キリサキ風から羊を守って!

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月26日〜10月09日

リプレイ公開日:2004年10月06日

●オープニング

 その日受付のお姉さんの前に姿を現したのは、大きな荷物を背負った少年だった。彼は今にも泣きそうな顔でギルドへとやってきた理由を話した。

「俺んち、羊飼いなんだけどさ。羊達が変な怪我したんだ。
 その日も俺、草を食べさせにいつもの原っぱに行ったんだ。すっごくいい天気だったのに、突然凄い風が吹いて‥‥そしたらマルが急に騒ぎ出して‥‥慌てて駆け寄ったら、毛が乱暴にハサミを入れられたみたいにズタズタんなって、足も切れてて血がいっぱい出てたんだ‥‥。それでスカーフ巻いて血をとめようとしたんだけど‥‥そしたら、ポルもメルもクルも毛を切られたり、怪我してうずくまっちゃったりしたんだ!
 これから冬って言うのに‥‥あんなじゃ凍え死んじゃうよ‥‥」
 怪我した羊達の名前を挙げるごとに、少年は詰まったような声音になっていく。
「‥‥俺、どうしたらいいのか分からなくって‥‥父ちゃん呼びにいって‥‥それで、父ちゃんが様子を見に行って‥‥そしたら、父ちゃんも‥‥!」
 足を深く切られ、ベッドで苦しむ父の姿を思い出して、ついに少年は石の床にぽろぽろと涙を落とし始める。お姉さんは状況から、一つのエレメントの姿を思い浮かべた。
「トッドローリィね?」
「うん‥‥父ちゃんもそう言ってた‥‥。だから、冒険者の人を呼んで来いって」
 トッドローリィ――つむじ風と共に現れ、通りがかった生き物を急に切りつける風の精霊。空をまさに風のような勢いで飛び回り、普通に移動するトッドローリィは、その姿を見るのも至難の業だという。下っ端とは言え精霊だから、風の精霊魔法をも使いこなす。

「えっとね‥‥お金は‥‥あまりないんだけど‥‥食べ物なら、心配しなくていいからって‥‥。俺、たくさん持ってきたから‥‥」
 そう言って少年は、父親がしたためた手紙をお姉さんに手渡す。書き慣れていない様子の窺えるそれから、依頼内容と報酬に関する部分を確認する。
 少年はお姉さんの様子を終始不安そうな表情で窺っていた。
「大丈夫よ。腕っこきの冒険者が、トッドローリィなんかすぐやっつけちゃうんだからね☆」
 視線に気付いたお姉さんは、明るい調子でくしゃくしゃと少年の頭を掻きなでた。
 少年に初めて、小さな微笑が灯った。

●今回の参加者

 ea1679 丙 鞘継(18歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea1685 皇 荊姫(17歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea1803 ハルヒ・トコシエ(27歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea1888 アルベルト・シェフィールド(35歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea2843 ルフィスリーザ・カティア(20歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea6044 サイラス・ビントゥ(50歳・♂・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea6128 五十嵐 ふう(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6960 月村 匠(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 さやさやと涼しい風が平原をなぶっていく。草のこすれあう音以外には何も聞こえない。トッドローリィが頻繁に現れるようになって、近くにいた動物達も逃げ出してしまったのだろう。空には薄灰の雲がかかり、太陽は見えない。
 まったく、寂しく、静か。
「近いと思います〜」
 依頼人が教えてくれた場所に近づいた時、ハルヒ・トコシエ(ea1803)が立ち止まる。
「この辺り、風の流れがヘンです〜。え〜とぉ、目のいい人、極端に葉っぱが変な動きしてるとか〜、何かわかります〜?」
「‥‥」
 エルフの丙 鞘継(ea1679)がいち早く前方を指差した。数十メートル離れた辺りで、土や葉が舞っているのがはっきり見える。同じくルフィスリーザ・カティア(ea2843)もそれを発見する。
「この距離なら、テレパシーも届くはずです」
「実行するからって、説得に賛成したわけじゃないからね。失敗したら‥‥後は分かってんだろうね」
 五十嵐 ふう(ea6128)の蒼い瞳がルフィスリーザを振り返る。刀のような鋭い視線。顔を強張らせたルフィスリーザだが、声は気丈に答えた。
「‥‥はい」
 ルフィスリーザは目を閉じ、テレパシーを唱え始める。他の冒険者達は彼女が説得に集中できるよう、守るように円陣を築く。
 巨漢の僧侶サイラス・ビントゥ(ea6044)は合掌し、深く息を吐き出す。
「我々は風を相手にするようなもの。気を引き締め‥‥」
「‥‥ご無礼を」
「!?」
 鞘継が呟き、後ろに控えていた皇 荊姫(ea1685)を突き飛ばす。よろめく荊姫を慌ててアルベルト・シェフィールド(ea1888)が屈んで支える。何故そのような事をしたのか疑問に思う間もなく、その答えがアルベルトの耳に届く。
 迫る突風の荒れ狂う音だ。
「伏せるのだ!」
 サイラスが叫ぶが、すでに目を開けておれぬ激しさが襲う。冒険者達の衣や髪をかき乱す。風と共に、数滴の水滴が荊姫の頬を打った。
 風の余韻を頭巾に感じながら、頬を拭い見る。手に付いたそれは、赤く、わずかに粘り気がある。
 前に立つ鞘継は肩を押さえ、指の隙間から鮮血が流れ落ちていた。
「鞘継、大事ありませんか」
 駆け寄った荊姫に頷き返す鞘継だが、いつもは何も浮かばない鞘継の表情が、かすかに歪む。
「次に来た時は私が受ける。早く鞘継殿の手当てを」
「‥‥申し訳ありません」
 二人の前に立って警戒を始めるサイラスに頷き、荊姫は合わせた両手に数珠をかけ、神への祈りを唱え始める。
「こっちと思えばあっち、あっちと思えばそっち‥‥目が回るぜ」
 月村 匠(ea6960)はやれやれと言った雰囲気で息をつく。忙しいのはあまり好きではない。トッドローリィは再び遠のいたらしく、あからさまな殺気が遠のくのと共に、静かに葉を揺らす微風が戻ってくる。
『私達は争いにきたのではありません。この草原の羊飼いの方からお願いを受けてきました』
 祈るように両の手を組み合わせ、ルフィスリーザは脳裏にトッドローリィをイメージする。
『あなたの為に怪我をして悲しんでいる人や、動物達がいます‥‥お願い、どうかこれ以上悪戯をしないで下さい‥‥』
『うるさいゾ、ニンゲン!』
 甲高い狐の鳴き声のような声が頭に響く。途端耳と喉の奥が熱くなったかと思うと、ルフィスリーザは無音の中に放り込まれてしまった。見れば、両腕に長い爪をもった狐が、遠くからルフィスリーザを睨みつけている。
『ココは吹き荒れるのに、ゼッコウの場所。ドウブツがウロウロすると、邪魔なんだヨ!』
 怒り混じりに一声吠えると、トッドローリィは再びつむじ風を巻き起こす。
「言わんこっちゃねぇ!」
 トッドローリィの吠え声を交渉決裂と取ったふうは、荒れ狂う風に向かって真っ直ぐに切り込んでいく。
「巴里紅翼華撃団・炎組『紅き鮮血』のふう様がテメーをシバき倒してやる!!」
 突風の中にトッドローリィの姿を見ることは出来ない。風圧を臆する事もなく笠懸に切り下ろす――その視界に一瞬、自分の物とは違う鋭利な輝きが映りこむ。
「ッ!」
 切っ先に手応えはない。代わりに、頬に鋭い痛みが走る。
 トッドローリィは吹き過ぎる。ふうは手の甲で拭う。皮が裂け、薄く血が滲んでいた。再びどこかに消え去った風に、軽く舌打ちする。
(「ぼけっと突っ立ってたら確実に首をやられてたね。偶然見えたから助かったものの‥‥」)
 ふうには相手の目視さえ困難な状況だが、その困難さゆえ歓喜にも似た感情がわきあがる。
 あの風を斬る強さが、自分にあるか否か? その答えを確かめたいのだ。

 ふうが切り込んでいく脇で、アルベルトは黙りこくってしまったルフィスリーザに躊躇いがちに話しかける。
「それで、トッドローリィは」
 ルフィスリーザは悲しげに首を振り、自分の喉を押さえて声にならない声を出す。その動作で、ハルヒはルフィスリーザに起こった事を悟る。
「サイレンス‥‥掛けられちゃったですか〜!?」
「悪霊退散、喝ーッ!!」
 腹の底からの一喝と共に繰り出した、サイラスの豪腕が唸るが、つむじ風の一部を裂くだけだ。代わりに、狙い済まされた一撃を見舞われる。既にいくつかの傷を作りながらも、サイラスは遠のいたトッドローリィの次撃に備えて構えなおす。
「このままでは追い詰められるぞ!」
「向こうの太刀筋さえ見えりゃ‥‥」
 尚も刀を鞘に収めたまま、匠も風の動きを読みきれていない。じっと目を凝らし、攻めあぐねている。
「‥‥まずいな、少しでも体力を削って向こうの動きを鈍らせなきゃならない‥‥」
 アルベルトは渋面する。冒険者達の作戦では、戦闘になった場合、ルフィスリーザのムーンアローを切り込みにしてトッドローリィーを弱らせる手筈だった。
「散開しましょう〜。魔法系と戦士系でペアを組んで〜、標的をバラせば〜、風さんが確実にダメージを与えられる人を狙った時に、反撃できる可能性があるとおもいます〜」
「その前に、私にルフィスリーザさんの代わりをさせて頂けないでしょうか」
 しばらく考えた後、ハルヒにアルベルトはそう提案した。
「私が隙を作ります。そこにハルヒさんの魔法を打ち込めば‥‥確実に傷を負わせられるはずです」
 アルベルトはサイラスを傷つけていったつむじ風に煽られながら、それを目で追った。要は相手が見えればいい。どんな形でも、見えさえすれば。
「わかりました〜。お手伝いします〜」
 アルベルトの確信めいた言葉にハルヒは頷き、吹き荒れる風に向かっていつでも詠唱ができるように印を用意する。アルベルトも、印を組み、呪文を唱える。滑らかに口と手が動き、見る間に呪文を完成させていく。
「インフラビジョン!」
 アルベルトが魔法の名を呼ぶと、ふっと視界が反転し、周囲が黒く染まる。世界の持つ『熱』を見る魔法――熱を持たない風の中に、赤い模様が現れれば、すなわち。
「皆さん、さがって下さい!」
 つむじ風が再び冒険者に迫り来る。短く断りをいれ、アルベルトは素早い詠唱を始める。ハルヒもその速さに目を瞬かせながらも、自分の呪文を組み立てていく。
 サイラス達がその様子に気付いて、二人とトッドローリィの間から飛びのいた時、アルベルトの掌の中に赤く燃える球が出現する。
 凄まじい速さで、つむじ風の轟音が迫ってくる。
「ファイヤーボム!」
 勢い良く飛び出した炎の球は、すぐそこまで来ていたつむじ風に巻き込まれ――より赤い閃光を発したかと思うと、空を震わせ地を揺るがす爆音を響かせた。熱風が生まれ、冒険者達に焼ける熱さと吹き飛んだ土の破片を浴びせる。
「ギャウッ!!?」
 ほぼ直撃を受けたトッドローリィは悲痛な声を上げると、爆風の中から転がり出て来る。すかさず、ハルヒが空に掲げた掌を、トッドローリィに向ける。
「サンレーザー!」
 ジプシーの呪文を聞いた太陽は、光で雲を切り、天から降る光の槍の如く風の精霊に降り注ぐ。
「やったか?」
 目を凝らし、精霊の様子を窺う。しかし立て続けに熱さを喰らった場所から、持ち前の瞬発力で距離を取ったトッドローリィにさほど大きな傷は見られない。怒れる唸り声を発しながら、再び風となって冒険者達に襲い来る。
 怒りを増してか、さらに大きな暴風になったかにも見えるトッドローリィの前に、匠は無言で歩み出る。やや屈み気味の体勢で、刀の柄に手を掛ける。
「まだ弱りきっていない! 止めておけ!」
「いや‥‥十分さ」
 答えとしては聞き取れないほどの小さな呟きと共に、匠は風に飲み込まれる。着流しと結った髪が乱暴にはためくのを気にも留めず、匠は風の中心を見据えていた。
(「風が大きくなったのは、威力が増したからじゃない――」)
 その向こうから伸びてくる鋭利な爪を、匠は見切った。軽く身体をひねり、やり過ごす。
(「怒って我を忘れ――」)
 そのまま自然な動きでさらに身を低くし、
(「大振りなってるだけさ」)
 気合一閃、鞘から刃を抜き放つ。
 夢想流抜刀術。攻撃の後の隙を狙った一撃は深く深く、トッドローリィの腹を抉った。

 風は唸る事を止め、トッドローリィは狐に似た姿のまま大地に転がる。匠の一撃が響いたらしく、こちらに歯を剥きはするが、すぐに立ち上がることは出来ないでいる。
「へっ、こうなりゃ風も形無しだね!」
 大地に唾を吐き捨てると、ふうはぎらりと光る虹色の瞳でトッドローリィを見下ろす。抜刀したままの日本刀を逆手に持ち、トッドローリィの首根に突きつける。
「あんたは害なんだ。恨むんなら、ここで暴れた自分を恨むんだね」
「あの、待って頂けませんか‥‥?」
 勢いを付ける為に刀を差し上げたふうに、荊姫が声を掛ける。
「もう一度お話させて頂けませんか? 痛い目にあって‥‥もしかしたら反省しているかもしれません。鞘継もいつもそうですから‥‥」
 獣並の知能の精霊と同等な引き合いに出されている鞘継だが、文句一つ漏らさずふうの反応を黙って窺っている。荊姫を慕っている彼の事、変なことを言えばふうを今のトッドローリィと同じ状況に持って行きかねない。
「それで逃がしてまた暴れたら、あんた責任取んのかい?」
 当然なまでに大人しく首に小柄を当てられる気はさらさらないふうは、はっきり言い切る。
「反省がないときは、命を奪うのもやぶさかではないと存じます」
 しかし予想外に早い、冷静な荊姫の答えに、鞘継は握った小柄を静かに腰帯の中に戻すしかなかった。ふうは鼻を鳴らし、刀はそのまま、再度トッドローリィに視線を下ろす。
「少しでも反抗したら、隠すんじゃないよ」
 荊姫は返事をし、まだ沈黙のままのルフィスリーザに視線と手の動きで説得を勧める。ルフィスリーザは頷いて、しゃがんでトッドローリィに顔を近づける。声と聴覚は奪われようと、心の声までは消すことは出来ない。
『これ以上あなたを傷つけたくはないんです‥‥もう二度とここへ戻って来てはダメです。人間から遠く離れたところで‥‥きっと素敵な原っぱも見つかります』
『‥‥』
 トッドローリィは不安げなルフィスリーザの碧と紫の瞳を見つめていたが、やがてよろよろと立ち上がった。
 睨むふうに、ルフィスリーザは首を横に振る。そして、かすれるような声でゆっくりと、精霊の言葉を復唱する。
「‥‥‥‥もう‥‥ここには来ないと――約束してくれました」
 切っ先から逃れたトッドローリィは、数歩歩くとちいさなつむじ風を起こして、文字通りその場から消え去った。冒険者達を振り返ることもなく。
「すべからく生きる限りこの世は修行‥‥あの精霊も我々も、此度の事で何がしか悟りへの道を得たであろう」
 しばらく害を及ぼさぬよう、メタボリズムを掛けるつもりでいたサイラスは、すぐに消えてしまったトッドローリィの残した微風が草を揺らすのを眺めながら、彼が二度と同じ過ちをせぬよう、静かに合掌して念仏を唱えた。
「カツドン、カツドン」

 その後冒険者達は依頼人に事の次第を報告し、その日の夜を明かした。荊姫のリカバーを始め冒険者達の力で、少年の父や羊達も怪我やストレスから回復した。
 翌日は久しぶりに羊を放牧させた少年に、何人かの冒険者が付き合ったが、戦いの跡は生々しく残り、草原が元気な姿を取り戻すまでは少し時間が掛かりそうだ。
「みんな、ありがとう! 俺、羊達をもっともっと元気に育てるから、冬が終わって雪が解けたら、また遊びに来てね!」
 すっかり元気を取り戻した少年の、満面の笑みを最高の報酬に、冒険者達はパリへの帰途へとつくのだった。