仕入れ屋サントマリー★クモの足

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月02日〜09月08日

リプレイ公開日:2004年09月11日

●オープニング

 依頼人だと紹介された人物は、小柄な少女だった。白いドレスにふわふわの金の髪。軽く礼をして、彼女は生業を名乗った。
「初めまして。わたくし、仕入れ屋のサントマリーと申します。冒険者の皆様にぜひ入手していただきたい品があって、お邪魔させていただきましたわ」
 まだ二十歳は越えていないだろう見た目だが、おっとりとおちついた雰囲気でサントマリーは挨拶をする。なんでも、顧客のためにありとあらゆる品を入手するのが仕入れ屋の仕事らしい。
「市場に出回る大抵の品なら自らの手で入手いたしますけれども、今回は品が品。皆様のような戦い馴れた方にお願いするのが最良と判断いたしました」
 そう言われれば気になるのが、入手する品物が何なのかと言う事だが。素直に質問したあなたに、サントマリーは微笑んでこういった。
「ズバリ、『クモの足』ですわ」
「クモ?」
「って言っても、足を含めると1mはある、グランドスパイダの足だけどね」
 今まで黙って聞いていた受付のお姉さんが、その姿を想像したのか嫌そうに説明を始める。
「普段は地面に長い縦穴を掘って隠れてるのね。で、餌が足を踏み外して穴に落ちてきたが最後、鋭い牙で毒を流し込んで麻痺させて食べちゃうのよ‥‥。産卵前だと、卵を産み付ける宿にするのもいるって聞くわ」
「とりあえず十本揃えて下されば依頼書どおりの値段。後はもう十本揃うごとに皆様お一人につき5C差し上げますわ」
 あなたはでかいクモの足が十本‥‥ヒモで束になっているグロテスクな図を想像する。しかしサントマリーはちょっと考えると気味の悪い話にも、相変わらずのおっとり口調。それは彼女が気丈なだけだろうか。
「グランドスパイダが良く出るって場所にはアタリをつけといたわ。あなた達が首を縦に振ればあとは行くだけよ。どうする?」
 あなたはしばし迷って、ちょっと気に掛かったことを聞くことにした。
「それ、何に使うか聞いてもいい?」
「さあ‥‥お客様の情報は、第三者には知らせてはならない決まりですから」
 やはりおっとりと、サントマリーは微笑むのだった。

●今回の参加者

 ea1845 オフィーリア・ルーベン(36歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2789 レナン・ハルヴァード(31歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3381 リサー・ムードルイ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea3824 ネージュ・ブランシュ(35歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4071 藍 星花(29歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4746 ジャック・ファンダネリ(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5101 ルーナ・フェーレース(31歳・♀・バード・パラ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●命を大事にで行こう
 戦いを前に、冒険者達の顔は優れなかった。
「‥‥俺、ジャパンで一度戦った事があるんだよね‥‥俺より強い奴が、簡単に引きずられてさ‥‥」
 レナン・ハルヴァード(ea2789)が光景を思い出したか顔を強張らせる。
「俺も一度。あの時は何とか勝ったが、苦労した」
 ジャック・ファンダネリ(ea4746)もかつての経験を苦笑交じりに語る。
「あっしゃこれでもう三度目でやんすよ‥‥」
 以心 伝助(ea4744)はこれから起こす戦闘に、既にどこか諦めにも似たオーラを放っている。
 グランドスパイダの恐ろしさを身をもって経験した三人は、これから起こす戦いを前にやや表情が優れない。
「戦いを重ねて男達はまた強敵に挑む‥‥素敵だねぇ。終わってからでいいからさ、あんたたちの冒険話ゆっくり聞かせておくれよ」
 ルーナ・フェーレース(ea5101)はそんなレナンとジャックの間に入って、二人の顔を見上げて微笑む。
 オフィーリア・ルーベン(ea1845)は、そんな彼女の行動を見て、何か理解らしい。納得した表情で手を打った。
「なるほど、ルーナは冒険者の冒険譚を期待していたのか。それなら確かにうちの爺やを紹介しても仕方ない話だが、男と限定しなくともいいだろうに」
「だから、あたしは男と女のね‥‥いや‥‥いい」
 オフィーリアの理解を訂正しようとして、ルーナは急に虚しさを覚えた。見も知らぬ男女が何日も共に過ごし、危険に飛び込む。それは冒険者ならではの特殊状況。そんな出会いの機会をみすみす逃すのはもったいないとはルーナの考えだ。
 これについてオフィーリアに、軽い気持ちで同意を求めたのはつい昨晩の話。しかしどんなに説明しても彼女はイマイチ合点の行かない表情をするばかりだ。
 そりゃあ説明する気も失せるというものだ。
 急に話し止めたルーナに、オフィーリアはおかしな奴だな、と首を傾げる。そしてその視線の先に、むっつりと黙り込んでいる藍 星花(ea4071)を見つけた。
「お前も、グランドスパイダに苦戦した事があるのか?」
「今日の昼食にぴったりな兎を取り逃がしたの。太ってておいしそうだったのに」
 狩猟の嗜みがある星花は依頼中の食事を狩り、また調理もしていた。依頼の前に下ごしらえを済ましてしまおうと思っていたのに、足の速い兎のせいで予定が狂ってしまった。
「‥‥とにかく。依頼達成の足十本を手に入れた段階で撤退。無茶はしない方向で行こう」
 ジャックが改めて依頼の目的を確認する。冒険者達はそれぞれに頷き、了承する。目視で確認できないのは、岩場に隠れて戦況を見る役目を負ったリサー・ムードルイ(ea3381)だけだが。
「あえて私見を言わせて貰えば、高くあってこその目標じゃと思うがの。儂は寛大かつ寛容ゆえ、人間の生きる知恵をないがしろにするような真似はせんでおくぞ」
 ヴェントリラキュイを使ったリサーの声は、天上から降ってくるように聞こえた。内容が内容だけに天の御使いの何某のようだ。ジャックは柔和に苦笑して、最後の了承の返事を受け取った。
「よし、じゃあさっさと片付けて、とっとと離脱しよう」
「‥‥だね。準備できた?」
「ああ」
 澄み渡る真剣な表情でジャックとレナンが、ロングソード切っ先を巣穴の前に向ける。穴に視線を落としたままのレナンの呼び掛けに、他の冒険者達は手に手に砂を入れた袋を抱えると、穴へと放り投げた。
 袋は他の袋や穴にぶつかり合いながら落ちていく。音はだんだん遠のき、しばらく消える。やがて砂を掻き崩す流水にも似た音が聞こえ始めた。グランドスパイダが巣穴に入り込んだ異物を掻き出そうとしているのだ。
 ここに着いてから幾度か試して、裏づけは得てある。巣穴を作る生き物の習性を知っていた、ジャックの機転の賜物だ。
 いつしか互いに会話はなくなり、各々に武器を構え、印を組む。
 ただ目を凝らし、暗い空洞を眺め、耳を済ませ、その距離感を測る。
 かすかな砂の音が徐々に近づくのみ。
 先程の砂袋が顔を出し、次いで袋を突き出す細い足先が覗く。
(「まだだ‥‥もう少し」)
 元々蜘蛛と言う生き物は好きではない。レナンは黄と黒のまだらの足が蠢く様を睨みながら、その嫌悪を誘う色に耐える。攻撃を急ぎすぎては巣穴に隠れてしまう。
 足の付け根が見え、いくつも並んだ目が見え、膨れた腹が見える。
 完全にその巨体を現した瞬間。
 レナンは砂を蹴って、蜘蛛の背後へ大きく間合いを詰めた。他の冒険者達も彼に数秒と遅れることなく、グランドスパイダを仕留めに掛かる。
「噛み付く前に動けなくしてやる!」
 カールスは敵の前にして、攻めるも守るも一心に貫く流派。レナンはロングソードを振りかぶり、身体を大きくそらせて、全霊以上の力を込めて振り下ろす。
 狙うは蜘蛛の頭の真中。
 だが予想以上に負荷の付いた両腕は、自分の勢いに着いていけず、手先がぶれた。
――しまっ――!
 頭でそれを理解した時には、勢いのままレナンは砂に身体をめり込ませていた。
 蜘蛛は周囲を取り巻く人間達の殺気に気付いたのか、ぎちぎちと顎を蠢かして攻撃を仕掛けてきた。
 素早い動きで、一番手近で無防備な――レナンに足を伸ばす。
「うわああっ!」
 無意識の内にレナンは叫び声を上げていた。
「喰らうでやんす!」
 レナンに続くように投げた伝助のダーツは、レナンに襲い掛かったグランドスパイダのすぐ後ろを掠めた。
 今にも毒の滴りそうな牙がレナンの目前に迫る。
「レナン、動くな!」
 鋭く、短い警告にレナンが身を竦ませると、彼の顔と蜘蛛の牙の間に銀色の閃光が割り込んだ。怯えたように動きを止めたグランドスパイダが嫌な音を立てて傾ぎ、体液がレナンの上に降り注ぐ。
「シャドウバインディング!」
 そのまま倒れてしまうように見えた蜘蛛の身体は、ルーナの声を引き金にして、不安定な姿勢のまま静止した。
「‥‥すまない、大丈夫か?」
 ジャックの腕に引き起こされて、やっとレナンは状況を飲み込む。ジャックがフェイントをかけて蜘蛛の動きを止めてから、その足を二本断ち切り、次いでルーナが魔法をかけたのだ。ジャックも鎧や剣に粘つく体液を光らせている。
「何とか。結果を急ぎすぎたみたいだ」
 あわや蜘蛛と接吻しそうになった恐怖は後を引いていたが、軽く首を振るとレナンは砂に埋もれた剣を拾う。
「こちらは何とかします、お二人は向こうの応援を!」
 弓を引き絞るネージュ・ブランシュ(ea3824)の声が、新たな敵の存在を告げたのだ。
 ジャック達は穴から出てきた蜘蛛に向かい、剣を構え駆ける。ネージュは視界から外れて行く彼らから、不恰好に留まる蜘蛛へと視線を戻した。
(「相手も生き物、急所がどこかに必ずあるはず――」)
 そのいずこかを見透かすが如く目をすがめ、ネージュは矢を放つ。

「‥‥すばしっこい奴っすね!」
 同時に投げたダーツ二本ともを無駄にした伝助は、すぐさま腰に帯びていた二本の小柄を抜く。
「でも足の速さならあっしだって負けやせんよ!」
 蜘蛛は今にもレナンに噛み付こうと、身を屈めている。距離的には近いジャックが助けに入るだろう。ここで背後から攻撃して追い討ちを――
「伝助! 後ろじゃ!」
 まさに踏み出そうとした時、リサーの叫びが降った。反射的に振り返って目撃したのは、近くの巣穴からグランドスパイダが飛び出した所だった。八つくっついた単眼の一つに、見慣れたダーツが突き刺さっている。
「う‥‥嘘」
 唖然とした伝助だが、忙しなく牙を動かすグランドスパイダは明らかにご立腹のようだ。猛然と伝助に向かって突撃してくる。流石に三度目では気味悪くもなくなって来たが、純粋な生命の危機を感じて伝助は蒼くなった。
「こら、何をぼさっとしておる! 下等な虫めが! こっちにも敵はおるぞ!」
 リサーはすぐに動けない伝助を叱咤し、蜘蛛の気を引こうと試みたが、蜘蛛も気が立っているのか一向に気付かない。
「美しく崇高なるエルフがここにおるというのに、聞かぬか!」
 エルフを一段上に考えるリサーにとって、蜘蛛の行動は侮辱以外の何物でもない。気を逸らすというよりは、だんだん本音の怒りの声へ変貌していく。罵声が空から降り注ぐ中、星花は跳躍すると、わき目もふらず突進する蜘蛛の横腹に、ロングソードとダガーを鮮やかに叩き込んだ。蜘蛛は勢いに押されて逆さに転ぶ。
「今日狩った兎の方がまだましに避けるわよ」
 刃に付着した体液を振り払い、星花は事もなげに言う。蜘蛛は足をかさかさと懸命に動かすが、なかなか起き上がれないでいる。がらがらに空いたどてっ腹に、狙い済ました矢が突き刺さる。
「お腹の方が幾分か柔らかいです。今のうちに狙いましょう」
「了解した!」
 剣弓共に嗜むナイトであるネージュとオフィーリアは、最初の蜘蛛で試した急所に次々に矢を撃ち込んでいく。
 他の者達の攻撃も加わって、徐々に空に向かって動く蜘蛛の足が遅くなっていき。
 轟音と共に放たれた地と垂直に走る稲妻によって、その命に幕は下ろされた。
「エルフの儂を愚弄した罰じゃ」
 ライトニングサンダーボルトを放ったリサーは、動かなくなった蜘蛛に清々しい笑みをくれてやった。

 蜘蛛の体から雷が爆ぜなくなると、戦う前と同じように、不意に静けさが訪れた。
「‥‥終わった、な」
「何とか毒を喰らわずにいけたね‥‥」
「と、いう事はグランドスパイダの中にはまだ毒が残ってますよね? 出来たら採取して帰りたいんですけど‥‥」
 安堵して額の汗を拭うジャック達を他所に、ネージュが一人蜘蛛の死骸に歩み寄る。カワイイ顔をして、結構図太い事を言う少女だ。
 しかし専門知識がないためか、牙を眺め回すばかりで、どうすればいいのかさっぱり分からない。
「頭ごと持って帰る‥‥でもそれはちょっと‥‥」
「あれは」
 星花が無意識に身構える。頬に手を当てて考え込むネージュの横を、逃した兎が走ったのだ。咄嗟にダガーに手をやった星花だったが、その前に兎は違う罠に引っ掛かってしまった。
 ぽっかりあいた穴から這い出た、毒のある蜘蛛の牙に。
「‥‥!」
 蜘蛛は獲物に存分に毒を注入して動けなくすると、その行程を始終見ていた、兎よりさらに食いでのありそうな獲物を発見した。冒険者達に向き直った目が、食欲にきらりと光った――気がした。
「て、撤退!」
 ジャックがそう叫ぶより早く、伝助は二匹の蜘蛛の足を掴むや、引きずって駆け出していた。
「伝助! 両方持たなくたって‥‥」
「いやいやいや! 慣れてるっすから!」
「‥‥使わずに持って帰れると思ったのに」
「仕方がないだろう、さあ」
 オフィーリアにせかされるままに、ルーナはしぶしぶ火打石を打ち鳴らす。既に一杯に引き絞った弓に番えられた矢の先には、焼くと虫の嫌う煙を出す薬草が括りつけられていた。沢山採れれば持って帰りたかったのだが、絶対量が少ない。
 オフィーリアの放った矢は、煙を上げながら追ってくる蜘蛛の足元に突き刺さった。その効果か、蜘蛛は牙をぎちぎち鳴らすも、それ以上は追ってこなかった。

●後日、サントマリー
「え‥‥、これ、ですか?」
 受け取りに来たサントマリーは明らかに引き気味でその大きな袋を眺めた。
 耳のいい者達は、続くこんなに大きいの‥‥というサントマリーの呟きを聞き逃しはしなかった。
「‥‥で、やっぱり何に使うのかは教えてくれないんすよねぇ?」
「依頼者との契約内容は他者に明かしては‥‥」
「薬だと思うわ。私の国でもそういう物良くあるし」
 営業スマイルを遮って星花は私見を述べた。
「他言できませんので」
 遮られた言葉を続けて微笑んで返すも、その声音はしどろもどろだ。
「薬なんすね」
「薬ね」
「いえ、ですから‥‥」
 伝助と星花は確信を言葉にすると、サントマリーはさらにボロを出していく。リサーは予想外の反応に軽く肩をすくめて見せた。
「気丈な娘かと思っておったら、ただの世間知らずか‥‥」
「‥‥」
 他方ルーナはオフィーリアとサントマリーを見比べ、複雑な表情を浮かべる。
「どうした?」
「いや‥‥」
 オフィーリアと同じ系統の人物がこう何人もいるとは思わなかったよ‥‥という感想を、ルーナは胸の中だけで一人思い、オフィーリアは黙りこくるルーナを首を傾げて眺める。
 こうしてそれぞれの思いを胸に、依頼は幕を閉じたのだった。