそうです。日々の暮らしにも困窮した村人達は、泣く泣く、生まれたばかりの赤ん坊を、丘の上に捨ててきたそうです。口減らし、ですね。貧しかったのでしょう。飢饉がおさまった後も、その悪しき風習は、しばらくの間、残ったようで‥‥」
 丘は、いつの間にか、帰らずの丘、と呼ばれるようになったという。
 貧しさに耐えかねた村人達が、幼い我が子を捨てに行く場所。
 帰ってはいけないよ。
 その場においで。
 命尽きるまで。
「戻ることを許されない幼い霊が、その場に留まるようになったそうです。当然と言えば、当然なのですが‥‥。丘は、今は、危険区域として、立ち入る者はいません」
 さて。
 本題はここからです。
 ギルドの職員が、長い前置きを、ようやくそこで切った。
「その問題の丘に、勇気と無謀を取り違えている好奇心旺盛な近くの村人が、踏み込んでしまったのです。人数は二人。ですが、一人は、自力で帰ってきました。一人だけが、行方不明のままです。もうわかりますね? そうです。その村人を捜して保護して欲しいのです。還らずの丘から、無事に連れ帰って欲しいのですよ」
 ただし。
 ギルドの職員が、その必要もないのに、声を顰めた。
 まるで、大声を出したら、還らずの丘の霊たちに咎められるとでも言うように。
「三日後は、新月です。月のない夜が来ます。その夜には、還らずの丘の亡霊たちが、一斉に目覚めるそうです。そうなったら、村人を捜すどころではありません。近寄ることも出来ません。今すぐ出発して、村に到着するのは、二日後。一日しか、探す時間はないと思って下さい。三日後の夜が来る前に、引き上げて下さい。死者の仲間入りを果たしたくなかったら。わかりますね?」
 それは、あまりに性急な話だ。
 加えて、村人が行方不明になってから、既に数日が経過している。
 完遂の可能性の低さに、冒険者達は、少なからず尻込みしているようだった。徒労に終わるだけの依頼なら、初めから、受けない方がマシというものである。
「そうそう。行方不明の村人は、クレリックだそうです。‥‥無事に戻ってきた方が言っていましたよ」
 ギルドの職員の言葉に、数人が顔を見合わせる。
 神聖魔法の使い手、と聞いて、何か感じるところがあったのだろう。
「クレリック‥‥か」
「魔法が使える分、生き残っている可能性は高いかも知れません」

 ギルドの職員が、依頼書を、ぺたりと壁に貼り付けた。

●今回の参加者

 ea3803 レオン・ユーリー(33歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea5624 ユリア・フィーベル(30歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6972 シャーリー・ウィンディバンク(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7333 エドワード・リッシュ(29歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7335 クルリン・ベーカー(35歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea7398 エクリア・マリフェンス(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

トオヤ・サカキ(ea1706)/ デューシンス・ダーエ(ea5203

●リプレイ本文

【先行】
 今回、少ない時間を少しでも稼ぐために、デューシンス・ダーエ(ea5203)、沖鷹又三郎(ea5928)、シャーリー・ウィンディバンク(ea6972)の3人が村へと先行した。全員が到着する前に情報収集を手早く完了し、一刻も早く捜索に出発できるようにとの配慮である。
 前の二人は馬で、シャーリーは魔法の箒を利用した。
 馬を二頭持っていた沖鷹は、後行組にそれを惜しげもなく貸し与え、この馬に荷物を全て積み込んだことにより、後行組は、徒歩とは思えないほどの速度で道のりを急ぐことが可能となった。
 シャーリーは、箒の利点を生かして、地形の把握に余念がない。少し高いところから見下ろすだけでも、森は違った顔を見せてくれるから、不思議なものだ。
「エドワードさんやクルリンさんも、地形のことを気にされていましたね‥‥」
 はっきりと確認出来たわけではないが、森の中に、切り抜かれたような跡があるのを見つけたのは、その次の瞬間のことだった。


【村にて】
「話すことなど何も無い」
 取り付くしまも無い返答が、村人から返ってきた。
 間引きがあった不吉な場所についての村人の口は、堅かった。当然と言えば、当然だろう。村人たちは、臭いものに言わば蓋をして暮らしてきたのだ。あれほどの悲劇が長く続いた場所にもかかわらず、祈りのひとつも捧げることなく放置されていた事実を考えれば、おのずと予測は付いてくる。
「ですが、話していただきます。過去は変えようがありませんが、今、行方不明の方が亡くなれば、その過去に更に悲劇を上塗りすることになるのですから。‥‥忘れないでください。私たちが探すのは、私たちの家族でも友人でもないのです。ここの、この村の、住人なのです」
 シャーリーの、厳しい声が、静まり返った部屋に、りんと響く。
 村長が、観念したように、ぽつりぽつりと語り始めた。
「行方不明者が出たのは、実は、今回が初めての話ではないのです」
 これまでに、何人も、何人も、森に行ったまま、戻っては来なかった。
「信じられますか? あの森は、闇の中では、視界が埋まってしまうほど、亡霊で溢れかえってしまうのです」
 

【帰還した村人】
「すみません。俺が悪いんです。俺が‥‥不用意に、あの森に行ったから。あいつは‥‥リィトは、俺を心配してついてきて‥‥」
 森から帰還した青年が、肩を落としつつ説明する。リィト、という人物が、未だ帰らぬクレリックであるらしい。
「詳しく話してくれ。大切なことなんだ」
 レオン・ユーリー(ea3803)に促され、青年は、徐々に重い口を開いていく。どうやら、友人が行方不明になったのは、完全に彼に責任があるようだった。
「幽霊が出る、という話は、知っていたんです。だけど、あの森は、人が踏み込まないだけあって、きっと、実りも獲物も豊かだろうと思って‥‥」
 貧しい村のために、新しい猟場が、採取場が、欲しかった。
 幽霊は、きっと、何とかなるだろうと思っていた。
 口減らしの伝承など、昔話だ。時代は流れ、移り変わる。
「でも‥‥でも、変わってなかった! あそこは‥‥あそこには、あんなに‥‥」
「落ち着いて下さい。思い出したくないほど、恐ろしいことがあったのは、あなたの様子を見ていればわかります。ですが、これは、レオンさんの言うとおり、重要なことなのです。わかりますね?」
 クルリン・ベーカー(ea7335)が、まるで、幼い子供をあやすように語りかける。
 村人の体が、一瞬、白い燐光に覆われた。メンタルリカバーの魔法だ。青年の顔に濃く張り付いていた恐怖や混乱の色が、確実に薄らいでゆく。青年は、小さく安堵の溜息を吐いた。
「あの日は、新月ではないけど、ずっと曇りでした。月明かりも雲に遮られて、夜になると、真っ暗でした。そしたら、泣き声が、響いてきて。幽霊が‥‥もう、視界を覆い尽くすくらい、たくさん‥‥」
 俺は、一人で逃げたんです。
 村人が、両手で、顔を覆った。
「怖くて、一人で、友人を置いて、逃げてきてしまったんです‥‥」


【捜索】
 徒歩で二日かかる道のりを半日近くも縮めたものの、村での情報収集に予想以上に時間がかかり、結局、二日目は、出発を見送った。
 もしかしたら地図があるかもしれないと、ごそごそ家捜しをした村長の言葉を信じたのが痛かった。あちこち探し回って、結局、見つからなかったのである。気がつけば日は落ちて、辺りを闇が覆っていた。明日には消えてしまう月は、驚くほど薄く、か細い。
 幽霊の住む森に、夜の夜中に踏み込むのは、勇気があると言うよりは無謀なだけだ。それよりは、日の出とともに捜索を開始した方が、どう考えても効率が良い。
 朝日が煌めく早朝に、一行は、二手に分かれて森に入った。

 森は、驚くほど、静かだった。
 静か過ぎた。
 鳥の声も聞こえなければ、獣の影も全く見えない。伸びるに任せた枝葉が頭上で複雑に絡み合い、巨大な傘の役割を果たし、昼なお暗く、陰気だった。
「でも、何だか‥‥視線を感じない?」
 勘の鋭いレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が、やや不安げに、きょろきょろと見回す。むろん、そこには何も無い。同じく何かを感じているらしいクルリンが、エドワード・リッシュ(ea7333)に促され、念のため、ディテクトアンデットを試みた。
 だが、魔法の力を用いても、はっきりとは確信できない。何かがいるような気はするのだが、霧のように、影のように、全てがぼやけて曖昧だった。
「昼のうちに見つからなかったら、相当まずいことになりそうだな」
 エドワードが、緑の天蓋の向こう側を振り仰ぐ。
 村に立ち寄ったとき、彼は、村人に、煙の立つ火を絶えず炊いておくように指示を出していたのだ。
 煙のおかげで、村への方角が把握できる。昼の間なら、これを確認するのは容易い。だが、夜になれば、話は別だ。今夜は新月。月明かりは、無い。
「夜、か‥‥」
 レオンの呟きが、静寂の中に、吸い込まれる。
 時間は、容赦なく、流れ行く‥‥。

「拙者の故郷、ジャパンでも、似たような話はあるでござるよ。拙者が知らないだけで、ジャパンにも、もしかすると、ここの還らずの丘のような場所があるかも知れないでござるな‥‥」
 沖鷹が、感慨深げに目を細める。国は違えど、そこに生きる人々に大差はない。何処の国でも起こり得ることと、寂しさにも似た感情が胸中を過ぎる。
「沖鷹さん‥‥何を持っているのですか?」
 ユリア・フィーベル(ea5624)が、沖鷹の手元を覗き込む。先程から、沖鷹が大切そうに抱えている包みが気になっていたらしい。
「お菓子でござるよ。子供達に、食べてもらうでござる」
 それは、ささやかな名案に思われた。
 丘の子供は、飢えのために命を絶たれた者たちなのだ。手作りの菓子など、食べたことはもちろん、見たことも無いだろう。
「あ‥‥」
 その時、エクリア・マリフェンス(ea7398)のブレスセンサーが、捜し求めていた対象と極めて近い何かの呼吸を、鋭く捉えた。
「向こうにいます‥‥合図を」
 華奢なエルフには重い竪琴を、わざわざ持ってきた甲斐があった。
 他の物音とは間違えようのない、竪琴の澄んだ音色が、静か過ぎる森の中に、高く、低く、響き渡った‥‥。


【還らずの丘】
 森が、なぜ、丘と呼ばれているのか。
 その疑問を、村人にぶつける者は、いなかった。
 駆けつけた十人の前に、突如開けた、草の丘陵。
 そこだけ、切り取られたように、木々が無い。
「丘‥‥だ」
 レオンが、呆然と呟く。
 そう。
 丘だった。

 ここが、この場所こそが、還らずの丘。

 心の準備も無く聖地にでも迷い込んでしまったかのように、ひどく厳粛な思いを噛み締めつつ、沖鷹が、ゆっくりと丘に進み出る。
 丘陵の一番上に、跪き、持参した菓子を供えた。ここなら、一番に目に付くと思ったのだ。
「リィトさんは‥‥?」
 その時、視力の優れたエクリアが、丘の片隅に、倒れている人影を見つけた。
「リィトさん!?」
「う‥‥」
 息はある。だが、体のあちこちが傷ついて、ひどく衰弱して見えた。クルリンとユリアが急ぎリカバーを施すが、傷が重い上に衰弱が激しく、とても立てるような状態ではない。
「立てないなら、背負って行くまででござるよ」
 沖鷹が言い、レオンが頷く。
 レオンの友人であるトオヤ・サカキ(ea1706)を含めても、人間ひとりを背負って山歩きが出来る者は、一行には少ない。捜索で気を張り疲労した体には、大変な重労働だった。

「日が‥‥」

 エドワードが、辺りを見回す。
 森の中は常時暗く、わからなかった。時間は、彼が予想していた以上に、早く流れてしまっていた。時の経過を判断できるようにと、砂時計も考案してみたのだが、それに費やす準備期間が、今回、絶望的に不足していた。
 夜が‥‥迫る。
「何‥‥あれ?」
 レティシアが、ぞっとしたように、後退る。
 丘に、無数に浮かび上がる、霧のような、影。
 最後の橙の名残が消えた瞬間に、待ち構えていたかのように、現われる。

 暗い‥‥暗いよ。
 ねぇ‥‥お母さんは、どこ?

 這い出してくる、意思の塊。
 悪意は、この期に及んで、感じない。
 ただ、すがり付いてくる。泣き叫ぶ心に害意は無くとも、存在は、紛れも無く、怨霊と呼べるものたちが。

 助けて。助けて。助けて‥‥!

「走れ!」
 エドワードの声を皮切りに、全員が、だっと駆け出した。
 リィトを背負って自由の利かないレオンを庇い、その背中を、トオヤが護る。
 ふと振り向くと、丘の上の供え物に、今ははっきりと姿を見ることの出来る霊たちが、群がっていた。
「そんなに、餓えて‥‥」
 沖鷹が持参した菓子類が、幸運にも、時間稼ぎとなった。
 誰が、この小さな奇跡を、予測できただろう?

 どれほど走ったかは、定かではない。
 レオンが手堅く付けてきた木々の目印を追いながら、駆け抜けた先に、出口があった。
 半ば転がるように森を出ると、クルリンが、ホーリーライトで闇を照らす。
 蠢く無数の者たちは、まだ、森を漂っていた。
「何とか‥‥してあげられないでしょうか?」
 ユリアの声に応えた者は、レティシア。まだ幼い吟遊詩人の体が、銀の光に包まれる‥‥。
「せめて‥‥歌を」
 魂を、鎮める曲を。

「仮初めでいい。安らぎを‥‥」
 
 バードの呪歌が、月の無い夜の静寂に、密やかに響く。
 エクリアが、途中から、竪琴による伴奏に加わった。
 実際に、この歌に、鎮魂の力は無い。
 丘は変わらずそこにあり、霊は変わらずそこにいる。
 過去は消えることなく横たわり、想いは行き場を求め未だ彷徨う。
 
「過ぎた時間は取り返しがつかないが、不憫な子等を、年に一度でも、忘れることなく弔い、道を照らしてやることが出来れば‥‥」
 エドワードの言葉に、否を唱える者は、いなかった。

 その日から、時々、森の入り口に、手作りの菓子が供えられるようになったと言う‥‥。