●リプレイ本文
パリから村へは一日と少し程の距離だった。吉村 謙一郎(ea1899)と北道 京太郎(ea3124)の馬に依頼人シルビと冒険者達の荷物を載せ、ほのぼのとした雰囲気で旅路は過ぎていく。ゴブリンの噂のせいか人通りは少なかったが、もうすぐ村に着こうとする今まで、これといった危険もなく一行は進んでいた。
「高い所は、風が気持ちいいのです〜‥‥や?」
冒険者達の前を少し進んで飛び、リィル・コーレット(ea2807)はゴブリンを警戒していたのだが、冒険者達の向こうに不自然に動く茂みを見つけた。観察していると、冒険者達に付かず離れず、がさがさ、がうがうと音(?)を出しながら、ずっとついて来るのだ。
「変な‥‥草〜?」
不思議な物に関しては放っておけないリィルは、冒険者たちを突っ切ると、茂みの良く見える真上まで移動して――気が付いた。
茂みを持ったゴブリン達が、がうがうと相談しながら忍び足で歩いているではないか!
理解した瞬間、リィルは叫んだ。
「アルさんアルさん、ゴブリンだよっ!」
「がうがう!?」
突然頭の上から降った声に、ゴブリン達は慌てる。冒険者達は聞きつけるや、次々に戦闘体制に入る。
ゴブリン達は数秒、がうがうと相談しあい。
「が、がうがう!」
見つかったんなら仕方ねぇってな感じで茂みを投げ捨て、手斧を振りかざして襲ってきた! 狙うは良さそうな荷物を一杯積んだ二頭の馬だ。
剣呑な雰囲気に怯えた馬達は、嘶いて暴れだす。
「どうどう‥‥大丈夫大丈夫、すぐ終わるでな」
謙一郎はゴブリンから引き離すように馬を引き、首筋を叩いて宥めてやる。本当はシルビの護衛も引き受けたい所だが、二頭の馬で手一杯だ。そこに、ゴブリンが一体走りこんでくる。
ウリエル・セグンド(ea1662)はすかさずダガーを投げつける。ダガーは掠っただけだったが、驚いてゴブリンは尻餅をつく。
「このぐらい‥‥!」
ミレーヌ・ルミナール(ea1646)はゴブリンの斬撃をすんででかわし、ダガーを繰り出す。白い軌跡は慌ててしゃがんだゴブリンの頭上を通過する。
そのはげ頭を追う様にして、ノリアのメイスが振り下ろされた。
「ぎゃうん!」
「クレリックが戦闘できないなんて思ったら、大間違いなんだからね! ‥‥肝心の魔法は苦手だけど」
ノリア・カサンドラ(ea1558)は不敵に微笑むと、ミレーヌと並んで構えなおす。ノリアが冒険を志したのは、見も知らぬ色んな経験をしたかったからだ。少しおてんばなこんな特技も、今は役に立っている。
ミレーヌも、冒険者になった理由はノリアとおんなじで。二人はすぐに仲良くなった。
「行こう!」
「ええ」
頷き合うと、二人は馬に向かおうとするゴブリンを追いかけた。
京太郎は馬やシルビと自分の距離を見計らいながら、ゴブリンを追い立てるように攻め、日本刀を凪ぐ。自分の腕一本で渡ってきた京太郎が、一度二度と刀を振ると、ゴブリンの貧相な身体に赤い飛沫が飛び散る。
(「食であれ剣であれ、人が生きる限り志すその道は修行‥‥それを貴様らに安易に邪魔される筋合いはない」)
ひるんだゴブリンに追い討ちをかける如く、風を集めた見えぬ刃が叩き込まれる。
「良かった、合ってた」
印の結び方に不安を覚えていたティエ・セルナシオ(ea1591)は印を結んだ格好のまま、不安げな顔をほっとほころばせる。
二人に痛めつけられたゴブリンは、痛々しげに叫び、こけつまろびつ逃げ出した。他のゴブリン達はそれほどの怪我でもなかったが、京太郎が刀を向けると、次々に叫びをあげて逃げてしまった。
「ゴブリンは元々臆病ですから、もう襲ってこないでしょう」
シルビの側についていたアルシャ・ルル(ea1812)が、オーラソードを一振りして戦闘の終結を告げる。
あわただしい戦闘は、新米冒険者達に妙な緊張を残したまま、過ぎ去っていった。
村は、もうすぐそこだ。
「で、塩漬け肉がトロトロになったところで、胡椒をこのぐらいっと」
シルビは料理長直伝の目分量で鍋に胡椒を入れる。荷物として持って来た調理道具と食材が所狭しと並べられたテーブルの片隅で、筆で京太郎がメモを取っていく。
「それでは辛くなりすぎないか?」
「そうかな?」
「もっと材料の味を使う方法もあると思うが」
「ジャパン料理は、あっさりだもんね」
「お詳しいんですねー」
「料理が好きなだけだ」
意外そうに見るティエに、メモを取りながら京太郎が返す。二人はシルビの料理に興味があって、自ら手伝いを買って出た。シルビと京太郎の会話は、京太郎の理解できる程度の簡単な会話に留まってはいたが、それは明らかに料理をたしなむ者の会話で、あまり詳しくないティエにはちょっと難しい。
「後でジャパンの料理の事聞いてもいいかな? 月道が開いた後とかよくジャパンのお客さんも来るから、参考にしたいの」
「色々教えてもらったしな」
京太郎が請合うと、シルビは満面の笑みで謝礼を述べた。心底料理が好きなのが、これでもかと言うほど良く分かる。
「やっぱりお客さん商売だと、色んな人と会うんだよね?」
ティエは食器を並べながら、何か思いついた様子で言う。
「うん? どうして?」
ティエは思い起こした。大事な大事な、その人の事を。
冒険者と言う危険な仕事を始めようと思ったのも、その人を探し出さんが為。
その人の事をちょっと頭の中によぎらせただけで、ティエの頭はちょうど彼女の後でぐらぐらいっているお鍋と同じように沸騰した。
「あ〜〜っ、もうなんていうのかなっ〜、ううう〜」
一人で真っ赤になってしどろもどろになるティエ。京太郎とシルビはきょとんと顔を見合わせた。
「いい匂いしてきたね〜」
謙一郎の頭の上に座ったリィルが嬉しそうに鼻をひくつかせる。向かいに座っている母親マリアも笑顔を作っていた。
「やっぱり〜、マリアさんも料理上手なのですか〜?」
「いいえぇ、上手だったのはね、私でなくて旦那」
ひょいっと肩をすくめて、母親は笑う。
「あの人も料理人でね、シルビは旦那に憧れてパリに行ったの。早くに死んじまったもんで不憫な思いをさせたけど、逞しくなったモンだよ」
「お袋様の育て方が宜しかったのでごぜえましょう‥‥これおリィちゃん」
髷が珍しかったのか、持ち上げて動かしているリィルにやんわりと謙一郎が注意すると、我が子を愛でるようにマリアは笑う。
「ケンイチロウさんは、ご家族はおいで?」
「へぇ。郷さ、妻と子を残してきとります」
食前の酒が回って少し口が軽くなっていたのか、謙一郎は自らの過去を語りだす。自分の父親が主君を怒らせて切腹し。家計は行き詰まり、顔も知らない縁故に頼み込んで志士に取り立ててもらったのだと。
覚えたてのゲルマン語では日本語のようには行かないけれども、大体理解して貰えた様だ。
「‥‥お辛かったでしょうに」
「お袋様のご苦労に比べれば。ただ、幼い子供達にひもじい思いをさせた事だけは、辛うごぜぇました」
「あの、やっぱり、寂しくないですか? その、お子さんと、離れ離れrになるのって‥‥」
二人の会話を黙って聞いていたミレーヌが口を開いた。
ミレーヌは貴族の生活がいやで飛び出してきたのだが、二人の会話を聞く内に聞きたくて仕方なくなった。
「子供達を腹一杯にさしてやれるのは、神皇様のお陰様でごぜえますから。今は、この恩義に報いねばなんねぇと思うとります」
謙一郎は晴れやかに、笑って答える。マリアも微笑んでミレーヌの方を向いたが、その笑みはミレーヌをドキリとさせた。
「育てた子供と離れるって言うのは親なら辛いもんさ。でも、その子がちゃんとした意思を持って出たいと言ったなら、しっかり見送ってやるのも親の仕事」
その瞳は、何もかも見透かしている様で。
「たまには手紙でも送ってやるんだよ。それだけで、親は安心するんだからね」
「はい」
いつか、面と向かって両親にただいまと言えるだろうか?
そんな答えのない疑問をミレーヌが心に浮かべた時、シルビ達が料理を運んできた。「言いたい事も伝えられないなんて〜」となぜかしょげるティエを、シルビが励ましていた。
並べられたのは、茹で肉と温野菜のサラダ。野菜スープと、豚のロースト。どれも美しく盛られて、冒険者達の前に並べられた。
ウリエルはゆっくりとした動作でスープをすくうと、口に含んで転がす。香辛料の良い匂いと辛味が口の中に広がった。
一口を存分に味わってから、ウリエルはシルビに頷いた。
「旨い」
「ホント!?」
「きっと‥‥良い料理人になる」
「ウリエルが保障してくれるなら本当だね。食べ物を大事に食べてくれる人だから」
シルビは顔をほころばせる。途端、ウリエルが今までにない機敏な動きで動いた。木のぶつかり合う小気味良い音がして、ウリエルの皿に伸ばされようとしていたノリアの木のフォークを、ウリエルのスプーンが防いでいた。
何の感情も窺えないウリエルの瞳が、ノリアを見る。
彼女の前に置かれた皿からはすでに料理が消えていた。
「隙アリッ!」
次いで伸ばされたスプーンも、ナイフによって防がれる。
「‥‥(だって料理手ぇつけてないじゃん。早く食べないと冷めちゃうよ!)」
「‥‥(食事は‥‥大事に味わって食べるものだ。がっつくと折角の味が分からない)」
「ええと、ここにまだ一杯余ってるから、ね?」
大食同士の無言の主張は、いつしか殺気めいたものを放ち始める。シルビは苦笑して、ノリアの皿におかわりを盛ったが、どうも気がつかないらしい。
「きっときっと、奪い合いたいほど美味しいのです〜。依頼にこんな美味しい料理が付いて来るなら、私どんどん冒険したいです〜♪」
殺気の隣でリィルは、ローストをほおばる。色んな物を見たり、体験したくて冒険者になったリィルにとっては、喧嘩も料理も面白くてしょうがない。
「こんなに賑やかなのは随分久しぶりだねぇ」
マリアはそんな様子を嬉しそうに眺めていたが、視界のすみに映ったアルシャに気付いた。俯いて肩を震わせている――何かを必死で抑えている様だった。
「どうしたんだい?」
マリアが近づいて肩を抱くと、驚いた瞳が彼女を見上げた。その目は真っ赤になって、涙がはらはらと流れ落ちていた。
「どうしたの? 口に合わなかった!?」
シルビが血相を変えて近づいてくる。気付かれまいとしていたのに、回りが騒然となってしまって、どうしたらいいのか分からずにアルシャの瞳がまた涙を零す。ただ首を横に振った。
「違うんです、違うんです」
ノルマン復興戦争の折に両親を亡くし、幼い身に家と騎士位を授けられて、武者修行へと送り出されて、今は冒険者。その怒涛の流れはアルシャから人との暖かな付き合いを遠ざけてしまった。もう親の顔すらおぼろげなアルシャには、こんなに和やかな時間も、心の篭った料理も、初めてだった。
この感動を説明するには、アルシャは幼すぎて、涙が止まらない。
「おいし‥‥くて」
やっとそう言うと、どうしようもなくなって、アルシャは声を上げて泣き出した。
マリアは黙って、優しくアルシャを抱きしめる。
「あんたの料理をこんなに喜んでくれる人がいるんだ。忘れるんじゃないよ」
「うん‥‥うん」
母親の静かな言葉に、シルビも泣きそうな顔になって、何度も何度も頷いた。
かつん。
ノリアが繰り出したフォークを、ウリエルがすかさず防御した。