今、時を越えて
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:ソラノ
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月21日〜11月26日
リプレイ公開日:2004年11月30日
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●オープニング
会いに行くよ。貴方に。
会いに行くよ。今、時を越えて‥‥。
「ギルドは、こちらでよろしいのでしょうか?」
おっとりとした雰囲気の老婦人が、わずかに小首を傾げて、カウンターの前に立つ。
特に意識したわけでもないが、何となく居住まいを正し、職員もまた穏やかに微笑みかけた。
婦人が、殊更に金持ちに見えたわけではない。品の良い女性だが、身に付けている衣服は、決して高価な物ではなかった。雰囲気に惹かれ、気配に好感を持っただけのこと。婦人は、実に、綺麗な年輪の重ね方をしていた。
「何か、お困りのことが?」
職員の言葉に、老婦人は、改めて、はんなりと頬を染めたのだった。
「人を、探して欲しいのです」
六十三年前に別れた大切な人がいる、と、婦人は語った。
今更、会ってどうこうしようと言うわけではない。
ただ、彼女も今年で八十一歳。先に残された時間は、決して、長いものではない。
恐らくは間もなく命を終える前に、どうしても、一目だけ会いたいのだ。彼に。恋人に。
「半世紀以上も前のことです。難しいのは、重々承知しております」
もしかすると、相手は死んでいるかも知れない。生きていたとしても、年を取り、面差しも性格すらも、当時を伝えるものは、何一つ、無くなってしまっているかも知れない。
「それでも‥‥どうしても」
婦人の決意は固い。
六十三年の歳月を経てもなお、色褪せない想いが、そこにある。
「彼は、エルフです。人間ではありません。六十三年の歳月は、彼にとっては、わずかに二十一年に過ぎません」
種族が違った。だから、想いを遂げることが、出来なかった。
別れて彼女は人間の男と一緒になり、子を産み、育て、未来へと芽を繋げた。彼は静かに彼女の前から去り、以後、どうしているのか、風の噂でも耳にしたことがない。
「彼も、同じ気持ちでいるとは、限りませんよ?」
職員は、正確に、そして無慈悲に、可能性を説明する。老婦人は、朗らかに笑った。
「見返りを、求めているわけではないのです。影から、こっそりと、見守るだけで良いのです」
わかりましたと、職員が頷く。
ギルドの片隅に、ひっそりと、依頼書が張り付けられた。
●探し人
ユージン・セヴァリー。エルフ族。六十三年前は冒険者で、レンジャーだった。当時二十歳。現在は四十一歳になっている。
「世の中には、まだまだ不思議が満ちているものですね‥‥」
去り際に、老婦人が、半ば独り言のように呟く。
「実は、ついこの間、彼を見たのです」
六十三年前と寸分違わぬ姿で、と、彼女は言った。そんな馬鹿なと笑い飛ばそうとした職員は、婦人のあまりに真剣な眼差しに、喉まで出かかった言葉を、無理矢理に飲み込まざるを得なかった。
「見間違えたりしません。彼でした。確かに、彼でした」
老いてあらゆる記憶が薄れても、愛する人の顔までは、忘れない。
盲いた目にも、ただ一つ、濃く像を結ぶものがある。
「お願いします‥‥もう一度だけ、ユージンに会いたいのです」
●リプレイ本文
●捜索
「失礼ですが‥‥その、視力の方は?」
ルアン・サヴォア(ea7887)の問いに、婦人は、そっと閉じた瞼に手を当てる。盲目ではないが、六十三年の歳月は、確実に、彼女の瞳から視るための力を奪っているようだった。
「良くはありません。最近では、小さな文字は読めません‥‥」
「そうか‥‥」
ガッポ・リカセーグ(ea1252)もまた、老婦人の視力に危惧を感じていた一人である。いや、しかし、ガッポにしろ、ルアンにしろ、決して婦人の言葉を信用していないわけではない。
信じたからこそ、彼らはこの依頼を受けたのだ。見間違いだと一笑に付すような人間は、そもそも、この場にいやしない。視力が悪かろうと何だろうと、婦人は確かに恋人を見た。それが事実だという立場に立って、真剣に、あらゆる可能性を考える。
「似顔絵を作るのである。皆で手分けすれば、きっと完璧な絵が出来上がるのである!」
幸いにして、今回は、絵心のある人間が多く集まった。それで生計を立てていけるようなレベルではないが、数人が集えば、お互いに未熟な腕を補い合える。リデト・ユリースト(ea5913)、セルゲイ・ギーン(ea6251)、マリア・ゲイル(ea7975)、プリム・リアーナ(ea8202)、ルアンの五名が、婦人から聞いた特徴を、一つ一つ、丁寧に、像として描き表してゆく。
遠い過去の面影が、命を吹き込まれてゆくような、不思議な時間。この作業を怠けたら、全てが壊れてしまうかも知れない。丸一日を費やして、じっくりと、絵は完成した。婦人が、懐かしそうに目を細める。
「ああ‥‥そうです。ユージンです。あの頃の‥‥ユージンです」
人見知りの激しいカノ・ジヨ(ea6914)に、外での情報収集は、少々辛いものがある。彼女が注目したのは、探し人が冒険者だったという点だ。ギルドには、かなり古い記録までしっかりと保管されている。問題は、その大量の蔵書の中から、目指す物を掘り出してくる手間の方であった。
たった一人で何とか出来るレベルのものではないのだが、持ち前の性格で、ついつい探し物もマイペースになってしまうカノ。同じくギルドで聞き込み調査をしていたプリムが、見かねて手伝いに来てくれた。プリムの場合は、行動力はあるのだが、とにかく万事そそっかしい。まったりカノとは良い友人の間柄のようで、互いに補い合うようにしながら、せっせと記録を読み進めてゆく。
「カノ! そっちは終わったよ。今度はこっち! こっちチェックして」
「え? え? プリムちゃん早いよ〜」
結局、セヴァリー姓のレンジャーを探していたガッポも加わり、三人でギルドの調査を担当している次第であった。
「ギルドの登録者には、条件に合う者はいなかった‥‥」
老婦人が見かけた男が、六十三年前の恋人そのもの、とは、ガッポは露ほども考えていない。六十三年の歳月は、エルフにとっても長いのだ。子は大人になり、青年は壮年になる。
息子かも知れない、とガッポは思う。そして、そう思っているのは、むろん彼だけではなかった。この依頼を受けた者全員、その可能性を、思い浮かべないわけにはいかなかったのだ。
「みんな、同じ年月を、同じように生きていけたら、良いですよね‥‥」
幾度も幾度も、紙面の上を滑る手を止めて、ふと、カノが呟く。
彼女にも、人間の友がいる。
生まれたときから知っている、仲の良い友人。
けれど、友は、カノの倍の速さで年をとる。彼女の半分ほどの年月を生きて、やがては死ぬのだ。それは、避けられることではない。
「‥‥あ!」
プリムが、何か見つけたようだ。
他二人が、同時にプリムの手元を覗き込んだ。
「‥‥え?」
書かれた内容に、全員が、はっと息を呑む。
ユージン・セヴァリーは、恋人と別れてからわずか二年後、冒険者を辞めていた。まるで生を厭うているような無茶な戦いを繰り返した挙げ句、ついには体を壊してしまったのが、その主な原因だった‥‥。
ルアンは、それとなく老婦人の家族にユージンの存在について尋ねてみたが、手がかりになりそうな情報はなかった。
六十三年も以前の、人間とエルフの密やかな恋について知る者は、ほとんどいない。人とエルフの異種族婚は、イギリスでは、ただ嫌悪の対象でしかないのだ。
種を保とうとする本能がそうさせるのか。あるいは、忌み子を増やすまいとする、大いなる意思の表れなのか。
「家族が下手に関わってこないのは、いっそ、僥倖と呼べることかも知れませんね」
老婦人の希望を優先できる。むろん、ユージンの方にも都合はあるだろうが、肝心の老婦人側で彼女の家族が悶着を起こしたら、それどころではない。
「お二人にとって、最善の結果となれば良いのですが‥‥」
他の者の調査は捗っているだろうか?
遠く、酒場に入って行くリデトの姿が、ふと、見えた。
酒場は、基本的に無礼講。立ち入りの許されない職業等もなく、誰でも気軽に立ち寄れる。ただ、何となく同種族で固まってしまうのは仕方のない話であろう。諸々の酒場によっても、人間の姿をよく見掛けるところ、シフールの溜まり場など、自然、特色が現れてくるものだ。
似顔絵を持って、リデトは、エルフ族の出入りが多いという店を訪れた。
「こういう人を探しているのである。何処かで見かけた覚えはないであるか?」
エルフだらけの店に来ても、リデトがひるむ様子はない。実年齢より二十歳も若く見える笑顔を武器に、尋ね回る。
大概は、知らないなぁ、ともっともな答えが返ってきたが、リデトも、そんな簡単に見つかるとは、端から考えてはいない。毎日毎日、根気よく探し続けた。探し人と同族のマリアやセルゲイが捜索隊に加わると、仕事は更にやりやすくなった。
「四十一歳? そんなおっさんなんか放っておいて、俺と飲もうぜ〜」
まさか酒場でナンパされるとは夢にも思っていなかったマリアの目が、点になる。ともかく情報を引き出そうとして、優しく優しく話しかけたのがどうやら裏目に出たらしい。
「は?」
その瞬間、図々しくも彼女の肩に手を回してきた不埒者の手を、ぴしゃりとセルゲイが叩いた。
「馴れ馴れしく触るでない。この馬鹿者!」
お父様がいたとしたらこんな感じかしら、と、マリアは、ぼんやりと考える。思いは、素直に、ぽろりと唇から零れ出た。
「何だか、お父様みたいですわ」
他意のないマリアの一言に、口から心臓が飛び出しそうになるセルゲイ。激しく咳き込む様子を、不思議そうに、マリアはじっと見つめていた‥‥。
「あいつかな? 似ていないか?」
四日目に、朗報が転がり込んだ。
卓を囲んでいたエルフたちが、似顔絵を覗き込み、うんうんと頷き合う。
「そういや似ているな。あと二、三歳も年を取れば、ちょうどこんな感じか」
「その人は何処にいるであるか!?」
ぐっとリデトが身を乗り出す。顔の真ん前からリデトを慌てて引きはがし、エルフが答えた。
「そこ」
「何処であるか?」
「だから、そこ」
酒場の扉を開けて、入って来たのは、エルフの少年。似顔絵の人物よりも、三歳ばかり、幼く見える。
「いたのである!」
「何だぁ!?」
張り切って飛びかかって行ったリデトに驚いて、仰け反った瞬間に、強か扉に頭をぶつけて、少年は思わず呻いたのだった。
昼間の往来で、せわしなく行き交う人々の一人が、ふと、足を止めた。
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が、通りの一角で、その歌声を披露する。
決して、巧みなわけではない。この年頃の子供にしては上手かしら、という程度のものである。だが、毎日毎日、声がすり切れるまで繰り返し同じ歌を歌い続ける彼女の姿を記憶に留める者は、確実に増えていた。
懸命な様子が伝わったのだろう。歌い手が可愛らしい小さな女の子だったことも、あるいは人目を引いたのかもしれない。
「この人を捜しているの。大事な人なの。誰か知らない?」
似顔絵から、ファンタズムでユージンの姿を再現する。あくまでも彼女がイメージした人物像だ。実際とは違う可能性の方が大きい。それでも、絵では表現しきれない質感が、魔法により生み出される。
何か、誰か、応えてくれる人はいないだろうか?
「レティシア」
雑踏の中から、声をかけられる。一瞬、あの懐かしい故郷の光景が脳裏に蘇り、レティシアは驚いて振り向いた。
老婦人が立っていた。十分ですよ、と、彼女は笑った。
「呼び捨てにして、ごめんなさいね‥‥。何だか、貴女が、孫のように思えてしまって」
レティシアが口を開こうとすると、老婦人が、それを制した。歌いすぎで喉を痛めた小さなバードを、気遣ってのことだった。
「ユージンに、会いに行きましょうか」
ただ遠間から見守るだけで良いと言っていた老婦人の中で、何かが変わった。
勇気を、分けてもらったのか。
過去が、一層鮮やかに蘇ったのか。
「会いに行きます‥‥私」
本物の家族のように寄り添って、ゆっくりと、二つの人影が歩き始めた。
●今、時を越えて
「彼女は、どちらを選ぶだろうか?」
昔の姿そのままを遠くから眺めるか。
相応の年を経た恋人の手を取るか。
きっと後者だろうな、と、ガッポは思う。彼が予想したとおり、老婦人は、そっくりな息子ではなく、年を取ったユージンその人を選んだ。
「女心は複雑なんで、会うべきかどうか、私には判断が付かなかったであるが‥‥良かったのである」
「そうですね。ただ遠くから眺めるだけより‥‥この方が、きっと」
ほっとリデトが胸を撫で下ろし、ルアンが柔らかく微笑する。
「頑張った甲斐があったねぇ〜」
「そうね‥‥一番良い結果になったと思うわ」
にこ、とカノがプリムに笑いかけると、ほんの少し、誇らしげに、プリムが頷いた。
「別々の人生を歩んでも‥‥彼女だけではなく、ユージンさんも、忘れてはいなかったのですね」
同じように、自分の父も、自分を想ってくれているのだろうかと、マリアはふと考える。
酒場で自分を庇ってくれた彼の人に、聞いてみたいことが、あった。けれど、同行していたはずのその人は、いつの間にか、霞のように、マリアの前からいなくなっていた。
「お父様、だったのですか‥‥?」
むろん、問いに答える声はない。今は何も考えず、ただ、二人のために詩を贈ることにした。
「受け取って頂けますか‥‥?」
老婦人は、マリアの詩を、幾度も幾度も反芻した。何かを噛みしめるように、思い出すように、俯き加減に瞳を閉じていたが、ふと、顔を上げた。
「ありがとう‥‥」
婦人にとっては、これ以上は望めない、贈り物。
せっかく会った恋人なのに、伝えるべき言葉が見つからず、ただ立ち尽くすしかなかった。それを、マリアが、婦人の代わりに用意してくれたのだ。
どれだけ時間が経っても、
どれだけ世界が離れていても、
貴方のことは片時も忘れなかった。
だから、その思いを伝えるために、
会いに来たよ。貴方に。
会いに来たよ。今、時を越えて‥‥。
●さよなら
これから数ヶ月後、老婦人は、静かに息を引き取った。
人の寿命の限界近くまで生きたのだろう。
ただ一つの心残りも消えて、最後の顔は、穏やかだった。
「ありがとう。私は、本当に、幸せでした‥‥」