●リプレイ本文
前もって指定されていた場所に冒険者が到着すると、サントマリーは営業スマイルで出迎えた。一通り挨拶をして8人の冒険者を見渡し、きょとんと首を傾げた。
「お手伝いの方が入って、総勢9名とお聞いていたのですけど?」
「調教に欲しい物があるとやらで外しておる。まあ、すぐ来るだろう」
シュタール・アイゼナッハ(ea9387)が請合うと、サントマリーは目を瞬かせた。
「ご希望の物は一通り揃えましたのに」
「何でも新鮮な物がいいらしくてのぅ。ところでお嬢さん。その布は?」
彼女の後ろには大量の荷物、そして大きな布を被った檻がそびえ、ぐるぐると、唸る声が聞こえてくる。
「可哀想なのですけど‥‥人を見ると暴れて、とても運べなかったのです。運搬を依頼した方も、吠えられるわ、噛み付かれそうになるわで、降ろした早々帰ってしまいましたわ‥‥」
そういえば、だだっ広い平野にサントマリー以外には荷物ばかりで、人も、馬車さえ、見当たらない。
「ご心配なく。帰りはこのドラゴンがわたくしと荷物を運びますわ。そうでしょう、冒険者の皆様?」
そう言ってサントマリーはにっこりと微笑む。遠まわしに脅しを掛けている。これだけ準備したのだから、成功せねば採算が合わないのだろう。商魂逞しい彼女の事、失敗すれば報酬なしどころか、揃えた材料費も請求されそうだ。
苦笑で答える冒険者達に、サントマリーは再びドスの効いた笑顔を向け、檻の布を押さえている、縄の結び目を解く。
「では取りますわよ。せー、のっ」
小柄なサントマリーが全体重をかけて布を引き摺り下ろす。黄土にぬらりと光る鱗が冒険者達の眼にまみえたかと思うと――
「ガアアアアッ!!!」
吠えた唾液が少し離れた冒険者達までも飛んでくる。襲い掛かろうとする動きが檻を軋ませ、鉄の柵は絶えず牙に晒され、所々曲がっている。その様は危険を生業とするはずの冒険者達にさえ、背に寒い物を感じさせる。
サントマリーは落ちる布を回収もせずに、一目散に距離をとって、冒険者達の後ろに隠れる。
「さ、頑張ってくださいませっ!」
セレス・ホワイトスノウ(ea9693)の後ろから震える声で声援を送る。セレスは、竪琴を抱える力を強くしていた。彼女にとってこれは、冒険者としての初めての依頼であった。もちろんドラゴンを間近に見ることも。
緊張に強張るセレスに、同じバードのルーナ・フェーレース(ea5101)が振り向いて微笑み掛ける。
「大丈夫さ、いつもどおり歌えばね。あんたが頼みの綱なんだ、しっかり気張っとくれよ?」
硬い表情で頷いて、セレスは竪琴を構える。早鐘を打つ胸を深呼吸で心持ち宥めて、セレスは最初の音を口にした。口が渇いて、うまく音が出ない。幾度か声を出して調子を整えると、静かに最初の音を爪弾いた。
――汝、誇り高き竜の一族に連なる者よ――
ドラゴンは場数を踏んだ冒険者さえ出会う事は稀なモンスターだ。チュリック・エアリート(ea7819)もドラゴンを眼にするのは初めてだ。恐怖を覚えたのも勿論だが、この竜が捕まった折の報告書は目を通してきたせいか、そら虚しい感情が先に立つ。
「力で抑えれば、力が返る道理か‥‥まともに話し合う事が出来ればいいが」
その呟きが聞こえたものかどうか。爬虫類の細長い瞳孔が、彼女を捕らえた。はたと動き止めたドラゴンに、誰もが不審に思った瞬間。
「ゴアアアアッ!!」
カッとばかりに目を見開くと、ドラゴンは今までにも増して暴れだした。檻が前に倒れこまんばかりの勢い。
「危ないっ!!」
セル・ヒューゴー(ea8910)が飛び出し、フィラ・ボロゴース(ea9535)とクライドル・アシュレーン(ea8209)がヘビーシールドを持ち上げ、その後に続く。フィラとクライドルが檻の前に盾を差し込むようにして押さえつけると、その姿はほとんど見えなくなる。
「何だい、一体‥‥」
「‥‥紫か。チェリックさん、少し離れていた方がいいかも知れん」
シュタールが竜の目から遮るようにチュリックの前に立つ。
――その烈火の如き怒りを湖の如き静けさに替えたまえ――
盾に対しても、ドラゴンの攻撃は緩む事はない。叫び、唸り、何度も、何度も、牙で、頭で、攻撃を仕掛ける。その度に走る衝撃。
盾を押さえつけている腕や身体に、鈍器にでも殴られたような痛み。しかし耐えかねて盾を離せば、隣で必死に防いでいる仲間に、後ろで呪文を唱えるセレス達に、竜の牙が襲い掛かるかもしれないのだ。
「大丈夫‥‥ですか?」
「まだまだ‥‥誇り高いドラゴンが自分より弱き者を襲って‥‥少しは落ち着きな!」
セレスはひたすら歌った。歌詞が伝わるよう、ドラゴンが安らぐよう。
――母の元の安寧の中を思い出し、我等にその心の鍵を貸し与えたまえ――
懸命に押さえてつけていたフィラは、盾に反応がなくなっていることに気付く。
恐る恐る檻を覗き込む。ドラゴンは蹲り、尾の中に頭を埋めていた。わずかに動いて目が合ったが、それだけだった。
「癇癪は、収まったみたいだ」
肩に打撲のような痛みを感じながらも、取り合えず息をつく。セレスのメロディーが、やっと効果を発揮したのだ。セレスも歌い止めて緊張を緩めるが、ルーナの目配せに、すぐに次の仕事が待っていることを思い出す。
「冒険者って、すさまじいのね‥‥」
溢れる好奇心から冒険の道に進んだセレスには、現実の壁は大きい。声を整え、今度は甘い音楽を爪弾き始める。
「ドラゴン。その、前は――今もか――すまないね」
その音を確認して、自分はテレパシーを唱えて竜に切り出す。蹲ったままぐるる、と竜は唸った。
「少し話をきいちゃくれないかい? もっとあんたに良くしてやりたいんだよ」
「どうだ?」
竜の態度は明らかだったが、念の為シュタールは訊ねる。ルーナは軽く息をついて、予想通り首を横に振った。
「駄目だね。鼻を鳴らすばっかりで取り合ってもくれない」
無闇に暴れなくはなったが、だからと言って人間を信頼したわけではないようだ。ふて腐れたようにそっぽを向いて、竜は何を言っても無視を決め込んでいる。
「覚悟はしてたけど‥‥こりゃ根気がいるねぇ」
「ルーナ。伝言、お願いできるかい?」
まだ傷が痛むらしく、足を引きずるようにして近づいたのは、フィラだ。
「休んでたほうがいいんじゃないかい」
「ポーションと狐の手厚〜い看病があったからね。平気さ」
皮肉めいた言葉とともにフィラが後ろを見遣ると、狐ことレオナ・ホワイトがセルにヒーリングポーションを世話している。クライドルのほうは自分のオーラで傷を癒しているようだ。レオナはフィラの視線に気付くと、見るなと言わんばかりに、犬を追う様に手を振る。
「で、何て?」
「ドラゴンに、もっと人間と友好的に出来ないかって――。何か、探し物をしてるみたいだけど、それで家や家族や友達や、大事な物をなくした人間が大勢いるんだ。人間って、あたいみたいにタフなのばっかりじゃないんだよ。悲しくてどうすればいいのか分からなくなっちまう奴もいるんだ。勝手は百も承知で言う‥‥。お願いだよ、頼むから、あたい達に心を開いてくれ!」
激情に任せるまま、フィラは大地に身を伏し、土下座する。ルーナはその動作の意味も含めて、ドラゴンに通訳した。
『ナラバ、カエセ』
返ってきたのは、威嚇の響きを持った唸り声だった。ルーナは溜息をつくと、巨大な黄土の鱗の塊を見上げた。
「解った、話す気になったら三回柵を叩いておくれな。あんたの誤解が解けるまで、待ってるからさ」
「おおーい、皆〜!」
遠くから聞こえた声はドラゴン周りの重い空気を跳ね飛ばすくらい、底抜けに明るかった。こちら目指して駆けて来るのはアルノー・アップルガース(ea0033)。残る一人の依頼参加者だ。彼は背に大きな荷物を背負って、怖じることなくドラゴンの鼻先に回り込んだ。
「あ、もう大人しくなってる! 凄い‥‥やっぱり大きいんだねー」
彼もまた初めて見るドラゴンに素直な感嘆を口にする。集中してオーラテレパスを発動させ、背負った二つの桶と壷を降ろして順番に竜の前に並べる。
「暴れたからお腹空いてるんじゃないかなって思ってさー♪」
壷に入れて持ってきた水を桶に移し変え、干し草が一杯入った飼葉桶と一緒に竜に差し出す。竜は長い尾から、少しだけ顔を出した。話を聞いてくれるのだと解り、アルノーはさっきよりも懸命に、話を続ける。
「水は、近くの小川のを汲んで来たんだよ。草は生のを集めたかったんだけど、時期が時期だから‥‥近くの牧場で分けてもらってきたんだ。生とは味が違うかもしれないけど、牛も馬も大好物だからきっと気に入‥‥」
「‥‥ノー、アルノー!」
「え?」
何度か呼び掛けてやっと気付いたアルノーに、セルは幅広に巻いたバンダナの上から頭を掻き、済まなそうに報告する。
「ドラゴンに、草食種はいないんだ‥‥」
「ガアッ!」
「うわ! ごめんなさい! 僕は美味しくないよっ!!」
オマエヲタベルゾ、と怒られて、アルノーは飛びのきながら頭を下げる。だが、竜の口はアルノーの頭をかじるためではなく、言葉を話すために開けられた。
『ヨイ声デ 鳴ク ニンゲン。オマエハ ナンダ』
言葉の通じる者達は、その視線を追って振り向いた。そこには、音楽を奏でるセレス。
「チャーム、掛かったんだ‥‥」
ようやっと事態が飲み込めたセレスは、やっと竪琴をおろす事が出来たのだった。
「仲間を殺してしまったり、貴方を狭い所に閉じ込めたりした事、私達とても反省しているの。でも、貴方達が急に襲ってきたから、混乱もしているのよ。貴方達が襲ってくる前に、貴方達に悪い事をした覚えがないの。
暴れた理由を、聞かせてくれない? もしかしたら貴方のお手伝いが出来るかもしれないわ」
セレスが代表して伝えたのは、ここにいる冒険者の総意だった。竜はギロリと、チュリックをにらみつけた。
『ムラサキ‥‥』
「前の報告書にも、紫色を見て急に暴れだしたのがいたようだがのぅ。紫が、どうしたのだ?」
チュリックの着ている華仙風のドレスは淡い白だが、光の加減で紫にも見える。出発前にあさってきた報告書を思い返しながら、シュタールが通訳を通して訊ねる。
『ムラサキノ ニンゲン テキ』
「なら残念だけど人違いだ。俺は、おまえ達に会うのは初めてでね」
『違ウカ。スマン』
檻の中で竜は身を竦める。獣ほどの知能しか持ち合わさないフィールドドラゴンは、言葉を嘘と疑うこともない。
「じゃあ、その紫の人間とか言うのが悪さをしたのかい?」
『ダイジナモノ モッテイッタ』
「大事な物って?」
竜は問うたアルノーを、竜は無言で見つめ。出来た間に意味を感じ、人間たちは押し黙る。
十秒、二十秒、三十秒――そして、竜は喉の奥を鳴らした。
『ダイジナモノ ダイジ』
「って、解らないで探してんのかい!?」
『ダイジナモノ ダイジ ワカル』
進歩のない回答にずっこけながらルーナが叫ぶ。突っ込みを解す事が出来ずに首を傾げる竜を見上げつつ、チュリックは竜の答えに別の疑問を抱いた。
「自分では解らないで探してるってのは――誰かに言われたからかい?」
竜は今度は何の悪意もなく、チュリックを見る。
『ツヨキ ドラゴン』
「ドラゴンが、他のドラゴンに命令?」
「解決の難しい事が起きた時には、群れを作る事もあるって聞いた事があるけど‥‥」
それ以上のことはセレスにも分からず、再び沈黙が冒険者に降ってくる。
いつまでも続きそうな沈黙に、見かねたルーナは手を打って締めを伝えた。
「よし。そういうドラゴン自身も分からない事を含めて、人間も一肌脱ごうじゃないか。正体不明の大事な物、取り返すのに協力するよ。その代わり――」
ゆっくり、ゆっくり伸ばした手は、鱗が薄い下顎に触れた。爬虫類独特の、湿ったような冷たさが、肌を通して伝わってくる。呼吸のたびに動く表皮が、生き物だということを実感させて、セルは言いようのない感動を覚えた。
「参加してよかった‥‥」
「鼻先に持っていって、噛まれそうになってたけどね」
くつわの具合を確かめていたアルノーがからかい半分に言う。動物への対応に慣れているアルノーが止めなければ、今頃セルの右手は無くなっていたかも知れない。
「どう? 痛くない?」
『ヘイキ』
穏やかに喉を鳴らしてみせるドラゴンは、久しぶりに外に出て、満足しているようだ。
「では、いよいよ試乗ですか‥‥長かったですね」
専門的な騎乗の腕前を持つクライドルが、感慨深げに鞍とくつわをつけたドラゴンを眺める。
まずこれを取り付けるのに、ひと悶着もふた悶着もあったのだ。少しでも気に食わなければ暴れ、その度にクライドルらの盾と、セレスらの説得が必要だった。お陰で盾は血や牙の跡で汚れ、凹んでしまった。
それでも直接会話が出来る分は、普通より円滑に事が進んでいるはずだ。
「やっぱり、皆様はやって下さると信じていましたわ‥‥」
「まだこれからじゃがの」
竜がくつわをつけている姿に既に感動してしまったサントマリーと、シュタールはあぶみに足を掛けるクライドルを見遣る。
「お嬢さんも知っての通り、何やら竜が騒動に巻き込まれておる様子。もしこのままあの竜が人と暮らす事になれば、彼は今のところ一番身近な、そして重要な手掛かりとなる筈。お嬢さんが許可さえしてくれれば、竜との約束も果たせ、ギルドも調査に乗り出せるのじゃが」
「つまり、今後も竜を冒険者ギルドで監視したいと仰るの?」
「まだ、進言はしておらぬが」
今後の事を思ってのシュタールの申し出だ。サントマリーの答えはしかし、残念ですが、と続いた。
「この竜の所有権はじきに、お求めになったお客様に渡ります。竜に関して、わたくしがどうこうする権利はございませんの。どうしてもと仰るなら、直接、お伺いして頂くしか方法はないかと思いますわ。‥‥お役に立てなくて、申し訳ないのですけど」
「そうか‥‥いや、こちらも急な事で、すまなかった」
二人が口を閉ざすと同時に、盛大な落馬――ならぬ落竜の音がする。
『ソコニ シリヲ ノセルナ!』
「じゃあ、どこに乗せればいいんですか‥‥」
何度目かの落竜に、悲鳴を上げる背中をさすりながら、クライドルは鼻息を荒くするドラゴンを眺める。
(「ドラゴンに乗るには、技術より、信頼こそが大事なのかも知れないな‥‥」)
馬とは全く違う感覚。これを果たしてサントマリーの希望に沿うように躾けられるかどうか。
クライドルはその途方もなさに、思わず大きく広がる空を見上げた。
「これは、長くなりそうです‥‥」
その言葉どおり、冒険期間目一杯を、クライドルは調教に使う事となったのだった。