【ドラゴン襲来】仕入れ屋★捕獲Y・N?
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■ショートシナリオ
担当:外村賊
対応レベル:1〜4lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 0 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月04日〜12月09日
リプレイ公開日:2004年12月13日
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●オープニング
「だから、駄目だっつってんだろ!」
受付の男がカウンターを叩き、勢いで依頼書が浮き上がる。ここ数日何度関連依頼の処理をしただろう、『ドラゴン退治』の文字が表題を飾っている。ギルドの受付は依頼人らしい少女――顧客の依頼する貴品珍品を仕入れる『仕入れ屋』のサントマリーをねめつける。だがサントマリーは怯える風もなく、逆にカウンターに乗り出して依頼書を指し示す。
「退治すると言うのなら、一匹ぐらい生け捕りにしたって構わないじゃありませんの。たかがスモール級のドラゴンでしょう?」
「たかが? 素人がナマ吐いてんじゃねぇぞ。ただ倒すよりも捕獲する方が何倍も難しいんだ。
それに、今回のドラゴンの行動は明らかにおかしい。これだけの数が一気に、しかも自分から集落を襲うだなんてあり得ん!」
「だからこそ、チャンスではありませんか。なかなか見つからなくて、先月からずっとお客様をお待たせしてるんです」
「くどい。下手に手ぇ出したらロクな事にならねぇ!」
「お客様の信頼が掛かっておりますの」
だむっ。
先程男が叩きつけた拳にも劣らぬ音。カウンターに叩きつけられたのは、金貨の入った皮袋だった。
「冒険者が危険と戦って糧を得るように、商人は常に需要供給と戦っていますの。危険は承知ですわ。ですから、見合った金額はお支払いします。その金額こそ、商人の覚悟の程だと、理解していただきたいですわ」
サントマリーは真正面から厳ついギルド員を睨み据えた。
可能か無理かではない。たとえ一握りでも、仕入れられる可能性を潰すことなど、あってはならないのだ。
「出来れば無傷が良いのですけれど‥‥無茶は言いませんわ。移送はわたくしが引き受けますから、冒険者の皆様にはドラゴンを大人しくさせていただきたいのです。一体で結構‥‥殺してしまわない限り、手段は問いませんわ」
ある村からのギルドに使いが飛び込んできたのが昨日の話。隣の村を襲った二体のフィールドドラゴンが、こちらに向かっているので退治して欲しいというものだ。既に村人達は別の村に避難を開始しており、村には人がいない状態だが、家畜や畑はそのままなので出来るだけ被害は出さないようにして欲しい。これが条件である。
「襲われた村は、全部めちゃめちゃに壊されてたって事だ。守ろうとした人間は根こそぎ牙の餌食。逃げ延びた人間の話じゃ率先して建物を壊してる様に見えたらしいがな」
そしてもう一つ、と受付は付け加える。
「仕入れ屋の嬢ちゃんのご希望をかなえてやるなら、一人2G上乗せだ。やる、やらんは自由。だが、この状況が異常だというのは頭に叩き込んどけ。‥‥気位の高いドラゴンの中でも、『普通なら』人間が飼える位には大人しいフィールドドラゴンが、こんな凶暴な事をしてるんだって事をな。ちょっとやそっとじゃ、人間の縄になんぞ、掛かってくれやしねぇぞ」
●リプレイ本文
茶色い、むき出しの土は規則的に隆起し、その隆起の上にまた規則正しく植物が列を成す。
よく手入れの行き届いた畑。
しかし彼らには異様な自然でしかない。
そして、異様な自然は彼らに知らせる。
「‥‥‥‥!」
二体の竜はやにわに殺気立った。黄土の鱗を帯びたフィールドドラゴンは後ろ足で立ち上がると、体が落ちる勢いに乗せて畑に目掛けて走り出した。深緑の竜もまた続く。
近い。近い。
この不細工な大地を越えれば必ずあるのだ。
人間どもの巣が。
巨体を支える六本の足を振り下ろせば、畑の均整はたちまち乱れ、土の中で肥えていた白い根は圧力に耐え切れず爆ぜ飛ぶ。
――カン、カン――
我に荷を負わせた人間は巣に行く時は必ずこれを通るのだ。だから間違いはない。
――ガン、ガン――
鉄と鉄を打ち合わす音。既に見え始めた村とは逆の方向から、聞こえてくるようだった。
振り向く。遠くに二本足の生き物が見える。とにかく二本足の生き物――ゴブリンやら、人間やら――は、体の外に牙を持っている。近づいてくるあれらもそう、長い『牙』を持って、こちらを威嚇しているのだ。
――ガン、ガン――
違う方向から同じ音がし、また数人の人間が現れる。
「ゴアアアッ!」
黄土の竜が吠える。それは合図。
二体の竜は、歯向かう人間に向かって牙を剥いた。
(「――よし、気付いた!」)
構えた盾を剣で叩いていたジャック・ファンダネリ(ea4746)は、思惑通りドラゴンの気を村からそらせた事に安堵する。急ぎ駆けつけたつもりだったが、予想以上の時間の短縮は望めず、結果村の近くまでドラゴンを侵入させる事になってしまった。
だがこれ以上は行かせない。なんとしてでも――
「ゴアアアッ!」
一頭の竜が吠え、巨大な蜥蜴との形容に相応しく、身体をくねらせながらこちらへ向かって突進する。鞘に入れたままのロングソードを握った右の腕を半身ごと引き、盾を構える。見る間に竜は近づき、円形の鉄塊に牙を立てた。
「ぐぉ‥‥っ」
衝撃に、踏ん張った足がじりりとずれる。ジャックと同じく盾で注意を向けさせていた、ヘラクレイオス・ニケフォロス(ea7256)は、盾の向こうから牙のこすれる嫌な音と、竜の荒い鼻息を聞いた。
「おおおっ!」
美しく鍛え上げられた片刃が竜の首元に振り下ろされる。レイ・ファラン(ea5225)の隙を突いた一撃は、深緑の鱗を削り、わずかに赤い傷をつける。
怒りに見開かれた細長い瞳孔がレイを捉える。忌々しい腕を噛み砕かんと襲ってくる牙を、剣で器用にさばき、レイはすかさず後ろに下がる。
目を見開き、歯を剥いて唸る。ドラゴンのその様に二人は、地上の最強種族が我を忘れてゆくのを感じた。邪魔立てするヒト共に怒っているのだ。
「ゴオオォォッッ!!」
ダガーの刃渡りほどもない距離で竜が吠えて立ち上がり、のしかからんばかりの勢いで牙を突き出す。それでも二人は動じなかった。
(「‥‥まずは焦らず、守りを固める事」)
(「‥‥そして隙有らば、迷わず叩く事」)
無言のまま、抜かりなく盾を、剣を構える。
いや。いつの時よりも、心の臓は早鐘を打っている。判断力を鈍らせる高揚を抑え沈める事の出来る精神を、二人は有していた。それこそが最上の守りと心得ているのだ。
ヘラクレイオスの頭上に影が落ちる。ヘラクレイオスは両の目で睨み据えたまま盾を引き上げた。
「ガアア!」
一人饒舌な竜の牙の間で糸を引いた唾液が、盾の上に落ちる。
しかし、竜が盾に牙を突き立てることはなかった。
不可視の斬圧が下肢の付け根を切り裂いたのだ。バランスを崩し、ドラゴンは大地に叩きつけられた。
「(健の辺りを狙ったつもりだったが――まあ、修練もなしではこのぐらいか)」
ドラゴンと二人の冒険者から4、50フィート離れた所にあって、石動悠一郎(ea8417)は日本刀の握りを確かめる。ようやっと三人目の存在に気付いたドラゴンは、ますます高い怒りの咆哮を響かせる。
その怒りに曇った思考を素早く読みきったヘラクレイオスとレイが、悠一郎と竜の間に滑り込んで突撃を阻止する。ある程度冒険になれた者のこなせる反応だ。
「が、ここで時間を食う訳にも行かない。早々に倒させてもらうぞ」
わずか握り替え、静かに構えた日本刀。ひとたびしなやかな肩腕が動くと、力強い動きとなって切っ先から真空が生み出される。レイ達によって足止めされたドラゴンの傷ついた足を狙って、真っ直ぐに飛び行く。
ルーナ・フェーレース(ea5101)は空を見上げた。灰色の雲が空一面に垂れ込めている。太陽そのものは見えない。が。
足元を見る。
かろうじて、大地には黒い影がうっすら落ちていた。
「タイミングが悪けりゃすぐ解けるね‥‥」
冬にはよくある天候だ。今日に限って晴れて欲しいと願うのは自然に対して酷く自分勝手だとは分かっていたが。
商人の少女の無茶な依頼。それが成るか否かは、彼女のシャドウバインディングの成否に掛かっているといえる。
目の保養になる男冒険者が、今回はこんなにたくさんいるというのに、ゆっくり眺める暇はなさそうだ。月に呼びかける印を組み、ルーナは自棄気味に叫ぶ。
「手間ばっかり掛けさせて‥‥恨むよサントマリー!」
源真結夏(ea7171)がブレーメンアックスを、気合と共に振り下ろす。精霊の炎を宿した斧は尾を引いて黄土の鱗を目掛けるが、竜は素早く身を引いてかわす。
「ドラゴンを傷つける気か!?」
「弱らせないと積む時に逃げられるわ! 最も、掠りもしていないけど」
結夏が悔しげに顔をゆがめ、ジャックに答える。それを最後まで聞き、言い終わる暇もなく、ドラゴンの牙が襲い来る。不意にジャックに押され、結夏は地に倒れる。硬い物の衝突音。ジャックの盾が真正面からドラゴンを受け止めていた。彼が間に入らなければ、結夏の右足から血が滴っていただろう。
二人の間の熟練の差。不甲斐なさに結夏は唇を噛み。
「ったく、ややこしい!」
じりとも進まぬ戦いに業を煮やしたのは、ハイレッディン・レイス(ea8603)。
「こういう時は弱点を一発叩きゃ――解決だ!」
雄叫びを上げて一直線に飛び込む。
「グオ‥‥ッ!?」
ジャックと押し合いを続けていた竜は完全に不意をつかれ、反応する事が出来ない。ハイレッディンの眼に見る間に黄土の鱗は肉薄し、急所に叩きこむべく大きく剣を振りかぶる。
そう、竜の急所。
急所――
「って、どこだ?」
「あぶなーいっ!」
他の者に訊ねようと振り返ったハイレッディンの視界に飛び込んできたのは、地面すれすれに飛んで来る、細長い何か。判別する前に彼の足元に絡みつき、バランスを崩して尻餅をつく。縄の先に石を結んだ、投擲捕獲具ボーラだ。
「ああっ、大丈夫!?」
予想外の獲物にエルトウィン・クリストフ(ea9085)は動転して叫ぶ。しかし、どこか悪い所を打ったのか、ぴくりと動く気配もない。
「シャドウバインディング!」
その時、十幾度目かの詠唱を、ルーナが完結させた。竜の影が焼きついたように濃くなり、ハイレッディンに襲い掛かろうとした身体を縛る。だが、すぐに竜の身体は小刻みに震え始める。
「駄目だわ‥‥!」
「くそっ」
結夏とジャックが走り出す。程なく竜は、自ら見えない捕縛を打ち破った。
「って、うおわ!」
気付いたハイレッディンが咄嗟に引き上げた剣で、襲い来る牙を受け止める。しかし二本の腕だけで竜の頭部の重量を支えきれるわけもなく、刃は徐々にハイレッディンに近づいていく。
「折角1Gで借り受けてきたのに‥‥でも、しょーがないわ」
得意の拝み倒しでギルドに借りた罠の類は、思うより素早い竜の動きに、設置する暇も与えられなかった。戦場がいつも想定どおりのものとは限らない。エルトウィンは持ち前の立ち直りの早さですっぱり諦めると、今度はダーツを取り出す。
「急所じゃなくても、ここなら!」
狙うはただ一点。白く細い腕が投げ放ったダーツは、狙いと寸分違わず、ぎらつく縦長の瞳孔に吸い込まれていく。
次の瞬間には、細張りの如きダーツを目に突き立て、ドラゴンは苦しみもがく――筈だった。実際には、瞳に行きつく前にダーツは竜の動きに弾かれ、土の上に刺さった。
「あ‥‥なんて硬い」
ほんの僅かにずれただけで、ダーツが弾かれる。だが、その鱗の硬さに驚いている間はなく、
「隙あり!」
エルトウィンの攻撃とほぼ同時に駆けつけた騎士と志士の方は、竜がハイレッディンと均衡を保っている隙に漬け込んで渾身の一撃を叩き込み、やっとドラゴンに傷を与える事に成功した。やがてヘラクレイオスらが深緑の竜を屠って合流すると、竜は冒険者の敵ではなく。傷を負った竜は、月の戒めを解く力を失っていた。
「ああ、皆様は必ずやってくださると信じていましたわ」
帰途を辿るサントマリーの表情は、安堵と喜びとに綻んでいた。幾度か彼女に関わった冒険者は、依頼の折に見せる営業スマイルよりも、歳相応の柔らかさを孕んでいる事に気付いたろう。竜は相当の傷を負っていたが、『後で高名な僧侶様に癒していただきますわ』と咎める様子はない。
「係員の制止も聞かない、暴走竜の居る場所まで足を伸ばす、エチゴヤで800Gもする生き物を一人2Gで頼む‥‥今回の依頼は、ちょっと‥‥いや、かなり無茶だ。もう少し状況を把握しない事には」
サントマリーの御する馬車に並び、馬上でジャックは商人の娘に苦言とも取れる話題を振る。これはこの場のほとんどの冒険者が賛同する意見で、皆黙って続きを促す。サントマリーはツンとすました顔で答えた。
「お客様のご希望には、仕入れを生業とするからには出来る限りの可能性を試してお答えする義務がありますし、わたくしが来たのは素早くお客様にお届けするため、報酬に関してはギルドの方にしかるべき金額を納めていますわ。カーゴ一家に並ぶには、無茶でも何でも、まず信頼を得なければなりませんの」
「カーゴ‥‥?」
それは、ノルマン随一の商人一家。女頭目エリスの率いる、あまりにも有名すぎる商家の名だ。目を丸くしたジャックに、サントマリーは明らかに失敗を悟った表情をして、軽く咳払った。
「‥‥依頼人と雇われ人は常にクールでドライなビジネスライクの関係が望ましいのですわ‥‥。第三者に情報を流してはいけませんの」
おせっかいを嗜めるというよりも、自分に言い聞かせるような呟きに、ジャックは苦笑する。おしゃまな妹を眺めるような気分だった。
荷台の後ろのほうでは、ルーナが竪琴を爪弾いている。吟遊詩人の性ではなく、少し気になった事があったのだ。
『あんたらを攻撃したのはすまないと思ってるよ。けど、どうにも解せないんだ。あんたらみたいに大人しいのが、急に暴れだすんだもの。ひょっとして、子供でも盗られたのかい?』
シャドウバインディングは解けて久しい。しかし折を壊す力も残っていないドラゴンは、忌々しげにルーナのテレパシーに答えた。
『カエセ、ケイヤク、ノ‥‥カエセ、カエセ‥‥』
喉の唸りはまだ怒りを忘れず、眼はぎらぎらと殺気に満ちている。ルーナは背中に冷たい汗が流れ、身を引いた。
車の後ろについて馬に跨った悠一郎は、仕留めた竜からもぎ取った深緑の鱗を一枚、曇った空にかざす。
(「これを持って帰ったら、奴め、どんな顔するかな」)
竜鱗を欲しがっていたはとこの笑顔を思い浮かべ、口元にわずかに笑みを浮かべる。
同時に頭をよぎる、怒りに震える生前の竜の姿――。
カエセと唸る声は、その時の冒険者達の耳には弱々しい呻きにしか聞こえなかった。