●リプレイ本文
●練習日
「そんな格式張ったものではないのですよ。楽しむことが最大の目標ですから」
それが、パーティーの主催者である老人の、第一声だった。
もしかしなくても、かなり場違いな所に来てしまったかと内心不安に感じていたアリア・バーンスレイ(ea0445)が、ほっと胸を撫で下ろす。剣技にかけては少々以上に腕に覚えのある彼女だが、踊りとなれば話は別だ。
幸いにして、作法教師のクラリッサ・シュフィール(ea1180)、マナーコーディネーターのレジーナ・オーウェン(ea4665)という、何とも頼りになる面々が付いていてくれるものの、やはり、肩肘張りすぎた作法には慣れることが出来ないし、そもそも好きではない。
「そうであれば助かる。何しろ、ダンスは最低限の教養程度なのでな」
ルクス・シュラウヴェル(ea5001)も同意する。もっとも、彼女の場合は、最低限といえども素養はしっかりと出来ている。また、ノルマン出身というのも何かと有利に働くだろう。何と言っても華やかな舞台はノルマンが主流だ。艶やかなる都の名は紛い物ではない。
「しかし、良い機会だ。得意な者もいるようだし、しっかりと習いたいものだな」
よろしく頼む、と、ルクスが、同じ参加者たちに微笑する。男性的な口調のためか、いささか取っつきにくい印象を与える彼女だが、品の良い笑顔は、さすがはエルフの血によるものか。
「いえいえ、こちらこそ〜」
クラリッサが、おっとりと微笑を返す。見事な銀髪が、肩から腰へとさらりと流れた。
「冒険もダンスパーティも一緒ですよ。平凡な日常からの脱却。違うのは、リスクと必要とされるスキル。わたくしにとっては、どちらも大事なものですけれども」
始めましょうか。
レジーナが促す。
肩肘張るなと言われても、招待主は、れっきとした貴族。無礼があれば屋敷を摘み出されかねないし、冒険者は素養もないのかと馬鹿にされるのも腹立たしい。練習はしないよりはした方が良いに決まっているし、もともと何でも屋の冒険者たちのこと。順応力には自信がある。
「彼がいればなぁ‥」
密かに呟いたアリアの声も飲み込んで、練習第一日目が始まった。
引っ込み思案なオフィーリア・ベアトリクス(ea1350)にとっては、そもそも赤の他人と親しく接することが難しい。
少しでも上手にダンスを踊りたくて、どちらかと言えば練習目当てでこの依頼に入ったものの、やはり誰彼かまわずの相手は、性格的に無理があった。
知人のラルフ・クイーンズベリー(ea3140)が側にいてくれることは、正直にありがたい。ラルフの方は、オフィーリアと一緒にいられると純粋に楽しいらしく、多少足を踏まれても、蹴られても、嫌な顔一つせずに、のんびりと付き合ってくれている。
「あの‥‥オフィーって呼んでも‥いいかな?」
ラルフの小さな問いかけは、オフィーリアの耳には届かなかった。これ以上相手の足を踏まないようにと、かつて無いほど真剣に練習に打ち込んで、会話するどころではなかったのである。
「? 今、何か言いましたか‥?」
「え? あの」
ぎゅ、と、今度はラルフがオフィーリアの足を踏んでしまった。
ごめんなさい、と、慌てて少年が足を引っ込める。
呆れられたかとラルフは焦ったものの、オフィーリアはくすりと小さく笑っただけだった。お互い様というところだろう。二人が華やかに舞えるまでには、相当の時間がかかりそうな気配である。
「でも、楽しむのが一番だって、言っていたし、ね?」
依頼人の言葉を思い出し、ラルフが頷く。
そう。無理はせず、ゆったりと楽しんでもらえれば、それで上々なのである。
●当日
「ご機嫌麗しゅう御座います。エセルバート卿、御噂はかねがね聞き及んでおります。わたくしは、オーウェン家のレジーナで御座います。本日はお招き頂き光栄ですわ」
恭しく、レジーナが礼をする。さすがは堂に入ったものだ。卿もまた、椅子から立ち上がり、レジーナの手を取った。作法には作法で返す。高貴なる族にある者として、当然の振る舞いであろう。
「ようこそ。‥‥なに、年寄りの道楽。内輪の会です。皆さんは、そこに居られるだけで十分に華がおありだ。存分に楽しんで頂きたい」
「ありがとうございます」
クラリッサが微笑する。柔らかい青色の衣装は、彼女の楚々たる雰囲気によく似合った。早速目を付けたらしい男たちが数人いたが、気付いているのかいないのか、本人は、あくまでものんびりと構えている。
「うぅ‥‥コケなきゃ良いけど」
不安が拭い去れないのは、アリア。密かに惚れている人とは同行できず、練習の成果もはかばかしくなく、気乗りしないのは無理もない。
断ったら駄目ということだが、相手もダンスが下手だったら、絶望的じゃないの‥‥と思考は如何せんマイナス方向に傾いてしまう。それなら壁の隅っこで語らぬ花にでもなっていれば良さそうなものだが、黒髪に映えるライトグリーンのドレスを身に纏った彼女は、はっきり言って目立っているから、尚更に始末が悪い。
「一曲お願いしてもよろしいですか?」
と、返事を待たずして、いきなり貴族の青年がアリアを連れ出した。
こんなに強引だなんて聞いてないよ〜!と内心悲鳴を上げたかどうかは定かではないが、もはやアリアに後戻りの道はない。それにしても、いささかぎこちなくはあったが、いざ始めると、これがなかなか見られるから大したものだ。
相手の青年がかなり上手だったのも幸いした。まぁ、強制的に踊る会でも無し、自信がある人間しか、そもそも声はかけてこないのだ。
「練習の成果は出ていますね」
レジーナは満足そうだ。練習時は、一番上手な彼女が皆を引っ張った。彼女とても達人というわけにはいかないが、基礎以上のものは身に付いている。
「わたくしをリードするに相応しい殿方がいらっしゃるとよろしいのですが‥」
「これは緊張しますね。とちらないように努力しましょう」
アリアに続いて、レジーナに声がかかる。こちらは強引さはなく、あくまでも礼儀正しい若者だった。
「ご冗談を。かなりの腕前とお見受けいたしますわ」
にっこりと、レジーナが微笑みかける。白いドレスの裳裾がふわりと揺れた。黄金の髪が翻ると、大きく開いた背中が顕わになる。これはお上手ですねと、遠くで囁く声が聞こえた。
「皆さん、楽しそうですね〜」
あくまでもゆったりと会をくつろぐクラリッサの周りには、ダンスよりも会話を楽しみたい同志が輪を作っている。
物腰が柔らかい彼女には、何となく話しやすい雰囲気があるのだろう。クラリッサも心得たもので、面白い話の一つでも披露するのは礼儀と割り切っているようだ。
「人助けや治安維持の仕事がほとんどでして。皆様に楽しんで頂けるかどうか」
ああ、でも、オーガ戦士は強かったです‥。
思い出しつつ、クラリッサが眉を顰める。
「しっかりと負けてしまったのです。初めての依頼だったのですけど‥‥本当に強かったですね」
貴族たちが、思わず顔を見合わせた。
「初めての依頼で、いきなりオーガ戦士ですか?」
「はい」
「度胸があるというか‥‥いえ、ご無事で何よりです」
「冒険者ですから」
クラリッサが笑った。おとなしやかな気配の中に、命のやり取りを経験したことのある者の特有の影が、一瞬、浮かんでは消えた。
「だから、危険を冒す者、と呼ばれるのでしょうね」
ごてごてと飾り立てるのは、趣味ではない。ルクスは、青一色のシンプルな衣装で出席していた。あまりに男性が少なかったら男装でもと考えていたのだが、それは杞憂に終わったようだ。
今回のギルドからの出席者は、圧倒的に女性が多かった。美人がたくさん来るとなると、鼻の下を伸ばすのが男の哀しい性である。
おいおい‥‥と思わずツッコミを入れたくなるほど、男ばかりが大量に集まった。依頼人が「このパーティー始まって依頼の男所帯となった」と感心していたのだから、わかりやすいと言えばわかりやすい話ではある。
ともかくも、こういうわけで、ルクスも立派に女性の装いをして現れたのだが‥‥本人、どうやら、ダンスよりも料理の方に興味があるらしい。
ルクスの一番の注目を集めたのは、皿に盛られたとりどりの食べ物であり、一番話をしたのは、給仕と料理人であった。材料とレシピと裏技諸々について熱く語り合っている様子を見るに、そこにずかずかと踏み込んで行ける度胸の持ち主は、今パーティーの中にはいなかったのだ。
「なるほど。海を隔てただけで、文化というのは変わるものだな。菓子一つにしても」
感心しつつ、満足げなルクス。
見るだけではなく、味の方ももちろん調査。
危うく、ダンスパーティならぬ料理談話会に終わりそうな勢いだったが、そこで、彼女ははっとする。自分ばかりが楽しむわけにはいかない。貴族の方々は、冒険譚を心待ちにしているに違いないのだ。
「疲れた‥」
丁度良く、続けざまに三曲も付き合わされて、へろへろになっているアリアが寄ってきた。ここは、一人よりも二人だろう。
「二人で、貴族の方々を楽しませてあげようではないか」
へろへろのアリアを引っ張って、まだまだ元気なルクスが輪の中に加わる。
彼女が語るは、異国ノルマンの冒険譚。遺跡に住む大蜘蛛に、孤島の森に住む大百足。語り口は、淡々として木訥だ。だが、それでも、海を越えた向こうの話を、貴族たちは存分に楽しんでいるようだった。
「それで? どうなったのです?」
催促は尽きることがなく、限られた時間は、指の間から滑る砂のごとく、さらさらと流れ消えて行く‥‥。
「‥‥付けてくれると嬉しいな」
パーティーが始まる前、いつもの気兼ねない様子とは裏腹に、少しばかり緊張した面持ちで、ラルフがオフィーリアに水晶のティアラを差し出した。
オフィーリアは戸惑った様子を隠せないものの、拒絶の言葉を吐くわけでもなく、ただ、その場に留まっている。
「ティアラを付けたところ、見たいな」
おずおずと、ラルフが、ティアラをオフィーリアの頭に載せる。彼女の地味な若草色の衣装が、飾り一つで、息を吹き返したように華やいだ。とにかく目立つのを嫌うオフィーリアは、何だか気恥ずかしそうに俯いてしまう。
油断すると、どんどん隅へと寄って行くので、それを真ん中に連れ出すのにラルフは一苦労だった。
壁際にこっそりと咲いても、恐らくは誰彼に引っ張って行かれるのは目に見えていたが、人付き合いの苦手な彼女には、それすらも苦痛だろう。
アリアの例にもあったように、強引な青年はどこにでもいる。
オフィーリアが、口先三寸で彼らからの誘いを断るのは、到底無理な話であった。
「せっかくの練習の成果を見せないで終わるのは悲しいよ。何より、ここでは楽しまなきゃ損だって言っていたしね」
「でも‥‥」
苦手は苦手なりに、彼女も頑張っていたと言えるだろう。
結局、一曲ほど見知らぬ男と踊らされる羽目になったし、せがまれて、受けた依頼の話なども披露した。
元々細い体が、更に痩せてしまいそうなほど、気を使ったのだ。パーティーが終盤に差し掛かった時などは、何だか疲れ切っていた彼女だった。
「そろそろお開きですよ!」
何処からともなく、声がした。
間もなく終わるこの時間、恐らくは初めて、オフィーリアが自ら動いた。
「最後に、もう一度、踊りましょうか?」
決して上手くはない二人。
お互いの性格そのままに、不器用に、けれど純粋に、ラストダンスを楽しんだ。
●またいつか
「時々、このような趣味の会を開くつもりなのです。都合がよろしければ、またおいで頂きたい」
別れ際の卿の挨拶が、参加者たちへの好意の大きさを、表しているようだった。
似たような依頼の紙が、ギルドの壁に貼り付けられる日は‥‥きっと、そう遠い未来の話ではないだろう。