【開港祭】ご令嬢とお祭を!
|
■ショートシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月07日〜11月12日
リプレイ公開日:2004年11月16日
|
●オープニング
港町ドレスタット。貴品珍品が海を渡り、商人の手によって取引される活気のある街。古くからバイキングが拠点としたこの街のギルドに、北の荒海に鍛えられた腕自慢の強者どもが、今日も今日とて戸を潜る。
祭の空気に浮かれる街でも、事件は後を絶ちはしない。
あなた達は係員に呼ばれ、一人の少女の周りに集まっていた。
仕立てのいいドレスに、うっすらと乗せられた品のある化粧。ちょっとした身のこなしから彼女が貴族の出だという事は一目瞭然だった。
ただ、勝気そうな顔立ちに、走ってきたのか額に汗を光らせ、衣装も過程を裏付けるかのように乱れている。
係員はあなたたちを見渡し、声を落として話を始めた。
「このご令嬢マルガレーテ様の護衛を頼みたい。決行は五日後、開港祭の見学をなさる。情報によると、マルガレーテ様を狙う悪漢がうろついているとの事。危険が予想される、慎重を喫して事に当たってもらいたい。報酬には口止め料も含まれているので留意するよう」
「この間お屋敷で吟遊詩人が語ってくれた‥‥息が詰まるような人込みの中‥‥屋台の食べ歩きとか、大道芸に大衆劇‥‥ああ、なんて素敵!」
ホットミルクを呑気にすすっていたマルガレーテの瞳が、好奇心を帯びて輝きを増す。狙われているというのに‥‥どうにも危機感がないのは‥‥気のせいだろうか。
「‥‥で。その悪漢と言うのは? 目的は何だ」
場を仕切り直すように、冒険者の一人が咳払いする。係員もそれに応じてこくりと頷く。
「それは――」
「見つけましたぞ、お嬢様ぁ!」
青天の霹靂、突然降った雷のような声がギルドを震わせる。年かさの男性の声だが、それを感じさせない迫力だ。すまし顔だったマルガレーテが、顔色を変えてテーブルの下にもぐりこむ。
冒険者達の耳には、いつも騒がしいギルドの喧騒を破る複数の荒い足音が真っ直ぐ近づいてくるのが聞こえ、やがて人込みの中から黒尽くめの男達が現れた。その真ん中にいるのが執事風の衣服を着た体格の良い老人。恐らくさっきの声の主だ。
彼が髭を蓄えた顎をしゃくると、黒服達は冒険者を押しのけ、テーブルを引っ掴んで持ち上げた。
果たして現れた頭を抱えたマルガレーテ。こめかみをひくつかせている老人の視線から逃れるように後ろを向くと、老人はそのまま彼女の首根っこをひっ捕まえた。そのまま彼女を引きずって歩き始めた。
「離しなさい爺や! 私はこの方々と歓談しているのよ!」
「時間稼ぎは聞きませんぞ。すぐにでも戻って仕度せねば、間に合いませんからな」
「主催者には持病の癪の偏頭痛で休むって言ってって、言ったはずよ!」
「馬車馬を掻っ攫って逃げる病人がどこにおりますか! 旦那様が到着なさるまでの間、お嬢様が出席なさらずして我が家の面目は保てませぬ。さ、ちゃきちゃきパーティーに行ってもらいますぞ!」
「嫌ぁ〜! あんな仮面お世辞大会なんか出ないのよ〜っ!」
屈強な老人の腕は、少女の抵抗ではびくともしない。黒服達は用は済んだとばかり、テーブルを降ろすと老人の後ろにつき従った。
老人と令嬢の言い争いの声とその姿は遠ざかり、ギルドに静寂が訪れる。
「‥‥あれが、『悪漢』だ」
寸劇のような依頼人の退場を呆気に取られて眺めていた冒険者達に、係員は至って冷静な声で寸断されていた会話を再開した。
依頼の内容、違うくないか?
まだ現実感が戻らない冒険者達の目が、そう語る。係員はいたって真面目な顔だ。
「俺の受けた依頼内容はそうだ。ご令嬢にサインも貰っている。‥‥補足事項は伝えるつもりだったが、説明する手間は省けたようだ」
係員はひらりと依頼書を開いて見せると、反対の手に持った大きな真珠の首飾りをあなたたちの前に示した。
「報酬も預かっている、依頼も受理されている。執事たちからはねっかえり娘を守り、祭に連れて行く命知らずはいるか?」
●リプレイ本文
色とりどりの屋台の奥には、帆船の巨大なマストが森のように乱立し、ドレスタットの波に揺られている。すぐそこは海なのに、打ち寄せる波音は聞こえない。
売り子の呼び込みに、大道芸人の連れた獣の声、湧き上がる笑い、歓声、はぐれた子供の泣き声。
祭はドレスタットの風物詩を丸のまま一つ消し去った。海を思い出させるのは、どこまでも漂ってくる潮の香りのみ。
屋台村の一角で、その音の一端を担っている町娘達。人垣に囲まれている大道芸人に気がついた。
「ねえ、あの熊とてもおとなしいわね。撫でたりできるのかしら」
「そうですね‥‥ちょっと、行ってみましょうか」
などと言いつつ、くるりと熊に背を向ける。
自分が祭を楽しむのに精一杯の人々は、そんな不審な挙動を気にする風すらない。
「お次は大道芸か。よし、バーンと任せとけよ。俺達がちゃんと、連れてってやるぜ、マリー!」
「ええ。頼りにしてますわ」
彼女らを先導する巨漢の男が、自身の厚い胸板を強く叩けば、少女マリーが優雅に微笑む。
そうして彼らは歩き出す。次々と芸をこなす熊とはまったく逆の方向へ。
しかし彼らが全員方向音痴な訳ではない。ジャイアント並みの上背を持つ男がぐるりと見渡せば、目的の場所はすぐに見つかる。同じく彼の頭を、通りを埋め尽くす雑踏の中の目印として見つけた冒険者風の青年の所だ。
彼は屋台と屋台の隙間から、かろうじて通れるようになっている路地に、隠れるように立っているのだった。
町娘達が自分の下にたどり着くと青年、クライドル・アシュレーン(ea8209)は町娘達の一団が路地に入るなり、心配そうに口を開いた。
「皆さん、何か変わった事は‥‥?」
「話してはいけません!」
クライドルの声をさえぎったのは、町娘の三歩後ろを常に歩いていた女性、ルイーゼ・ハイデヴァルト(ea7235)。両手に一本ずつ携えたかんざしをクライドルの鼻先に突きつける。
「最初にも言ったように、お嬢様の身の安全を図るためにも、冒険者が近くにいてはいけないのです。革鎧に提げ剣などもってのほか、さあ、お下がりください!」
そう、この町娘達の一団こそ此度の主人公。貴族マルガレーテと護衛に雇われた冒険者だ。悪漢(にも等しい凶悪さを放つ私設護衛団)どもにギルドとの関わりを見られている以上、それと分かる冒険者の見目は向こうのいい目印になってしまうのだ。
さらにマルガレーテにマリーという偽名を使って悪漢に与える情報を極限まで少なくしている。
見回せば、皆が皆軽い装備で済ませており、彼らの中に入るとクライドルはなんとなく浮いて見える。それを再度自覚して、そしてかんざしを突きつけるルイーゼの眼光の鋭さに、すごすごとクライドルは仲間から距離をとった。
「わかれば宜しい」
攻撃態勢から戻るルイーゼの後ろで、マリーは改めて自分の格好を確かめている。
「ごわごわして動きにくいけど‥‥私、ドレスより好きかも」
「マリー、よく似合っていますよ」
そうしてぱっと見ただけではとても貴族令嬢とは見えぬ姿に、アムルタート・マルファス(ea7893)は思わず笑みこぼす。それを見たマリーがふざけて上流式の礼をする――その仕草はあまりにも自然で。
「これを買う時のアムったら、凄かったわ。物の値段って、ああして下げるものなのね」
「あれは向こうが吹っかけてきたので、つい‥‥ね」
まだ少女のような面影を残すアムの口からは、異国の人間とは思えない流暢なゲルマン語が流れ、ついには言い値の半値以下での購入に成功したのだ。
「私も今度やってみよう」
「屋台やバザールでの買い物の時には必須ですから、機会があれば、是非」
「いつまでお喋りをしているつもりだ? こうしてとどまっている間にも『犬共』が近くに来ているやも知れんぞ」
「そうね‥‥ごめんなさい」
歯に衣着せぬ物言いのガイエル・サンドゥーラ(ea8088)が、アムとマリーをたしなめる。ちなみに、『犬共』も暗号の一つであり、悪漢たちの事だ。マリーはおかしげに笑いながら、歩き始めた。
「それにしても『犬』なんて‥‥なんてピッタリな渾名でしょう」
「気に入ってもらえて良かったぜ」
発案者のシエロ・エテルノ(ea8221)が、整った顔にどこか悪党めいた笑みを浮かべる。
冒険者と依頼人は、祭の喧騒から一つ離れた小路を進み始める。
合間合間に、小さな小波の音が、耳に入ってくる。こうして裏道を通るのも犬共と出会わなくする為だ。事前に会場周辺を調べたクライドルとガイエルが、先導する。
次第に小波が消え、人々の騒ぎ声が冒険者達の鼓膜を満たす。大道芸人が山形に積んだ木箱に熊を登らせている所だ。器用に後ろ足だけで登っていく熊に、観客達は歓声や野次を飛ばしている。
マリーも瞳を輝かせ、より間近に迫った芸に拍手を送る。
「ジャパンの貴族かしら。綺麗な人!」
「ジャパンの?」
アムはマリーの視線にあわせようと勤めるが、背が低いのが災いして、人の頭の上からは、熊の頭が覗くばかりだ。
「マズイぜ‥‥」
巨漢のジョシュア・フォクトゥー(ea8076)が、一番に状況を飲み込んだ。木箱の上で熊に抱き上げられようとしている女性。金糸の入った着物に、結い上げた髪、太陽に涼やかに光るかんざし。ジャパンでいうならば良家の奥方の風をした彼女は、冒険者。
(「まさかここまでする御仁方とは思わなかったのじゃ‥‥折角の機会。マルガレーテ嬢、見つかるには早すぎるぞえ」)
やはりジョシュアを目印に見つけた龍宮殿 真那(ea8106)は、木箱の上からアイコンタクトを送る。そして、くらりと立ちくらんで、横へと倒れこむ。もうすぐそこまで登ってきた熊に向かって。
観客が悲鳴を上げる。乗じてジョシュアは仲間を振り返る。
「ここにいると『パーティが始まっちまう』。真那が引きとめてる間に‥‥」
「そうはいかんぞ、冒険者ぁ!」
一度聞けば忘れられないマリーの執事の、雷のような怒鳴り声は文字通り空から降ってきた。マリーは条件反射か、頭を抱えて蹲る。冒険者は即座にその声の主を探す。続く言葉は、かろうじて熊に抱きかかえられた真那の方から聞こえてきた。
「こちらの人探しは成りました。お手伝い頂いたお礼に後程真那様の良人探しも助力させて頂く所存、今は涼しい所でお休みくだされ。誰か、この方を休める場所までお連れせよ!」
執事の声に『黒い服』の大道芸人が、木箱を登って熊から真那を引き受ける。今演技とばらす訳にもいかず、真那は仲間達を案じつつ、芸人と共にその場から離れていく。
熊は自分の耳を掴んで後ろに引っ張る。もはや疑うべくもなく、ずるりと剥けた毛皮の下から、頑固そうな執事の顔が現れた。観客にまぎれていたものか、残りの黒服達が木箱の前に整列していた。
執事が静かに息を吸う。様子の異変に気づいた一般客達は、熊を取り巻く輪を一層広く開けた。
「者共、かかれぇい!」
執事のときの声と共に動いたのは、黒服ではなかった。ジョシュアが滑る様な動きで手近な黒服に迫ると、肩を掴んでめいいっぱい膝を鳩尾に叩き込む。まともに急所に入れられた黒服が奇妙な声でうめくが、それで終わったわけではない。そのまま抱えあげて投げ飛ばせば、木箱に突っこんで派手な音を立てる。
(「ふっふっふ、やっと始まったね」)
レティシア・ウィンダム(ea4655)は近くの家の外付けの階段で、事の一部始終を見守っていた。
(「悪漢に追われ絶体絶命のご令嬢。そこに颯爽と現れる正義の吟遊詩人‥‥折角の祭を無粋だけで済ませたくはないからね」)
目の前の乱闘をあたかも演出するかのごとく、頭で筋書きを整えると、レティシアは軽やかに階段を降り――
降り――
「あ、あの。少し通してもらえるかな?」
通りの真ん中で起こった戦いを遠目に見守る野次馬、そして野次馬によって足を止められた通行人で現場は割り込む隙間もない程込み合っているのだった。
そうこうして無理やり人々を押し分け、やっと階下に降り立ったとき、レティシアは見た。小さな少女が空中を浮遊し、マリーを上へ持ち上げようとしている光景を。
「ああっ、華麗に助けるのは私の役割なのにっ!」
計画が音を立てて崩れ去るのを目の当たりにし、レティシアは思わず嘆きにリュートの音を乗せた。
しかしアムにはマリーを持ち上げられる力がない。レビテーションで自分を浮き上がらせることはできるが、いざマリーを上に上げようとすればその浮遊は止まってしまう。
「今から向かえば間に合います! お嬢様、そろそろ観念して頂きますぞ!」
声と共に黒服がマリーの方に向きを変える。マリーは手を引かれながら、何とか引き上げようとするアムを不安そうに眺めた。
(「これでは駄目なのでしょうか‥‥?」)
アムが計画の失敗を悟りかけたその時、急に体が軽くなった。マリーの手を離したのではない。目を開けると、マリーの体をシエロが抱え、持ち上げようとしていた。
「お嬢さんが必死になるのを黙って見てられない性質でね。ほら、さっさと逃げな」
「でも‥‥」
アムが引き上げようとしているのは屋台の屋根の上。そこに隣接している家の窓から、この場を脱しようというのだ。しかし、屋根に乗るには少なくともシエロの肩に立ち上がらねばならない。
「迷ってる暇はないぞ」
ガイエルが懐からスクロールを取り出す。丸めてあるそれを一気に開くと、潮風に乗って羊皮紙は一本の線を空に描く。
「詠唱の間は僕が引き受けます」
「任せよう」
クライドルが足並みをそろえて迫りくる黒服を睨んで、剣と盾を構える。ガイエルは短く答え、記された精霊碑文を詠唱し始める。
「行かせはしません!」
「お嬢に手を出すんじゃねえ。俺が相手になるぜ!」
飛んでくる拳やこん棒をシエロが盾で受け、出来た隙にジョシュアが己の拳を沈めていく。
彼らの背後を眺め、マリーは意を決した。アムとシエロに支えられ、震えながら屋根に乗り移る。
「やった!」
思わず上げたアムの声と同時に、乱闘の場は夜よりも暗い闇の中に閉ざされた。上にいるマリーとアムは、かろうじてその闇から逃れることが出来た。
「‥‥シャドウフィールド?」
「誰の魔法かわかりませんが、この隙に、マリー!」
「俺達は後で行く。『例の場所』で会おうぜ、お嬢さん方」
闇の中のシエロの声。それを合図に、二人は窓の中へと飛び込んだ。
あらかじめ決めておいた集合場所に冒険者全員が揃えたのは、夕日が暮れかかる頃だった。マリーは冒険の面影を残さぬ整った姿に着替え、冒険者達を迎えた。
「楽しんでもらえましたでしょうか?」
ルイーゼが伺うと、マルガレーテはもちろん、と満面の笑みで請合った。
「ちょっとはらはらしたけど、『犬』からあんな風に逃げ切れたのって初めて。
お礼を言うわ。冒険者の皆さんの計画が良かったせいね」
よほど気に入ったのか、まだ合言葉を使いながら、路地裏でやったように礼をする。
――絹のドレスがたおやかに広がり、えもいわれぬ美しさを醸し出す。
「今日は本当にありがとう。また『犬』との鬼ごっこ、頼めれば良いわね」