かびよさらば!

■ショートシナリオ


担当:外村賊

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月17日

リプレイ公開日:2004年12月20日

●オープニング

 黒のクレリックが建てたものだろうか、その森の奥にはひっそりと、小さな聖堂が建っている。
 見つけたのは旅人。画材だけを荷物に遍歴する画家。
 冬が近づいて曇る事が多くなってきた、久々の晴れ間。木漏れ日の中にどっしりと佇む聖堂は、雨風に晒され、苔むし、蔦が絡み、建てられた当時の姿は見るべくもない。しかし画家の目には森と同化した人工物は、静謐な美に写った。
 かろうじて付いている木の扉を恐る恐る開く。
 耳を突くような静けさの中、冬の迫る風に木の葉が揺れる音がする。
 薄暗い堂内。一つ屋根の崩れたところがあって、木漏れ日が祭壇の奥の壁を照らしていた。
 そこから音が降ってくるのだ。
「(そうだ――これだ、この感じだ‥‥僕が描きたかったのは――!)」
 全身に走る震えを、自身で止める事が出来ない。
 衝動。この場をキャンバスに、自分の全てを表現したい。
 芸術の女神が天井の光と共に舞い降りてきた気がした。

 近くの村で訊ねると、村長は広場の教会を指差して言う。
「そりゃむかーし、この村を開いた僧侶様が建てた教会だで。今は村の真ん中に新しい奴があるで、画家さんが見初められたんなら好きに使ってくだせぇな。きっと僧侶様も喜ばれるで」

 そこで画家は走りに走った。思い描く絵を描くため、商人に言って絵の具にする石を集めてもらい、自分でもイメージをまとめようとノルマンをあちこち巡りまわった。
 いよいよ全てが揃った時、画家は再び聖堂の朽ちかけた扉を開け――


――慎重に慎重に――閉じた。


 翌日、カウンターに乗せられたのは銅貨ばかりの小さな山。
「ほほう。これで冒険者を雇おうと?」
「これで所持金は全部なんです。何とか‥‥できませんか」
「‥‥知ってるか。エチゴヤじゃそれで保存食が一食買えるんだ」
「待って、待ってください!」
 他の処理をするべく背を向ける係員。依頼人はその腕に、必死の形相でしがみついた。
「石はともかく、他の画材がそんなに日持ちしないんです‥‥しかも、どれも一度使ってみたかったいい物ばかり‥‥」
 係員は呆れた。
「なんて計画性のない‥‥」
「だって、用意している一ヶ月の間にあんな毒カビが育ってるなんて、誰が想像しますか!?」
 そうなのである。ビリジアンモールドといえば、ちょっとした振動で破裂し、人を死に至らしめる毒胞子を撒き散らすという厄介なカビ。一般人には手に負いがたい植物だ。それが5メートルの球体を形成すれば、肉体的にも鍛えられた冒険者に除去を頼むのが普通の話。――いや、普通冒険の場で出会っても慎重に逃れるのが賢い冒険者だ。
 そのカビが、画家の精霊よりも早く壁に舞い降りたという訳だ。
「この機会を逃せば、同じ材料が揃えられるのなんて、僕の稼ぎじゃ後何十年掛かるか‥‥お願いします! 放り出してくれるだけで構いません! 駄目ならそれでいいですから!」
 ついには泣き落としをはじめる依頼人。着の身着のまま、絵の具のついた服。不精に伸ばした髪を後ろで縛った頭を何度も下げて頼む青年。恐らく絵の事以外にはまるで頓着せずに、二十ウン年人生を過ごして来たのだろう。係員は呆れを通り越してなんだか哀れな気分になってきた。
(「依頼つかボランティアだな‥‥こりゃ」)
 彼が状況説明のために依頼書の裏に描いた、聖堂内のスケッチを眺める。
(「下手じゃ、ねーんだけどなぁ。仲介料、これで勘弁するかぁ?」)

 物騒な依頼の並ぶ荒くれドレスタットの掲示板に、小さな羊皮紙に小さな文字で記された文面はこうだ。

■                           ■
『絵師モリスのキャンバス掃除 ボランティア募集』
 内容:ミドルビリジアンモールドの除去
 付き合える馬鹿は係員まで


(……個人的には、生活能力のない阿呆をハタける奴も募集)
■                           ■

 最後の一行に、さらに小さな落書きが入っている事に気づく者ほんの一握りだった。

●今回の参加者

 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5855 ジョエル・バックフォード(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6942 イサ・パースロー(30歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea7891 イコン・シュターライゼン(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8910 セル・ヒューゴー(25歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

「画家さんが惚れこむ聖堂って、どんなのかな? やっぱり、ぐぐーっと引き込まれる、魅力があるんだろうねー」
「‥‥一般人には理解しがたいセンスを持つのも、ああいう輩には多いがな」
 前方を眺め回して聖堂の影を探す和紗彼方(ea3892)の発言を受け、シュタール・アイゼナッハ(ea9387)がぽつりと呟く。
 近隣の村で場所を聞き、冒険者は深い森を、朽ちた聖堂目指して歩いていた。現在集落を築いている所からかつての村――依頼の聖堂のある場所はさほど離れていない。森はすっかり葉が落ちて、視界は良い。森林に優れた土地勘のあるジョエル・バックフォード(ea5855)がいる事もあり、迷う事はなかった。
「そんなに探さなくてもすぐ見つかるわ。もう少しすれば‥‥」
「あ、あれだっ!」
 凍てる空気に白い息はき、軽く諌めるジョエルを遮り、彼方は木々の向こうに見えた石作りの建物に向かって駆け出す。その外観を少しでも早く目にしたい一心だ。彼方の後姿はすぐに木々の向こうにまぎれて行く。
「元気ですね」
「‥‥だな」
 最後尾を歩いていたイコン・シュターライゼン(ea7891)とセル・ヒューゴー(ea8910)が見やりながらほのぼのとした感想を述べる。
 依頼とは言え報酬なしの自主的な手伝いと言う意識からか、それとも慎重を要する仕事へ挑む緊張の裏返しか。ともかくも冒険者達にはどこかしらほのぼのした雰囲気が漂っていた。その最たるが彼方であったが、
「皆! 早く!」
 先で聞こえた彼方の声は、急に危機感を孕んだ物に変わった。その意味を最も早く察したのは、イサ・パースロー(ea6942)。状況を飲み込めない者を促し、自らも神に祈りを口にしながら木立を進む。
「揺すっては駄目」
 彼方を見つけたジョエルが引き止める。聖堂の入り口にしゃがみ込む彼女の足元には、依頼人モリスが倒れていた。顔からは血の気が引き、呼吸は酷く小さい。毒草に明るいジョエルはすぐさまモリスの様子を窺う。
「ビリジアンモールドの毒ね‥‥でもまだ酷い症状ではないわ。‥‥イサ」
 視線を送ったイサは、すでに祈りのために跪き、ジョエルに頷く。瞳を閉じ、首に下げた十字架を両手に握る。
「慈悲の母、救いの主よ――かの若者を死の胞子より救い給え‥‥」
 懸命の祈りが聖なる力となり、イサの身体から神聖白の光が溢れる。光はモリスにも伝わってその身体に染み込む様に消えていく。皆が不安げに見守る中、モリスの顔にやがて朱色が差し始めた。

 しばらく後意識を取り戻したモリスは、周りを囲む冒険者達に申し訳なさそうに頭を下げた。
「6人も冒険者の方がこちらに来て下さると聞いて‥‥お金も余り出せないのに、何かしておかないと申し訳なくて‥‥。でも、余計なお手数を掛けてしまったようです。すみません」
「皆、承知でここに来ているのです。モリスさんが気に病まれることではありませんよ。それに、貴方がその尊い命を掛けて作ってくださった物は、これからの依頼に必ず大きな助けとなります」
「僧侶様‥‥ううっ、有難うございます」
 イサの慰めに感じ入ったのかモリスはぽろぽろと涙を流す。
 モリスはその画力を生かし、カビの位置を詳細に記した聖堂の見取り図を作成していたのだ。
 それによれば、天井の穴から落ちた雨水が原因になったものだろうか、モリスがキャンバスに指定した祭壇奥の壁一面にカビが生え(好奇心で覗き込んだ彼方が凄く嫌な顔をして戻ってきた)、そこから飛んだ胞子が手前の回廊や朽ち掛けた木製の長椅子に幾つか住み着いているようだ。
「戻る途中、床に生えていたのをうっかり踏んづけてしまったらしくて‥‥」
「ふむ、二の舞にならぬよう先にその辺りを何とかした方がいいかも知れんな」
「木の椅子もあるから、氷と石化でやったほうがいいね」
 いくつか考えてきた除去案から更に話を詰め、シュタールと彼方が先行して聖堂に入る事になった。
 湿った空気と、カビの据えた臭い。曇った空から降る微かな陽光が壁の緑色をおどろおどろしく照らしている。
「‥‥カビがなくて、晴れた日には、きっと素敵なんだよね‥‥?」
「静かに。何の振動を捕らえて胞子が吹くか解らんぞ」
 胞子には気休め程度の効果と知りつつ、口と鼻を布で覆った二人は、それからは全く無言で見取り図と実物を照らし合わせて一箇所ずつ温床を見つける。
 頷きかわすと、本当に小さな声で呪文を呟き呪文を発動させる。シュタールが結んだ印をかざすと根元からカビは固い石と化し、彼方が氷点下を宿した右手を慎重に近づけれはたちまち凍り付いていく。
 モリスの見取り図とて全てのカビを完全に網羅したわけでもないだろう。息の詰まるような緊張の中、二人は地道に石化と凍結の作業を続けた。
 他方外では、枯れた草木が集められていた。聖堂に絡んだ蔦をはじめ、探すまでもなく十二分な量が集まる。そのまえにジョエルは立ち、枯れ蔦に触れながら呪文を唱え上げると、指先から炎が生まれ、すぐさま焚き火が完成する。それを銘々持参した松明に移し終わった頃に、先行組が外の世界へと帰ってくる。
「ぷはーっ、疲れたーっ!」
「‥‥こんなに立て続けに魔法を唱えたのは初めてかも知れん‥‥」
「というより喋れなくて気疲れたよー」
「だ、大丈夫ですか!? 何か欲しい物があったら、何でも言って下さい!」
 憔悴している二人を見て、途端におろおろするモリス。じゃ、水をとシュタールが言えば、わき目も振らず近くの小川へとすっ飛んで行く。もう体調はすっかりいいようだ。
「じゃあイサ、二人と依頼人をよろしくね」
「はい。皆もお気をつけて」
「カビ石に躓くんじゃないぞ」
 解毒役として外に留まるイサと、めいめい座った先行組二人に見送られて、松明を掲げた第二陣は聖堂内に足を踏み入れる。そのうち溶けてしまう氷に、更にシュタールが石化を掛けていった為、シュタールが釘を刺した通り、あちこちに元カビらしき出っ張りが見える。それもジョエルのとびきりに良い視力で眺めれば、躓く前に注意でき、何事もなく祭壇へとたどり着く。
「さあ、将来有望な画家さんの為に、一度に消えてもらいましょうか」
 布の向こうに浮かんだジョルゼの微笑みはそのまま、火の精霊への呪文に続いていく。
 一瞬、ジョエル自身が燃え上がったような、赤い気配が巻き起こる。
 すると手前に掲げた松明の炎が、風も受けずに踊りだす。
 ジョエルに操られた火は真っ直ぐに巨大なカビの塊に届き、あぶられていく内にちりちりと音を立てて燃え出した。こうなればしめた物、燃え移った火を操って方向を指示すれば、着実に壁のカビは灰へと姿を変えていく。イコンとセルも比較的小さなカビ塊を見つけ出しては、松明を押し付けて焼いていった。
 換気をかねた休息を何度か繰り返し、日が沈む頃には目に付く限りのカビを除去する事が出来た。

 翌朝。再度確認して、残ったカビを焼き。
 残ったのは、大量の小石と、壁に広がるすすの跡だ。
「やりがいがあるな」
 掃除好きのセルは口元をほころばせ、しかしその手に握っているのはイコンに借りたハンマーだ。何度も位置を確かめ、吟味した場所を軽く勢いづけて叩くと、椅子にくっついていたカビ石はぽろりともげ落ちる。
「慎重ですね‥‥」
 セルの作業を一通り見て、イコンは簡単の声を上げる。顔を上げたセルは眠たげな顔を少し、綻ばせる。
「あの兄ちゃんが好きなのは、この寂れた雰囲気だからな。なるべく壊さないようにしねーと、な」
「そうか‥‥そうですね。よし、なら僕も」
 気合を入れなおして、イコンは床に屈みこむと、カビ石が綺麗に取れそうな所を探し始める。実際、石を剥ぎ取れる力のあるファイター達がいなければ、石化作戦は完全な成功を収めなかっただろう。
「あ、服に‥‥」
 ジョエルと彼方、イサはめいめいに壁を拭く。しかしイサ以外は、掃除は余り要領を得ないのか、すぐに煤で真っ黒に汚れてしまっていた。
「すみません、こんな事まで手伝って頂いて‥‥」
「当たり前よ。皆、貴方の才能を応援したいと思って来たんだから。それに‥‥」
 意味深に言葉を切って、ジョエルはモリスを上目遣いに見た。
「なにかに賭ける男に、女は以外と弱いものよ?」
 妖艶にも見えるその微笑に見つめられ、モリスは耳まで真っ赤に染まる。
「そうそう。もう少し身なりにも気を遣ったら、きっとモテるよー?」
「俺でよければ、お手伝いしますよ」
「そっ、そそ、そんな‥‥」
 彼方とイサが相槌を打つと、言われなれない台詞に動転したモリスは俯いてしまった。そして照れ隠しか何か、手だけは懸命に、何度も同じ所を拭いている。
 それがきっかけだった。
「これは‥‥?」
 イサは、目をすがめ、モリスが綺麗に拭いた壁を見つめた。
 何の変哲もない石壁とばかり思っていた壁に、赤い色が付いている。
 ただ付着しているだけではない。その上に引かれた茶色の波状線は、それが人工の彩色である事を伝えていた。
「もっと汚れを落としてみましょう」
 イサの提案にそれぞれ頷き、四人は丁寧に煤を、その下にこびりついた埃を拭っていく。
 赤い色は汚れが落ちるとともに面積を広げ、一つの形になった。長い年月で劣化し、剥げ落ち、本当に、途切れ途切れであったが、それは蝙蝠の羽を形作っているようだった。その先にあるぎょろりとした目玉と、並んだ牙のようなぎざぎざ。今は失われた輪郭を想像して、イコンが呟く。
「ドラゴン‥‥?」
 ドレスタットのギルドに行き来している冒険者達はその生き物の名に、否が応でもここ最近の騒ぎを思い出す。突如群なして人間に襲い掛かった――竜達の異常な行動。
「何か書いてあるよ、ほら、ここ」
 彼方が指し示す方は、くねくねと波打ちながら列をなす点。こちらもだいぶ剥げていて、それが記号か文字の羅列であったろうと予測するのがやっとだ。
「僕よりも先に描いた人がいたんだ‥‥」
 モリスが静かな声で呟く。それは、落胆の様で、冒険者達はモリスがここを使うことを諦めたかのように聞こえた。
「だいぶ傷んでいるようだし、もう少し力を入れれば残りも取れるんじゃねーの?」
 セルの提案に、モリスは首を横に振った。
「いえ‥‥できるだけ、丁寧に汚れを落としてあげましょう。絵は、誰かに伝える為に描く物‥‥消し去ってしまうのは、描いた人にも、絵にも、失礼な事です」
 続く言葉は落胆ではなかった。言い表すと上手く表現できないが、彼の中にあったのはきっと画家としての責任感――のようなものだった。モリスの号令とともに掃除は再開され、やがて煤も埃もすっかり取り払われた。
 中から現れ出たのは、先ほどの竜らしき片鱗と、何だか解らない色の断片、そしてそれを取り巻くように描かれた、文字らしき物の帯。
「良かったな、また見てもらえて」
 自分の事のように安堵したモリスが、穏やかな微笑を古い古い絵に向けた。

 そうして依頼は全て完了したが、そこからが大変だったとぼやく冒険者もちらほら。
 ジョエルが依頼料としてスケッチが欲しいと言い出したのがきっかけで。依頼料の少なさに責任を感じていたモリスは快諾。早速描き始めたのだが、絵描きの性か、始めてしまうと色んな場所に凝りだして、ついには壁画に使えなかった絵の具を使って着色すると言い出す始末だ。
 絵を頼んだ者達は、モデルとして何時間も座り続けなければいけなかったり、イメージの詳細を細かく訊ねられたりで、息をつく暇もなかったという。
 ちなみに有志の冒険者によって一旦整えられたモリスの服は、帰る頃にはすっかり元通りになっていたという。