私が死んだ夜

■ショートシナリオ


担当:ソラノ

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月26日〜10月31日

リプレイ公開日:2004年11月05日

●オープニング

 それは、突然のことだった。
 いつもの仕事。いつもの帰り道。ほんの少し違うのは、いつもより、ほんの少し、時間が遅くなってしまったということ。
 私は、薬師だ。人より少し医の道を心得て、自然の力で、傷ついた人々を癒す。
 万能ではない魔法だけでは、全ての人は助けられない。
 私は、自分の仕事に誇りを持っている。
 だから、この日、閉店後に飛びこんできた最後の客を、冷たくあしらうことなど、出来ようはずがなかったのだ。

 深夜の暗い道を一人歩きするのは、正直、怖い。
 霧の街とも謳われるこの王都には、美しいものも、醜いものも、よく似合う。
 たくさんの人を飲み込んで、今なお膨張を続ける、魔の都。
 何が出てきても不思議ではない‥‥爛熟と狂瀾に惹かれて。

 今夜は、風が吹かない。
 霧が、濃くなる。
 霞む視界の向こうに、黒い大きな影を見たのは、一瞬のこと。
 腕に激痛が走る。音を立てて、何かが落ちた。
 私の腕が、まるで何かの重い荷物のように、地面に、転がっていた。

「あ‥‥?」

 体中に、細い蛇のようなものが、巻き付く。
 骨の砕ける鈍い音。この期に及んで、まだ、私には、意識があった。
 何が何だかわからないのに、痛みのあまり、かえって、気を失うことが、出来なかったのだ。
 
「どうして‥‥?」

 耳まで避けた大きな口が、目の前で、一瞬、にっと笑った気がした‥‥。




「彼女を殺した犯人を突き止めて、仇を討って下さい」
 仇討ちの依頼は、実は、ギルドには多い。
 対象が人間ならば、人々は、公共の機関を頼りにするだろう。だが、相手が魔物となれば、話は別だ。まして、今回は‥‥。

「悪魔です。悪魔の仕業に違いありません。あんな惨い殺し方が出来るなんて」
 
 ギルドに依頼を持ってきたのは、あの日、あの夜、彼女を引き留めた、最後の客だった。

●今回の参加者

 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6779 ウォルター・レギオン(36歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6829 辻 篆(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6954 翼 天翔(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●夜に向けて
 ともかくも、情報が少ない。
 それが、今回の依頼を受けた者たちの、共通の感想だった。
 真実を知っているであろう被害者は、惨たらしく殺された。依頼人は、その死に幾ばくかの良心の呵責を覚え、冒険者達に泣きすがってきただけの赤の他人である。
 敵の強さもさることながら、取っ掛かりの少なさに、冒険者達は戸惑った。
 何処を探せばよいのか。何を調べればよいのか。ギルドからもたらされる話の数々はあまりにも曖昧で、微少すぎた。最悪、探しても遭遇出来ずという恐ろしい事態にもなりかねないのだ。
「完全に予測不能だ。参ったな‥‥」
 事態の難しさを憂い、辻篆(ea6829)が溜息を吐き出す。彼らが依頼を受け、悪魔狩りに乗り出してから、既に三日が経過していた。その間、これと言って実入りもない。時間だけが容赦なく過ぎ去って行く。
「やれやれ‥‥。色々な意味で難敵だ。今回は」
 辻は、いつもの馴染んだ和服を脱ぎ捨て、洋装に身を包んでいる。和の装いをすれば何処から見てもジャパン人の辻だが、郷に従えばちゃんと街娘に見えるから不思議なものだ。
 もっとも、長いスカートの下には銀の短剣を忍ばせて、左手には十手を持っている。格闘技能も高く、ただの街娘でないことは、辻自身が一番よく知っていた。
「それにしても、この街に悪魔が出るなんて。何だか、凄く嫌な気分‥‥」
 不快そうに眉をしかめるのは、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)。
 戦闘能力が高いわけでもない彼女が、今回の戦いに参加したのは、一重にこの街が好きだからだ。出身は違っても、イギリスという国に間違いなく愛着を持っている。悪魔の所業を見捨ててはおけないし、そもそも、その悪魔が何処から来たのか、あるいは誰かが呼んだのか、気になることは数多ある。
「今回は、本当の悪魔さんなんだね‥‥インプさんとは遊んだことがあるけど、楽しみだなっ♪」
 ミネア・ウェルロッド(ea4591)は、対照的に嬉しそうだ。あまり深くは考えない質らしい。とは言え、見かけの幼さに騙されたらとんでもないことになる。実は、一行の中で、最も格闘技能に長けているのが彼女だった。その働きに注目したいものである。
「天翔さんに囮をお願いするのも、今日で四日目ですか‥‥。彼女なら、敵に遅れを取ることはないと思いますが‥やはり心配ですね」
 最年長らしく、ウォルター・レギオン(ea6779)が、囮役を買って出た翼天翔(ea6954)を気遣う。
「霧に、注意して下さい。霧が出てくる、あるいは濃くなってきたら、かなり危険と思われます‥」
「肝に銘じておくわ」
 遠く華仙教大国から来た武道家は、婉然と、騎士に余裕の微笑を向けた。
「また、夜が来る‥‥さぁ、行きましょうか」
 四日目の夜が、始まった。


●悪魔が来たりて
「月夜の晩は、何とやら‥‥ってね」
 あの日の薬師の道のりを、翼が、辿る。美しい顔に、笑みはない。全身を神経にして、警戒する。人間を易々と切り裂くような悪魔が相手だ。万一、背後から襲われでもしたら、一溜まりもない。
「霧‥‥?」
 キャメロットは、霧の都。薄もやに包まれる光景は珍しくない。だが、翼の足取りは、確実に鈍くなる。ふと、立ち止まった。自らに、オーラエリベイションを施す。
「女を待たせるなんて、最低だとは思わない?」
 濃い霧の一角に、翼が語りかける。気配を感じたわけではない。霧に気を付けろと言った騎士の言葉を、思い出したのだ。
「‥‥返事なし? まぁ、いいわ。ねぇ、私と勝負してみない? そこの悪魔さん」
 その瞬間、途切れた霧の合間に、黒く蠢く影が、はっきりと見えた。


 囮役の翼から付かず離れず、残る四人が後に続く。レティシアの魔法が届くぎりぎりの位置に控えていたが、この距離はさほど長くはない。だからと言って、離れすぎたら囮役の危険度が格段に上がる。微妙な間を保ちつつ、一行は息を殺して見守っていた。
 前を歩く翼の姿が、不意に、薄くぼやけてゆく。
「霧が‥‥どんどん濃くなって‥‥」
 レティシアが辺りの気配を探るが、何も感じないし、音も聞こえない。テレパシーで呼びかけたが、翼からの答えもない。霧が全てを包み込み、感覚がひどく鈍くなっていた。十五メートル以上の距離が開いてしまっていたのだ。
「まずい‥!」
 ウォルターがだっと駆け出す。視力の良いミネアが一生懸命目を凝らすが、霧のせいで何も見えない。ほとんど勘でダガーを投げつけてみても、やはり無駄だった。霧の中では、全ての行動に、あらゆる制約が課せられる。
「天翔さん!?」
「ここよ!」
 ウォルターの呼び声に、翼が答える。レティシアがすかさずサウンドワードを使った。音だけは、霧にも誤魔化されない。音は、正確に、距離と方角をレティシアに伝えた。だが、十秒間の詠唱の間に、事態は刻一刻と変化する。高速詠唱がないレティシアの魔法は、どうしても後手にならざるを得なかった。
「くそ、戦術もへったくれも無いな!」
 霧への対策が不十分だったことは、否めない。忌々しげに舌打ちし、辻が翼の隣に並び立つ。繰り出した銀の短剣は、霧の中においても、敵の体に命中した。しかし、短剣では、威力が低い。表面を撫でたに過ぎない小さな傷が付いただけだった。
「くっ‥‥日本刀があれば」
 悪魔に効果の薄い日本刀は、馬に積んだままになっている。オーラパワーを付与出来る味方が二人もいたのだ。持ってくるべきだっただろう。
「えいっ!」
 威力の低さは承知で、ミネアが白兵戦を挑む。同じ武器であるはずなのに、辻が付けたものよりも明らかに大きな傷が、皮膚を走った。ウォルターがオーラパワーを付与していたのだ。闘気に包まれた刃は、ミネア自身の技量の高さとも相俟って、続く二撃目も正確に入った。
「一度に集中的に攻撃して、敵の対応能力を超えるしかないか‥」
 銀の短剣を握り締める辻の右腕が、翻る。
 素早く掠めるように繰り出したその攻撃は、シュライク。
 初めて、敵が、凄まじい悲鳴を上げた。何かの獣のような声だった。立ち込めていた霧が、一瞬晴れ、見え隠れしていた影が、その正体を現す。
 ミネアの身長を軽く超える巨大な鼠が、目の前に立っていた。いや、鼠に似ているが、もっと醜悪で、邪悪だった。
 裂けた口に、鋭い爪。鞭のようにしなる尾が、辻の左腕に巻き付く。
 それが、何という名を持つ存在なのか、知る者はいない。魔物に関する知識を持つ人間は、この中では翼だけだ。だが、彼女とても、詳しいわけではない。悪魔に間違いない、と、確信できる程度だった。
「こっちよ!」
 翼が、常に戦っている仲間の反対側に移動しつつ、攻撃を繰り返す。拳での一撃は威力が低く、ダメージは微々たるものだ。しかし、彼女は手数が多い。そして、これこそが彼女の最大の利点だろう‥‥素早いのだ。
 悪魔が、背後の翼を払おうと、振り向く。その隙を、むざむざ見逃すウォルターではない。高威力を誇る長剣が、渾身の力で叩き込まれる。悪魔が、反撃に転じた。ウォルターは逃げなかった。それと交差する絶妙のタイミングで、更に刃を繰り出す。悪魔の爪が騎士の皮鎧を剔ったが、ウォルターの斬撃もまた、強烈に悪魔を薙いでいた。悲鳴が上がった。悪魔の動きが、確実に鈍くなる。
「また、霧が‥‥!」
 だらしなく開いた悪魔の口から、白い霞が吐き出される。
 一瞬開けた視界が、またすぐにも閉ざされた。ずる、と何かを引きずるようにして、歩く気配。音に敏感なレティシアが、はっとする。そう。悪魔とは本来狡猾な生き物。逃走の可能性は、当然あり得ることだった。
「駄目‥‥絶対に駄目! 逃がさないで!」
 逃亡を許したら、確実に、犠牲者が増える。
 レティシアには、逃げる敵の前に立ちふさがり、それを阻むだけの技量はない。彼女に出来ることは、ごくわずかだ。だが、自分に出来ることを精一杯に為し遂げようとする者には、時折、奇跡が味方する。
 バードが作り出した幻影の騎士が、悪魔の前に立ちはだかった。ほんの一瞬、動きが止まる。辻とミネアが、斬りかかる。辻のダブルアタックが、悪魔を捉えた。正確に位置が掴めたところを、翼の奥義が襲いかかる。
「鳥爪撃!」
 おいそれと使える技ではないが、破壊力は他に類を見ない。防御の余裕すらなく、悪魔がどうと崩れ落ちる。
仕留めた、と、誰もが思った。
 いや、並の悪魔なら、仕留められたのだ。だが、今回の敵は、並ではなかった。人間に個体差があるように、悪魔にも個体差がある。悪魔は、まだ、生きていた。霧が、傷ついた体を包み込む‥‥。
「霧‥‥!」
 悪魔の気配が、遠離る。
 追い縋ろうにも、視界は効かないし、悪魔は予想以上に足が速い。
 悪魔もぼろぼろに傷ついていたが、ウォルター達も、霧の中の戦いでかなり疲労していた。霧の対策をほとんど考えていなかったことが、最後の最後に、詰めの甘さを生んでしまったのだ。

「くっ‥‥逃げられた‥‥!」

 辻の悔しげな声が、何時までも、白い景色の中に尾を引いて‥‥残った。


●後日
「いえ‥‥皆さんは、とても良くして下さいました」
 依頼人が、冒険者達を、労う。
 確かに逃走はされたが、悪魔の傷は深かった。恐らくは、後一撃で、確実に死に追いやれるほどに。
「何処かで、あのまま、死んでいるかも知れません」
 生きていたとしても、しばらくは、人を襲うことなど出来ないだろう。真夜中の死闘は、結果として付近の住民に警戒を促すことになったし、今回もたらされた報告から、敵の種類や性質なども、ほとんど余すこと無く、ギルドの知るところとなったのだ。
 逃げられたとしても、冒険者達が為し遂げた全ては、決して、無駄にはならなかったのである。

「でも‥‥どこかで生きていて、また‥‥」

 生きているかも知れない。
 死んでいるかも知れない。
 霧のように曖昧に、街の片隅の戦いは、こうして、静かに幕を降ろした。

 再び、依頼がギルドの壁に貼り付けられるかは‥‥定かではない。