羽ばたく翼

■ショートシナリオ


担当:ソラノ

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2004年11月24日

●オープニング

 その少年は、ギルドに一歩足を踏み入れた時から、妙に目立った。
 いや、少年自身は、これと言って何の特徴もない人間だ。絵に描いたような美少年でもないし、なかなかお目にかかれないデミヒューマンというわけでもない。
 生業は猟師だろう。動きやすい軽装に、短弓を持ち、矢がぎっしりと詰まった矢筒を背中に負っている。
 では、何故、少年が人目を引いたかと言えば‥。

「これは見事な鷹ですねぇ」

 ギルドの職員が、思わず感嘆の声を上げる。
 少年の肩に留まり、居合わせた冒険者達の熱い視線など何処吹く風で身繕いに精を出していた鷹は、わずかに羽を振るわせると、高く、よく通る声で、まぁね、とでも言いたげに、一声鳴いた。
「この鷹のことで、依頼なんだ」
 少年が、愛おしそうに、鷹の首筋の柔毛を撫でた。

「怪我をして、俺が保護した。これが、3ヶ月前のことだ。やっと傷が癒えたから、また森に返そうと思ったんだけど‥‥」
 少年が、小さく溜息を吐き出す。
「よくある話さ。ある商人が、この鷹に目を付けた。飼いたいから、譲ってくれってきかないんだ。馬鹿な奴だよなぁ‥‥鷹は、誰のものでもないのに。こいつは自由なんだ。何処へでも行くし、帰るんだよ。森に‥‥」
 鷹が怪我をして保護された森に、これから、少年は行くという。
 だが、ほぼ確実に、邪魔が入るだろう。手に入らないとなれば、余計に欲しくなるのが人情というものだ。まして、金の力に物を言わせて、我が儘放題に振る舞ってきた商人に、我慢という文字はない。
 始末の悪いことに、粗野なその辺のごろつきを雇って、少年から力で鷹を奪い取ることも可能なのである。
「依頼の内容は、護衛さ。俺と鷹を、森まで守って欲しい。森に着いて、空に放してしまえば、もうこいつを捕まえられる奴なんていない。少なくとも、あの商人には無理だ」
 貧乏だから、あまり金は出せないけど。
 少年は、きまりの悪そうに頭を掻く。大切な友人の急場を救うつもりなのか、不意に、鷹が、ばさりと大きく翼を広げた。

「森までの道の食料なら、必要ないよ。こいつは、一流のハンターだ。俺なんかより、よほどね。‥‥どうかな? 俺と一緒に行ってくれる人はいるかな?」

 鷹に魅了された冒険者達が、一人、二人と、名乗りを上げた。

●今回の参加者

 ea1275 影芭 虚栖(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6870 レムリィ・リセルナート(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea8108 土方 伊織(25歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8234 梁 明峰(39歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8366 フランシスカ・エリフィア(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●旅道中
「鷹なんである! 綺麗なんである! 格好良いんである!」
 きらきらと瞳を輝かせて、リデト・ユリースト(ea5913)が、ふわりふわりと鷹の周りを飛び回る。鷹は、何やら不思議そうに、小首を傾げてシフールの羽ばたきを見つめていた。
「まさか、襲われないだろうな‥‥」
 セオフィラス・ディラック(ea7528)は気が気でなかった。護るべき対象に、ぱくんとシフールが食べられでもしたら洒落にならない。いや、向こうはちょっと突いたつもりでも、何しろサイズと鋭さが違う。あまり近付かない方が‥‥と、だが口に出す前に、リデトは名残惜しげに鷹から離れた。野生に戻るものは、迂闊に触れてはいけないと、彼はちゃんと知っていたわけである。
「それにしても、猟師にとっては、鷹って、財産みたいなものでしょ? よくあっさりと空に帰すなんて言えちゃうわよねぇ‥」
 感心するのは、レムリィ・リセルナート(ea6870)だ。いや実は、と依頼人が頭を掻く。彼とても、初めから鷹を諦めたわけではなかった。何とか飼い慣らせないものかと、ここ数ヶ月、知識を総動員して鷹の世話をし続けたのである。
 鷹が野生を放棄するのは、人から直に餌を受け取った時である。少年もまた、毎日毎日、鷹にその手で餌を与え続けた。けれど、鷹は、頑として拒み続ける。どれほど飢えても、見向きもしない。人と鷹との根比べは、長い長い戦いの果てに、ついに鷹が勝利を修めた。
 家畜となるくらいなら、鷹は、誇り高き死を選ぶつもりなのだ。少年は、鷹を飼うことを断念した。自由に舞ってくれればそれでいい‥‥そう思った。王者には、籠の中よりも、なるほど確かに大空の方が相応しかろう。
「え〜と。こんなもの作ってみたのだけど」
 何やら大きな袋を持参してきたチョコ・フォンス(ea5866)。何が入っているのかと、実は密かに気にしていた者は多かった。いそいそと取り出したるは、怪しの置物。
「‥‥ふ、梟?」
 真面目な顔で、フランシスカ・エリフィア(ea8366)が感想を述べる。チョコがすかさず抗議した。
「鷹だってば! ほらほら、こんな事も出来るんだからね」
 びろ〜ん、と、置物の翼を広げてみせる。羽にあたる部分に紐がくっついていて、引っ張れるようになっているらしい。見た目はともかく芸は細かい‥‥いや腕の方も少しずつではあるが上達しているのだ‥‥旅の合間の経験が、彼女の感性を大いに刺激してくれる。
「‥‥鷹の新解釈なのですね!」
 とはいえ。
 微妙にフォローになっていない土方伊織(ea8108)の一言に、がっくりと項垂れるチョコだった。


●自給自足?
 一流のハンターの名に恥じず、鷹は、この季節にしてはよくぞと思えるほど、実に豊富に獲物を提供してくれた。
 獲物の多くは、鴨である。ちょうど渡りの時期が重なっていたらしく、川や沼に群れているのを、片っ端から捕まえてくる。鷹一羽にまさか九人分の食卓を任せるわけにもいかず、冒険者達も、少年に教わりながら見よう見まねで鴨狩りに参加したが、これがなかなか面白い。
 捕らえた鴨の調理を担当したのは、伊織と梁明峰(ea8234)の二人である。
 それぞれに故郷の持ち味を生かした料理をと意気込む二人。レムリィが調理器具まで持参して、準備は万端だ。高価な食材は無いものの、異国人二人が作る料理は、イギリスでは、既に味付け自体が独特で珍しい。
「でもね。辛さが足りないのよね‥‥」
 辛いもの大好きな明峰は不満そうだ。酒は好むが辛味は苦手な影芭虚栖(ea1275)は、いたって普通の味に大いに満足しつつ、助かったと内心胸を撫で下ろすのだった。
「しかし、いっそ酒でも楽しみたい気分だな」
 一つの火を皆で囲み、捕らえた獲物を調理して、作法など気にせず豪快にかぶりつく。花が咲くのは他愛ないお喋り。見上げれば満点の星空が彼方まで広がる。これぞ旅の醍醐味だろう。
「今日もごろつきサン来なかったですね‥」
 お代わりの器を差し出した者たちに、残り少ない夕食をよそおいながら、伊織が呟く。
 平穏なまま、三日目の夜が過ぎ去ろうとしていた。


●奇襲
 チョコが目眩ましにと持参した置物に、何処からともなく飛来した矢が、音高く突き当たった。
 明けの少し前。眠りが最も深い頃だ。ちょうど見張りに付いていたのは、フランシスカと伊織の二人。フランシスカの顔に、さっと緊張の色が走った。
「弓使いがいるのか‥!」
 異変を察知して起き出してきた全員が、手早く武器を身構える。チョコとリデトが後方に下がり、レムリィと虚栖、明峰は積極的に打って出た。伊織とセオフィラスは依頼人の付近で迎撃体勢を整える。
 強欲商人は数だけは揃えたらしく、ぱっと見たゴロツキは六人。他に、暗がりから矢が飛んでくることを考えるに、弓使いも二人くらいはいるらしい。
 小難しい戦術など考えず、最前線でまさに暴君と化すレムリィ。「引っ込んでろチビ!」とゴロツキに怒鳴られたことで、プツンと切れた。
「これ以上やるならぁ、試し切りするよ?」
 まさに口は災いの元である。‥‥彼女ならやりかねない。
「当然よ! 手加減無しよ!」
 本当に情けも容赦もなく、チョコが風やら雷やらの魔法を放つ。さすがに急所は外しているが、それにしても怖い。
「あたしの風雷の餌食とおなり」
「ちくしょう。何て奴らだ。女のくせに‥」
 ゴロツキ達は、言ってはいけない言葉を口にしてしまったらしい。明峰の双眸が、暗く光った。トリプルアタックに加え、ストライクが炸裂する。ゴロツキ相手に大人げないほどシビアな攻撃だ。レムリィといい、チョコといい、どうも女の方が昨今乱暴なようである。
「まさか殺めはしないだろうな‥」
 いささか頭痛を感じつつ、虚栖は素手でゴロツキ達の相手をする。殺傷力の高い刀は、主に牽制に使うだけだ。ふんじばって騎士団に突き出すのには異論はないが、やはり相手は人間。それ以上のことには抵抗がある。
「だが、こういう連中は、懲りるということを知らん。馬鹿なことをしたと後悔するくらいには、痛めつけてやることも必要だろう」
 セオフィラスの言い分にも一理ある。何かを決意したように、伊織がぐっと日本刀の柄を握り締めた。子供だと思って侮っていたゴロツキが、まともに腹に一撃を受けて、悲鳴を上げた。
 射た鷹が置物だったと知った一人が、腹立ち紛れもあったのか、簡易テントを横倒しにした。人間は全員表に出て戦っていたが、鷹だけは中にいた。ばさばさと驚き藻掻くような音の後、テントの中から鷹が飛び出す。無防備に広げた翼を狙って、弓使い達が動いた。
「しまっ‥‥チョコ!」
 セオフィラスがウィザードに合図をし、チョコが慌てて詠唱を開始するも、相手の方がわずかに早い。全員が緊張したが、悪夢のような一瞬が訪れることはなかった。素早く割って入ったフランシスカが、盾で矢を受けたのだ。矢を扱う者の存在を本気で憂いていたのは彼女だけだった。二本までは受けたが、三本目は避けられるものではない。まともに腕を射抜かれたが、それも上々と、彼女は余裕の微笑を見せた。
「防げずとも、避けれずとも‥‥こちらの方がマシなのでな」
 リデトがパラのマントを持ち出してきて、鷹にかぶせる。鷹はひどく興奮していたが、リデトは構わず話しかけ続けた。
「大丈夫なのである。落ち着くのである! 鷹はとても賢いから‥‥きっと私の言うことがわかるはずなのである!」
 鷹とシフール。
 共通するのは、どちらも羽翼を持つということ。言葉が通じたのか。いや、心が通じたのだろう。
 滅茶苦茶に翼を動かしていた鷹が、ふっと、力を抜いた。恐る恐る、リデトが、その体に触れてみる。野生に関わりすぎてはいけないことは、知っている。知ってはいるが‥‥今なら、許される気がした。
「大丈夫なのである。皆で、必ず、護るのである」
 その時、被せていたマントを、誰かがさっと取り除いた。

 闇は既にそこになく。
 夜は西の彼方に追われつつある。
 差し込むのは、黎明の光。夜明けを報せる太陽が、東の空で、煌々と自らを主張していた。
 
「‥‥飛べ!」
 セオフィラスが叫ぶ。少年の言葉を、あるいは思い出したのか。
「空に放してしまえば、もうこいつを捕まえられる奴なんていない‥‥」
 鷹が、力強く羽ばたいた。矢が数本飛んできたが、命中するはずもない。しがみついたままのリデトを背に乗せて、瞬く間に高度を上げる。かつて聴いたことのない、澄んだ声で、一声鳴いた。
 別れか。
 感謝か。
 鷹の言葉などわからない。
 けれど‥‥。
「駄目だ‥‥」
 ゴロツキ達が、呆然と呟く。ほとんどが蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、数人が冒険者達に捕まった。虚栖が、雇い主である商人について問い質す。この場には来ておらず、屋敷で優雅に朗報を待っているとのことだった。
「馬鹿な奴だ‥‥」
 呆れたように、虚栖が肩を竦める。まぁ、確かに見下げ果てた輩だが、ならず者を雇って人を襲わせたのだ。それ相応の報いは受けることとなるだろう。


●自由への思い
「自由が売りの冒険者でも、長くやっていると、それなりに縛られてしまうんだよね‥‥」
 暁の光の向こうに消えた影を、レムリィが未だ目で追い続ける。「自由」という漠然とした何かを、羽ばたく翼が、目に見える形で彼女に示してくれたのだろうか。満足げな表情が、そこにはあった。
「自由か‥‥」
 羨ましい響きだ、と、フランシスカが空を見上げる。冒険者を始めて、多少は自由と呼べる身にはなった。けれど、未だ、枷は多い。人として生きている以上、それは、どうしても避けられないことなのだ。
「一度だけでも、この手に止まって欲しかったものだが‥‥」
 時間があまりにも少なくて、その願いは叶わなかった。まして野生に戻る鷹。セオフィラス自身にも、遠慮があった。もう少し欲を出せば良かったかと、苦笑する。けれど、まるで彼の声に従うように翼を広げたあの一瞬は、何にも増して、忘れがたい思い出を騎士に残してくれたに違いない。
「もう怪我とかするんじゃないよぉ」
 チョコの思いは、鷹に、届いただろうか。
 遙か彼方から、最後に、もう一度だけ、懐かしい声が響いた。
「ありがとうって、言ってる‥‥」
 少年が、申し訳なさそうに、傷ついたフランシスカの腕に触れる。大事無い、と、女騎士は笑った。
「立ち塞がらない方が、こちらの被害が大きかった‥‥それだけの話だ」
 幸い、優れたクレリックのリデトがいる。
 フランシスカの傷は彼に癒され、後日に引きずることはなかった。


 自給自足の旅の間に、残念ながら、チョコの絵は完成しなかった。
 数日遅れで、以前より少し上手になった絵が、少年の元に贈られたという‥‥。